幡野広志のブログ

写真家、猟師。 2018年3月 noteに移行しました、https://note.mu/hatanohiroshi

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1
イメージ 2

92歳になる妻の祖父が入院した、マジやばい。

ずっと畑が生きがいだったけど2年前に家族から危ないと止められた。
若々しいおじいちゃんは生きがいを無くしたことで、どんどん老いていった。

おじいちゃんは畑の上で死ぬことが幸せなのではないかと思う。
畑を止めさせたのは長生きしてほしいという善意が根底にある優しさなんだけど、僕は優しい虐待だと感じる。

長生きを目的にするのは間違いだ、幸せになるのが目的で長生きは手段にすぎない。

畑作業の合間に妻が妊娠したことを伝えたとき、おじいちゃんは本当に幸せそうだった。
おじいちゃんは僕の顔をみるなり「幡野さんは大丈夫か?心配だ。」と涙を流した。

死を覚悟した人間って自分のことよりも残る人の事が心配になるものなんです。
おじいちゃんは覚悟している、僕には良くわかる。

死を覚悟したおじいちゃんに「頑張って良くなってね、大丈夫だから。」という家族の励ましが僕にも投げつけられているようでつらい。

根拠のないレトルトカレーみたいな励ましよりも、心配していることを聞いてあげて心を楽にしてあげて欲しい。

この励ましは、患者のためではなくて言った本人が自分の心を落ち着かせるために言っている。
遺族となる人の悲しみはよく理解できるのだけど、それは時間が癒してくれる。

耳の遠いおじいちゃんに大声で「僕もすぐ逝くからあの世で会おうね!!」と言ったら看護師含む全員からホワイトな目で見られた、切ない。

僕はあの世なんて信じていないけど、少しでもおじいちゃんの不安が薄まればと思ったウソだ。
同じウソなら「僕のガンは治りそうだよ。」と言えば良かったのかもしれない。

どちらにしても後悔が残りそうなウソだ。
遺族というのは後悔からは逃げられないのかもしれない。

全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事