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アルバム発売1994年4月12日
全米52位、全英13位
売上160万枚
先週白髪と共にまた一つ歳が増えてしまいました・・・・
思えば小学校1年の時、自分の名前の由来を調べて来るように先生に言われ
家に帰って母親に聞くと
『テレビをつけたら小川宏ショーがやっていたから 宏。』
という斬新なアンサーをそのまま授業で発表した所
クラス中がドン引きしている中
先生だけが爆笑!
それ以降、目上の人のみ通用する鉄板ネタとしてよく使わせてもらった。
母に感謝である(笑)
という事で、今年もバースディ特別企画!
去年はマドンナ(聖母)だったので
今年はラブ(愛)!
☆コートニー・ラブ(コートニー・ミシェル・ハリソン)1964年7月9日生まれ
アメリカ・サンフランシスコ出身
5歳の時に両親が離婚し、その後は母親に引き取られるも
『行儀作法や礼儀はフリー・スピリットに反する』
という母親の教育方針のおかげで
違う意味で自由に育てられたコートニーは
小学校に上がると次々と問題を起こし、万引きの常習犯となって
14歳の時に逮捕されて少年鑑別所へ送致!
釈放された後はストリッパーになって各国を巡業
日本にも来た事があるんですよ!
その後アラスカで自己啓発に目覚めたコートニーは
『25歳で芽が出なかったら終わり』
と、ロサンゼルスに舞い戻り
レコード店で配られているフリーペーパーや
ライブハウスの壁に貼り紙をしてバンドメンバーを募集!
1989年ホールを結成!
1991年にはインディーズからファーストアルバム
『プリティ・オン・ジ・インサイド』をリリース!
1曲目から
♪10代の頃から売春婦〜♪
と、シャウトしまくるコートニーのボーカルが鮮烈すぎですが
正直、ファンでなければ受け止められないアルバムです(笑)
旦那さんはご存知、ニルヴァーナのボーカル兼ギタリストのカート・コバーン!
☆カート・コバーン(カート・ドナルド・コバーン)1967年2月20日生まれ
アメリカ・ワシントン州・アバディーン出身
『ロックスターになるためのコースとやらがあるんだったら受講したかったよ』
全く無名だったローカル・バンド、ニルヴァーナが1991年
水中を赤ちゃんが1ドル札に向かって泳ぐという有名なジャケット
『ネバーマインド』をリリース!
あのマイケルジャクソンの『デンジャラス』を蹴落として
全米1位!
全世界で3000万枚を売上げる爆発的大ヒットを記録!
その原動力となったのがファースト・シングル『スメルズ・ライク・ティーンスピリット』!
サビでは
♪混血児ぃ!白子ぉ!蚊ぁ!性欲ぅ!♪
と叫び散らすとんでもない歌なのだが
ラジオでかかった瞬間リクエストが殺到!
ミュージック・ビデオは数時間おきにMTVでヘビーローテーションされ
世界中にグランジ・ブームを巻き起こした!
ちなみに『ティーン・スピリット』というのはアメリカで売られている制汗剤の事で
日本でいうところの8×4(エイトフォー)みたいなもので
『あなたティーンスピリットの匂いがするわ』
と、女友達に言われたカートは
『俺は20歳過ぎているのに10代臭いってこの女に言われちまったぜ!』
と、歌詞を書いたものの、意味について聞かれると本人曰く
『わからん』
有名なエピソードが1992年のMTVミュージック・アワード
この時、最優秀オルタナティブ・ビデオ賞と新人賞を受賞したニルヴァーナは
MTV側から『スメルズ・ライク・ティーンスピリット』を是非演ってほしいと頼まれるも
ニルヴァーナはこれを拒否!
代わりに『リチウム』を演奏する事で合意したが
実際カートが歌ったのは友達に強姦を懇願する歌
♪レイプミ〜♪
(わたしを犯して)
だった!
そんなカートとコートニーが出会ったのはニルヴァーナが売れる前の1989年
偶然立ち寄ったニルヴァーナのライブを見た後、コートニーは初対面のカートに向かって
『他のバンドのボーカルに似ているけどマネしてんの?』
と、けしかけ
怒ったカートはその場で取っ組み合いの大喧嘩!
カートは自分よりも強い女性に強い憧れるフェチであり
コートニーは自分よりも小柄なカートに完全に押さえつけられた事に驚き、惚れたという
その後二人は1992年2月24日にハワイで結婚!
自ら眠り病だと言うカートは、いつ睡魔に襲われてもいいようにパジャマ姿で挙式!
半年後に愛娘のフランシスちゃんが生まれ
親子3人で暮らしていたのもつかの間!
1994年の4月5日
カート・コバーン自殺!
致死量を超えるヘロインを摂取した後、ショットガンで拳銃自殺!
『自分が考える最も重い罪とは100%楽しいのだと嘘をつき
ふりをして人を騙すこと。
時々ステージに出て行く前に
タイムカードでも押しているかのような気分に駆られていたんだ
徐々に色あせていくなら、いっそ燃え尽きたほうがいい』
という遺書を残して・・・・・
訃報を聞いたコートニーは激怒し泣き崩れた
『楽な道を選びやがって!』
その1週間後、奇しくもホールのニューアルバムがリリースされた。
タイトルは『リブ・スルー・ジス』(これを乗り越えて生きる)
というなんとも意味深なタイトルで、カートの死の直後という絶妙なタイミングに
『コートニーは夫の死まで利用しようとしている』
『コートニーがカートを殺した』
等、様々な憶測とバッシングを受けてセールスはパッとしなかったが
カートから唯一作曲能力を身に付けたコートニーだからこそ成し得た
女の子が女の子のためのロックを歌ったアルバム!
ギター・ソロ無しの
リフで始まりリフで終わるというたまごかけご飯のようなシンプルさで
あまりの出来の良さにカートが作ったものじゃないかと言われたほどだ
1曲目の『バイオレット』からブっ飛び
最後の『ロック・スター』のイントロでは
『あはっ♡』
と、笑うコートニーの
可愛い事!!
カレンダーやら海賊版やら買いまくっていた頃が懐かしい!
さっきまでおとなしく歌っていたかと思えば
突然毒を吐き散らす怪獣に変身!
血管が切れるんじゃないかと思うダミ声シャウトと
かき鳴らすギターはまるで
ゲリラ号雨!
ライブでは観客に向かって
『FUCK!!』
パンツ丸見え、大股開きは当たり前田のクラッカーで
客席に突然ダイブするわ
自分でポロリンするわ
規格外れのアバズレオッペケペー!
1995年にはマドンナがスタジオでインタビューしているのを知ると
コンパクトを投げつけた上に暴言を吐き
挙句にスタジオに乱入!
そんなコートニーにマドンナは
『ドラッグも好きなだけ手に入れたみたいね』
と、薬中である事をほのめかし
それ以来2人は犬猿の仲に・・・・
また、愛娘のフランシスちゃんからは
『物心ついたときから母はずっとヤク中でろくに面倒見てもらえなかったから
7歳まで読み書きが出来なかった。
学校では『ヘロインベビー』っ呼ばれていじめられた』
と、訴えられ2009年に親権をはく奪された
『アタシはね、毎日毎日カートの亡霊、そしてカートのガキと共に
暮らさなきゃならない人間なんだよ!』
決して男に媚びず
チャリティーコンサートに出ればストリップをおっ始め
自分で無修正のヌード画像をネットに流し
オーストラリアのフェスでホールが格下扱いをされると
『いったいどうゆう妄想をしたら私達がリンブ・ビズキットの
前座を本気でやると思うんだよ
このクソボケ!』
と、出演をキャンセル!
ちなみにホールは2002年に一度解散してます。
コートニーのソロ活動を経て2009年にメンバーを替えて再結成!
現在も活動中です!
『メンバーが誰であれ、私がいればホールなの』
ちなみにホールの意味は『穴』ですが、スラング語では『肛門』という意味もあり
ホールはホールでも穴のホールではなく
『ケツの穴!』
『もしこの世にカートが戻ってきたら?』
『殺すわよ、セックスしてからまた殺すのよ』
彼女の声を聞くと元気が出ます!
破天荒なブロンドの女神と
引田天功には長生きしてほしい! |

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