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1978年3月25日発売
9週連続1位
売上 146万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一
『レコードにするからには、レコード屋まで走らせるだけの
ものがなければならない
1篇の小説、1本の映画、1回の演説、1周の遊園地
これと同じボリュウムを4分間に盛ることも可能ではなかろうか』
実は最初に作られていた『サウスポー』は歌詞もメロディーも全くの別人で
♪サウスポー!私、左利き♪
♪サウスポー!恋はおあずけよ!♪
という赤ちゃんが聞いても売れそうもない曲であった
ディレクターの飯田は
『詞も曲も今ひとつピンとこない!このままでは出したくない』
と、レコーディングの前日になってまさかの
ボツ!
急遽ストックの中にあったアップテンポの曲と入れ替え
阿久先生には全面的に書き直しを依頼
♪背番号1の凄いやつが相手♪
♪フラミンゴみたいにひょいと一本足で〜♪
たった一晩で書き上げた詞は
1977年に行われたオールスター第2戦で
巨人の王選手を大きなカーブで空振り三振に仕留めた
クラウンライター・ライオンズの永射保(ながい たもつ)選手の投球を見て
感銘を受けた阿久先生がその時の対決の様子をモチーフにしたものだった
♪シンと静まったスタジアム♪
♪世紀の一瞬よ〜♪
♪わ〜たしピンクのサウスポー♪
♪きりきり舞いよ、きりきり舞いよ♪
♪魔球は、魔球は、ハ〜リ〜ケーン♪
『もしあのまま『サウスポー』を発売していたら
ピンクのブームは急速に終焉していたのではないか』
この歌のモデルとなった永射保選手は『左殺し』の異名を取った
左のアンダースローの名手で
浮き上がってくるストレートと、打者の背中越しから
視界の外へ消えて行くカーブを武器に
左のワンポイント・エースとして活躍!
パ・リーグの強打者達を次々と抑え込んだだけでなく戦意さえ奪い取った
史上最強のワンポイントエース!
『サモアの怪人』と呼ばれた日本ハムのトニー・ソレイタは
4年間対戦してヒットゼロ!
『不惑の大砲』と呼ばれた南海ホークスの門田博光は
好機で打順が回ってきた時に自ら上田監督に
『交代させてほしい』
と申し出たほど
本塁打王と打点王の二冠に輝いたロッテの主砲レオン・リーは
『顔を見るのも嫌』
『永射がいるから来期の契約更新はしない。日本を去る』
と、言わしめたほど完璧に封じ込まれており
三振と凡打の山!
あまりの苦手意識から満塁の場面で右打席に入ったという逸話を残している
プロ野球史上唯一の敬遠球をホームランされた不名誉な記録を持ち
声が大きくベンチでは『ヤジ将軍』と呼ばれるメードメイカーで
体毛が濃かったことからあだ名が『毛ガニ』だった永射選手
『水島先生が数日密着した事があってね、最終的に
『男じゃつまらん』
という事で女性投手になったみたいですけど』
この取材の後に誕生したのが『野球狂の詩』の主人公・水原勇気!
後に実写化され、昔はアイドルだった木之内みどりが主演!
歌と漫画のモデルになった永射選手
現役引退後は地元福岡でスナック『サウスポー』を経営
芸能界のみならず野球界をも巻き込んだピンク・レディーブーム!
その余波はとどまる所を知らず
『みせかけの純情、偽りの可憐さ、涙は出ない図太い涙
ホンマ、目ぇ突いたろかー思うねん!』
と、聖子イジリが鉄板ネタだった松竹芸能初の女性漫才師
春やすこ・けいこは漫才界のピンク・レディーと呼ばれ
やすこの娘(中島舞子)はお母さんにそっくりだし
そっくりを通り越して『らくだ』そのものの
お姉ゲイ人クリス松村は
大好きだったピンク・レディーンク・レディーの振り付けを踊って
85キロあった体重が3ヶ月で30キロのダイエットに成功
ピンク・レディー・エクササイズという教室を開き
生徒数3000人以上という荒稼ぎぶり!
他人のふんどしで相撲を取るとはまさにこの事であるが
その極め付けが
ピンク・レディーの曲を公式に歌い継ぐユニットとして2014年にデビューした
ピンク・ベイビーズ!
現代風にアレンジしたピンク・レディーのカバーを歌うグループで
作曲家の都倉先生の全面プロデュース!
『渚のシンドバッド』、『UFO』と2曲をリリースした所で全く売れず
2017年5月に解散
ゾロっと14人もいたメンバーの中で、ひと際輝いていたのが
櫻井優衣ちゃん!
2000年のミレニアムに生まれた17歳で
健康的で愛くるしい笑顔と アイドルの必需品であるロングヘアーをなびかせ
一生懸命踊る姿に
久々に天使の輪が見えました!
このまま消えてしまうのはもったいない子です
♪わ〜たしピンクのサウスポー♪
♪泉ピン子はサウスポー♪
NO〜!!!
ピン子の写真が貼れない!
ここでまさかの枚数制限!
さすがにこれでは終われないので
次回もピンク・レディー! |

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