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音楽を中心に勝手にレビューしてます

追憶日記

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心がビビビッと、動いた事や衝撃を受けた事を忘れないうちに書いていマス。
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20年ぶり?の大雪


大雪です!!

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8日・9日と運良く休みで良かった・・・・・。

ウチ(横浜)の周りは軽く30cmは積もってました(笑)。

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都心で20cmを超える積雪になったのは1994年以来20年ぶりだそうで・・・・。

イメージ的には去年の成人式に降った大雪の方が積もった感があったんですが

あれで都内の積雪は8cm、横浜は13cmだったんですね・・・・。

20年前にそんな大雪降ったっけか・・・・?

忘れた時は当時のヒット曲を見れば大体思い出すので見てみました。

1994年の年間シングル売上ベスト10!

1位 イノセント・ワールド(ミスチル)         181、3万枚

2位 ロマンスの神様(広瀬香美)           174、9万枚

3位 恋しさと せつなさと 心強さと(篠原涼子)  162、3万枚

4位 Don’t Leave Me(B'z)            144、4万枚

5位 空と君のあいだに(中島みゆき)        141、6万枚

6位 ハロー、マイフレンド(松任谷由実)       135、7万枚

7位 サバイバル・ダンス(trf)             135、4万枚

8位 あたただけ見つめてる(大黒摩季)       123、6万枚

9位 ボーイ・ミーツ・ガール(trf)           122、2万枚

10位 世界が終わるまでは・・・(WANDS)     122、1万枚

この頃からJ-POPという言葉が定着。

音楽業界も活気があって良かった時代ですよ。

小室哲哉の時代がこの後やってきます。

5位に『空と君のあいだに』が入ってるってことは安達祐美ちゃんの

『同情するなら金をくれ』

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が流行ってた頃ですね。

『競馬に絶対は無いって言われてるけど、100パーこの馬が来る!』

そう言われて買ったナリタブライアンがルドルフ以来の三冠馬になり

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お笑い界ではビートたけしがバイクで事故って

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療養中の間、さんまが一気に出てきた年だ。

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野球では史上初の巨人-中日の最終戦首位同率決戦が行われ

桑田の投球にハラハラ・ドキドキしながら見てたっけ・・・。

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思い出した!そういや降ったぞ・・大雪が・・・

ちなみに20年前も

リレハンメルで冬季オリンピックが開かれスキーノルディック複合団体で

萩原健司ら日本チームが見事!

金メダルを獲った大会でした。

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今年もソチでオリンピックが開催!

真央ちゃん

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沙羅ちゃん

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愛子ちゃん

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頑張ってね!

僕も雪かき頑張ります!

映画 『竜二』


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大好きな映画『竜二』

昔、さんざん見たな・・・・と、懐かしくなって今日

20年ぶりに見てみたらUPせずにいられなくなった。

惚れ直しました。

金子正次という男に。

☆金子正次(かねこ まつお) 1949年12月19日生まれ
愛媛県津和地島出身

私立聖陵高校中退後上京。

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上京後は仕事を転々とし、歌舞伎町のディスコMUGENでホール係をしている時

脚本家の内田栄一に声をかけられ劇団『東京ザットマン』を旗揚げ。

年2回のペースで演劇活動を開始する。

1979年、映画にも娘役のあやで出ている長女が誕生。

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しかし1981年

体の変調を訴えるようになり、翌年胃がんと診断され胃の全摘手術を受ける。

闘病中に『チンピラ』を書き上げ、その後たて続けに

『竜二』、『ちょうちん』、『師子王たちの夏』、『盆踊り』という

5本のシナリオを執筆。

ささいな事でケンカ別れをしていた脚本家の内田と

金子を再び引き合わせたのが親友でもあった松田優作だった。

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『栄一さん、金子。』

『そう言って松田優作が金子正次を連れて混雑の中を泳いできた。

二人とも背が高いから本当に泳いできたように見えた。』

内田は金子から『竜二』の脚本を手渡された。

『ディスコで呼び込みのアルバイトしてる時は

ヤクザの知り合いが多かったんです。

ヤクザとはこうだ!って、言い切れるわけではありませんが

こうゆう連中もいたということで書いたのが

『竜二』

シナリオは2週間で書き上げました。』

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『竜二』のシナリオを読んだ内田は、先輩後輩の立場が逆転したと愕然とした。

『僕を驚かせ、松田優作を動かしただけのパワーはある』

さらに脚本名をあえて『鈴木明夫』にしたのは

ひとつの映画に自分の名前がいくつも出るのを

金子が嫌がったからだった。

『みっともないでしょう、オレ役者ですから』

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余命数年と宣告され、まさに命を懸けた映画が『竜二』

ところが映画会社に企画を持ち込んでも

主役は客の呼べる俳優じゃないとダメだと突っぱねられる。

金子はあくまでも自分の主演にこだわり

結局1982年11月に自主制作で撮り始めることになる。

『古くからの友人で僕に“芝居やめて店でも持ったら”

っていう人がいましてね。

それなら映画に出資してくれって頼んだんです』

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スタッフから1000万、友人に借金をして合計3000万円をかき集めた。

その出資者の中には松田優作もいた。

撮影は何度も中止の危機に出くわす。意見の食い違いから監督が途中降板。

昨日までお茶を持ってきていた大石(川島透)がメガホンを取る事になった。

幾多のトラブルを経て1983年4月に『竜二』は遂に完成する。

松田優作の奔走で東映セントラルで配給が付いて10月29日に封切られると

映画『竜二』は大ヒットとなり

残されたシナリオは次々と映画化された。

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オープニングはショーケンが歌う『ララバイ』。

この曲、ラストにも流れますが最初と最後では感情移入度が全然違います。

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『いつまで寝てんだこの野郎!』

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『ドジリばっかりかましやがって』

『ごちゃごちゃ枝葉はいいんだよオラぁ!』

『直、探して連れてこい!』

竜二の舎弟の1人直を演じるのは桜金造。

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元々の名前は佐藤金造だったが、撮影を見に来ていた

松田優作に『桜にしたら?』と言われすぐさま改名!

その昔は『アゴ&キンゾー』というお笑いコンビで

漫才ブームの頃は月に100万も稼いでいた。

そんな金造がマネージャーの反対を押し切って出たのが『竜二』だった。

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『なぜこの仕事を引き受けたのかわからない。

3ヶ月拘束でたった7万円のギャラだった』

しかしその撮影現場はまさに

『地獄!』

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撮影はフィルム代節約の為、入念なリハーサルが何度も何度も繰り返された。

そのリハーサルであっても、金造は本気で殴られていた。

『金子さん・・・これ、テストなんだからさ・・・』

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『オレの所に来ると金子さんは力を抜いていた。

あの人は痩せてるけど、殴られると痛いんだ。

永島暎子なんかには全然手加減しない。

テストのたびにほっぺたをパぁンと張るんだ。

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でも暎子さんは当然みたいな顔しちゃってる。

痛いとか、やめてくれとか言わないんだよね。

燃え方が俺達と全く違う。

本当にこいつら、何なんだと怖くなった』

もう1人の舎弟役・ひろしを演じるのは元フォーリーブスの北公次。

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服をバーゲンで買ってきたと言った瞬間、金造がキレる。

『バーゲンだ?オイ!ヤクザがバーゲンで物買うのかよ!

そうゆうことはなぁ

貧乏主婦やハナタレセイガクにまかせてりゃいいんだ

だいたいよ、お前にはヤクザとしての

意地ってものがないのかよ!無いんなら辞めちまえよ!

やめて堅気になっちまえよ!』

これが伝説のラストシーンへの伏線になっていようとは・・・・

決して妥協をしない金子が数多い日本の女優さんの中から相手役に選んだのが

永島映子だった。

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当時、ほとんど無名だった永島は『脱ぎっぷりのいい女優』として定評があり

脚本のラストシーンに共感してこの役を引き受けたという。

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竜二のお仕事はマンションの一室で行われているルーレット賭博。

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負けが込んできたカズがシャブを置くから少し金を回してくれと言った後の竜二の

ドスの効いたセリフ。

『調子に乗んなよテメぇ・・・跳ねたら刺すぞコラ。』

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死ぬまでにいっぺん言ってみたい第3位です。

第2位は竜二の女がやって来て、北公次が飲み物を聞くくだり。

『なんにしましょうか』

『コーヒーちょうだい』

この何のへんてつもない会話で

『テメぇで入れろ!このヤロー!』

これが第2位。

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『ダメだよあの女・・・ションベン臭くてよ。いくら腰ふったて

シも炊けなきゃ女じゃねぇよ』

劇中、タクシーに乗って街を冷やかして回る回想シーンでは

ナント!百恵ちゃんの『プレイバックPART2』がバックに流れます

そして・・・

死ぬまでに言ってみたい

第1位がコレ!

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『俺は三東会の竜二だ

てめぇら腐った大門ぶら下げて

商売できると思ってるのか・・・』

この時の傷害事件で竜二は逮捕。

妻のまり子(永島暎子)は竜二と別れる為の手切れ金という事で

親からお金を借りてなんとか保釈金を用意する。

別れるという事は娘と離ればなれに暮らす事であり

それを聞いた竜二の怒りはハンパじゃなかった!

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『あやは俺の子だからな!このヤロー!』

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平手で顔を殴った後、蹴りをブッ込む竜二

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本当の悲鳴を上げる永島映子

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『テメェ等も知ってるくせにとぼけやがって・・・』

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ホコ先は舎弟の北公次と金造に及ぶ

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『テメエら誰のお蔭で道が歩けてんだ!

あ?

ネコや犬だってな、恩を受けりゃちゃんと返すんだよ』

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『なんで人を殺してでも金を作らねんだよ!

それがヤクザモンだろうが!』

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そこいらのヤクザ映画より震えあがるこの場面。

いつ見ても『痛い!』と、目をそむけてしまいます。

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結局カタギになった竜二が言ったセリフ・・・。

これ、映画史上に残る名セリフですよ。

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『花の都にあこがれて、飛んできました一羽鳥

ちりめん三尺ぱらりと散って、花の都は大東京です。

金派銀派のネオンの下で、男ばかりがヤクザではありません。

女ばかりが花でもありません。

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六尺たらずの五尺のからだ。今日もゴロゴロ、明日もゴロゴロ。

ゴロ寝さまようわたくしにもたった1人のガキがいました。

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そのガキも今は無情にも離ればなれ。

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1人寂しくメリケンアパート暮らしよ。

今日も降りますドスの雨。刺せば監獄、刺されば地獄。

私は本日ここに力尽き、引退いたしますが

ヤクザもんは永遠に不滅です』

で、しばらくは堅気になって頑張ってみるんですけどね

結局またヤクザの世界に戻っちゃいます。

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戻るキッカケになったのが

伝説のラスト・シーンです。

これはバラしません。

是非見て下さい。

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『竜二』が封切られた時、金子正次は劇場の外にいたそうです。

『立ち見が出たぞ!』

思わず『やった!』と声を上げ、劇場の階段を駆け上がり自分の目で満員の客を確かめたという。

その直後、『体がだるい』と訴えロビーのソファに倒れ込んだ。

タクシーで帰宅後、救急車で搬送され

1983年11月6日、午前3時35分

松田優作らに看取られながらこの世を去った。

享年33歳。

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葬式の時、松田優作が言いました。

『この男は天才です。たった一本の作品で

スターになった。

オレ達はこれから先・・・

一体何本の駄作をつみ重ねていくのだろう。

それを思うとオレはコイツがうらやましい』

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その松田優作も6年後の1989年膀胱がんで死去。

奇しくも金子正次と同じ11月6日だった。

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金子さん、娘のあやさん元気ですよ!


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『ビート・チャイルド』と聞いてわかる人が何人いるだろう。

今から26年前の1987年8月22日、23日の2日間。

熊本県にある野外劇場アスぺクタのこけら落としろして行われた

日本初のオールナイト・ロック・フェスティバル!

事務所やレーベルの垣根を越えて集まったアーティストは

ザ・ブルーハーツ、レッド・ウォーリアーズ、BOOWY

尾崎豊、白井貴子、ハウンドドッグ、ストリート・スライダーズ

岡村靖幸、渡辺美里、佐野元春・・・・

もうこの先、同じステージに立つ事等万が一も無い超豪華なアーティスト達。

当初は3万人の予定だったハズが最終的には7万人を超えていた。

その様子を伝える記事がありますので引用させて頂きます。

以下は『パチ・パチ・ロックンロール』

11月号の記事で文は藤沢映子さん。

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せっせとバイトをしてお金をためた奴

18歳未満は保護者同伴という条件に親を説得した奴。

サマーキャンプだと嘘をついて家を抜け出した奴

お盆休みを返上して休みを振り替えた奴。

様々な人達が南阿蘇のアスペクタを目指して全国から集まった。

その数ざっと8万人!

それは今世紀最大の最高のロックイベントになる予定だった。

キャッチコピーには

『夏、星空、ダンス、涙、笑い、出会い、火山、大草原、ロックンロール』

という文字はあっても、『雨』という文字は予定には無かった。

ステージはから客席最後列までは約1キロ。

巨大なステージも最後列からは10円玉くらいの大きさにしか見えない。

1回目の雨は、開演前に襲ってきた。ポツリ、ポツリと大粒の雨。

それは傘をさす間もなくドシャ降りのスコールになった。

通路という通路が川と化しステージ付近は濁流の渦・・・・。

しかし、山の天気は変わりやすいとは良く言ったもので

雨は夕立のように30分でピタリと止み

大イベントの幕は切っておとされた。

午後6時ジャスト。

トップを切って、ザ・ブルー・ハーツが登場。

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『俺たちは絶対せこいステージはやらんけん!

みんなもせこいノリするなよ!』

というヒロトのMCに、ドォーッと沸く客席。

足場がぬかるんで悪いのに、泥なんかおかまいなしに踊り出す。

これから12時間もの長丁場・・・体力をセーブしておこう・・・

なんて発想は次々に登場するアーティスト達がそれを許さない。

『まるでウッドストックみてえだぜ!』

ステージからレッズの田所豊が叫んでいた。

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午後8時半すぎ。

白井貴子のセッティングが始まった頃、とうとうドシャ降りがやって来た。

ステージの上のスピーカーをビニールシートで隠そうとするが

激しい風雨で思うようにいかない。

せめてキーボードとドラムセットだけでもとテントが組まれる。

10分、20分、30分、40分……。

客席の足場もぬかるみから泥沼へと変わり

一歩踏み出すたびにクツが泥にとられて脱げそうになる。

とうとうハダシで歩き回る奴もいた。

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約1時間遅れでようやく白井貴子の姿がステージに現われた。

1曲目でギターとベースの音が出なくなった。

ドラムの音だけを頼りに歌う。そのうち足元のモニターも壊れ

白井は自分の声が聞こえない状態でライブを続行した。

音響が何度もトラブルを起こし、そのたびに曲と曲の間が開く。

『みんな寒くない!』

『後ろのほう聞こえてる!』

観客を気使い、自らバケツ一杯の水を頭からかぶって

ファイトを見せる。

客席の迷いは、この瞬間に吹き飛び

再びビートの中へと突入した。

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前半のトリとしてハウンド・ドッグが登場した。

アクシデントにはめっぽう強い彼らの登場は

前半で一番の歓声をもって迎えられ

豪雨も、寒さも、泥沼も、きっと彼等なら

忘れさせてくれるという期待が込められていた。

『こうなったら、とことん降ってもらおうじゃねぇか!』

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『こんな山ん中に8万人もの人が集まるってことは

大変なことなんだぜ!

これからは、俺たちロックの時代が来るんだよ!

今日が俺たちの、そしてここにいるキッズたちの

ロックンロールの夜明けだぜ!』

大友の力強い声は雨の中をつき抜けた。

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日付が変わった23日、午前一番で登場したのは

既に解散が決まっていたBOOWY。

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最強のリズム隊も、雨でパコパコという音になり

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エフェクターなしの布袋のギターはいつもの華麗さに欠けた。

しかしいい曲は

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雨に負けない!

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自分のジャケットを彼女にはおり、肩を強く寄せ合いながら

リズムをとるカップル。

ランニング1枚でプッツン切れて躍り狂う少年たちの一団。

ビニールのゴミ袋に穴をあけて頭からかぶっている少年。

全身泥だらけでも『ヒムロック!』と叫んでいる少女。

BOOWYが終わったあたりから、急激に気温が下がり始めていた。

同時に救護テントに運ばれる人の数が増え始める。

くちびるをまっ青にして、泥の中にうずくまる少女。

木の机にもたれかかりながら眠る少年。

雨は容赦なく打ちつけていた。

状況は、極悪だった。

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時折くる横なぐりの雨が、カッパの内側に入り込む。

もはやビニール1枚のペラペラのカッパなど

着ていてもいなくても同じだった。

意図的にロックンロール・ナンバーばかりを

たて続けに演奏するスライダーズ。

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ハリーも蘭丸も、1曲目から髪はペシャンコ。

いつもは決して見られないなりふりかまわぬ姿が

熱いビートが、何かを支えていた。

救急車が次から次へとステージサイドに到着しては人を運んでいく。

救護テントはまたたく間に一杯。

ステージ下の本部も、まるで難民収容所と化していた。

そんな中、尾崎豊が登場。

アコースティックギター1本の弾き語りから始まった。

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その時、いきなり会場は暴風雨に見舞われた。

横なぐりの雨が、歌う彼の頬に打ちつける。

小倉から車で仲間3人とやってきた二十歳の女の子は

仲間の1人の気分が悪くなり、その付添いで

もう1人も車に戻るといい出した為引き返していた。

会場にひとりで残るのが心細くて、つい仲間に付いて戻ってしまった彼女

車の中にかすかに届いて来た尾崎の歌を聞いた時

彼女は後悔が止まらなかった。

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『ひとりって言ったって、まわりには何万人もの人達が

同じ雨に打たれてがんばってたのに

私の尾崎に対する気持ちは、この程度のものだったのかって……

私は雨に負けたんじゃなく、自分に負けたんです』

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午前3時すぎ。疲労、空腹、悪寒・・・

すべてのピークを迎えようとしていた時刻に

渡辺美里はステージに上がった。

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『みんな、もうちょっと頑張れる?』

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『震えなのかビートにのっているのか、足の感覚がマヒしてて分らなかった』

『気力をふり絞って、それでも眠くて立ったまま眠ってた』

『意識の外で口が勝手に動いて歌ってた』

『コンサートは朝までこのまま続行します!

気分の悪くなった人は、我慢しないで申し出て下さい!』

主催者側から何度も繰り返されるアナウンス。

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中止はあり得なかった。

雨もビートも止むことなく11時間が過ぎようとしていた。

夜が白々と明け始めた頃、オオトリで佐野元春が登場した。

もうファンであるない、好き嫌いを越えたところに

あるひとつの感動を生んだ。

夜明けの空に向かって、8万人に向かって歌う『SOMEDAY』

雨はほとんどやんでいた。

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この夜、救急車で運ばれたり、救護テントや体育館に

身を寄せた人の数は500人余りにものぼった。

阿蘇測候所の調べによると、この間の降雨量は71、5ミリ。

ちょっとした集中豪雨並みの雨量だった。

自家用車で来た人以外は、途中で帰りたくても交通手段は一切ない。

雨に打たれ、泥の中に立ちっ放しでいるしかなかった。

出演を終え、バスに乗り込むアーティストが言った。

『僕らは1時間濡れているだけだけど
客席はずっと濡れっ放しなんだよね。
とてもじゃないけど
ここにいて暖かいお茶を
飲む気分にはなれないよ』

23日の昼・・・。

熊本駅、空港は、泥だらけの若者たちであふれかえっていた。

事情を知らない大人たちが、けげんな顔でその集団を振り返る。

『思わずどうだ!って胸を張りたくなった。

だって、私たち泥んこはみんな

ビート・チャイルドなんだもん!』

と、いうワケで、今回が最後の上映でDVDも発売されないという事で

映画『ベイビー大丈夫かっBEAT CHILD1987』を観てきました。

80年代を突っ走ったアーティスト達の絶頂期のライブ映像を

堪能するつもりの軽〜い気持ちで見に行ったら

とんでもなかった!

壮絶ライブの完全ドキュメンタリー!

これでもかと止まない雨

疲労困憊のスタッフ

ボロボロの観客・・・・

こんな地獄絵図のような状況で

アーティストが見せる最高のパフォーマンス!

今、こんな豪雨が降ったら即中止である。

続行したらしたで、社会的責任を追及されてしまう。

あの時代だったから出来たのかもしれない。

最後に主催者のハートランドの春名源基さんが出て来てこう言った。

『すいませんでした!あの日にしたのは

私の誕生日だったからで・・・』

TV放送、DVD化、ネット配信、一切ナシ!

まさに今世紀最低で史上最高の

ロックコンサートでした。

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『東京!』


発表の瞬間はリアルタイムで見れた。

静まりかえった会場でIOCのロゲ会長が読み上げた瞬間!

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小渕さんの『平成』を思い出した。

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東京がトルコとの決選投票で60対36の大差で圧勝!

1964年以来、56年ぶりとなる

夏季五輪の開催に日本中が沸いた。

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中でもこの人のスピーチは素晴しかった。

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『滝川クリステル!!』

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ひとつ簡単な例をご紹介しましょう。

もし皆様が東京で何かを失くしたならば

それはほぼ確実に戻ってきます。

たとえ現金でも。

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実際に昨年、現金3000万ドル以上が落し物として

東京の警察署に届けられました。

世界を旅する75000人の旅行者を対象として

行った最近の調査によると

東京は世界で最も安全な都市です。

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地味な顔立ちのジャパニーズプレゼンが続く中で

クリちゃんの登場は格段に華があった。

英語、フランス語がペラペラでこのビジュアル!

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夜のロビー活動なら彼女の右に出る者無し!

立候補ファイルによると、37の競技会場のうち

既存施設は15会場、新設は22会場。競技会場や選手村など

総額4554億円!

開閉会式などが行われるメーンスタジアムとなる国立競技場は8万人収容の

開閉式屋根付きスタジアムとして建て替える。デザインは英国の設計事務所

ザハ・ハディド・アーキテクトの案で工事費は約1300億円!

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本当にきるんだろうか・・・カッコ良すぎ!

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さらに晴海にできる選手村は工事費1057億円。

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約1万7000人の五輪関係者が宿泊可能な施設を建設予定。

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大会終了後は住宅として供給するんだとか。

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また、道路などのインフラ整備も進め

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現在整備中の3環状道路のうち

首都高中央環状品川線が2013年度に完成!

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2020年には3環状道路の9割が完成する予定。

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また、首都高速晴海線が2015年度に

環状第2号線が2020年までに完成し

選手村から競技会場へのアクセスが向上!

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ちなみに選手村の最寄り駅は都営大江戸線の勝どき駅。

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そんなこんなで今日は朝早くからの各局総力を挙げての

『五輪決定』の特別番組!

東京に決まった瞬間の各局の様子

NHK・・・『2020年、オリンピックは東京』

日テレ・・・『オリンピックが東京に』

TBS・・・『東京五輪決定』

フジ・・・『五輪が東京に』

テレ朝・・・『東京五輪決定!』

テレビ東京・・・

『見てください!このダイヤモンド!』

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エーッ!!

ある意味、何があってもブレない

テレビ東京に金メダル!

とにもかくにも、生きてる間に、二度と無いであろう夏のオリンピック!

マラソンの沿道での応援でもいいから

是非とも参加したいものである。


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『昭和40年男』


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唯一のお友達であるマカロニさんのブログ『マカロニダイヤリー』の中の

【『昭和40年男』にキャンディーズが。】

というタイトルで紹介されていた『昭和40年男』という雑誌。

表紙のキューティーハニーが気に入って

早速買いに行って見るも

『ウチでは取り扱ってません!』

と、冷たい店員。

だから最近の本屋はダメなのだ!

昔はすぐに在庫確認や問い合わせをしてくれたものだ・・・・。

結局アマゾンで注文し、それが昨日来た。

この雑誌がどんな本だったかっていうと・・・・

初めて入った定食屋で『カツ丼』を頼んだとします。

すると、カツ丼はもちろんの事

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ビールも付いて

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新鮮なお刺身(マグロのみ)もついて

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目の前で揚げた天ぷらの盛り合わせとは別に

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もう一匹、エビをうどんに入れて出され

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デザート迄付いて

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880円!

『また来てくださいね!』

と、こんな女将さんに言われたら

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またと言わず30分後にまた来ます!

いや!

明日から毎日3食ここで食べます!

『昭和40年男』は

まさにそんな雑誌でした。


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