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「モトフジさんって、元々は何なんですか?」 はじめてこう訊かれた時は、その質問の意図すらわからなかった。 でも、ライブの終演後などことあるごとに、時折同じ質問をれていくうち、ようやく理解した。 つまり… 「モトフジさんって、今はワダイコやられてますけど、元々はドラムか、それとも何か他のパーカッションやられてたんでしょ?」 要はこう訊きたいらしい。 もちろん、胸を張って、「“生粋の太鼓打ち”ですが…何か?」と、いつも答える。 本当にそうなのだからしょうがない。 子供の頃、盆踊りの櫓(やぐら)から育った、文字通りの「叩き上げ」だ。 ところが。 大抵の方は「ほぉ〜 …そうだったんですか。」と、さも意外そうなリアクションをされる。 それは、オレのプレイ(特に太鼓セットの時?)が、所謂世間一般でいうところの「ワダイコ」らしくないように見えるからなのかも知れない。 こういう質問をされる方々は、ほとんどが我が国の太鼓のことをあまり良く知らない、太鼓に関する「素人さん」。 そういう方からは、そのように勘違いされるのも無理はない。 悪気は全然ないし、オレもそんなことでいちいち腹を立てたりなんかしない。 所謂「ワダイコ」のイメージからすれば、オレの奏法スタイルはかなり大きく逸脱しているように見えないことも無いし。 ハチマキもフンドシもしてないし、ピアスとかいっぱいしてるしね(苦笑)。 これが同業者(太鼓打ち)が見れば、一目瞭然のはず。 根本的に下半身の使い方=「かまえ」も桴の握りも太鼓打ちのそれだし、太鼓特有の音の出し方や、ステージに立った「サマ」、間の取り方、独特なフォーム(型・振り付け)などは、他の打楽器奏者にはそう簡単に一朝一夕で真似出来るものではないことは熟知しているから。 ドラムやパーカションのプレイヤー側から見ても同様。 太鼓にしては手数が多く速い方だとも言われるが、ドラマーやパーカッショニストのトッププレイヤーに比べたら、オレの手数や速さなんて足元にも及ばないよ。 ヴィニー・カリウタやデイヴ・ウィックルのプレイなんて見せられた日にゃ、オレには一生かかったって真似すら出来ない。 オレもかつてはドラムを少々かじったことがあるが、今はもうここまで長年太鼓打ちやってると、あの細いスティックできちんと音を出すことすら困難なのだ(現在オレの使用する桴は太鼓打ちの中ではかなり軽い方だが)。 ハードロックの曲などプレイしようもんなら、たった一曲でもマジで太鼓より疲れるし、スティックが細ければもっと手が回る(速いテンポで細かいフレーズが打てる)かというと、それがまったくそうではない。 足(キック&ハット)とのコンビネーションも、当然イメージどおりにはいかない。 ただ、太鼓打ちが放つ腰の入ったフル・ショット一発の説得力や、打つ姿の美しさ、絶対的音量&音圧は、ドラマーには到底真似出来ない。 …そう。当たり前だ。 世界中のどの楽器も、高いレベルで演奏するには片手間で出来るほど甘くないってこと。 色々な種類の楽器をトップレベルの水準でプレイする「天才」と呼ばれるミュージシャンも中には存在するが、そういう人は陰できちんとそれなりの年月をかけて「血の滲むような努力」をしているはず。 オレは不器用だから、これからも一生「生粋の太鼓打ち」であることに変りはないし、そのことに誇りを持ち続けたい。 (まあ“生粋”と呼ぶには少々「異端」ではあるが…) ドラムやパーカッションでは逆立ちしても真似出来ないこと。 太鼓にはまだまだたくさんの魅力が内包されている。 仲間達よ、これからも一緒に探していこうではないか! 未だ確立されていない「未開拓」で「青い」ジャンルだからこそ、ワクワクするくらい楽しい。 またそろそろ革命をおこさないとね。 えっ?!昔オレが出した某バンド時代のCD?リード・ヴォーカルを担当してた件? …すいません、若気の至りです。忘れて下さい。・・・
2010年1月26日 記。
追記:そういえば、今これ書いてて思い出したエピソードがある。 昔オレに名刺(思いっきりベタなワダイコ衣裳着た写真入り)を差し出した「和太鼓○○代表」みたいな方が、上記の「モトフジさんって元々は〜…」の残念な質問をしてきたことがあった。 すっかり名前も忘れてしまったが、新橋の“SOMEDAY”でオレに資料まで見せて得意げに自分の太鼓について語ってくれた、アナタです。 そういう輩はオレは基本的に認めないし、信用できない。 太鼓を見る目(センス)が無さすぎる。 「アジアの音」でも何でもいいけど。 |
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