茂戸藤浩司 “The Metal Taikist” のブログ

ハードロック、メタル業界で生きるプロフェッショナルの太鼓打ちです。

タイコラム

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先日、Webで「和太鼓打ち込み十訓」なるものを発見した。
 
現在の太鼓文化を、良くも悪くも象徴していると感心した。
そこで、私の意地悪なツッコミ(あくまでシャレです)を交えつつここに紹介したいと思う。
 
 
 
一、常に真剣勝負。気を集中し魂を込めて打て。
→リラックスし、脱力した中にこそ真のパワーがある。
常に全力で打たれたら暑苦しいし、押しつけがましい。
そんなもの、聴かされる方はたまらない。…
 
 
一、足腰を鍛えろ。広く安定した姿勢が響きを生む。
→身体の一部だけを鍛えると、歪が生じる。
全身を連動させてこそ、無理のないフォームが生み出せる。
たとえ見た目はガニ股でどっしり構えたって、「軸」がブレたら音は鳴らないよ
 
 
一、最大、最速、最短。しなやかで無駄の無い振りで打て。
→「弱音」が存在して初めて「強音」が相対的に存在する。
常に「最大」で打てば、それは「最大」とはならない。
→「最速」だけじゃなく、様々なテンポ、ストロークスピードを身に付けようよ。
表現の幅が増えるから。
→「最短」…意味がわからない。
常に打面ギリギリで打つってこと?地味!!
 
 
一、力の源は腹にあり。腹式呼吸を使って打て。
→いくら何でも「腹式呼吸を使って打つ」ことは不可能。
息吸って吐くだけで力が出たら苦労しない。
もしかして「気のパワー」とかいうアレ?
 
 
一、基礎を固めろ。下手な地打ちは仲間を殺す。
→基礎はどんな芸能でも当たり前。
そもそも地打ちが下手なら舞台に上がるな。
仲間以前に、お客に失礼。
 
 
一、強弱、緩急、右左。相互の調和が技を生む。
→えぇーーーっ!?
「常に全力」ってさっき言ったよね???
 
 
一、躍動しろ。表情。かけ声、間が太鼓の命。
→いやいやいや。
それはあくまで「スパイス的」な要素。
少なくとも「命」ではないって。
 
 
一、継続。これより他に上達の近道は無し。
→研究、追求、探求、そして常に現状に疑問を持つこと。
…上達にはたくさんの道がある。
間違った継続は、時として時間の無駄。
 
 
一、無心になれ。迷いは稽古の不足から、納得するまで稽古せよ。
→迷いも悩みも、良き指導者に遠慮なくどんどんぶつけるべき。
解らないまま稽古しても芸が「ひきこもる」だけ。
常に疑問を持て!
 
 
一、太鼓は笑って打て。
→いや、「自然に笑いたい場面」ならね。
ずっとじゃ気持ち悪いって。お客ドン引き。
 
 
 
…楽しんで頂けましたでしょうか

ごあいさつ

遅ればせながら、ここで改めて御挨拶をさせて頂きます。
 
このたび、私こと太鼓奏者・茂戸藤浩司は、株式会社ROCKMAN所属アーティストとなりました。
 
これまでは、太鼓を打つ以外何の取り柄もない私が、スケジュール管理から営業窓口、経理、果てはビザの取得や楽器輸送の手配など、数々の事務手続きを不器用ながらも必死で行なって参りましたが、そのあまりの手際の悪さに、多くの関係者様にたびたび御不便をおかけしておりました。
 
今後は、マネージメントのエキスパートに私のすべての営業窓口を委託し、みなさまとこれまで以上にスムーズにお仕事が出来る環境作りを目指したいと思います。
 
また、太鼓演奏はもとより、作曲、指導、プロデュースなどにも、これまで以上に専念出来るようになるため、よりパワーアップした茂戸藤浩司をお見せ出来るよう日々精進いたします。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
 
茂戸藤浩司
 
 
■株式会社ロックマン       
  <お問い合わせ>       
◇Tel&Fax 03-5608-5760    
これ、かつてオレが作った「キャッチフレーズ」。
 
1999年に、「打究人-Da.K.T.-」というユニットを旗揚げするにあたって、オレが世間や太鼓界により判り易くインパクトを与えるために、知恵を絞って苦労して考えたキャッチフレーズなのだ(何の証拠もないが、当時のメンバーが何よりの証人だ)。
 
「日本の太鼓は、“スポーツ”、“音楽”、そして“パフォーマンス”を同時に表現できる、世界的にも稀な、我々日本人が胸を張って世界に誇れる、素晴らしい『総合エンタテインメント』なのです!」
 
というお決まりのフレーズを、世界中のステージ上で何度繰り返したことか。
 
ところが。…
現在それを、まるで自分が作った言葉のように、このフレーズを謳い文句にしている団体・企業を目にした。
 
中国のことを「ニセモノ大国」「パクリ天国」「コピー王国」などと馬鹿にする前に、自分らが発信するメッセージくらい、オリジナリティー持とうぜ。
 
せめて「スポーツ&ダンス&ミュージック」とか、順番とかボキャブラリーくらいちょっと捻ろうよ。
打究人-Da.K.T.-のキャッチフレーズまんまパクリじゃ、いくら何でもバレバレ。…
 
よく恥ずかしくないね
 
でもオレはたぶん今後二度と使わないから、自尊心のない方はどうぞご自由に。…

雑感(3)

<また続き>
 
先日、このイベントについて同業者の某先輩とメールで会話をした。
その会話の中で、先輩からこんな一言があった。

「最近のチームは打ち込みが足りないように感じる」
 
なるほど。
う〜ん…「打ち込み」。

そういえば某太鼓コンテストの審査員も言ってたなあ。「打ち込みが足りない」って。…
楽器から「音を引き出す技術」は、奏者である以上、どんな音楽ジャンルでも基本中の基本。
プロならばそれこそ「必須項目」である。
楽器から最大限の音を「鳴らすための技術を養うための練習」という意味での「打ち込み」なら、それは確かに必要。

日本の太鼓は他の楽器と比べると、本当の音を「鳴らす」ためには、やはりそれなりに体力を使い痛みを伴う「打ち込み」をしなければいけないのかもしれない。
 
しかし「打ち込み」という言葉を聞くと、どうしても「体育会的(またはスポ根?)」なイメージが付きまとってしまうのは私だけだろうか。
つまり、気力と体力の続く限り、掌が血だらけになってもひたすら「打ち込み続ける」ような絵に描いたような猛稽古。
もちろん、目指す方向性(演奏スタイル)が「打ち込み系」「パワフルな身体表現」「爆音至上主義」ならそれも必要。
でも、それならばその「打ち込み」は「鳴らすための技術を養うための練習」ではなく、「体力と根性を養うための訓練・鍛練」であると、ハッキリと自覚すべきだ。

 
私も若い頃は、長時間ひたすら打ち続ける辛い「打ち込み稽古」を誰よりも多く行なったものだ。
それこそ、私より多くそういう稽古を行った者はいないと断言出来る自信がある。
それ程の凄まじい稽古量をこなしたのだ。
(初期の大江戸助六太鼓ワークショップに参加した方ならお判り頂けるかと思うが…)
稽古場で何時間も休まずに打ち続け、どれだけ長い時間打ち続けたかの記録を常に更新し、体中の筋肉痛と血まみれの掌にその「達成感」と「充実感」を味わい、それが上達のための確かな方法と疑わなかったのだ。
 
しかし独立後…。
 
そこで養った技術を引っ提げ、意気揚々と様々なジャンルの音楽や文化芸能に「殴り込み」をかけていった若かりし頃。
「楽器の練習法」としてそれ(「打ちこみ稽古」)は、極めて異質な行為であることを思い知らされたのだ。
それは他ジャンルの音楽家との稽古中。
ある局面で、
 
「そのフレーズはもっと大きな音で」
 
とオーダーされたので、一番重い桴に持ち替え、筋力任せにフルショット&フルパワーでこれ見よがしに打った。
空気が揺れ、部屋中が振動した。
「辛い打ち込み稽古」の成果、発揮である。
「どうだ!」と言わんばかりの得意満面の若い頃の私。
 
しかし…
苦笑された上で
 
「すごい音だね。でも…そうじゃなくてさ。…今のは『やかましい音』だから。もっと『きれいで大きな音』出して欲しいんだけど?」
 
その時は正直、意味がよくわからなかった。
「大きい音」=「パワー」ではないのか?
それ以外に一体どんな方法があるのか????
 
 
あと、こんなこともあった。
 
太鼓・三味線・尺八をフィーチュアしたバンドを結成して、ある程度活動が軌道に乗るようになった頃。
ライブの打ち上げの場でメンバーと酒を飲みながら、和楽器と洋楽器の融合の難しさについて雑談中、私が
 
「…でもさ、太鼓って思いっ切り打たないと、本当の良い音がしない楽器なんだよね…」
 
みたいな発言をしたことがあった。
そんなことも忘れかけた後日、ふとメンバーの一人から、意を決して慎重に言葉を選ぶように
 
「ああいうことを発言するヒロシは、楽器をまだ全然理解してないと思うよ。」
 
と、面と向かって言われたのだ。
また別のメンバーからは、
 
「例えば音量のレベルが10段階あるとして、ヒロシはいつも10なんだよ。」
 
とも。…
 
ショックだった。
音の「強弱」や「アクセント」「音量のコントロール」などについては、大江戸助六太鼓時代に、嫌というほどマスターしている「つもり」だった。
その世界では「師範」レベルまで行ったのだ。
でもそれは、「極めて特殊」な当時の「太鼓界」にしか通用しない「強弱」だったのだ。
それ故、当時の私の音は「全部10」と(苦笑)…
つまりそれだけ、太鼓の音は(小さく打ったつもりでも)圧倒的に、暴力的に、とてつもなく「デカイ」ということだったのだ。
 
洋楽の世界で当時から実力と実績のあった、私が最も一目置いて尊敬していた、プロフェッショナルなミュージシャン達からの言葉だったから、それはものすごく説得力があり、心にズシンと堪えた。
 
「そうか…オレはこいつを楽器として、全然可愛がってなかったのか…今までゴメン。…」
 
まだ“青龍-Blue Dragon-”にリペイントされる遥か昔、“黒丸”だった頃の桶胴を見つめながら、深く考えさせられたものだ。
まあとにかく、今まで培ったものが全く通用しない。…
自分の未熟さを思い知った、若かりし頃の話である。
 
そこからモトフジの太鼓人生「棘の道」の始まり〜。お勉強一からやり直し〜。
その後の私のプレイが、今の奏法の基盤を作ったと言っても過言ではない。
 
誤解しないでほしいのは、当時の「打ち込み稽古」が無駄であったとは今でも決して思っていない。
その時代に私が表現したい太鼓スタイルにはそれは絶対に必要であった。
また、打法技術が確立していない時代に、そうする以外に、よりベターな方法は無かったのだ。

…何だか話が私の昔話に逸れてきた。

冒頭の先輩とのメールで、私はこんな内容のことを返信した。
「太鼓界の未来」を鑑みて思うに、これからは「ガッツリ打ち込み系」と「そうでない系」があってもいいのではないだろうか?(もちろん、両方が使い分けられれば尚良いのかも知れないが。…)
 
太鼓をよく知らない一般の多くの方からは、太鼓は「体力自慢の筋肉隆々でないと出来ない芸能」と思われていないだろうか?
だとすると、進化の可能性が大きく断たれてしまっている。
 
例えば、どこかに太鼓に対するセンスや打楽器の才能に溢れた「原石」のような若者がいたとする。
でもその「原石」の若者が、もしかしたら体力に自信がないというだけで太鼓の世界に入るのを踏みとどまってしまうケースなどもあったではないだろうか?
(実際、そういうケースも最近頻繁に耳にする。)
 
もうそろそろ「パワー」「迫力」「打ち込み」「圧倒感」「爆音」という太鼓界の「べき論」に疑問を持つ時が来たのではないだろうか?
 
私はこれからも、まだ誰も踏み込んでいない領域に、積極的に挑戦して行きたい。
まだまだ未成熟な太鼓界。
もっともっと間口を大きく開き、可能性を広げ、柔軟な発想で進んでいかなければいけない…と。
 

他のジャンルからみて「異常」とも思える行為だからこそ、日本の太鼓独特の稽古法「打ちこみ」には、もしかしたら単に「楽器を奏でる練習」という以外に、身体と精神の鍛錬や仲間と共に困難を乗り越えた時の連帯感、充実感など、それなりに大きな効果があるのかもしれない。
ただ、これから「新たな領域」に踏み込みたいのであれば、「それ」は実は何の武器にもならないということを、太鼓打ち諸氏はしっかり心に留めておいた方が良い。
でないと、私のように痛い目に合うよ。

P.S.
ちなみに「そうでない系」の太鼓グループの好例は、昔からとっくに存在するのだ。
「川田公子とみやらび太鼓」である。
実に素晴らしい。一見の価値あり!

「忝い。」
茂戸藤浩司
 
 

雑感(2)

(前回の続き)
このイベントを観た後の雑感について、続きを書く。

「助六流」に於ける魅力と技術体系について。
 
同じ「助六流」で、「大江戸助六太鼓」と「助六太鼓」でこうも打法や技術体系が違うものかと改めて思った。
重心の移動や軸足のコントロール、桴の軌道、桴の握り方など。
 
そういえば昔、まだ助六太鼓が一つだった頃は、奏者それぞれがみんな自由な「自分流の打ち方」をしていた。
良く言えば「超・個性的」、悪く言えば「バラバラ」…(^^ゞ 

私の推測だが、常に一人ずつ交代で打つ「ソロ演奏」で技を競い合う「盆太鼓」から派生した流派であることが、その大きな要因ではないだろうか。
恐らくその当時の先輩方は、自分の骨格タイプに合った打法・奏法を自然に見出し、実践していたのだ。
天才的アスリートと同じように。
そこには、現在では失われてしまいつつある、奏者それぞれが打ち方の違う「東京の太鼓の醍醐味」が、確かにあったように思う。
(現在では城北流などの東京各地域の盆太鼓系保存会と、八丈島の「八丈太鼓」に、その「醍醐味」が息づいている。)
 
時代は流れ、その助六流第一世代の「名人」達は各地へ独立し、それぞれが自分独特の太鼓理論を以って後継者を育てるわけだ。
すると、それぞれの名人達の打法理論を忠実に受け継ぐ世代が誕生したわけだ。
私も元々はその後継者の一人。いわゆる「第三世代」である。
 
それ故、現在の「大江戸助六太鼓」は小林正道師匠の技術体系と美学を基とした演奏家集団に、「助六太鼓」は今泉豊先輩の太鼓理論を見事に受け継いだ演奏家集団になったというわけだ。
これも「時代」であり、「進化」であると思いたい。
昔の「やんちゃ」で「ワル」で、とにかくカッコ良かった「東京の伊達オトコの魅力満載」の太鼓打ちは、とうとう絶滅してしまったようだ。
時代が必要としてないのだから、これも仕方がないのか。
 

太鼓打法技術に「正解」は一つではない。
しかし、いつか誰かが助六流太鼓打法(や、その他の打法)の技術体系をきちんと分析して、技術解析するべきだと思う。
太鼓は単なる打楽器ではなく「身体的要素」も密接に関係してくるので、医学やスポーツ力学の専門家からも積極的に意見を取り入れなければいけないだろう。
 
間違った稽古法によるケガを防止したり、トレーニングに無駄な時間を割かないようにすれば、太鼓界の底上げに大きく貢献出来るはずだ。
ドラムやパーカッションの世界では、もうとっくの昔に行なわれている。
及ばずながら、私も現在研究中だ。
 
(まだ続きそう…)

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