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女子気合注入歌

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思わず気合が入る曲を中心にレビューしてマス!
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レベッカ 『フレンズ』


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1985年10月21日発売
最高3位
売上 30、7万枚
作詞/NOKKO 作曲/土橋安騎夫

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今年の夏に再結成したレベッカ

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それまで女の子がボーカルで野郎がバックという図式と言えば・・・・

♪わな!わな!わなに落ちそ〜う、キッスは目にして!♪

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のヴィーナスや

♪君とイチャイチャしてるところを見られちゃった〜わ♪

のジューシー・フルーツぐらいで

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両方とも見事な一発屋で、バンドというよりはグループだった。

この『フレンズ』がリリースされた1985年と言えば!

おニャン子クラブが『夕ニャン』と共に大ブームを巻き起こし

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『毎度おさわがせします』で下着姿を惜しみなく披露した中山美穂に

マリリンでブレイクする前の本田美奈子

『スケバン刑事』でやっと売れた斉藤由貴、南野陽子、浅香唯に

バラドルで冠番組まで持っていた井森美幸、森口博子がこぞってデビューした年。

しかしながら当時

揺るぎない人気を誇っていたのは前年にデビューした菊池桃子であり

そこいらのアイドルが束になってかかっても桃子人気には敵わなかった。

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そこへ誰もがデビュー曲と勘違いした『フレンズ』を引っさげ

セグウェイに乗ったように突如現れたレベッカ。

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エンディングテーマだった秀ちゃんのドラマ『ハーフポテトな俺達』なんぞ

やってる事すら知らなかったが

26回の放送予定が12回で打ち切られたドラマ以上に『フレンズ』は大ヒットし

なぜか夜ヒットには出なかったが『ザ・ベストテン』には出演。

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セットも無く平凡なカメラ割で淡々と歌っていたが

NOKKOを初めて見た時のインパクトは

オロナミンCが2種類あったと知った時以上の衝撃だった!!

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☆NOKKO(やまだ のぶこ)1963年11月4日生まれ
埼玉県浦和市出身 153cm A型

レコードのジャケットしかり、ライブしかり・・・・

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『かわいい』でもなければ『キレイ』でもない。

僕の目に映るNOKKOは普通にしてても怒って見える野生児顔で

中山美穂や

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柴咲コウ同様

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あの眼をみただけで勝手に防衛本能が働き

脅えてしまう存在なのだ。

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昔、全盛期のレベッカをビデオで観た事があったが

時折見せるNOKKOのガン見は

チーターにロックオンされたガゼルのような心境にさせられたし

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まな板のようなボディから不意にパンツが見えたとしても

僕のポニョは寝たきりの無反応を決め込んでいた。

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唯一、凄いと思ったのはNOKKOの声だ。

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あの小さい身体からくり出される野太い低音ビブラートは明菜嬢の

♪タンゴのわぁあああ・・・・

みたいな扇子を広げた解放感ではなく

NOKKOの場合

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かき氷を食べた時にキーンとくる頭痛音のように頭の中に響きまくり

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それは1速のまま高速道路を180kmでブっちぎる軽自動車のような

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低音ながら高音と同じパワーを持つウルトラ・ボーカリストだった。

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時々何を歌ってるのかわからなかったり

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音程がハズレたまま戻ってこない時もあったが

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大きなリボンを付けて

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首から織田無道張りの数珠のようなアクセサリーをジャラジャラ下げ

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メチャクチャに踊ってるようでしっかり音の頭をとらえている音感の良さ。

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時には寝そべり

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MCもヘタクソだったが

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あのギラギラした目つきは一度ライブを見れば

もうお腹一杯!

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僕がレベッカを好きなのはビジュアルではなく

楽曲が好きなのだ!

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そう言えば昔テレビのドキュメンタリーでNOKKOを見た事があった。

レベッカ解散後はソロ活動−結婚−離婚−再婚・・・・

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そして42歳で念願の赤ちゃんを出産して

今はダンナさんと子どもと一緒に熱海で暮らしているんだとか

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そんな流れで久々に歌うというので見ていたら

ステージも無い野っぱらで数えられるくらいの観客の前で

童謡みたいな曲を歌っているではナイカ!

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これが僕をビビらせ続けたNOKKOのなれの果てかと思うと

あったハズの5千円札が無くなった財布を見た時と同じ心境であった!

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1995年に阪神・淡路大震災で復興ライブで再結成した時は

解散してまだ4年しか経ってなかったので

貞子並みに髪が長くなったNOKKOはそれはそれで恐かったが

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なぜ今になって再結成なのか?

以下はレベッカが出した正式コメント。

『ずっとひとりぼっちだと思っていた。いつも宿題を抱えていて

いつも締切に追われていた。

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レベッカの活動を中途半端に終えてしまったという気持ちがあった。

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レベッカはずっと、触れてはいけないパンドラの箱だったけど

時が経ち、心に余裕がでてきてこのパンドラの箱を

開く勇気が湧いてきた。

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そして勇気を出して開けてみたら

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パンドラの箱の中でレベッカは熟していた。

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もう、ひとりじゃないと気付いた。

夢がしぼみ、情報が氾濫している今の時代に

レベッカを見直してみたい。

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当時の曲を今の自分たちで再現してもう一度やってみたい』

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そしてNOKKO

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『音楽がだんだん自分の手元に戻ってきたと感じて

歌えるようになって、声も太くなった。

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そうしたらレベッカの曲にふたをしておくのが

かわいそうに思えてきて見直してみようと。

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以前はもう絶対に見ない、聴かないと思っていたけれど

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ふたをパカッとあけたら

ホワーっとご飯が炊けてた、みたいな感じかしら』

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今月また年を重ねるアラフォーのオッサンともなると

こうゆうコメントが素直に受け取れず

『金銭的な事情だろ!』

と、ナナメな見方しかできなくなってしまってますが・・・・

最近の購買意欲がわかないヒット曲に比べれば

鮮度は落ちていても、気合を入れてくれるレベッカの曲の方がマシです!

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ちなみにNOKKOの実家は電気屋さん。

本名は『山田』なので『山田電気』なワケですが

家電量販店の『ヤマダ電気』とは何の関係もありませんので

あしからず・・・・。

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おっかないNOKKOの話はここまでにして

次週はレベッカ本体の巻!!



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2012年4月11日発売
最高28位
売上 ―
作詞/SHYKT 作曲/YUI、AYANO、K・SHIKAMA、T・KAWATA

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2009年の東京モーターショーで、『若者の車離れに歯止めをかけるべく投入したのが

FT86(ハチロク)!

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昭和の86と言えばレビン/トレノのスポーツ大衆車だったが

平成の86は斬新なプロポーションで同じ86のネーミングでも

やしろ優と

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あびる優ぐらい違っていたのである!

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そのFT86が展示されていたTOYOTAのブースで

コンパニオンと一緒に登場した女性ギタリストをご存知だろうか?

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『FT86の美人ギタリストに注目!』

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と題された動画の試聴回数はナント80万回を突破!

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この女性の名前はYUI(ユイ)

2011年に結成されたガールズ・バンド、シンティアのギタリストである。

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月の女神アルテミスの英語圏の呼び名シンシアと

装飾品のティアラからとったシンティア。

メンバーは

ボーカル/SAKI(サキ)、ギター/YUI(ユイ)、ドラム/KANOKO(カノコ)

ベース/AZU(アズ)、キーボード/AYANO(アヤノ)の5人。

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麻里ちゃんの大ヒット曲『リターン・トゥ・マイセルフ』のカバーで

2013年にメジャー・デビューを果たしたSHOW−YA以来の

正統派へヴィ・メタルバンド!!

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この麻里ちゃんつながりが無かったら正直全く知りませんでした(笑)

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これといったヒット曲はまだありませんが、2013年には

SHOW−YAの寺田恵子から直々にオファーされ

出演者のみならずスタッフも全員女性という

『女の野音』こと『NAONのYAON』に初参戦!

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ここで1曲目に演ったのがインディーズのデビュー・シングル

『ラン・トゥ・ザ・フューチャー』!!

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僕の中でシンティアと言えばこの曲であり

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その衝撃は

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盲導犬より先に歩く盲目のオッサンを見た時以上のインパクトだった!!

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何よりドラムとギターのテクニックがハンパじゃない!

特にギターのユイちゃん!

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普段は天然ボケで『黒ひげ危機一髪』の剣を刺すのもビビりまくるほどおとなしい子なのに

ギターを弾き出した途端

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『オラ〜お前ら!!』と人格が豹変!

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キョンキョンと同じ154cmの小さい身体からは想像もできない

へヴィなリフと速弾きの雨あられ!

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それは168cmしかない『獲ったどー!』でお馴染みの濱口優が

大根並みのポコを持っているのと同じ!

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しかもユイちゃん、ただのギターの上手い姉ちゃんではなく

『ゼッタイわかる!ギターコード理論超入門』

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というギター教則DVDのインストラクターを務め

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ギター・キッズのバイブルである『ヤング・ギター』では

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女性にもかかわらず特集ページを組まれる程の実力で

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相川七瀬のツアー・ギタリストとして全国を周り

あの永ちゃんのPVにもお呼ばれされちゃう

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メチャクチャ凄いギタリストだったのだ!

そんなユイちゃんがドラムのカノコと出会ったのが

メタルと交響曲オペラが合体したシンフォニック・メタルユニット

LIV MOON(リブムーン)のPVの撮影現場。

リブムーンは元宝塚の男役だった岡本茜(ボーカル)のユニットで

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バンド形式でありながら、ボーカル以外はサポートメンバーという構成で

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以前はBABYMETALのバックでギターを弾いている

大村孝佳も在籍していたのだ。

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その岡本茜がPVの時だけ

『バックは全員女の子にして』

と、言ったのがキッカケで出会った2人はそこで意気投合!

『全員女の子のバンドだったらカッコ良いよね!』

と、シンティア結成に向けてメンバーを集め

キーボードのアヤノとベースのアイリ(初ライブ後に脱退、現在はアズ)が加入!

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ボーカルは約1年をかけてオーディションを行い

サキが選ばれた。

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サキは元々、関西の地下アイドル『アゲぽよガールズ』の4期生で

そこそこテレビに出ていたものの、元来の性格が超ネガティブ思考で

『私なんて地球のゴミだ!ミジンコだ!ちりだ!』

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『いや、ゴミやミジンコは役にたってる。

ちりも何かの役に立ってるかもしれない

私は何の役にもたってない!私ってなんなんだろう・・・』

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と、自問自答を繰り返し、出てきた答えが

『アイドルはやるもんじゃなくて見るものだ』

と、突然アイドルも所属事務所も辞めてしまったのだ(笑)

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そんな中、シンティアのボーカル・オーディションを人づてに聞き

『最後の思い出作り』にと、受けに行って初めてメンバーの演奏を聞いたサキは

『うるせー!なんだこりゃ!』

『全然自分の声、聞こえないし!バスドラが背中に刺さってくる!』

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と、初めて火を見た石器人のように衝撃を受ける。

残念ながらこの時は落選したものの、ボーカルも決まらなかった為

再オーディションに備えてボイス・トレーニングに通い

二度目のオーディションで見事合格!

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『落とされたのに来てくれたガッツと

1回目と2回目の歌声の差が明らかだった』

物体的には好みではないが

絶対音感(曲を聞いただけで譜面に起こせる特殊な才能)と

2基の巨峰πを装備したナイスバディは素晴しい!!

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『私、メンバー全員を幸せにしたい。』

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『メンバーだけじゃなくて、取材してもらった方にも

あのときシンティアを取材できてよかったと思ってほしいし

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レコード会社のみなさんが

『俺シンティアを担当してるんだ』

って、自慢しながら

女の子をハベらせてるくらいの存在になりたい』

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インディーズだった頃はガールズ・バンドっていうだけで

対バンの男性バンドやライブハウスのPAに

『ちゃんと弾いてるの?』

『本当に自分達で曲を書いてるの?』

等と、あからさまにバカにされ

『アタシ達舐められている』

と、一発触発の場面も多かったという。

そんな時、ユイちゃんが言った言葉

『音で黙らせればいいから』

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ベースのアズはこれを聞いて、『一生この人について行こう』と思ったそうだ。

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そんなシンティアも今年の4月にリーダー兼ドラムのカノコが

体調不良を理由に脱退!

ちょっと暗礁に乗り上げた感がありますが

どんなに苦しくて辛い事があっても

『死ぬこと以外かすり傷!』

と、笑って言うサキがいる限り大丈夫でしょう。

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僕的には

『お前らが一生かかって稼ぐ金、矢沢の2秒!』

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に匹敵する神的名言!

『死ぬこと以外かすり傷!』・・・・『ラン・トゥ・ザ・フューチャー』と共に

毎日励まされてます!!

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アルバム発売1989年6月7日
最高1位
売上 43、1万枚

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『どうも、はじめまして・・・』

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これが1986年7月31日に『笑っていいとも』に出た時の

麻里ちゃんの第一声である。

前日のMALTAからの紹介で真っ赤なお洋服で登場!

『焼けてませんね、どこも行ってない?』

『はぁ〜女はそれでなくちゃ!』

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7:3分けのオールバックで鼻の下を伸ばしていたのが当時41歳だったタモリ

ライブの告知のポスターを広げようとするも丸まって広がらないと

『ちょっと!持って下さいよ!』

と、へヴィ・メタルの女王に初ツッコミ!

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『ワイン好きですか?』

持ってきたお土産を取り出す麻里ちゃん。

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『アルコールが入ってるならベンジンでも飲みます』
(会場爆!)

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『それからTシャツ、アタシのなんですけど・・・』

『新品ですね!』

『できれば中古だったらよかったのに』

(僕的爆!)

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さらに『ブルー・レボリューション』のLPレコードをプレゼント

『これ、一番新しいやつ?』

ここは宣伝を兼ねたプレゼントなワケだがさすがは麻里ちゃん!

その後、タモリに渡したものが凄かった!

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『今度9月5日に6枚目が出て、実は出来てないんで

テープで持ってきたんです』

『テープで!!』

『これ凄いね!プロ用ですよ!!』

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と、大興奮のタモリ

『ウチのカセットに入るか?入らないよな・・』

『買おう!テープ・レコーダー』

(僕的笑!)

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やっとトークが始まり、オープニングの電報紹介のコーナー

『昨日、お母さんが麻里さんのガス料金を払いに来ました』

『お母さんにはいつもお世話になっております』

『よろしかったら安産マーク頂いてもらえませんでしょうか』

『東京ガス沼袋サービス・センター一同』

『なんなんだこれは!!』

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麻里ちゃんの説明によると、今は一緒に住んでいないので

母親が実家の分のガス料金を払いに行ったんじゃないかとの事でしたが

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『だってこれ、麻里さんのガス料金って書いてあるよ』

そんなハズないと困惑する麻里ちゃんに向かって

『アンタ、溜めてんじゃないの?』

(麻里ファン爆!)

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『普段はおとなしいんですね』

『ステージではワーっやるんですけど・・・・よく二重人格と呼ばれてます』

『私生活ではガス料金も払わない、性格破たん者みたいな方ですね』

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(こんな事生放送で言えるのはタモリだけ!)

そして当時の『いいとも』では恒例だった『ともだちの輪』のコーナーでは

『ステージっぽいノリで!』

というタモリの無茶振りに応じてロック調で歌い出す麻里ちゃん。

♪ともだちの〜ともだちは〜みな、ともだちだ〜

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世界に〜広げよう〜ともだちの

わ!

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わ!♪

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『うまくいった!』

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小さなガッツ・ポーズを決め、子供のように喜ぶ麻里ちゃん。

可愛いすぎる!

というワケで今週も麻里ちゃん!

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始めてのバラエティでしかも生放送で、お相手は全盛期のタモリ!

ナベサダの打ち上げに勝手に乱入してデタラメなアフリカ語で

山下洋輔(ジャズ・ピアニスト)を呼吸困難になるほど笑わせ

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博多の喫茶店ではウインナーコーヒーに本物のソーセージを入れて出す

奇妙なマスターとして有名で、その噂を聞きつけた赤塚不二夫は

『もっとタモリの芸が見たい!』

と、福岡へ帰ろうとするタモリを引き留めて自分のマンションに住まわせ

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月20〜30万もの小使いを渡し、自分が出ていたバラエティ番組に

タモリを出演させると、それを見ていた黒柳徹子が

『今の人誰?凄いじゃない』

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と、その日の夜のうちに問い合わせがあり、後の『徹子の部屋』の前身番組

『13時ショー』に赤塚不二夫と共に出演を果たした天才肌のオッサンなのだ。

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この時も麻里ちゃんの真っ赤な衣装から

『デビューの頃からパンティがチラチラして・・・』

『いや、あれパンツじゃないんですよ、ちゃんと下に衣装はいてるんです』

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『あれ、パンティじゃない??』

『か〜!だまされてたな!!』

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という流れに持って行く所はさすが!しかもまだ続ける!

『最近はやってないの短いの?』

『いや・・やってます』

『これ載ってる?短いの』

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(プレゼントされたツアーパンフレットを見て一生懸命探すタモリ)

『あると思います』

『載ってないよ!』

『ケチ!』

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(僕的爆!)

そんな調子で控えめでおとなしい麻里ちゃんは終始受け身のまま

お友達紹介のコーナーへ

誰を紹介するのかと思ったらチューブの前田亘輝!

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以前ライブで一緒になったり、レコーディング・スタジオが同じで

よく顔を会わせていたんだそうだ。

この頃のチューブは『シーズン・イン・ザ・サン』が大ヒットして人気絶頂!

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ゲストが前田亘輝と聞くと観客からは

『今日じゃなくて明日来ればよかった!』

とでも言いそうなガッカリ感丸出しのどよめきが止まらず

麻里ちゃんが可愛そうだった。

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この無知で失礼きわまりない観客どもに

『ドンチェ』を聞かせて黙らせてやりたいとどんなに思ったことか!

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僕の記憶が正しければ、バラエティに出たのはこれが最初で最後!

後に『ハート・アンド・ソウル』や『リターン・トゥ・マイセルフ』が大ヒットしても

『いいとも!』はもちろん、二度とバラエティ番組には出ていないのだ。

その代わり出まくったのが当時どのチャンネルにも一つはあった歌番組!

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『ザ・ベストテンに出演するのは少し迷いましたね。

ひとつに出たら他に出ないわけにはいかなくなるでしょう。

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最終的に出る事に決めたのは、当時ロックやニューミュージックの方が

出たがらない傾向があったからです。

みんなが出ないのなら、アタシは出ようと!』

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『夜ヒット』、『ベストテン』、『トップテン』、『Mステ』・・・・

あらゆる歌番組で麻里ちゃんが歌っていたのが

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『リターン・トゥ・マイセルフ』

1989年4月19日発売
最高1位
 売上 40、7万枚

89’カネボウ夏のイメージ・ソングで、まだ無名だった大塚寧々が出ていた。

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オファーが来たときの条件が、化粧品のキャッチ・コピーである

『化粧なおし、しない、しない、ナツ』

という言葉を歌詞の中に入れてほしいというものだった。

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『しない、しない、ナツ』はまだしも、『化粧なおし』という言葉を入れるのは

さすがの麻里ちゃんも無理だったので

『化粧なおし』を『心染めなおし』に変えて歌った曲!

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オリコン初登場は5位で、この時の1位は田原俊彦の『ごめんよ涙』

しかし翌週には明菜嬢の『LIAR』に抜かれ、その翌週には工藤静香の

『嵐の素顔』が3週連続第1位!

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この時麻里ちゃんは8位までランクを下げ、通常であればこのまま

TOP10落ちが確実であるが、カネボウのCMが大量オンエアされたせいか

リリースから約1ヶ月後の6月5日、遂に工藤静香を引きづり落として

念願の1位を獲得!

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その2日後に発売された同名アルバムも1位!

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シングル、アルバム共に1位獲得は

麻里ちゃんにとって初!

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バイト先の飲み会で『地球』を『ちたま』と読むような女子高生がカラオケで

英詞部分をすっ飛ばした上に最後のリフレインで

『高音が疲れる』

と、マイクを置いた姿を見た時には

本来の麻里ちゃんのスペックの半分も出してない曲なのに・・・・

と、思う反面、『売れる』という事はこうゆう事なのかと心底ガッカリした。

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今すぐサイコロを降って出た数字の

アルバムを聴けと言いたい!

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ちなみに歌の出だしのみんながカットする英語の部分だが

♪RETURN TO MYSELF ALL IS A MESSAGE FOR ME
(リターン・トゥ・マイセルフ、私のためのメッセージはただそれだけ)

MY HEART CAN WAKE UP、 TO LOVE FOREVER
(私の心は永遠の愛のためならば目覚めることができる)

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RETURN TO MYSELF ALL I NEED TO BE FREE
(リターン・トゥ・マイセルフ、私に必要なことは自由になることだけ)

I WILL SHOW YOU MYSELF HONESTLY♪
(私はあなたにありのままの私を見せる)

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ちなみに『RETURN TO MYSELF』とは

『本来の自分に戻ろう』

という意味。

このキャッチーでポップス極まりない曲が麻里ちゃんの本当の姿なのか

それとも次はハード・ロックな麻里ちゃんに戻ってくれるのか・・・・

それはまた別の機会に書こうと思います。

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10週間も麻里ちゃん編を出来たのも

うちの会社で史上最年少でいながら大先輩であるエリコさんの

たわいもない一言のおかげ!

お礼を言おうと思ったら

『しろしさんてさ〜さかなクンに似てるよね〜』

僕の『RETURN TO MYSELF』は

さかなクンだったのか・・・

ギョギョギョ!!

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いつかまた麻里ちゃんやります。

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アルバム発売1988年11月21日
最高4位
売上 18、4万枚

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アルバムを8枚出した所でようやく出た麻里ちゃん初のベスト・アルバム!

と言っても、過去に非公認ながらベスト盤は4枚も出ており

『MARI’S BEST Vol1』

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『MARIS コレクション』

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『NOW&THEN』

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『アンソロジー 1987』

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そのほとんどがアルバムからの選曲だったのに対して

この『ハート・アンド・ソウル』はシングルのみを集めた

初心者入門編的なアルバム!

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それは自転車の補助輪であり、水泳で言うビート板であり

自白させる為に刑事が出すカツ丼のようなものである。

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通常この手のベストが出る場合、A面B面の曲はきっちりと収録されるものだが

そこは麻里ちゃん!

自ら『駄作』と烙印を押した『ブルレボ』のB面に入っていた

『ハートレス・ウーマン』は戦力外通告どころか破門を突きつけられ

未だにCD化されていない迷曲!

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(聞いた感想は茶柱の立たないお茶みたいなものです)

全14曲中既にアルバムに収録されているのは

『ブルー・レボリューション』、『ラブ・アンド・フリー』、『プロミス・イン・ザ・ヒストリー』

『999〜ワン・モア・リーズン〜』、『コール・マイ・ラック』、『セイリング・オン』

『クライ・ノー・モア』の7曲で、『ブルレボ』のみイントロがワン・フレーズ長い

ロング・バージョンになっているものの、音源は同じ。

つまり上記以外の残りの7曲は

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アルバム未収録&CD初音源化であり

ベスト盤とは言え

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新譜みたいなものなのだ!

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というワケで今週も麻里ちゃん!

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ファンにとってベスト盤ほど必要のないアルバムはない。

音源は全部持ってるし、レコード会社のセンスのかけらもない選曲で聞くのなら

自分でベスト・オブ・麻里ちゃんを作って聞いた方がよっぽど身体に良い。

まだジャケットや歌詞カードに未発表写真でも載っていれば救われるが

それすら無いとなると

池波志乃が料理をする前に書くメニューのように

一度手に取って見ただけで十分なのである。

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『以前から全面に押し出したくてもイメージの後ろに

隠れてしまっていたバラード

それを聞いてほしくて作ったシングル』

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『クライム・オブ・ラブ』

1986年5月21日発売 最高53位 売上 1、1万枚

静から動への盛り上がりは日本人が大好物な展開で

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松本君のギターは泣きまくり、麻里ちゃんのハイトーン・ボイスは

リフレインともども炸裂しまくりで

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当時オリコン1位だった菊池桃子の『夏色片想い』に

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52位差をつけられて負けた理由がわからない!

ちなみに僕が選ぶ麻里ちゃんのバラード第1位が『ハーティー・マイ・ソング』で

2位から10位迄では同率で大勢のバラードが顔を揃えていたが

『クライム・オブ・ラブ』を聞いた瞬間、単独2位に躍り出た

無敵のロック・バラード!

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もし女に生まれていたら、カラオケで歌い倒したい曲No1なのだ!

カップリングの『ナイト・スティール』は一転してハード・ロック!

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影の名曲と呼ばれ、隠れファンが多いと言われているこの曲は

サビで豹変してシャウトしまくる麻里ちゃんが

全盛期のタイソンより強烈なジョン&パンチなのだ!

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この2曲が1枚のシングルに入っているという

最強の楽曲がラインナップされていたにもかかわらず

当時オリコン1位だった菊池桃子の『夏色片想い』に

23、6万枚差をつけられて負けた理由がわからない!

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そして通算4枚目のシングルとなった

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『マジック』

1987年6月21日発売 最高66位 売上 1、1万枚

楽曲もさる事ながら映画のように撮られたPVが素晴らしいので

これは死ぬ前に一度見てほしい!

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プレーン・ヨーグルトみたいな白い部屋で歌う麻里ちゃんは

まるで氷の上を滑っているかのような華麗なステップで踊りまくり

キム・ヨナが叩きだした228、56の歴代世界最高得点の演技には負けるが

顔で勝っている!

さらに、歌詞とは関係ないのにメチャクチャ激しい雨に打たれたり

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悪天候の海で波にもまれるシーンでは

『半年経って耳から砂が出てきた』

と、身体を張った過酷な撮影に本気で怒る麻里ちゃんが

2分52秒辺りで見られます。

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後半で無邪気に笑う麻里ちゃんの笑顔は

パワー・スポットを10箇所まわった以上の力であり

数あるPVの中でダントツNo1のPVです!

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その『マジック』のカップリングだった『ライト・トゥ・ゴー』は麻里ちゃんの

シングルB面の中でダントツNo1!

この完成度とクオリティでB面止まりという衝撃は

後にB'zの『ZERO』のB面『恋心』を聞くまで破られなかった。

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不規則なリズムのキーボードからドカン!とギターが入ってくるイントロ!

♪らい、とぅ〜ごぉおお!♪

のドラゴン・シャウト!

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そのバックでこれでもかとハイトーン・ボイスが終始轟きまくってるのだ。

この曲をアルバム未収録にしてしまう麻里ちゃんが凄すぎる!

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これぞ浜田麻里というナンバーです!

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『大量オンエアというふうに聞いていたのにあまり流れず残念!』

と、苦笑していたのがフォード・フェスティバDCのCMソングだった

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『フォーエバー』

1988年3月21日発売 最高43位 売上 1、1万枚

DOHCキャンパス・トップが売りだったフェスティバ。

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麻里ちゃんがボヤくだけあって、このCMを見た記憶がない。

ハッキリ覚えているのは麻里ちゃんのファンになって

初めてリアルタイムで買った記念すべきシングルで

この頃が一番麻里ちゃんにハマっていた。

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その3ヶ月後に『ラブ・ネバー・ターンズ・アゲインスト』がリリースされ

すっかりポップス・クイーンに進路変更したその後を思えば

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これが最後のハード・ロック・ナンバーだった。

そしてアルバム・タイトルにもなった

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『ハート・アンド・ソウル』

1988年9月7日発売 最高7位 売上 15、3万枚

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『とりあえず私の今までのシングルの中では一番売れてくれた。

タイトルは“一生懸命に、熱心に”という意味の熟語です。』

それまで1万枚そこそこしか売れなかった麻里ちゃんのシングルが

ソウル・オリンピックのイメージソングとしてNHKで連日バンバン流れたおかげで

一気に15万枚を突破し

初めてオリコンTOP10に入る大ヒット!

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♪真っ赤なポルシェ♪すら歌わせなかったお堅い天下のHNKが

マイクをブンブン振り回してミニスカートにもかかわらず

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観客に向かってハイキックを浴びせるへヴィ・メタル・クイーンをよく選んだものだと

当時は感心しまくら千代子だった。

『アーティスト選考の際、最終的に5組のミュージシャンに

しぼられたんですが、体重44キロの華奢な身体から

ほとばしるパワフルで高い声は闘争心をかきたてる

という理由で、浜田さんに決定しました。』

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今ではオリンピックが始まるとイメージ・ソングが当たり前のようにバックで流れているが

一番最初にNHKでかかったのは麻里ちゃんなのだ!

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♪は〜たん、そ〜忘れないで 奇跡を起こすような瞬間を〜♪

開始2秒で上腕二頭筋に力がみなぎるサウンドでありながら

往年のへヴィな歌い方ではなく、そこいらの女子高生でもカラオケで歌えるような

ノリが良くてキャッチーな流行歌仕上げ!

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そのカップリングが『マイ・ティアーズ』

演奏時間6分22秒はこの時点で麻里ちゃん最長の楽曲で

日の丸を背負って闘う選手団や何かに向かって頑張っている人達への

応援ソング!!

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♪今 この一瞬にすべてをかけてゆけるのなら

ひとつかみ勇気をください♪

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♪涙もかれるほど 命の限りに生きてきた

この夢に勝てない♪

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♪悲しみを勲章にかえられる日まで・・・・♪

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このソウル五輪ではバサロの鈴木大地、柔道の斉藤仁、レスリングの佐藤満選手が

金メダルを獲得!

おっと、電話BOXにメダルを忘れた小林選手もいましたっけね(笑)

でも何だかんだ言ってソウル・オリンピックで一番有名だったのは

聖火台に止まってた鳩が焼けて

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ソウル五輪ならぬソウル七輪

と、世界中からバッシングされた開会式でしょうね。

あの鳩が焼ける姿を見て一番『マイ・ティアーズ』したのは

世界中でマイク・タイソンと新沼謙治でしょう!

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次回、いよいよ麻里ちゃん怒涛の最終回!

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アルバム発売1988年6月21日
最高4位
売上 7、6万枚

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♪ハウスバーモンドカレーだよ〜♪

♪りんご〜とハチミツ、とろ〜りとけてる♪

なんて歌っていたヤングマン西城も既に

♪ヒデキ、還暦!♪

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(この非売品パッケージが欲しいぞ!)

『イン・ザ・プレシャス・エイジ』で麻里ちゃんと出会い

過去のアルバムを重箱の隅をほじくるように聞いた結果!

これは『カレー』であると判明!

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デビュー当時が樋口宗孝シェフによる辛口カレーだったとすれば

3枚目以降、麻里ちゃんが自分で作るようになってからは

無駄に辛いだけのスパイスは除去され

誰もが食べやすい 『中辛カレー』に落ち着いたワケだが

もっと多くの人に食べてもらいたい!

と、味はそのままにインスタント・カレーに踏み切ったのが

『ラブ・ネヴァー・ターンズ・アゲインスト』と言える。

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というワケで、今週も浜田麻里!!

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『シンガーとしての自分をアピールしたいという気持ちが強かった』

前作『イン・ザ・プレシャス・エイジ』同様、LAでレコーディングされたこのアルバムは

麻里ちゃんの必殺技であった

ウルトラ・ビブラートやダミ声シャウトはグッと抑えられ、シングルにもなった

『コール・マイ・ラック』(最高41位 売上1万枚)

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はカラフルなビー玉が弾け飛ぶようなハッピー・ソング!

『アメリカ人の強力な凄いミュージシャン達が

新たな私の仲間になってくれて

タイトル通り私に“ツキ”を呼んだ』

垢抜けたと言えばそれまでだが、これを

『こんな歌い方もできるんだ』

と、思うか

『こんなの歌うようになっちまってよぉ・・・』

と嘆くか・・・僕は前者の方だったが

『売れ線に走った!』

と、デビュー当時からの

多くのファンが去ってしまったアルバムでもある。

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『バラードが多いのは初めから意図していた事』

いつもならノリノリナンバーで幕を開けていた1曲目が

まさかのバラード!

初めて聞いた時はロボコンが壊れた以上にショックで凹みまくった。

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いつもの麻里ちゃんであればここは『イン・ユア・アイズ』を1曲目に持ってくるハズ!

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でもこの意表を突いた発想があったからこそ

後の『リターン・トゥ・マイセルフ』の大ヒットにつながったのかもしれない。

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全11曲中5曲もバラードが入っているが、その完成度は『森伊蔵』よりも高く

中でも『レイン』は高低差がありすぎて、素人レベルでは

難易度が高すぎて歌う気すら失せる曲。

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こんなに広い音域を自由に行ったり来たりしながら歌えるのは

麻里ちゃんだけ!!

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ラストの『オール・アローン』なんかとても『ドンチェ』や『ブルレボ』を歌っていた人と

同一人物とは思えない別人の歌いっぷりで

保母さんが子供を寝かしつけるかのような

優しい気持ちを込めて歌い上げる名バラード

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『前作(イン・ザ・プレシャス・エイジ)でやり残した事がある・・・』

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それはこのバラード5曲を聞けばわかる!

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そんな麻里ちゃんは常に見えない敵と闘ってました。

いわゆる偏見というやつです。

偏見【偏った見方。充分な根拠もなしに他人を悪く考える事】

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今となっては信じられないかもしれないが

昔はロック・コンサートに行くのを禁止又は停学にする学校が山ほどあった。

『健全な青少年の育成に悪い影響を及ぼし、非行につながる』

というのが理由で、THE MODSのライブでは

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『コンサートに行ったら停学!』

それでも行く生徒を捕まえる為にライブ会場に生活指導の教員が張り込んでいた。

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吉田拓郎とかぐや姫が行ったつま恋コンサートでは

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静岡県の教育委員会が県内の中・高校生の入場を禁じただけではなく

チケットを学校が没収!

没収ですよ没収!

そんな大人の勝手な偏見に立ち向かったアーティストもいた。

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1990年、熊本県八代市では10校中9校の中学校に市からの禁止令が出て

チケットを買ったにもかかわらずコンサートに行けなかった事に猛反発した中学生が

2000人の署名活動を行うという事態に発展!

その時の行ってはいけない理由が

『チケット代が高い』、『終演時間が遅い』、『ロックを聞くと不良になる』だった。

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これを聞いたハウンド・ドッグの大友康平は憤慨し翌年

保護者同伴でライブの終演時間を19時にして

チケットは中学の卒業証書を持って来ればタダという無料ライブを決行!

全てクリアーにしたライブは誰にも文句を言わせなかった。

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ロックですらこれである。

へヴィ・メタルなんぞ偏見のカタマリで

『例えば、注目のロックシンガー登場!

なんて名目で雑誌の取材受けた後

いざ発売になって見ると

ミニスカートやパンチラ写真ばっかりだった』

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特に麻里ちゃんの場合は完全に色物扱いで

ライブ最前列のカメラは

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パンチラばっかり追いかけていたのだ。

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それだけじゃない

『アルバムごとに音楽的な飛躍を目指してきたんですけど

そのどれもが頭ごなしにへヴィ・メタルだと決めつけられてしまう。』

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『ラジオでかかりにくかったんですアタシの曲・・・』

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『へヴィ・メタルというだけでかけてもらえなかった。』

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これが一番の偏見ですね・・・

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麻里ちゃんの曲はデビュー当時からずっとハード・ロックであり

へヴィ・メタルと呼ばれているだけで

サウンド自体はへヴィ・メタルではないのだ。

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それは『マクドナルド』を東京で『マック』、関西では『マクド』と呼んでいても

食べる『ハンバーガー』は一緒なのと同じ事!

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僕の思うへヴィ・メタルとハード・ロックの違いは

ギターがどうの、ドラムがこうの、ボーカルがアーノルドといった事ではなく

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『ラブソング』が入ってるかどうかだと思う。

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『ロック・シンガーとして活動してきて

へヴィ・メタル・クイーンと言われてきた事については

それを否定するつもりはなく

むしろ

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誇りに思っています!

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ポジティブな麻里ちゃんには頭が下がります・・・・

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次週もまだまだ続く麻里ちゃん!



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