|
☆発掘・過去日記シリーズ
※この日記は、いつのまにかWEB上から消滅してしまった旧ブログ「Askモトフジ」に投稿した記事のバックアップを加筆修正し、改めて再アップするコーナーです。
<以下、2006年9月24日の過去日記より>
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
「大江戸助六太鼓宗家小林正道 太鼓道50周年を祝う会」
久しぶりに師匠の元気そうな顔を観られただけでも嬉しいのに、こんな盛大な宴に打究人-Da.K.T.-としてゲスト出演までさせていただいた。
出演依頼を受けた当初は、てっきりオレを含めた歴代のOB達が次々に出演するのかと思ったが、この日のゲストは何とオレ達の他は、かの太鼓界の大御所・「御諏訪太鼓」さんのみ。
大江戸助六太鼓から巣立って行ったOBはオレ達の他にも沢山いるし、その中でもオレらは在籍時代にさんざん迷惑をかけた「しょうもねえワルガキども」に属する方だと思ってたのに、そんなオレ達をこんな大切な記念すべき場に呼んで下さったカシラ(=師匠)の心意気に、胸が熱くなった。
ステージ目の前に陣取られている「来賓席」には、オレにとって未だに頭の上がらない大先輩方(助六太鼓創世記メンバー)の錚々たる顔ぶれ…(^_^ 
普段、事あるごとに「助六流の何たるか云々…」と偉そうに講釈をたれているオレだが、それを作った当のご本人達が勢ぞろいでオレらの演奏を観ているわけだ。
打究人として活動を開始してから、恐らくこんなに緊張したのは初めてだったが、逆にこんな機会はもう今後は絶対にない。
カシラの心意気に応えるべく、力一杯、身体一杯、心一杯、魂一杯の演奏をわが師匠へのささやかなお祝いとさせてもらった。
曲間のMC(お喋り)は、ちょっと控えめだった。
あんまり話してると胸にグッと来るものがあり、マジでヤバそうだったから…(ToT)
演奏後、会場内へ行くとかつて同じ釜の飯を食った仲間や、「鬼師範・ヒロシセンセイ」時代にさんざんシゴきまくった生徒達の、懐かしい顔ぶれの数々…。
カシラの50年の歴史と人柄が、この会場を埋め尽くさんばかりの沢山の出席者にあらわれているようだった。
「継続は力なり」
口で言うのは簡単だが、これを本当に実践している生き証人が、我が師匠なんだと心から実感した。
カシラは今年で62歳。
宴の最後には、カシラを含む助六一期生(創世記メンバー)が、助六太鼓の名曲「乱れ打ち」を披露。
オレにとってはもうそれこそ全員「アイドル」であり、「雲の上の神様」的存在。
すっかり“打究人写真撮影会”と化してしまった会場のお客さんを一旦制止し、滅多に見れない超レアな「名人芸」に見惚れた。
その中で最後を飾った我が師匠は、他の一期生とは明らかに違う。もう別格!
まさに「現役」の、「今」の「小林正道」を魅せつけられた。
オレが知っている当時のカシラの「ワザ」に、見たことも無いいくつもの新しい「ワザ」が付け加わっていたのだ。
「伝統」を「保存」することに胡坐をかくことなく、常に精進し新しい要素を取り入れ続けているカシラの姿に、背筋が伸びる思いがした。
たかが40を過ぎたくらいで、ついつい体力の衰え云々について語ってしまうオレの、何と小さいこと。…
そしてさらにこの日のメインゲスト、「御諏訪太鼓」の宗家・小口大八さんは、何と御歳82歳!
会場入りした時、ちょうど「御諏訪太鼓」さんがリハーサルしていたのでご挨拶に行ったら、あのしわがれた声と昔と変わらぬ人懐っこい笑顔で、
「茂戸藤クン、久しぶりだな!元気か?君は今年いくつになった?」
「もう41ですよ。」
「そうかー!私の丁度半分だよ!」(…オレ驚愕)
「私はね、50〜60の頃が一番アブラ乗ってたんだよ。だから茂戸藤クンもまだこれから、ガンガンいけるよ!」
もう、常識の範囲を超越しちゃってます。…
カシラもそうだが、こういう超人・鉄人達の前では、「三人の子を持つオヤジ」もまだまだ「鼻垂れ小僧」だということか。
何だか今日は、カシラを祝うつもりで来たのに、オレの方が励まされた気がして、帰りは少々気恥ずかしい感じだった。
カシラ、太鼓道50周年、おめでとうございます!
師匠の教え、今でもずっと守ってます。
「Just Do It!(やるしかなーい!)」
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
〜ちょっとひとこと〜 <この日の裏話。>
パーティーの帰り際、かつて大変お世話になったある大先輩の方にご挨拶しようとしたら、オレの顔をじろっと睨んだ後、逃げるようにそそくさと帰ろうとする。
この先輩とは旧知の中で、イタズラなその性格はよく掴んでいるつもり。
「あ、またいつものおふざけだな。」と思い、後ろから追いかけてって両肩をがしっと捕まえていつものように
「もう、○○さんたら!スルーしないで下さいよ!ご挨拶遅くなってすいませんでしたっ。」
てっきり、かつてのあのイタズラ小僧のような笑顔が返ってくると思いきや、ちょっとムッとした表情で
「もう、あんたのやってることは今後とやかく言わないから。これからは勝手に好きにやったら?!」
と、まるで“後輩突き放し宣言”。…
いや、まあ今までも好き勝手にやってきたから、今さら別に影響ないんだけどね。
つまり、今日のオレら(打究人-Da.K.T.-)の演奏を観て、「もう呆れた」と仰るわけだ。
まあ、オレたちがやってる音楽には好き嫌いは当然あると思うし、伝統を守る側ではなくどっちかというとぶっ壊す側の筆頭みたいなものだから、すべての先輩方から認められるのは難しいとは思う。
でも、次の捨て台詞には耳を疑った。
「一つだけ言わせてもらうけどぉ、あんたたち、音がうるさすぎ。聴いてて嫌んなっちゃった。…」
音がうるさい?…いやいやいや。
一般的な意味において「音がうるさい」というのであれば、それは太鼓という楽器を選んだ時点で背負った十字架のようなもの。
同じ太鼓打ちとして「音がうるさい」とは、はたしてどういう視点で仰っているのか?
世界中のあらゆるアコースティック楽器の中でも、日本の太鼓は飛びっきり音がデカい。
そんなことは大前提。
でも「そこ」に頼ったり、それを言い訳にしていつまでも「伝統ごっこ」に胡坐をかいてたら太鼓音楽の発展は無いということくらい、とっくに気付いてるし、身に染みてわかってるつもりだ。
音がデカいとか、迫力とか、視覚的要素の振り付けとか、そういうのに全く頼らないで、室内でもじっくり聴ける様な新しい太鼓音楽に、誰よりも早くから取り組んできたという自負もある(新しいことに常にチャレンジするということは、カシラの教えでもある)。
クラシックの奏者とかに「音が大きすぎる」と言われるのは慣れているが、同業者、しかもこの道の大先輩からこの言葉が出るとは夢にも思わなかった。
大きい視野で世界中すべてのジャンルの音楽から見たら、その大先輩がやってる太鼓音楽もオレたちがやってる太鼓音楽も、ほとんど変わらない「音のデカイ音楽」なはずだ。
洋楽に例えれば「ハードロック」「メタル」「ラウドロック」「ヘビーロック」「パンク」等々の違いくらい。
家で練習なんかすればたちまち近所から苦情がきて警察が来るレベル。みんな絶対的に「音がデカイ」わけだ。
ちなみに、打究人-Da.K.T.-は通常PAを使うが、この日は当然のことノンPA。
マイクもスピーカーも無しの「完全生音」。
太鼓打ち(同業者)なら十分に理解できる、想定内の範疇の音量である。
それにどう頑張ってもたったの3人だし。
他のグループの演奏よりも、明らかに音量は小さいはずだ。
もし仮に、オレらがやってる音楽について「楽曲が嫌いなタイプだからやかましい(うるさく感じた)」と言うのであれば、それこそ甚だナンセンスなご意見だ。
そんなこと言うならお互いに言いたいことは山ほどあるが、そんなことを言い合ってもお互いに揚げ足の取り合いになるだけ。
音楽や芸事を表現する者同士なら個人的な「好き・嫌い」で論争しても、それが如何に不毛なことで、何の発展性も無いということくらい分かるはずだ。
…そういえば。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の冒頭で、バンドオーディション審査員役のヒューイ・ルイスのセリフを思い出した。
オーディションを受けに来た、マイケル・J・フォックス扮するマーティーがバンド演奏を始めると、早々に演奏を中断させ、
「はい、もうやめやめ。…キミたちは音がデカすぎる。」
もちろんこれは、自らロック・ミュージシャンであるヒューイ・ルイスが、ロック・ミュージックに対する世の中のバッシングを逆手にとって皮肉ったアメリカン・ジョーク。
先輩、あの時の発言は、酔った勢いのジョークっすよね。…(^_^ 
どんなことがあっても、オレはずっと尊敬してますよ。
2006年10月6日記
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
|