Key(きー)さんです

言葉を大切にしない社会は、その基盤が徐々に崩れてゆく

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

(アップロードをするのを失念していていささかタイムリーさを失ってしまいましたが)

12月22日のNHKニュースの画面でこの見出しを目にしたとき、私は思わず
「アッ!」と声をあげました。
外務省が、佐藤栄作元首相(首相在任1964年〜1972年)が核持込容認発言を
していた資料を公開したというものです。

「65年1月に佐藤栄作首相がマクナマラ米国防長官(肩書は当時)との会談で、核を搭載した米艦船の寄港を容認したと受け取れる発言をしていたことが、22日付で外務省が公開する外交文書で判明した。核の持ち込み問題で日米間に「密約」があったことをうかがわせる史料が、日本側にも残されていた。」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081222-00000000-mai-pol(毎日新聞)

この「容認発言」そのものについてはすでに米国外交文書などの公開により、
そのものは存在したであろうという推測は、沖縄返還問題とセットになって
存在が取り沙汰されていましたので、目新しいという印象はない。

それより私が驚いたのは、このことが外務省から発表されたということ。
本来なら隠そうとする立場の外務省が、いったいなぜ公表したのだろうか。
その背景は?そしてなぜ今このタイミングなのだろうか。
日米の同盟関係を今までとは違うベクトルに向けようとする思惑が
どこかで働いているのだろうか。



この「容認発言」がなされたとされる1965年にはすでに沖縄返還交渉が
開始されていましたが、その軸となっていたのは日米の軍事協定そのものであり、
当然核兵器の持込に関しても重要な議案でした。

いわゆる「沖縄密約問題」とは、返還時に日米間で国民に知らされていない
密約が存在したかどうかについて、当時毎日新聞の西山太吉記者が、外務省の
事務官だった蓮見喜久子氏経由して入手した密約の存在を示す情報を、
社会党の横山議員に提供し、国会で質問がなされたことで表面化したものです。

政府は一貫して「密約はない」という姿勢で否定、さらに事件拡大を防ぐために
西山氏が「情を通じて(つまり男女間の関係を利用して)情報を入手した」という
情報操作を行い、そのスキャンダラス的な方向にマスコミを誘導し(もしくは
マスコミがその面を営業的に利用した)、結果として事件の本質を曖昧にして
収束させたものです。

つまり、佐藤政権下の日本国家が、国民にきちんとディスクローズや説明を
行わずにアメリカに利益供与を行っていた、つまり税金を流していたという
疑義よりも、西山氏と蓮見氏の不倫関係という「ネタ」に焦点を移し変えて
しまったというものでした。

この「密約」を政府、そして外務省は一貫して否定してきました。つまり
あらゆる密約はなかった、というものです。

西山氏の事件では、「沖縄返還にともなう施設返還費用320万ドルを日本が
肩代わりする」という部分に限定されていましたが、今回明るみになったのは
核兵器持込についての部分です。

そしてこれは佐藤栄作の言動が「二枚舌」だったということを示すものです。

佐藤は1974年にノーベル平和賞を受賞しましたが、その理由は、「非核三原則を
打ち出して、アジアの平和に貢献した」というものです。

その本人が、屁理屈はともあれ、核持込を容認していた発言を行っていたということは
原理原則などうかがわせない「二枚舌」、つまり偽善的な姿勢に他ならない。

果たして佐藤はノーベル平和賞の受賞に値したのでしょうか。

そのような人物にノーベル平和賞を与えたノーベル賞の権威は揺らがないのでしょうか。
そして偽善的な受賞者を輩出した我が国日本の尊厳はどうなるのか。

私のような市井の一人としてもそのような疑念をもたざるを得ない。
そして国家、つまり政府や外務省などの官僚は、こうした疑念を晴らすもしくは
白日のもとにさらして明らかにしなければならない。

もし国家が誠実な姿勢を国民に対してみせる義務をもっているならば。

冒頭の記事の中で、外務省の鈴木量博・外務省日米安全保障条約課長はこういっています。
「日米間に「核密約」はない。佐藤首相の発言は、戦時において、洋上からの米の核抑止力の提供に一般的な期待を表明したものだと考えている」

これは論点のすりかえで、「一般的な期待を表明」という時点ですでに「三原則」と
自己矛盾、すなわち二枚舌であるということを露呈しているに他ならないのです。

そして「「核密約」はない」といい切る具体的かつ論理的な根拠を説明すべきです。

私は、このことが外務省と国にとって絶好のチャンスだと思います。
というのは「西山事件」の密約は、存在を示す文書がアメリカの公文書館で
公開されたことが北海道新聞にも掲載され、当時調印にかかわっていた元外務省の
吉野文六氏の「密約は存在した」という証言にも関わらず、政府・外務省が
否定し続けています。

これはつまり政府・外務省が「自分たちと反対のことをいっている話はすべて
ウソです」といっているに等しく、事実関係を明らかにするという誠実な姿勢が
まったくないどころか、ないものはない、という一方的な態度に固執しているわけで、
そうした不誠実さを払拭し、過ちは過ちだと認める絶好の機会だと思うからです。

国家にこのような誠実さを求めるのは、青臭い理想論でしかないのかも知れない。
しかしそうであっても私は日本国家に期待しています。

一人の日本人としての誇りから。そして私たちのあとに続く世代に、日本はこんなに
だらしない国じゃないのだ、立派な国なのだ、といいたいからです。

閉じる コメント(4)

このニュースが、何故今と思います。
ノーベル賞剥奪ていうのはないんですかね。
犯罪者でもいいんですかね。
同じ疑問はあたしももちました。
ノーベル賞自体が疑問ですよね、やはり。

2009/1/5(月) 午前 0:00 far*ou*tain*950

顔アイコン

Farさん、新年おめでとうございます。ほんと、このニュースが発表されるタイミングに疑問をもちますよね。我々の知らないところでどんな思惑によってこのニュースが流されたのだろうか。「犯罪者」とおっしゃるのは佐藤栄作のことかな?だとするとどういう罪状で犯罪者となるのかな。「国民に対する真実の隠蔽罪」?私は犯罪者とまでは断言しませんが、犯罪「的」行為だとは思います。もし佐藤栄作が国益のためにではなく、政権益、そして自己の名誉欲のために二枚舌を使ったのだとしたらね。ノーベル賞の価値を論じれば、そもそも兵器開発者ノーベルのような人が創設した賞ですからねえ・・・ 今年もよろしくお願いいたします。

2009/1/7(水) 午前 6:53 Key

犯罪者、というのは、コメントした時点では、もしノーベル賞を受賞した人が、その後犯罪を犯したらという意味でしたが、こうなると、犯罪者という意味から考えなおさねばなりませんよね。
直接手をくださなくてもというケースが山のようにありますね。
今年も、読み逃げかもしれませんが、お許しを。

2009/1/7(水) 午前 11:47 far*ou*tain*950

顔アイコン

Farさん、ちょっと違う。佐藤栄作が犯罪的な行いをしたのだとしたら、それは受賞前のことです。受賞後のことではない。発覚したのが受賞後ということです。その「行い」はいうまでもなく密約までを結び(沖縄問題にせよ核兵器問題にせよ)、国民には真実を明かそうとしなかったのに、それを平和的行為だと偽って平和賞なるものをいけしゃあしゃあと受賞していたという欺瞞行為です。犯罪というのはいうまでもなく「罪を犯すこと」ですが、何の罪かというと、国民に対して真実を明かそうとしなかった良心をもっていなかったという罪といってよいのかな。「良心不履行罪」なんてね。

2009/1/8(木) 午前 7:29 Key


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事