音選街

音楽を中心に勝手にレビューしてます

アイドルの部屋

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今まで見てきた中で好きなアイドルです。
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1985年4月21日発売
最高103位
作詞/秋元康 作曲/水谷公生

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☆佐野量子(さの かずこ)1968年8月22日生まれ
静岡県富士宮市出身 154cm A型

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『どうもー!妄想漫才、略してモウマンでーす!』

『いや〜かっしわばらよしえ以来久々のシャバだな。』

『今日はスタートから演らせてもらえるんですね』

『で?今日は誰やんの?』

『この人です!』

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『佐野量子か・・・昔は可愛いかったんだよな・・・』

『ですよね!清楚でおっとりしてて・・』

『不感症で・・・』

『ちがいます!』

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『イメージだとトロそうに見えるけど、意外と足が速いんだよ!』

『見えないですね・・・なんか運動神経ゼロって感じですけど・・・・』

『ロケで立ち寄ったサービスエリアでバカだから迷子になっちゃって・・

下りSAから上りSA迄高速道路を走って横断しちゃったんだから』

『危ない!』

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『危ないって言えば、母ちゃんがやきそば作ってる最中に

怒っちゃって量子にやきそば投げたんだよ』

『お母さん!』

『そしたらすぐに投げ返した』

『量子ちゃん!』

『しかもあの女、炭酸飲まないんだって!』

『関係ないでしょ!』

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『ところで量子ちゃんのデビューのキッカケは何だったんですか?』

『高校の時、自分でタレント養成所に申し込んで

静岡から東京迄毎週通ってたら

根性あるって事務所の社長の目にとまったんだ』

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『それで水谷豊主演のドラマに抜擢されたんですね!』

『そう、“気分はノーパンティ”!』

『名探偵!』

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『ところがせっかく女優でデビューしたのに

歌手になりたいなんて言い出しやがって』

『アイドルの定石通りじゃないですか』

『しょうがないからデビューさせてやったら100位にも入らなかった』

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『バカの西村知美だってデビュー曲は2位だったんだぜ!』

『量子ちゃんは17枚出したシングルのうち

『さよならが聞こえない』の32位が最高で

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売上は『4月のせいかもしれない』の1、9万枚が最高なんですよね・・・』

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『そういや昔、変なファンに自宅突きとめられちゃってさ

ドアの郵便受けのとこから“入れてよー”って騒がれて

“帰って下さい!”って言ったら“寒いよー”だって。』

『なんで警察呼ばなかったんですかね?』

『それを中森明菜に話したら

“そんなのドアをガーンと蹴っ飛ばしゃいいんだよ!”

だって!あれには笑ったな・・・』

『さすが少女A!』

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『ツッパリで思い出したけど、ブラックボードって映画知ってる?』

『見た事ないですけど・・・イジメ問題を取り上げた映画ですよね!』

『教室でションベン漏らすは、みんなの前でパンツ丸出しになるは・・・』

『アイドルがパンツ丸出し?』

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『撮影の時、恥ずかしいからって自分のパンツの上に

4枚もパンツ履いちゃって!』

『じゃぁ全部でパンツ5枚履いてたんですか?』

『量子が茶巾にされた後、イジめていた女の子達も茶巾にされるんだけど

そいつらは全員生パンだったから量子のパンツが

重ね着だっていうのがバレバレで

おむつみたいにポコッと浮いていて情けなくなったって

試写見て自分で言ってた』

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『何やってもダメだったけど『なまこ発言』には笑ったな!』

『なんですか?なまこって』

『スキューバー・ダイビングが好きでよく海に潜って

なまこをちょう結びにするって言ったんだ』

『ちょう結び!!』

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“こいつは面白い!”って、さんまやタモリが使いだして

『ひょうきん族』の『なまこ姫』も

『いいとも!』の『動物に例えると何ですか?』も

天然ボケの連発で面白かった。』

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『そう言えばマンタの上に乗って海の上をデートしたいって言ったんですよね!』

『マンタじゃなくて馬に乗った武豊が現れた』

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『2人のなれ初めはなんだったんですか?』

『最初は中央競馬のイベントにゲストで呼ばれて

歌を唄って終わりだったんだけど

偶然、その翌日も“わいわいスポーツ塾”で二人は一緒になった。

で、武が“いいとも”のテレフォン・ショッキングに出た時

芸能人の友達がいないって困ちゃって・・・

苦肉の策で2日続けて会った佐野量子を紹介したんだ。』

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『とどめがその後に雑誌の対談やって武が量子にゾッコン!』

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『騎手のくせに朝が弱い武の為に、どんなに遅く帰っても

ちゃんと毎朝4時にモーニングコールをして起こしてたんだって!

それも6年間ずっと!』

『いい子ですね・・・でも出会ってから結婚迄7年もかかってるんですよね・・・』

『畠田理恵とどっちにしようか迷ってた』

『コラーッ!』

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『あんだけ稼いでおきながら結婚式にかけた費用がたったの15万!』

『15万?』

『しかも1000人分のご祝儀とテレビ中継の放映権料で

がっぽり稼ぎまくり!!』

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『競馬界のプリンスと芸能人のカップルとは思えない

質素な結婚式だったんですね・・・』

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『いいか、武の全盛期の年収いくらだと思う?

2億6千万だよ!

最近はケガやスランプで勝てなくなったとはいえ

去年だって1億4千万稼いでる。

量子はまさに玉の輿!』

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『いくらお金があっても子供だけはできなかったですね・・・。』

『量子は子供はできるだけ多くほしい!って言ってたんだ。

お風呂で輪になってみんなで身体を洗いっこするのが夢なんだって。』

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『なんでできなかったんですかね・・・』

『馬には毎日乗っても量子には乗り飽きたのか

それともマンタがいいと量子がダダをこねたかどっちかだな!』

『どっちも違います!』

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『でも国内最強のジョッキーのDNAがこれで途絶えちゃいますね・・・』

『いざとなったら“ほしのあき”とか“さとう玉緒”に

腹だけ貸してもらうか・・・』

『やめなさい!』

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『出来なきゃ出来ないで不妊キャラで

全国行脚の旅に出るってのはどう?』

『余計子作りができないじゃないですか!』

『そうだ!量子はなまこが好きだから“なまこ”のぬいぐるみ着て

“なまっしー!”なんてどう?』

『ふなっしーのパクリでしょ!』

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『鳴き声はね、ナマっし−だっし−!』

『ナマコもなまっしーも子作りと全然関係ないじゃないですか!』

『あるよ!』

『なまっし−、ナマ出っしー!』

『いい加減にしなさい!』

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『最後はキレイに〆て終わって下さいよ!』

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『量子の高速手コキ!』

『コラーッ!』

チャン!チャン!


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1996年3月6日発売
最高2位
売上 139万枚
作詞作曲/小室哲哉

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デビュー当時は小室ファミリーの一員として絶大な人気を誇っていた華原朋美。

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今では女子高生から

『誰?』

と言われるくらい落ちぶれてしまったが

昨今、歌ってる姿を見てビックリ!

全盛期の頃より歌が上手くなっていていて

ルックスも昔と変わらず可愛いままだった。

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そんな奇蹟の復活を遂げた朋ちゃんは

☆華原朋美(しもがわら ともみ)1974年8月17日生まれ
浦安市出身 156cm O型

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中山美穂や工藤静香に憧れ高校1年の時、『国民的美少女コンテスト』に応募。

しかし本選の面接の際に母親が

『娘の芸能界入りには反対です!』

と、言った為に本選には出られず。

ちなみにこの時のグランプリは

偽ベートーベン事佐村河内と不倫の噂が明るみになった

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小田茜!

高校3年のある日、渋谷の吉野家で大好きな牛丼(つゆだく)を食べている時に

スカウトされたのがキッカケで芸能界入り!

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河合美保、渡辺夏代、三浦彩香、遠峯ありさ・・・

と、色々と芸名を変えながらモデル、雑誌のグラビア、深夜番組のアシスタントなど

地道に活動をしていた。

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すると、偶然テレビを見ていた小室哲哉がまさかの

一目惚れ!

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業界の力をフルに使って携帯番号をGET!

当時青山で小室が経営していた『TJM』に呼び出し、あっという間に交際がスタートした。

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華原は当初、女優志望だったが、歌声を聞いた小室は不覚にも涙を流し

『彼女の声は涙腺を刺激します。

天性の声質を持ってるアーティストと言っていい。

愛を歌うことが出来る人』

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と、大絶賛!

自ら華原の自宅へ出向いて両親を説得し

『僕が君を歌手として育てる』

と、同棲生活がスタート。

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2人の交際を週刊誌にスっパ抜かれた時、小室はこう言った。

『アーティストに手をつけたのではない。

恋人に曲を書いてデビューさせただけだ』

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1995年、小室が立ち上げた新レーベル

『ORUMOK』(KOMUROを逆さから呼んだだけ)の

第一弾アーティストとしてデビュー!

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デビュー曲『KEEP YOURSELF ALIVE』最高8位、37万枚だったが

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その1ヶ月後に出したセカンド・シングル『I BELIEVE』最高4位迄上昇。

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約半年間に渡ってチャートインし続け、最終的に

102、8万枚の大ヒットとなった。

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この年の賞レースは華原の為にあったようなもので

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日本有線大賞を初め全日本有線、レコード大賞等

新人賞と名の付くものは全て華原が総ナメ!

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とどめが彼女にとって最大のヒットとなった『I’m proud』

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この曲は140万枚の大ヒットとなり

デビューからたった1年で頂点に立った。

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さらにファースト・アルバム『LOVE BRACE』は

初動でいきなり100万枚を突破!

これは当時の新記録であり

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最終的に257、1万枚というダブルミリオンを達成。

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その後も出したシングルは4作連続で1位となり

『桃の天然水』のキャラクターに起用された時には

売上が7倍にハネ上がる程の社会現象となり

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『JUNON』では『なりたい顔No1』に選ばれ

華原を真似たヘアースタイルの姉ちゃんが

街中に大量生産されていた。

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アヒル口で人なつっこい愛らしいルックスと

こんなのよく歌えるな〜と感心した高いキーの楽曲の数々・・・。

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トップに上りつめたのも早かったが

堕ちるのも早かった。

1998年、華原朋美がワーナーへ移籍した時は

新曲よりも破局が話題になった。

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5分置きにかかる電話や忙しくて会えない事に

腹を立てて包丁を振り回したり

奇声を発して大騒ぎするわがまましたい放題

華原に小室が疲れ果てたと言われているが

最大の原因は小室が作った楽曲に華原がついていけなくなった事。

『キーが高い曲の方が売れる』

という持論通り、彼がプロデュースしてきたアーティスト達はみんな

高いキーを歌わせられてきた。

華原もその一人であり、デビュー当時から高音で歌い続けて喉を酷使。

やがて小室が理想とする楽曲を歌う事ができなくなった。

簡単に言えば『お払い箱』である。

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『街を歩いていると、“あ、あの子クスリの子よね・・・”って

囁く声が聞こえてくるんです。』

1999年の1月30日に小室と破局が報道されると

翌日には自宅でガス中毒を起こして救急車で運ばれた。

『自殺未遂では?』

との憶測が流れ、自宅には100人を超える報道陣が殺到!

入院2日後には元気な姿を見せていたが

この騒動でCMも降板となり、仕事がゼロとなり

結局華原は休養に追い込まれる。

そしてこの頃から薬物への依存度がさらに強くなっていった。

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『完全にラリっていて、夢遊病のように歩いている。

ちょうど小室さんに捨てられた時で

ショックでおかしくなっていたみたいで、半ば廃人のように見えました。

目がトロンとして、口元もダランとゆるんで

あっち行ったりこっち行ったり・・・』

2007年には仕事のドタキャンが相次いでとうとう事務所から

“解雇!”

さらにレコード会社も

“契約解除”

ファンクラブも

“解散”

させられて、事実上引退のようなものだった。

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『フラフラ下着一枚で道路に出て行ってしまう事がありました。

ラムネを食べるようにボリボリと薬物を服用して

顔が人じゃない状態だった。』

大量の精神安定剤や睡眠薬を飲んでいた為

タクシーに乗っても行き先を告げられない程、意識がもうろうとしていたとう。

これに見兼ねた家族が

閉鎖病棟に強制的に入院。

そこはスチール製の洗面所とトイレしかない部屋で

隣室からは悲鳴が聞こえてくるような場所だった。

『はなせバカ野郎!』

暴れる華原を男兄弟が3人がかりで抑え込み入院させるも

退院直後に薬物を飲んでしまい、2度3度と入退院の繰り返しだったそうだ。

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2010年、フィリピンに単身赴任中だった父親の提案で

ボランティアをしながら静養。

体の中の薬物を抜く為に、毎日ミストサウナに入って水を飲むという事を半年間続けた。

『1日乗り越えるのにまだ慣れた自分はいない』

歩行すら困難で、リハビリのメニューの中には『歩く』という練習も入っていたという。

家族の支えと懸命な努力でだんだん薬が抜けて

彼女は再び歌う事を決心!

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カラオケボックスで録音した自分の歌のCDを送り

以前の過ちに対する謝罪文を手紙に書いて

解雇された事務所に華原は送り続けた。

その熱意が伝わり2012年12月

芸能界に復帰した。

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最初は事務所内で華原の復帰に反対する声も上がっていたが

『近所に道で倒れている人を見て

私は見捨てて通り過ぎるわけにはいかない』

と、社長自ら説得したという。

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『今思えば、トップアイドルになれた事は『運』だったと思う。

何かのタイミングで急に有名人になって

全てがガラッと変わって欲しいものは何でも手に入り

勘違いが始まったんです。』

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『自分にとって必要な人ではない人たちばかりだったので

携帯の本体ごと捨てました』

昔の悪い自分に戻らないように、以前持っていた洋服も携帯電話も全部捨てて

何も無い状態に戻す事から復帰を始めたという。

若い頃は喉だけで歌っていた歌も腹式呼吸で歌えるように

自費で都内の時間貸しの音楽スタジオに通って

一からトレーニングを積んできた。

そんな華原に来た仕事のオファー

『暴露本』か『ヌード写真集』を出さないかという厳しい現実だった。

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全盛期の頃は有り得なかった地方のイベント周りも

まるで駆け出しの新人のように真摯な姿勢で取り組み、全力で歌っている。

そこが田んぼの真ん中のスーパーでも、自分が必要とされればどこだって行く。

『昔の歌はイントロを聞くだけでも嫌だった。

自分を過去の栄光にすがり過ぎてる

残念な人間と思って見ていたから・・』

2012年の『FNS歌謡祭』で5年ぶりの復帰を果たし

生放送で『I’m proud』を熱唱!このパフォーマンスは

ネット上で大絶賛された。

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『今日の華原はマジで鳥肌たった』

『感動して涙がとまらない』

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『今の華原朋美にしか歌えない『I’m proud』だった』

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『誰にも理解されなそうだけど、普通に泣けた』

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『みんなへの感謝の気持ちがのっかっていた』

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『本当の歌姫!』

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そして昨年、復帰後初となるワンマンライブは

池袋のサンシャインシティの

噴水広場で行われた。

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バックバンドはキーボードが1台のみ。

たったの15分のステージである。

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雨の中、集まったファン1000人。

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1曲歌い終わっただけで汗びっしょりになった。

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そんな華原に真っ先に飛んできた声援が

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『お帰りー! 』

感動したぞ!

頑張れ朋チン!


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1983年2月23日発売
最高1位
売上 57、3万枚
作詞/売野雅勇 作曲/大沢誉志幸

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2010年10月から体調不良を理由に無期限活動休止をしていた明菜嬢が

来月8月6日発売のベスト盤に5年ぶりとなる新曲を発表!

メディアへの出演は無いものの

遂に、遂に、遂に!

中森明菜復活です!

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その一報を聞いた時には野々村議員ではありませんが

思わず泣きそうになりました。

新曲なんかハッキリ言ってどうでもいいのです。

またマイクを握ってくれた事が嬉しいです・・・。

という事で今回は明菜嬢の復活を祝して『1/2の神話』。

作詞は『少女A』と同じ売野さん。

『ツッパって大人のフリをしてる自分』と『本当は純粋なままの自分』を

半分(1/2)づつと歌わせる見事な歌詞。

作曲は沢田研二の『おまえにチェックイン』や『晴れのちBLUE BOY』等の

楽曲提供をして業界では注目されていたが

まだソロデビュー前だった為、世間では全くの無名のアーティストだった大沢誉志幸。

『そして僕は途方に暮れる』が大ヒットしたのはこの翌年でした。

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『セカンドラブ』の後に再びツッパリ路線に戻った明菜嬢。

『明菜スタッフと喧嘩』、『マネージャーと対立』、『わがまま』など

マスコミや週刊誌に書かれ、完全にツッパリのレッテルを張られたが

実際の内容をよくよく読めば

新曲の振り付けや衣装に関し、自分の意見を通しただけだった。

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明菜嬢が与えられた物を『ハイ、ハイ』と何でも素直に従うその辺のアイドルだったら

ここまで売れてなかったでしょう。

大体デビュー前に事務所が用意した芸名がセンスのカケラも無い『森アスナ』で

キャッチコピーが『エッチなミルキー娘』!

『スローモーション』の衣装が楽曲のイメージとはかけ離れた

透け透けのシースルーが用意されていたりと

コーナーポストからドロップ・キックを

お見舞いしたくなるような出来事が

日常茶飯事だった。

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大人の意見なんかアテにならない、自分の事は自分で決める!

と、事務所が用意した芸名は却下して本名でデビュー。

デビュー曲も自分で決めて、振り付けも衣装やヘアースタイルも自分で考えてきた明菜嬢。

アイドルだけどプロ意識が高くて、ちゃんと自分を持ってると

女の子のファンがやたら多かった。

昔、『ザ・ベストテン』に初めて聖子と明菜譲が一緒に登場した時

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『うちではみんなが聖子さんの大ファンなんです!』

『隣でお化粧している時もボケーっと見とれてたんです・・・』

と、子供のようにはしゃぐ明菜嬢の横で

『聖子さん、あなたは明菜さんをどうご覧になってます?』

『凄くしっかりしてらして・・・それでいて可愛いらしくって

とても素敵だと思います』

『ライバル意識はありますか、明菜ちゃんに』

『やっぱり頑張らなきゃいけませんね・・・』

と、当たり障りのない大人のコメント。でもきっと本心は

『とんでもないのが現れた・・・・』

だったに違いない。

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『スローモーション』で出た時は全くのノー眼中だった明菜嬢が

こんなに早く自分を脅かす存在になろうとは思ってもみなかっただろう。

ちなみにこの時の順位は『1/2の神話』が2位で聖子の『秘密の花園』は3位だった。

『1/2の神話』は『ザ・ベストテン』で翌週には1位となりその後7週連続で1位をキープした。

そう言えば、この『1/2の神話』だけジャケットが2種類存在している。

通常でも正規盤とプロモ用とジャケットが2パターンあるので

別に珍しい事ではないが、『1/2の神話』は最初のジャケットでドーンと売った後

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今度はジャケット写真だけ差し替えて再度発売したのだ。

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そうゆう事をするから明菜嬢が怒るのだ!

そしてそれがまたマスコミの格好のネタになるのだ。

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♪いいかげんにしてぇ〜♪

早く元気な姿をまた見せてほしいものです。



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2006年10月25日発売
最高4位 
売上 7、5万枚
作詞/来生えつこ 作曲/来生たかお

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☆長澤まさみ(ながさわ まさみ)1987年6月3日生まれ
静岡県磐田市出身 168cm A型 

『おまえがウンコやからや!』

ドラマの収録中、頭にハエが止まったのを見て、さんまがからかうと

その場で泣き出してしまったまさみ譲。

撮影は中断されヘアーメイクさんにメチャクチャ怒られたとか。

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長澤まさみの大ファンを公言する芸能人はさんまの他に

毒舌王として再ブレイクした有吉弘行。

有吉が『唯一好きな女優さん』と絶賛し、付けたあだ名が

『寝ぼけ女優』

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またマンチェスター・ユナイテッドに所属する香川真司は

『昔から23年間ずっと、長澤まさみさんが大好きでした。』

と、テレビで告白するほどの超列な大ファン。

『勝ったらデートしてあげる』

と、香川と約束していたらW杯でもっとゴールを連発していたかもしれない。

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サッカーと言えば父親の長澤和明は元日本代表でジュビロ磐田の初代監督。

教え子であるゴン中山とは今でも家族ぐるみの付き合いが続いており

まだ子供だったまさみ譲にゴンは結婚のプロポーズ。

『そうゆのって言われた方は覚えてるでしょ。

なのに結局、生田智子さんと結婚なさって・・・

大人って嘘つきって思いました。』

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それを聞いたゴンは

『もったいない事をした・・・』

と、苦笑。

ちなみにまさみ譲の理想のタイプは

『自分と目線が同じくらいの人』

これは価値観が一緒という意味ではなく、文字通り

『背の高さが一緒』という意味。

綺麗な靴をはいて夜の公園をデートするのが夢なんだそうだ。

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子供の頃はバカ殿のメイクをして重ねた座布団の上に座り

『お殿様のおな〜り〜』

と言って押入れから登場!

帰って来た両親を爆笑させたというまさみ譲。

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性格は人見知りが激しく、『欲しい物は?』の質問に『低い身長』とキッパリ答える反面

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自分のπの大きさについては

『お母さん譲りで大きいほうかなあ』

と、笑顔でコメント。

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そんなまさみ譲が芸能界のデビューのキッカケとなったのが

第5回東宝『シンデレラ・オーディション』

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過去には沢口靖子や斉藤由貴を輩出しており、数年に1度しか行われていない。

これにまさみ譲が応募したのはゴン夫妻の強い薦めであった。

小学生でありながら巨峰πに加え、見事な美脚!

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ゴンが惚れただけあって

史上最年少の12歳でグランプリを獲得。

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優勝賞金100万円は母親が使い道を決めてしまった為

まさみ譲は何も買ってもらえなかったとか。

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2003年、映画『ロボコン』(あのロボコンじゃありません)で初主演を果たし

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『この映画を通じて演技に目覚めた』

と、彼女自身、最も好きな作品に挙げている。

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そして翌年、社会現象ともなった

『世界の中心で愛を叫ぶ』が85億円の大ヒットを記録!

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年頃の女の子が本当に頭を丸めるという役者魂に心を打たれました。

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この演技で史上最年少で日本アカデミー賞『最優秀助演女優賞』を受賞。

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2005年には『タッチ』の実写版でヒロインの浅倉南に抜擢。

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『なぜ20年以上も前の漫画の映画を今作るのか?』

との問いに、プロデューサーの山中氏はこう答えた。

『あの浅倉南を演じることが出来る女優がやっと現れたんだ。

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しかも、今、この瞬間の彼女こそが南ちゃんなんだ。

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だから急いで撮る必要があった。』

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彼女の作品を全部見たワケではないが、たま〜にテレビでやってるのを見ると

いつもセーラー服を着ているような気がする。

そこで、まさみ譲のセーラー服特集!!

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まさにGOOD・GIRL!

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さて、セーラー服と言えば『セーラー服と機関銃』。

『カ・イ・カン・・・・』の名セリフこそ無かったものの

あの薬師丸ひろ子の映画版のドラマ化で、今度はまさみ譲が機関銃をブっ放した。

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『キレイごと言ってんじゃねぇ!』

と、タンカを切るシーンは鳥肌モノでした。

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さらに役名の星泉名義で主題歌『セーラー服と機関銃』をリリース。

可愛いルックス、デカいπ、スラリと長い手足・・・

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全てが恵まれた容姿端麗なまさみ譲だったが

歌の方は薬師丸ひろ子以下、鈴鹿ひろ美以上

で、結局彼女が出したCDは後にも先にもこれっきり。

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最近は持前の美脚を惜しげもなく披露し、毎回ミニスカートで事件を解決する

『都市伝説の女』が面白かった。

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その容姿もさることながら

舌ったらずな声も実にエロい!

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そんなまさみ譲も今年で早27歳!

好きな食べ物は炙りトロの握り、砂肝の焼き鳥、馬刺し、エイヒレ、納豆、たこ焼きで

まるでオッサン!

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仕事場にはいつも自分で握ったおにぎりを持って行くそうで

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得意な料理も親子丼、肉じゃが、大根の煮つけ、鍋物等

見かけによらず純和風な女の子なのである。

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日本各所の地酒を集めるほど日本酒が大好きだが

酒には弱く、たった一杯で酔ってしまうんだとか。

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おまけに毎日手書きの日記を付けているわりには字が汚く

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背が高いのがイヤというわりにはミニスカートが大好きという

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何となくどん臭くて不器用な一面も

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こんだけ可愛いきゃ全てOK!

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そんな彼女のモットーは

『明日の自分が今日の自分より可愛いくいたい』

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ちなみに私の夢は

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『世界の中心でナニをしごく』(笑)。


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2014年1月29日発売
最高1位 
売上 16万枚
作詞作曲/つんく

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僕の中でのモー娘は後藤真希の卒業で思い入れが薄れ

藤本美貴が加入した時点ですっかり忘れ去られた存在でしたが

今年の正月に『新春どっきり祭り』で今のモー娘がまんまと引っかかった。

これを見てなかったら僕の中でモー娘の再燃焼は有り得なかったほどだ。

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世界遺産となった『富士山』のふもとで『寝起きどっきり』に引っかかったメンバー。

顔を知ってるのは道重さゆみだけであとは全員知らない顔。

ほとんどがまだ中学生で24歳の道重がまるで引率の先生のようだった。

ライブの前夜だというのに『ババ抜き』、『まくら投げ』

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そして『ハッピーサマーウエディング』の大合唱・・・・

中澤姐さんがいた頃だったら1000%あり得ない光景だった。

どっきりの内容は、メンバーが寝ていると、突然部屋の壁が開き

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早朝6時から待っていた400人の熱狂的なモー娘ファンの前で

起きてすぐにフォーメーションダンスが踊れるかどうかというものだった。

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この時かかった曲がリリースされて15年も経つのに『LOVEマシーン』!

未だにモーニング娘。と言えば『LOVEマシーン』なのか・・・・と、ガッカリしていると

次にかかった曲は初めて耳にした新生モーニング娘。の新曲。

『WHAT IS LOVE』

すっかり目を覚ましたメンバーのキレッキレのフォーメーションダンス!

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星一徹のちゃぶ台返しを初めて目の当たりにした衝撃!

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発声練習もウォーミングアップも無く

水分すら口にしていない上に寝ぐせ頭のまま

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自前のパジャマで全員スッピンで

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見事に決めたフォーメーションダンス!

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名前もモーニング娘。14(ワンフォー)』に変えて現在ブレイク中なのだ!

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シングルは5曲連続オリコン1位を獲得!

これは全盛期だったモー娘でさえも成しえなかった記録で現在も継続中である。

サウンドは最先端のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)なるもので

トランス、テクノ、ハウス、ドランベース、ダウンテンポまで

エレクトリックで踊れる音楽全てを言うんだそうだ。

手っ取り早く聞いてもらうのが一番なのだが

なんせシングルだけでも56枚も出しているので

コレ!というお薦め曲を4曲ピックアップしました。

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『HELP ME!!』

2013年1月23日発売
最高1位
売上 10、3万枚

ミュージック・ビデオの公開直後からフォーメンションダンスが凄い!

と、ネットで話題になった曲。

もはやアイドルが歌って踊る領域を超えてます!

開始20秒と3分33秒の上半身だけを回すように踊るダンスは

プロのダンサーでも難しいと言われているG難度の技!

それを全員で合わせて踊るのは本当に凄いんだそうです!

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まさに!地上で踊るシンクロナイトスイミング!

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『わがまま 気のまま 愛のジョーク/愛の軍団』

2013年8月28日発売
最高1位
売上 15、8万枚

2曲目はモノトーンの衣装とロングヘアーが降り乱れる『わがまま 気のまま 愛のジョーク』

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殺気を感じる迫力で

♪解読できるの?♪

と、歌う時にはフォーメンションで『?』マークをつくり

♪決め込まないで♪

の部分ではなんと『×』をつくっているのだ!

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そしてとどめが鞘師のビブラート!

♪愛〜さぁれぇ〜たぁああああい♪

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そして3曲目は『わがまま〜』と両A面シングルになってる

『愛の軍団』!

オープニングから一糸乱れぬ完璧なダンスと

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小田さくらが魅せる

♪煩悩〜本能ぉおおおおおお♪

は鳥肌モノ!

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そして最後はやっぱり

『WHAT IS LOVE』です。

『笑顔の君は太陽さ/君の代わりは居やしない/WHAT IS LOVE』

と、実においしいトリプルA面シングルで

数年ぶりにモー娘のCDを買いました。

『WHAT IS LOVE』は先のどっきりで歌った曲で

是非ユーチューブでパジャマで踊る『どっきりバージョン』を見てほしい!

とにかくこの紹介した4曲だけでも歌って踊ったらハンパじゃない運動量なのに

コンサートでは20曲近く平気で歌って踊りまくるのだ。

あんたがたタフマン!

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さて新生モーニング娘。14

さすがに全員の紹介は割愛して

可愛い子だけ紹介しておきますね!

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☆工藤遥(くどう はるか)1999年10月27日生まれ
埼玉県出身 A型

モー娘の第10期追加メンバー。

ショートカットにタレ目に八重歯。

80年代のアイドルのいいトコ取りをしたような可愛いルックスは

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もはや犯罪です!!

にもかかわらず性格は男勝りでおまけにハスキーボイス!

家にいるよりは女の子とより男の子と外で遊ぶ事の方が多く

スカートを履くのを嫌がり、モー娘の中では『弟』と呼ばれ、ケンカも強い。

そんなやんちゃな工藤はファンからは

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『狂犬チワワ』

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『ロリヤクザ』

等と呼ばれている。

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☆鞘師里保(さやし りほ)1998年5月28日生まれ
広島県出身 AB型

『鞘師』という名字は日本にたった12世帯しかない珍しい名前で

先祖が姫路城下で刀の『鞘』を作る職人だったことに由来しているという。

幼稚園のお遊戯会で『GO GIRL〜恋のビクトリー〜』を歌って踊ったのがモー娘に入るキッカケ。

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6歳でアクターズスクール広島に入校すると

卒業迄ずっとエリートクラスでパフォーマンスはどんどん上達。

歌やダンスだけではない。

絵画を描けば広島県教育委員会の冊子の表紙を飾り

書道は6段でけん玉は1級。

わんこソバを食べれば103杯をペロリと平らげ

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学校の勉強は常にクラストップレベルで

校内マラソン大会ではぶっちぎりのタイムで優勝。

おまけに視力は2、0という

スーパーガールなのだ。

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12歳でモー娘の第9期オーディションに合格。

その時見せたキレキレのダンスはもはや伝説化しており

努力を形にする能力と速さはもはや天才としか言いようがない。

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 『エースでセンターという責任感には慣れてきた。

でも満足感には程遠い』

こんな無敵少女がグループに1人いるだけでも凄いのに

もう1人とんでもない女の子が入ってきた。

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☆小田さくら(おだ さくら)1999年3月12日生まれ
神奈川県出身 O型

第11期オーディションにたった一人だけ合格した小田さくら。

オーディションで課題曲の『BE ALIVE』を歌った時の衝撃波は

ガンダムで『アムロ行きまーす』のセリフが

全43話中、1回しか言ってないのを

知った時より凄かった。

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過去のモー娘。のオーディションでダントツに上手かったのは

今でも福田明日香が歌った『BODY FEELS EXIT』だと思っているが

小田さくらは福田より可愛い分

1番かもしれない。

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歌唱力抜群の高橋愛と田中れいなが抜けた所に

救世主のように現れた小田さくら。

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『私がモーニング娘。14の歌声になる!』

そんな小田をファンは『ハロプロ神の声』と呼んでいる。

ダンスの鞘師と歌唱力抜群の小田。この二人、文句無しの

モー娘。歴代最強のツートップ!

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そして最後は先日卒業を発表した道重さゆみ。

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子供の頃、ピアノ教室に通っていたにもかかわらずトライアングルを習わされ

歌に『音程』がある事も知らないままオーディションに参加。

とんでもない『音痴』だったが、顔が可愛いかったので合格してモー娘。入り。

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常に後方に置かれ、ハロプロ内では『解雇候補No1』と囁かれていた

一番出来の悪かった少女がこんな事を言っていた。

『世間から忘れられて悔しかった。

モーニング娘。の在籍最長記録なんか価値なんかない

でもこれだけは言いきれる。

私が世界中の誰よりも

モーニング娘。を知っている

後輩達にもっといい景色を

見せてあげたい・・・』

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そんな道重がモー娘。復活に向けて取ったのが

『わたしが世界で一番可愛い』

という『ナルシストキャラ』だった。

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『5億円くれたら保田の顔と交換してやってもいい

もらった5億ですぐ顔を戻すけど』

と、毒舌の乱れ打ち!

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くりーむしちゅーの上田晋也は

『芸人は君ともう出たがらないよ』

と絶賛し、明石家さんまからは

『おまえがなんで売れへんのかわからん』

とまで言わしめた。

『私が嫌われて、ムカつく!って思われても

道重さゆみを検索してモーニング娘。にたどり着いて

今のモーニング娘。を好きになってもらえたら

それでいいって凄い思います。』

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さらには『黄金伝説1ヵ月1万円生活バトル』に参戦。

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元リーダーの高橋愛の卒業コンサートの

打ち上げを欠席してまでやり遂げた。

『モーニング娘。の存在をファンの方だけじゃなく

世間の方にも知ってほしかったから。』

ちなみに『AKB48』の河西智美も同じ企画にチャレンジしたが

こちらはたった5日でリタイヤしている。

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先日行われた文化放送の

『アイドル顔だけ総選挙』

の結果。

1位 渡辺麻友(AKB48)

2位 島崎遥香(AKB48)

3位 小島陽菜(AKB48)

4位 松井珠理奈(SKE48)

5位 道重さゆみ(モーニング娘。)

6位 大島優子(AKB48)

『日本のトップアイドルと言えばモーニング娘。だよね!』

って言ってもらえる位置に行きたい。』

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あの頃と比べる事に意味はない

自分たちが納得できるかどうか

もっとできた。まだやれた。

いつかそんな風に思うのは嫌なんだ。

出し切る。走りきる。

私たちが次の全盛期になるために!

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道重さん11年間本当にご苦労様でした。

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『なんでモーニング娘。になりたいの?』

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『好きだから。』


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