音選街

音楽を中心に勝手にレビューしてます

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1973年9月1日発売
最高36位
売上 8、1万枚
作詞/山上路夫 作曲/森田公一

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昭和48年のとある日・・・・

『V9』を達成した巨人の野球帽をかぶり

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やっと補助輪が外れた自転車で、まだ地面の方が多かった通学路を

♪リンリンリリリン、リンリンリリンリン!♪

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と口ずさみながら無駄にベルを鳴らし

デコボコ道に差しかかるとV3になりきってチャリでダイブ!

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『全員集合』で加トちゃん扮するお巡りさんが

♪私が〜ささげた〜そ〜の人に〜♪

と、鼻歌を歌っていたのが

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オリコン16週連続1位(100位以内84週)

売上 325、6万枚(歴代シングル第2位) 

年間シングルチャート2年連続1位

という未だ破られていない記録を持つ宮史郎とぴんからトリオの

『女のみち!』

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そんなミラクル大ヒット曲が流行っていた頃・・・

キャンディーズはデビューした!

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メンバーはペチャπが悩みのタネだったという永遠のセンター、ランちゃん

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☆伊藤蘭(いとう らん)1955年1月13日生まれ
東京都吉祥寺出身 157cm O型

下町の老舗釣具店の娘で子供の頃はガキ大将!

男の子をいじめるのは朝飯前だったというぽっちゃり美人のスーちゃん

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☆田中好子(たなか よしこ)1956年4月8日生まれ
東京都足立区梅田出身 155cm A型

母親はピアノの先生、父親は声楽家という音楽一家に生まれ

絶対音感の持ち主でクリスチャンだったミキちゃん

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☆藤村美樹(ふじむら みき)1956年1月15日生まれ
東京都世田谷区出身 156cm O型

ちなみにリーダーはランちゃんで私の好みは

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『ミキちゃん』である!!

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1969年、渡辺プロダクションが経営する東京音楽学院で3人は初めて出会って意気投合!

『元々演劇部だったが、友達に誘われて

スクールメイツのオーディションを受けた』

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『歌や踊りをやりたかった』

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『趣味程度で始めた』

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と、キッカケは様々だったが3人とも

『華やかな服を着ても華やかに見えない』

『いたの?と言われる』

『同窓会に呼ばれない』

という項目が全部当てはまりそうな地味で控えめで目立たない女の子だった。

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『デビューは18才ですから3年ぐらいはスチャラカ踊ってました』

やがてスクールメイツのメンバーに選抜され

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バックダンサーとして『紅白』や『ドリフ』でポンポンを持って踊っていた。

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1972年、NHKの『歌謡グランドショー』という番組でマスコット・ガールを

スクールメイツの中から選ぶ事となり、選考基準は

『清潔で可愛い女の子を3人揃えたい』(NHKチーフディレクター)

であった。ここで学院側が推薦したのは

ランちゃん、ミキちゃんと『木綿のハンカチーフ』を後に大ヒットさせる

太田裕美!

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しかし3人揃って歌ってみた所、『何か違う』という事で

太田裕美からスーちゃんにチェンジ!

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ランちゃんに至っては

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『当初はランの代わりに男の子が1人いたんですよ。

その彼をボーカルにして何か面白い演出は出来ないかと

リハーサルを何回かしていたんですが

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幸か不幸かその男の子がリタイヤしちゃった。

で、その代わりに選ばれたのがランだった』(中島二千六氏)

小さな奇跡が重なって3人はマスコット・ガールに選ばれ

初めてのテレビ出演の本番前日に

『食べてしまいたいぐらい可愛い3人組』

という意味をこめてキャンディーズと命名!

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『大好きなジュリーの後ろで踊れる!』

と、喜んだのもつかの間!

実際はイスやマイク、楽器の運搬に、他の人が歌う前の音合わせ要員・・・・・

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『たまに歌わせてもらうと、自分達の歌ではなく

なつメロや他人の歌ばっかりだった』

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マネージャーが遅れて譜面が届かず、レコードに合わせて口をパクパクした事もあった

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『なんだかすごくみじめで心細くって・・・

3人仲良くマックを食べながら泣いちゃった・・・』

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おまけに歌手デビューの予定も無く、番組終了と共に

解散する運命だったのだ!

そこへ後のアミューズ(サザンや福山がいる事務所)の社長となる松崎澄夫が

たまたま3人を見て

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『これは売れる!』

と、デビューを即決!

一番若かったスーちゃんがセンターに選ばれ

1973年9月1日

『あなたに夢中』(36位、8、1万枚)でデビュー!

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♪あなたが好き とっても好き 私はあなたの

すべてにいつも〜夢中なの〜♪

セールス的にはパッとしなかったが、徐々にハーモニーをかぶせて

最後までハモったまま終わるという

『これぞキャンディーズ!』

的な名曲で、3人のハモりは祇園祭りに出て来るハモ以上に美しく

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ファンの間でも人気の逸品!

年が明けて1974年、キャンディーズは3枚のシングルをリリース!

♪シャララ〜ララ、ラ〜ララ、ララララン♪

『そよ風のくちづけ』
1974年1月21日発売 最高39位 売上 6、3万枚

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♪もぉっと〜、もぉっと〜、もぉっとぉおおおおおおお♪

『危い土曜日』
1974年4月21日発売 最高46位 売上 3、8万枚

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♪まるで落〜ち葉〜が散るような〜別れです〜♪

『なみだの季節』
1974年9月1日発売 最高40位 売上 5、9万枚

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この中ではのっけからアクセル全開の

『危い土曜日』が大好物!

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コンガの小気味よいリズムと

♪ぐるぐる危い土曜日〜♪

というキャッチー極まりない言葉の着想に感心!

作詞をしたのは六本木の『キャンティ』辺りを加賀まり子と一緒にブイブイ言わせていた

安井かずみ!

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タイトルも『危ない』ではなく『危い』にしてしまうこのセンス!

しかしながらこれがまさかの

キャンディーズのシングル史上

最低ランク&最低売上!

この曲が売れなかったという驚きの事実は

右のウインカーをつけて左折するオバちゃん同様

信じられない、ラン・ビリーバボー!!

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デビュー当時はたくさんあった雑誌の取材が

いつが最後がだったか覚えていないくらい無くなり

チーフ・ディレクターからは

『グズグズしてると事務員にしちゃうぞ!』

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と、クビ宣告!!

3人は渡辺プロの事務所へ行き、宣伝部の机の上にメモ書きを置いた

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『ぜひ、明星・平凡の取材を入れて下さい。お願いします』

そしてディレクターの机の上には

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『お願いです。ぜったい事務員にしないで下さい』

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『これだけ苦労してきたんだもの、いつかはきっとむくわれるわ』

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『気ながに行きましょう!』

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『たとえヒット曲が出なくても、納得いくまでやってみようと思うの』

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誰かがくじけそうになると、昔の失敗談を持ち出しては

大声でゲラゲラ笑い合って寂しさを忘れようとしていた

ラン、スー、ミキの3人!

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そんな中!!

テレビからの出演依頼が続々と舞い込み

各雑誌社からは取材が殺到しまくら千代子!

『もうメモなんか置かなくてもいい!』

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遂に覚醒したキャンディーズ!!

次週は幕下の・・・・もとい

『年下の男の子』です!

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