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美女アスリート

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今、可愛い・・・将来可愛いくなる・・・そんなアスリートを中心にUPしてます。
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たぐいまれなるバレーセンスと愛らしいルックス!

それだけでも充分なのに

モデルやグラビアアイドルも敵わない185cmもの身長に加え

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推定Fカップの巨峰πをツイン搭載!

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さらに流線形が美しい太ももに

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ハートチップルのようなヒップ!

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“天は二物を与えず”と言うが、三物も四物も与え

世の男性が一物を握りしめた奇跡のボディの持ち主!

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現在ワールドカップ2015でリオ五輪への出場枠2つを賭けて

眞鍋監督からも厚い信頼を受け、全日本の絶対的エースとして

またキャプテンとして若きチームを引っぱっているサオリンだが

性格はまさかの『天然』!

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♪苦しくったって〜♪

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小学校の頃のあだ名は『アホリ』

♪悲しくったって〜♪

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代表の合宿中、パンツと間違えてブラジャーをはいた事がある。

♪コートの中では・・・平気なの♪

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柳本監督に言われた思い出の一言を聞かれ

『忘れました』

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プレー中、何を考えていますか?

『何も考えてないです!』

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♪ボールがうなると〜胸がはずむわ〜♪

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♪レシーブ、トス、スパイク♪

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♪ワンツー、ワンツー、アタック!♪

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今日の自分に点数をつけるとしたら何点?

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『△!』

♪だけど涙が出ちゃう・・・女の子だもん♪

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サーブとアタック、どちらで点を取るのが気分が良い?

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『レシーブです』

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♪涙も〜汗も〜♪

ワールドカップに17歳で選ばれた時、取材陣に向かって

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『ワールドカップに出るって凄いことなんですか?』

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さらにアテネオリンピック前に報道陣に逆質問

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『ワールドカップとオリンピックってどう違うんですか?』

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その後抱負を聞かれると

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『オリンピックって沙織出られるんですか?』

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♪若いファイトで〜♪

長風呂がストレス解消法だというサオリン。

どれぐらい入るのか聞かれると

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『1ヶ月!』

♪青空に遠く〜叫びたい〜♪

もうちょっと花を上げた方がいいと思います!と言われ

鼻を上げる

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♪アタック〜♪

『腐っても○○』の○○とは何?と聞かれ

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『サバ寿司!』

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『アドレナリンが出る』と言うつもりが

『ヘモグロビン』

♪アタック〜♪

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雨上がり決死隊の宮迫を

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『宮カス!』

日本から持って行ったスーツケースの鍵を日本に忘れ・・・・

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さらにオートロックの部屋の中に鍵を置いたまま外出し・・・・

車に乗ろうと思ったら車の鍵も部屋の中に忘れていた。

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♪アタック〜♪

古賀紗理那の肩にタオルと間違えてゴムチューブをかける

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世界選手権のメダルを

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ベッドの足元にかけている

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『ちょっと座って話しをしましょう』と言われ

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その場にしゃがみこんだ

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♪ナ〜ンバぁ〜ワ〜ン♪

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そんな『天然』ボケのサオリンを

『1億円払ってでも欲しい!』

とのオファーを受け、2012年トルコリーグへ移籍!

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年棒1億円越えは女子スポーツ界初!

ちなみにバレーボール選手の年棒はだいたい500万〜1000万程度。

『バレーは低年棒』という悪しき常識に風穴を開け

選手のプレー環境を良くしたいという思いもあったという。

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『何より、バレーを始める子供達が増えればいいな。

好きなことを一生懸命やったら

将来は開けるということを示したい』

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絶やさぬ笑顔と絶えない重責

天然ボケも含め、ルックス、スタイル、実力が全て一流という選手は

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向こう10年は出てこないでしょう!

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『優勝って喜びはほんと、一瞬かもしれないけど

その一瞬のためにがんばってきた

仲間や過程は一生モノです!』

そんなサオリンも来年は三十路・・・

引退―結婚―妊娠という王道を行ってしまう前に

日本文化出版さん!

次のフォトブックを出す時は

水着姿をお願いします!

それまではコレでガマン!

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サオリン最高です(笑)

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木村沙織 (バレー)


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ウッチー先輩の母校、東海大相模が夏の甲子園で優勝し

男達の夏が『閉店ガラガラ』した後は

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女子の祭典『女子バレーワールドカップ2015』開幕です!

日本の絶対的エースであり、同時にキャプテンを務めているのが

サオリンこと木村沙織選手!

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お友達であるマカロニさんのブログ

『マカロニダイアリー』の中の『サオリンがバッサリ』(スポーツ書庫・8/6)を見て

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『もみくちゃに可愛いではナイカ!』と感動!

早速調べてみたら、とんでもない『天才』であると同時に

恐ろしいほどの『天然』でもあった。

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☆木村沙織(きむら さおり)1986年8月18日生まれ
埼玉県八潮市出身 185cm O型

『世間では天才と呼ばれているが、自分ではどう受け止めてますか?』

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『どうも受け止めてないです。スーって感じ。へぇ〜みたいな』

バレーボールを始めたのは小学校2年の時。

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ママさんバレーをやっていたお母さんの練習に行くと

同じようについて来ていた同い年の子がバレーをしているのを見て

『私もやってみたい!』と、『秋川JVC』に入団。

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『とにかく基本練習をみっちり鍛えるチームで

レシーブ練習を延々続けたり

オーバーパスを1000回連続できるまで止めなかったり

かなり地道な練習の積み重ねでした』

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この頃の基礎練習が今のプレーに生きているとサオリンは後にコメント。

その後バレーの名門、成徳学園中学に進学。

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3年間で20cmも伸びた身長を生かし

『全日本中学バレー選手権大会』で全国優勝!

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『走り込みや体力トレーニングは凄くキツくて嫌いでした。

でも『イヤだ』と思いながら練習してるとよけいにツラくなるので

『嫌だと思った時こそ笑うようにしよう』

と、心がけていたので笑いながら走ってましたよ』

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『JOCジュニア・オリンピックカップ』では

もっとも将来期待される選手に贈られるJVA・JOC杯を受賞。

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中学時代の監督だった安藤監督は当時のサオリンを振り返って一言

『自分が育てたんじゃなくて勝手に育った』

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まさに『天才』である。

後の全日本のチームメイトとなる2人大山加奈率いる成徳学園と

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栗原恵率いる三田尻女子の春高バレーの決勝戦!

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この試合を応援席で観ていたサオリンは

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成徳が初の全国優勝をするのを目の当たりにして

『私もああなりたい!』と、一大決心!

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2003年、サオリン率いる成徳は

春高バレー大会2連覇を達成!

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優勝に大きく貢献したサオリンに全日本からお呼びがかかり

17歳でアジア選手権とワールドカップに出場!

サーブでは相手が一歩も動けないサービスエースを決め

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(ボールは一番左の選手の足元!)

アテネオリンピック最終予選のイタリア戦では1人で14得点をマーク!

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その名を全国に知らしめ

『スーパー女子高生』の異名と共に大ブレイクした。

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初出場となったアテネオリンピックはまさかの椎間板ヘルニアでほとんど出られず

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4年後の北京オリンピックもアテネに続いて日本は5位に終わってしまったが

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2012年のロンドンオリンピックでは見事

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銅メダルを獲得!

これは三屋、江上、中田がいた1984年のロサンゼルス五輪以来28年ぶり!

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サオリンの活躍で獲れたと言っても過言ではないでしょう。

ドイツの監督もブラジルの監督もインタビューでハッキリ言ってます

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『SAORIは世界最高レベルのアタッカー』だと。

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『私、努力ってしたことがないんです。

出来ないことがあったら、出来るまで練習するのは当たり前。

苦手なプレーは得意になるまでやる。

でもこれって当たり前のことだから、努力とは違うでしょ』

そんなサオリンが得意とするのが

体はストレートに向いているのにクロスにボールを打つという

一撃必殺の神業

そんなの誰でもやっていそうだが、他の人とはレベルが段違い平行棒!

普通にストレートに打ってる時がこちら!

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そして身体の向きは完全にストレート方向なのに

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手がボールにタコの吸盤みたいに張り付いて

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その後信じられない“ねじれ”を起こしながら振り抜くと

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ボールがまさかの真横に飛んでクロス方向へ!!

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『見た目にはわからないけど、ボールを長く持ってますよ。

ボールを丸く使っている』(眞鍋監督)

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この時のスパイクも凄かった。

ストレート打ちにしか見えないのに

ボールが落ちたのは前衛で守っている選手より手前!

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(劇団ひとりの頭の上です)

ちなみにこれと同じ打ち方を普通の選手がやったら

あっという間に肩や肘を壊してしまうんだとか。

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あんなスパイクが打てるのは異常なほどに柔らかい肩と

持って生まれた『天才』的なセンスのおかげ!

しかもこれを小学生の時に実践していたというから驚きである!!

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(どう見てもクロス!)

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(でもボールはストレート)

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『小学生の時、入っていたクラブチームのスパイク練習が凄っごく長くて

飽きちゃったんですね

そんな時、自分でトスをわざと変な方向に上げて相手コートに

打ち返すっていう練習を遊びでしていたんです』

ロンドン五輪の予選ラウンドは終始タイミングが狂い絶不調だったサオリン。

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『お前が崩れたら全日本は負けるんだぞ!』

眞鍋監督からの激とエースという重圧に

『もう頭の中がシッチャカ、メッチャカで

しまいには助走が右足からか左足からかも

分かんなくなっちゃいました』

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『人前では泣くな』

と、母親に厳しくしつけられていたハズなのに

大粒の悔し涙が止まらなかった。

しかしその後の『中国戦』ではサオリンのスパイクが爆発!

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高いブロックを力でブっ飛ばし、1人で33点を叩きだしフルセットの末勝利!

そして五輪に行く為には絶対倒さなくてはならなかった

世界ランク1位のブラジル相手に勝った日本!

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そこに立っていたのは『スパー女子高生』ではなく

『ミラクルサオリン』の勇姿だった。

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『全員でつないだボールだったので、最後に上がってきたボールは

全員の気持ちをこめて必ず得点にしようと思って打ちました。』

17歳で全日本デビューしてから12年もの長きに渡ってエースを務め

バレーをする中・高校生が模範とし、憧れている選手No1!

日本女子バレー史上最強であり

世界でも認められた最高峰のプレイヤー

木村沙織!

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ここぞ!という所で必ず点を取る

たのもしさが好きだ。

ハンバーガーとポテトばっかり食ってるような大柄の外国人を

体ごとブっ飛ばすスパイクが好きだ。

バレーを通して感動を与えてくれるサオリンの

笑顔が好きだ!

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飛べ!サオリン!

頑張れ火の鳥ニッポン!

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来週は『天然』編です。こうご期待!


池江璃花子 (水泳)


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あの酷暑の中で熱中症患者が大量搬送というニュースによくならないものだ・・・

と、いつも感心する『夏の甲子園』!

王さんが投げた始球式は

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杉内に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらい見事な球だったが

その始球式のボールを

毎回ヘリコプターが上空から投下するというのが恒例行事だったと

今さら知ってビックリ!

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熱戦をラジオで聞きながら

『クラゲになってプールに浮かんでいたい・・・・』

と、お腹の浮き輪をつまみながら汗を拭う始末。

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ちなみに『海』か『プール』かと言われれば

満場一致で『プール』である!

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どっちがキレイかと言えばプールの水であり、入場料が安い上

砂が3日後、耳の穴から出てくる事もないし

遊泳中、目の前に広がるバミューダ・トライアングルをロック・オンした時の

鮮明度はプールに勝る海はあるまい!

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泳ぎは得意ではないが、学校のプール(25M)よりガンダム(18M)の方が小さいと知ってからは

ここが『頭』で『胴体』はここまでで、『脚』はこの辺か・・・等と、授業中に空想するのが楽しかった。

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今、そのプールを使って『世界水泳2015』がロシアで行われている。

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『水泳』と聞いて真っ先に思い浮かべるのがバルセロナで金メダルを獲った

岩崎恭子!

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彼女のインパクトは14歳という史上最年少で『金』を獲ったという事よりも

テレビ映えしないあの『埴輪顔』が

まんまとキレイになっていた事である!

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その岩崎恭子ちゃん以来の衝撃だったのが

池江璃花子ちゃん!

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☆池江璃花子(いけえ りかこ)2000年7月14日生まれ
東京都出身 167cm

赤ちゃんの時、おむつを替える時にお母さんの指につかまらせて起こしていたところ

指の力だけでぶらさがる事ができるようになり

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わずか1歳半で自力で逆上がりをマスター!

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3歳で水泳を始め、5歳の時には

自由形、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライの4種目で50Mを泳ぐ

天才少女に成長!

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11歳の時、自宅のリビングの天井に『うんてい』を設置!

一つ飛ばしで進ませたり、両手を同時に離して飛び移らせたりと、それを毎日やっていたおかげで

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自然と腕力が鍛えられ、水をかく力が倍増!

『線が細いわりにストロークが大きく体がブレない』

『水しぶきの少ない柔らかい泳ぎ』

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『手前から最後まで水を押し切る効率の良いストローク』

と、絶賛のフォームで小学校6年の時

ジュニア・オリンピックの50M自由形で全国優勝!

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小岩第四中学ではクラスで一番給食を食べる大食い女に変貌(笑)!

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お母さんは子どもに『出来ない』、『難しい』と言ったネガティブな言葉を使わないよう教育!

『マイナスの言葉は子どもの心の働きを悪くし

本来持ってるはずの能力にフタをする』

『高いハードルを用意してそれを越えさせるのも大切!

中学2年の時、携帯電話が欲しいと言うので

日本トップレベルの選手が集う合宿に参加できるタイムを切れたら

という条件をつけたら本当にクリアした』

全国中学校水泳大会の50M自由形では

源純夏(シドニー五輪400Mメドレーリレーで銅メダル)が持っていた記録を

20年ぶりに破ってこれまた優勝!

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短水路(25Mプール)と長水路(50Mプール)で

9種目の中学新記録を叩き出し

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2015年に行われた東京都選手権(北島康介杯)の100Mバタフライでは

昨日、世界選手権の200Mバタフライで金メダルを獲った

星奈津美選手をぶっちぎりで破って優勝しているのだ!!

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『前はちょっとダメだと落ち込んで、口を利かなかったりしてたんですけど・・・・

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それだと自分にマイナスだし、周りの人に迷惑がかかっていた事を学びました』

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放課後は週6日、1日6000M泳ぎ、筋力トレはまだ中学生なのでやっていないとか。

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そんな池江璃花子ちゃんが東京オリンピックでメダルを獲るかとらないかよりも

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5年後の彼女は香椎由宇似の美人の姉ちゃんに

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まんまと可愛いくなっている事でしょう!

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快進撃と共にルックスの方も注目していて下さい!

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『池江、いけー!!』

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先日、テレビで『ルパン三世 カリオストロの城』がやっていたので25年ぶりに鑑賞。

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例えるなら、ブックオフに持って行こうとマンガを整理してるうちに読みふけって

結局また本棚に戻してしまうような

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生涯手元に置いておきたい映画!

とても36年前のアニメとは思えないクオリティーの高さで

外国人が『ルパン三世』のファンになったキッカケの95%が

この映画を見たからと言うのがわかるような気がした。

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そんな『ルパン三世』のテーマをバイオリンで弾く女の人がいるのをご存知でしょうか?

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☆AYASA(しまむら あやさ) 1991年10月19日生まれ
東京都出身 A型

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『子供には自分たちと何か違った事をやらせたい』

という両親の意向で、3歳からバイオリンとバレエの両方を習い始めたAYASA。

しかし小学生の頃

『致命的に身体が固かった』

という理由でバイオリンに専念。

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『将来はバイオリニストになってほしい』

と、母親に言われながら育ち

周りの友達からはAYASA=バイオリンというイメージがついていたせいで

『今さらお花屋さんになりたいなんて言える雰囲気じゃなかったですね・・・』

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さぞかし厳しいレッスンの日々だったかと思いきや<

『練習は晩御飯の後やテレビを見た後の2〜3時間』

それでいて

第15回日本クラシック音楽コンクール(中学生の部)全国大会入賞

第19回日本クラシック音楽コンクール(高校生の部)で4位(1位、2位無し)

世界クラシックシニアの部で銅メダル

東京サミット音楽コンクールでは銀賞を獲得!

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まるで免許を取って2〜3日の女の子に

ヘアピンカーブで風吹裕矢直伝の『多角形コーナリング』で

軽くブっちぎられたような鮮やかさ!

こうゆうのを世間では天才と言うんでしょうね。

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僕の持つバイオリン奏者のイメージと言えば・・・・

高そうなドレスを着て

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ハイジを『アーデルハイド』と呼ぶようなお譲様生活をしている

というイメージだったが、AYASAはその辺にいそうな今時のギャルっぽい女の子。

甘い物が好きでストレス発散はショッピングで洋服を買う事なんだそうな。

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もっと多くの人に聞いてもらおうと新宿や川崎で路上ライブを決行!

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演奏会にでも行かない限り、一般庶民がナマでその音を聴く機会なんて

まず無いバイオリンの演奏を

聞いた事もないような小さな野外のライブやフェスティバル

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商店街主催のコンサート等

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ギャラが地域の特産品で済まされそうなステージで地道な活動をしているのだ。

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2011年、元・DO AS INFINITYのメンバーでありギタリストのD・A・I(長尾大)のバンド

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SWORD OF THE FAR EAST(ソード・オブ・ザ・ファー・イースト)に加入。

初代バイオリニストだったCHIHIROさん(この人も超美人!)の後任として活動を開始。

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2013年にはももクロの西武ドームライブに『サムライ・ロック・オーケストラ』の一員として参加。

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ステージで踊っていた際にダンサーと接触し、バイオリンが床に落ちて破損するという

アクシデントが起きたにもかかわらず、AYASAは顔色一つ変えず笑顔で

バイオリンの弓だけを振って盛り上げ続けたという。

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バイオリンと言えば名前だけは聞いた事がある

『ストラディバリウス』

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2011年に落札された1721年製の『ストラディバリウス』のお値段ナント

12億7420万!

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しかも

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弓は別!!

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木箱にニスを塗って弦を張っただけの楽器にこんなに高価な値段がつくのは

世界中でバイオリンだけ!

ちなみにAYASAの壊れたバイオリンは楽器屋さんで無事修復され

『持ち主に似て、意外と大丈夫だった』

との事です。

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ピアノ以上に弾き手の感情が音に表れやすいと言われているバイオリン。

『技術的に上手い人は私以外にたくさんいる。

私はあたかも人が歌ってるように弾くのが得意』

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その実力が素人でもわかるのが今でもユーチューブに上がっている

『名曲33曲メドレーに挑戦!』

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洋楽ファンにはたまらない選曲で、ロックの名曲を次々とカバーしていて

まるでバイオリンが

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歌ってます!!

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ジョン・レノン『イマジン』、T‐レックス『20センチュリーボーイ』

イーグルス『ホテルカルフォルニア』、エリック・クラプトン『いとしのレイラ』

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バン・ヘイレン『ジャンプ』、ヨーロッパ『ファイナルカウント・ダウン』

クイーン『伝説のチャンピン』、ガンズ&ローゼス『ウェルカム・トゥ・ザジャングル』

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ニルヴァーナ『スメルス・ライク・ティーン・スピリット』

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さらにハード・ロックの大御所!

ディープ・パープル『スモーク・オン・ザ・ウォーター』

ジミ・ヘンドリックス『パープル・ヘイズ』に

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レッドツェッペリンからは『天国への階段』と『ブラック・ドッグ』の2曲!

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そして最近の曲からはアブリル・ラヴィーンの『ガールフレンド』やリアーナに

あのレディー・ガガ様をも弾きこなしている。

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動くと音がブレると言われている繊細な楽器にもかかわらず

『棒立ちで弾いていてはつまらない』

と、途中で弦を切りながらも踊りながら弾いているのだ!

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『バイオリンを弾く事で人前に出て

ありがたくもお金をいただいて演奏できるようになりました』

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そんなAYASAは今年に入ってSWORD OF THE FAR EASTを脱退!

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この春からソロ活動に専念するという。

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『目標はロックの殿堂と言われている

武道館で演奏すること』

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彼女ならその願いも今年中にあっさりと叶えてしまいそうです。

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ちなみに僕の願いは

あんなに可愛いくて非の打ちどころがないしずかちゃんの

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バイオリンが早く上手くなってほしい事です!

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マンガではジャイアンの歌に匹敵する破壊力でしたからね(笑)

それにしてもAYASAちゃん

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美人すぎます!


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☆キューティー鈴木(すずき ゆみ) 1969年10月22日生まれ
埼玉県川口市出身 155cm AB型

高校の頃、『キューティー』と言えばハニーしか思い浮かばなかったが

彼女が世に出てからは、『キューティー』と言えば

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キューティ鈴木!

そして永遠のライバルと言われたこの人も忘れてはいけない

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☆尾崎魔弓(おざき まゆみ) 1968年10月28日生まれ
埼玉県川口市出身 158cm A型

2人共、子供の頃に見たクラッシュ・ギャルズに憧れて女子プロレスラーの道を志し

当時一つしかなかった『全日本女子プロレス』のオーディションに2度も落ち

あきらめる事無く、月謝を払えばだれでも通えるプロレス学校の道場へ練習生として

川口から一緒に通った同郷の友でもあるのだ。

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さて、女子プロと聞いてまず思いだすのは

試合は見た事ないがその名前だけは強烈に覚えている

マッハ文朱!

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あの『スター誕生!』の決選大会で百恵ちゃんに敗れ

どうゆうワケか『全日本女子プロレス』の門を叩き

リングの中の和田アキ子と呼ばれた元祖アイドル・レスラー!

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そのマッハ文朱を破ったのが

ジャッキー佐藤とマキ上田のビューティー・ペア!

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♪ビューティ、ビューティー、ビューティーペア〜♪

リング上に紙テープがこれでもかと投げ入れられ、ラメ入りの服を着て

試合前に歌うスタイルを定着。

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女子プロ界のピンク・レディーと言われるほど凄さまじい人気を誇っていた。

ちなみに『かけめぐる青春』(最高26位)はトータル80万枚の大ヒットとなり

スポーツ選手が歌った歌の中では歴代第一位の売上で

未だに破られていない大記録!

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そのビューティー・ペアが解散した後に出てきたのが

ライオネス飛鳥と長与千種のクラッシュ・ギャルズ!

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とにかく凄かったのが紙テープの量!!

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また、この黄金期&絶頂期&全盛期は二度と来ないと断言できるほど

クラッシュ・ギャルズの人気は絶大であり驚異的だった。

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特にダンプ松本とブル中野の極悪同盟との闘いは女子ならず男子までもが

テレビの前にクギ付けとなり

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極悪同盟にやたら有利に加担する不公平ジャッジと高速カウントが名物だった

阿部四朗の存在も忘れてはならない!

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このクラッシュ・ギャルズの人気にあやかって

それまで『全女』しかなかった女子プロ界にジャッキー佐藤が中心となって

1986年、『ジャパン女子プロレス』が旗上げされる。


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通称『ジャパ女』の新人募集の記事を見たキューティーと尾崎は

すぐにオーディションを受け見事合格!

2人共高校を中退して『ジャパン女子プロレス』に入門!

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江戸川橋にあったプレハブ道場では朝の8時から夜の22時迄

部屋を閉め切った状態で練習が行われ、今なら病院に行くような怪我をしても

『病院に行くなんて甘えてるだけだ!』

と、そのまま続行。受け身や関節技等、地獄のような猛練習を繰り返していたという。

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この『ジャパ女』を運営していたのは

岡田奈々、松本伊代、本田美奈子、少女隊等が在籍していた

芸能プロダクションの『ボンド企画』!

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さらにアドバイザーには秋元康を起用し、コンセプトが

『プロレス版おニャン子クラブ!』

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旗揚げ戦にはゲストとしてアントニオ猪木、本田美奈子、少女隊が招かれ超満員の会場は

レーザー光線が飛びかう華々しい幕開けだった。

この時キューティーは会場整理係。

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旗上げ戦こそ大成功だった『ジャパ女』だが、地方へ行くとたった20人しか客が入らず

選手の方がお客さんより人数が多かった時もあったという。

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半年もの間給料が出ず、飲み屋でバイトをしたり、売店のグッズを売らないと

宿泊費も出なかったんだそうだ。

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そんな危機的状況を救ったのが

イジメ抜く尾崎と耐え忍ぶキューティーの試合!

最初は普通のレスラーだった尾崎。

しかしデビューして1年後に突然ヒール役への転向を命じられ、断ると

『だったら今すぐ帰れ!』

と言われ、翌日から悪役として試合に出たという。

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一方のキューティーは『ジャパ女』の中でも落ちこぼれ的存在。

プロレスは下手で弱かった為、試合内容は対等どころか一方的であった。

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『キューティーはライバルじゃない』

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『いじめ甲斐があって一番の獲物だった』

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最初は嫌がっていたヒール役だったが、キューティーをイジメるにつれ

だんだん面白くなってきた尾崎は

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『こうゆう事されたらファンは嫌だろう』

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という事を常に考えながら試合をしていたという。

やがて二人の試合が注目を集め始め

『そのやられっぷりがいい』

と、技をかけられ苦悶するキューティーの表情が

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可愛い!

と、観客にウケはじめたのだ。

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元々男性誌だった『週刊ゴング』はキューティーを載せると発行部数が伸びると

毎週のようにキューティーを特集し

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1989年には『週刊ヤングジャンプ』の表紙を単独で飾った。

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そして遂には『泣かないで』で歌手デビュー!

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ラジオのレギュラー、歌番組への出演、ドラマ、写真集、イメージビデオと売れに売れて

キューティーの人気が爆発!

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引退までに出したイメージビデオは19本、写真集14冊は

女子プロ界最多であり、その記録は今も破られていない。

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1日の睡眠時間は3〜4時間。

試合ギリギリに会場に入って試合が終わるとすぐ次の(芸能)の仕事に行く毎日。

オフの日でも芸能の仕事が巡業先まで入っているという超ハードスケジュールで

1年のうち休みはたったの1日しかなかった。

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その為、練習もできず周りの仲間からも孤立。

タレント活動は本人にとっては嫌で嫌でしょうがなかったという。

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そんなキューティーの人気をもってしても動員は回復せず

『ジャパ女』は旗揚げから5年半で解散。

そこから『LLPW』と『JWP』の2つの団体に分裂し

尾崎とキューティは『JWP』の方に参戦。

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旗揚げ戦では新人以来5年ぶりとなる尾崎とのタッグを組み

初代と第3代のJWPのタッグ王者に輝いた。

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1998年、キューティー鈴木、29歳で引退!

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7年連続売上No1に輝いたカリスマホストに強引にアタックして

2005年に結婚、現在は男の子2人のママである。

一方の尾崎は1998年、自らが校長を務めるヒール養成学校

『OZアカデミー』を設立し、現在も現役でリングに上がっている。

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キューティーも度々ゲストで呼ばれてセコンドに付いたりしているのだ。

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そんな生涯のライバルだった尾崎との通算成績は

10勝1分け25敗。

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試合では弱いイメージしかなかったキューティーだが

実は打たれ強くて受け身がメチャクチャ上手かったので

現役だった12年の間、怪我らしい怪我をしなかったという。

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そんな永遠のライバルだった2人が

一度だけ一緒に写真集を出しているのがコチラ!

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リングの上で汗を流した2人が

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まさかベッドの上で技をかけあうようになろうとは・・・

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しまった・・・他にも用意してたのに

限度の50枚になってしまった・・・!

なんて日だ!

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今年1年、しょーもない記事を読んで頂いた皆様

ありがとうございました。

来年も『可愛い』を基準にカキコキしてイキますので

よろしくお願いします。

では良いお年を!


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