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☆伊藤沙月(いとうさつき) 1991年6月21日生まれ
宮崎県延岡市出身 165cm O型
『ボクサーとして人よりズバ抜けているものがあるとは自分では思えない。
ただ、自分の持ってるものの中ではスピードとタイミングには自信があるので
それを伸ばしていきたい。』 小倉智明のズラは知ってても
こんな可愛いボクサーがいるって事を
知っている人は少ない!
この可愛いお顔を殴り合うだなんて・・
もともと中学時代はバスケット部。
それが日章学園高校に入ると顧問の先生に声をかけられ
始めたのボクシングだった。
最初は沙月ちゃんの他にも女の子が何名か一緒に入ったそうだ。
きっとダイエットに効くとか何と言って顧問の先生が声をかけたんでしょう。 それを聞いた沙月ちゃんのお母さまは
『やってみれば!』
と、止めるどころかボクシングをやる事に賛成してくれたんだそうだ。 『一緒に入ったほとんどの女の子が辞めてしまった・・・』
もともと負けず嫌いの性格だった沙月ちゃんは
『自分に負けたくない』
と、朝5時半には起きて筋トレ!
スパーリング、走り込み等
毎日ハードな練習メニューをこなし
左右の手は脱臼して鉛筆も持てないくらい痛かったそうだ。 『わりと頭の切り替えが早い方なので
つらい思いを引きづるよりは練習が終われば
『やっと寝られる!』
試合が終われば
『やっとお菓子が食べられる!』
という喜びの方に気持ちを向けてましたね。』
そしてボクシングを始めてたった1年で
『全日本選手権女子ライトフライ級』で優勝!
『14対7の圧勝だった』
沙月ちゃんのスタイルは打っては離れ、打っては離れを繰り返す
右のアウト・ボクサー!
このヒット&アウェイの有名な選手と言えば
あのモハメド・アリなんですよ! 現在は拓殖大学でたった一人の女子ボクシング部員として頑張っているのだ。 2020年の東京オリンピックでは是非メダルを獲ってほしいですね・・
沙月ちゃんの凄い所は
『美人すぎるボクサー 』と、周囲からもてはやされても
必要以上にメディアに露出することはしない事
南海キャンディーズのしずちゃんとはそこが違う!
顔も違うが!
あゝ沙月ちゃんのサンドバックになりたい!
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美女アスリート
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今、可愛い・・・将来可愛いくなる・・・そんなアスリートを中心にUPしてます。
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☆福原 愛(ふくはら あい) 1988年11月1日生まれ
宮城県仙台市出身 B型
記憶に新しいロンドン・オリンピック。
愛ちゃん率いる日本女子卓球団体は 史上初のメダルを獲得!
何度見てももらい泣きだ、ナウ!
やっぱり愛ちゃんは笑顔が似合う。
なんて可愛いんだ!
『オリンピックでは必ずメダルを獲って帰ってきます!』
観客席には東日本大震災で大きな被害を受けた被災地から応援に来た子供たちがいた。
『約束を守れてよかった!』
3歳から卓球を始め、『天才卓球少女』、『泣き虫愛ちゃん』と呼ばれ
芸能ネタが無くなるとなぜかワイドショーはよく愛ちゃんを取り上げていた。
小さい頃からそうやって見てきたせいで、なんだか他人のような気がしない。
いつの間にかすっかり大人になって・・・
メチャクチャキレイになった。
『天才って努力もしないで、持って生まれたものだけで
やってきたように思われてるけど・・・・
私、誰よりも練習してるよ。
他の子がみんな帰っても
ひとりで練習してるよ!』
2006年の世界卓球女子団体戦での事・・・・・。
日本は準々決勝でハンガリーと対戦。
これに勝てば日本は銅メダル以上が確定するという大事な試合。
一番手は16種類もの変幻自在の『王子サーブ』を操る福岡春菜が3−2で勝って
日本が1勝を挙げた・・・と、思ったら
なんと、福岡選手のラケットに貼るラバーの接着剤の成分が
規定より多いという事でルール違反となり失格!
日本側の抗議も受け入れられず、ハンガリーの1勝となってしまった。
世界大会でまさかの事態に一番ショックだったのは福岡だったろう。
みんなに迷惑をかけた・・・もし負けたら自分のせいだ・・・
そう落ち込む福岡に向かって愛ちゃんはこう言った。
『絶対勝ってくるから・・・』
相手はヨーロッパ選手権のダブルスで3連覇!
シングルスは2位というトート選手。
ゲームは手に汗にぎる白熱の展開となり、とうとうファイナルセットへもつれこみ
劇的勝利!! 『勝って当たり前』というプレッシャーを背負って20年!
この時の愛ちゃんはまるで
卓球の神様が降臨したようだった。
負ける時は格下相手にもコロっと負けちゃう愛ちゃんだが
この試合の最終セットはスマッシュがバシバシ決まり
天下の宝刀バックハンドが決まりだすともう手がつけられない。
こんな強い愛ちゃんは久々に見た。
結局トート選手相手に11−6で撃破!
さらに団体の勝敗を決める大事な第4ゲームにも再度出場し
3−0のストレートでハンガリーに勝利!
日本に銅メダルをもたらしたのである。
誰かの為に闘う愛ちゃんの
強いこと!
あんな小さな体で、体格では絶対敵わない外国の選手を
力道山の空手チョップみたいにバッタ、バッタとやっつける姿に
どれだけ勇気をもらった事か・・・・
文句ナシで国民栄誉賞!
を、是非あげてほしい・・・・・。
愛ちゃんを始めてお茶の間のテレビで見た時はまだ4歳の頃・・・・。
5歳の時に出た全日本選手権バンビの部(8歳以下)で優勝。
もちろん史上最年少です。
わかりやすく言えば
日本で一番強い小学2年生が
幼稚園児に負けたって事。
その後全日本選手権バンビの部3連覇!
小学4年でミキハウスとプロ契約。
プロですよ!プロ!
『マイナー競技は力がある選手が経済的理由で断念する場合が多い。
少し応援する事で自然と力を発揮し、それはメダルにつながる』
その理念でミキハウスは選手に社員と同待遇で給料を払い
遠征費は会社が負担。ケガした時でもちゃんと労災が出ます。
プロ契約をしたおかげでお金の心配をする事なく
卓球に専念できる環境が整った愛ちゃんは
ミキハウスの練習場がある大阪に引っ越し。
ここで作間六朗に出会い、あの有名な
『王子サーブ』を習得!
『王子サーブ』の何が凄かったかって言うと、ボールを高く上げて打つだけでも大変なのに
ボールの落下速度を利用しながら、さらにしゃがみ込んで打つという
ウルトラサーブ!
ラケットに当てるのも難しいってのに
何と、『王子サーブ』は裏面でボールをカットしていたのです。
さらに顔、胸、腰とカットする場所によってボールの回転を変えていたというから
恐ろしい!!
相手にしてみれば
3号まである大リーグボールを
1球づつ投げられるようなもの!
その『王子サーブ』を駆使して
全日本選手権ホープスの部(12歳以下)では
前人未到の7連覇!! 15歳でアテネオリンピックに出場!
愛ちゃんの試合はメダルがかかっていない試合だったにもかかわらず
ゴールデンで放送され
平均20%、最高視聴率31、9%を記録!
1回戦はシードで、2回戦、3回戦と勝ち進んだ時の
各テレビ局のファーバーぶりが過剰に凄かったのを憶えています。
僕も卓球を中・高とやっていたのでわかりますが
メダル、メダルって騒ぎすぎ!
卓球経験者から言わせてもらうと
中国の牙城はハンパじゃありません。
勝ち進んでいくと100%中国人と当たります。
ていうか、中国の選手が世界各国に流出しているので
中国以外の国の選手と当たってもその人は間違いなく
元中国人!
残念ながら愛ちゃんは4回戦で韓国No1カットマン
キム・キョンアに負けちゃいましたが
キムはこの後、中国人を破って女子シングルスで銅メダルを獲得してますから
負けたとは言え、よくやったと褒めるべきでしょう。
『メダルとれなくてすいません・・・』
愛ちゃんの記者会見でのこの言葉を聞いた時には
今すぐ成田へ飛んで行って抱きしめてやりたくなった。
そんな愛ちゃんを本当に抱きしめたのがテニスプレイヤーの錦織圭だ。
フライデーされた時は、愛ちゃんもやる事やってるんだ!と、ビックリしたが
美男美女のさわやかカップルを見守ってあげたい気持ちで一杯です。
別れちゃったけど・・・・。
そんな愛ちゃんの何が好きって
笑った時の口の形が僕のハートを
ピンポンし続けて止まない!
東京オリンピックまで頑張れ!!
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