Key(きー)さんです

言葉を大切にしない社会は、その基盤が徐々に崩れてゆく

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たびたびこのブログでも書いていますが、私は死刑制度に反対です。
このことは私の価値観に深く関係することですが、私と異なる価値観を
もつ人が存在することは承知していますし、その人の価値観を、魔法使いが
棒をフッとふって変えるようなマネなどできないことも理解していますから、
死刑制度に賛成の人がいても仕方がないと思う。

秋葉原の連続殺傷事件の裁判が現在行われています。11月9日の公判では
息子を殺された父親が、加藤被告にこのように詰め寄ったそうです。

「加藤、よく聞け。俺はトラックではねられた川口隆弘の父親だ。
俺の息子がどんなに苦しい思いで死んでいったか。俺はお前を絶対に
許すことはできない」

「世の中には死刑に反対する人もいますが、それは身内を殺されたことがなく、
遺族の苦しみをわからない人だと思います。
裁判長、極悪非道の加藤をぜひ死刑にしてください」

(「ザジャーナル」篠田博之の「メディアウォッチ」より)
http://www.the-journal.jp/contents/shinoda/2010/11/11.html

私は心情としてこの犠牲者の父親の気持は理解できます。
辛く、やり場のない怒りがおさまらないことも十分に理解できます。

しかしだからといって、私は死刑反対という自分の価値観を変えられません。

死刑賛成の人にぜひ下記の文章を読んでほしい。
もし、あなたが死刑に賛成する理由が、「遺族感情に配慮する」というもので
あるのなら、そして私と同じく幸運なことに、あなたが死刑に相当するような罪状による
犯罪によって家族や友人など近しい人を殺された経験がないのなら、ぜひ下記の一文を読んで
もう一度考えてみてください。


弟を殺された原田さんは、死刑制度に反対している。
三重県伊賀上野町の駅前で死刑反対のビラを配っていた時、一人の男がつっかかってきた。
「あんたらは、被害者の遺族の気持ちを考えたことがあるのか」
言われた人は原田さんを紹介し、
「こちらの方は、弟さんを殺された被害者のご遺族です」
文句を言ってきた男は一瞬たじろぎ、「あ、電車が来た」といって
逃げ出してしまった。

原田さんはこういっている。
「被害者遺族の気持ちを考えたことがあるのか」といいますが、彼らもまた
考えたことはないのです。一方的に「被害者遺族は怒りに凝り固まって
死刑を望んでいる。」と決めつけているのだと思います

月刊「創」12月号の鈴木邦夫氏の連載「言論の覚悟」にて、
「怨み、憎しみ、そして赦し」として紹介されているものです。
(原田さんは、シスター・プレジャンの来日時に、共に講演もしています)

犯罪で悲劇に見舞われた人にもいろいろな人がいる。
その人を知りもしないで、勝手に自分だけのステレオタイプの見方が
正しいのだときめてかかるのだとすれば、私はその姿勢をもっとも軽蔑しますし、
忌むべきものと考える。上記の伊賀上野駅でつっかかってきた人のような者は
他人の不幸を、自分の憂さ晴らしの感情を正当化するために利用しているに
すぎないのだと私は考えます。

原田さんの意見をきいいきなり賛成から反対に変わらない人もいるでしょう。
(むしろそんな人がいればよほど適当に考えていたことになるでしょうからね)
しかし余計なお世話を承知でいいますが、、もし何か思うところがあるならば、
ぜひ今後も死刑制度について考え続けてみてはいかがでしょうか。

ちなみに私の死刑に対する考えは、映画「デッドマン・ウォーキング」を見たこと、
原作者のシスター・ヘレン・プレジャンの講演録を読んだこと、弁護士の
安田好弘氏の話を聞いたこと、イスラエルで娘を自爆テロで亡くした男性の
ことばに衝撃を受けたこと、そして弟を殺されたのに、犯人として死刑判決を
受けた囚人の死刑反対活動を行った原田正治さんを知ったことなどに
影響を受けて形成されています。

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(補足します)
すなわち、「ほしのきらめき」さんや私は、ブログやTwitterで匿名で発言していても、決して無責任な発言はしていないということを言いたいのです。その発言に責任を持っているからこそ文章に(「書く」ことに)時間をかけるのです。

2012/9/14(金) 午前 0:52 [ k_e*200* ] 返信する

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KEさん、もしくはクレーマーさん(匿名なんだからどっちでもいいか)、おはようございます。たくさん書いていただけばいただくほど、何がおっしゃりたいか、そちらの趣旨がわからなくなりました。一つだけいいましょう。私にとっては「匿名=責任放棄=無責任」なのです。なので、「匿名ながら責任をもって発言」というそちらの表現が矛盾にみちて理解不能です。その矛盾の性質において、まるで「私は死刑賛成派だが自分が相当の犯罪を犯したときには死刑にしないでほしい」ということと同質のようにさえ思われます。

実名で書くことは、個人の発言として最低限の責任をもつことだと私は考えています。どこのだれだかわからない匿名の人が書いた文章があれば、私はその時点で書かれた内容以前に、基本的な信頼ができません。この点において、残念ですがそちらと私は、少なくとも現時点で共通の理解地点にたどりつけないと思います

2012/9/14(金) 午前 6:21 Key 返信する

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おはようございます。さっそくの返信ありがとうございます。

文章で理解してもらえないということは、会って話しても理解不能ということです。残念です。

文章の場合、読み返すことで最初は理解できなかったことでも理解できるようになる場合がありますが、話して意見をかわす場合は、一瞬の言葉の応酬であるために聞き逃したり、言い間違ったりして話がかみ合わないことになりがちです。だからこそ私は、「書く」ことに比重を置いています。

2012/9/14(金) 午前 8:21 [ k_e*200* ] 返信する

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>矛盾にみちて理解不能

どこが矛盾しているのか、具体的に指摘して頂ければと思うのですが、それは望む方が無理でしょうから断念します。

どうして「私は死刑賛成派だが自分が相当の犯罪を犯したときには死刑にしないでほしい」ということになるのかと思います。私もKEYさんの思考過程に疑問を抱きます。しかし、KEYさんの意見はそう考える人もいるということのひとつの事例にさせて頂きます。貴重なご意見ありがとうございました。

私は、命乞いする被害者の声を無視してその生命を奪うような残虐非道な犯罪者は「生きる」権利はないと思っています。その行為は人の道に大きく外れた野蛮な行為だからです。そういう者に死刑という究極の刑罰が下されるのはやむを得ないと思います。そういう者は潔く死刑判決を受けるべきです。殺害の事実は認めておきながら「自分の命は助けてください」はそれこそ笑止千万というものです。そういう加害者を支援する死刑反対論者の主張も同様に笑止千万だと私は思います。

2012/9/14(金) 午前 8:39 [ k_e*200* ] 返信する

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死刑は残虐な刑罰であるとか、人の道に外れた野蛮な刑罰であるとかいう、死刑反対論者の主張があります。その執行方法によっては残虐な場合もあるでしょうが、日本における絞首という手段は残虐ではないと私は思います。

死刑によって人命が失われるということと、加害者の残虐非道な凶行によって人命が失われるという事とは大きく事情が異なります。死刑は合法的な行為です。しかし、加害者の残虐非道な凶行は法律に触れる行為です。法律に触れるからこそ罰せられるのです。死刑になることがいやならそういうことをしなければいいだけの話です。人を殺めた者がすべて死刑になるわけではありません。あくまでも死刑以外にありえない場合のみに死刑という判決が下ります。

冤罪という問題もあります。しかし、事実認定において何ら問題がないケース(加害者が認めている・・・)もあります。ですので私は死刑制度を支持します。

2012/9/14(金) 午前 8:59 [ k_e*200* ] 返信する

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実名での発言を主張する人の中には、相手の発言を封じるのに相手の上司や所属先に圧力をかけるということを意図しているという意見もあります。場合によっては、非合法な手段で相手に脅しをかけるという事もあり得るかと思います。そういうリスクを避けるために匿名で発言することは許されるのではないのでしょうか。

匿名だからこそ本心をさらけ出すこともできるという面もあります。実生活で人とのコミュニケーションが苦手な人でもネットでは自由奔放に誰とでも意見交流できるということ。これはネットにおける匿名発言の大きなメリットではないのでしょうか。

匿名発言をすべて拒否するというのは、一種の差別・偏見と言えないでしょうか。西水氏は、匿名発言を嫌ってはいますが、それを排除してはいません。それは評価できるかと思います。

⇒ ネット実名派が本当に求めているのは相手の脆弱性

2012/9/14(金) 午前 10:08 [ k_e*200* ] 返信する

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livedoorブログになるほどと思える記事を見つけました。KEYさんのご意見をお聞かせ頂ければと思うのですが、無理でしょうか。

⇒ 匿名の記事に信頼性は無いのか?

2012/9/14(金) 午前 11:41 [ k_e*200* ] 返信する

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KEさんこんにちは。たくさん書いていただきましたが、私の匿名への違和感を覚える考えはまったく影響を受けていません。私の価値観が個>集団であることが匿名性への嫌悪感の原点だと考えています。そして言論とは実名であることではじめて個人の意見としての最低限の責任を有すると考えていることも変わりません。そういえば本屋で匿名の本なんてありますかね。個人名出していない本(たとえば○○編集部編)も中にはあるでしょうけれど、哲学や社会学に関する本で匿名のものがあるとすれば信頼性の点からも手に取る気にはなれないです。

2012/9/15(土) 午前 10:02 Key 返信する

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> 私の価値観が個>集団であることが匿名性への嫌悪感の原点
> 言論とは実名であることではじめて個人の意見としての最低限の責任を有する

貴重なご意見ありがとうございました。実名と匿名を巡る論争はネットで多く見つけることができます。この件についてはひとまずこれで終わりとします。ありがとうございました。

頂いた意見を参考にして今後は、私のブログでその問題を取り上げたいと思います(あまり反響がないのが寂しいのですが)。

2012/9/15(土) 午後 3:28 [ k_e*200* ] 返信する

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今晩は。 中国の対日デモはようやく沈静化の方向へ向かいました。しかし、工場やスーパーが放火されたり破壊されたり商品を略奪されたりして、暴徒化した集団は犯罪集団と変わりませんでした。青島イオンの被害総額(推定)は25億円にも上るといいます。

社長の折口史郎さんは、「テロリズムと同じ。現地の人に喜ばれる企業を目指し、地元学生への奨学金支給や緑化事業など、社会貢献に取り組んで来た。そんな店をつぶしして愛国と言えるのか。むなしさと悔しさでいっぱいです」と言っていました。

私は、折口さんのその気持ちは痛いほどわかります。keyさんはどうですか。

keyさんは、犯罪被害者の経験がないということを持論を展開する点で主張しておられました。被害者や遺族になったことがなくてもその苦しみは理解できると思うのですが、どうでしょうか。

2012/9/19(水) 午後 8:53 [ k_e*200* ] 返信する

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戦争を経験していなくても、経験者の手記を原作とした小説や映画などで悲しみや怒りを感じ取ることができます。実際に経験した人でないと本当のことはわからないかも知れませんが、同じ悲劇を繰り返さないためにも悲しみや怒りを共有し、それを永遠に語り継いでいくことは大事なことだと、私は思います。このことは犯罪についてもまったく同じです。

私も犯罪の被害者になったことや遺族になったことはありません。しかし、いつ自分がそういう立場になるかわからないという不安は常に抱えています。そういう被害に遭う事のない社会であれば何ら心配することではないのですが、人の命を何とも思わないような犯罪者がいるような社会にあっては、万が一の場合にどうすべきかという事を考えます。

自分が遺族の立場になった場合、加害者を許すことができるか。罪の償いとして加害者に何を要求するか。自分が被害者になった場合はどうか・・・・

2012/9/19(水) 午後 8:54 [ k_e*200* ] 返信する

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原田正治さんの本はまだ読んでいません。しかし、原田さんが言いたかったのは「罪の償いとは何かということを加害者と一緒になって考える時間が欲しかった」という事ではないかと思いますが、どうでしょうか。

法務大臣に加害者の刑の執行を中止するように訴えたにもかかわらずそれは考慮されずに死刑は執行されました。私が原田さんの立場だったら、やはりそのことに怒りを覚えるだろうと思います。どうして遺族の気持ちを理解できないのかと。死刑を望む遺族だけじゃないのだと。加害者と人間として向き合いたいと真に思う遺族もいるのだと。

2012/9/19(水) 午後 8:59 [ k_e*200* ] 返信する

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原田さんの本を読んでいない人の憶測や思い込みによる意見について、私は何もコメントすることはできません。

2012/9/19(水) 午後 10:20 Key 返信する

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おはようございます。コメントの返信ありがとうございました。

Keyさんから強く薦められていたにもかかわらず先延ばしにしていましたが、さっそく原田さんの本を注文しました。

読みたい本が山ほどある(自己弁護)ために何を優先するかという点でいつも悩んでいます。森達也さんの「死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。」もつい最近、買って4日かけてようやく読み終わりました。「加害者家族」 (幻冬舎新書 )も機会を見て読んでみようと思います。

2012/9/20(木) 午前 9:33 [ k_e*200* ] 返信する

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keyさん、おはようございます。

人は経験したことを通じてその見解が醸成されます。keyさんも、死刑に反対する考えはその経験を通して培われたと思います。keyさんが自分の考えを人に押し付けようとしていないのと同様に、私も自分の考えが絶対に正しいとは思っていません。

人は経験できることは限られています。ですので、取り入れる情報が限られているとその考えも視野の狭いものになります。その視野を広げる一つのツールが本だと思います。時空を超えた古今東西の英知がそこに凝縮されています。

keyさんから推薦された原田さんの本が届き次第、真っ先に読みたいと思っています。書評をみるとかなりの人がいい評価をしています。もしかしたら私の考えも一変するかもしれません。

2012/9/21(金) 午前 10:18 [ k_e*200* ] 返信する

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私は「強く」薦めたつもりはないのですが、「強く」と思われたのでしょうね。文章でのコミュニケーションの不完全性(非対称性)の一例でしょう。

トラックバックを多数寄せていただいていますが、「Kさん」というのが私のことだとすれば「北沢」でけっこうですよ。イニシャルで呼ばれるのには違和感があります。ところで私はトラックバックが好きではないので、そのリンク先にゆくことはめったにありません

2012/9/22(土) 午前 6:48 Key 返信する

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>文章でのコミュニケーションの不完全性(非対称性)の一例

不完全性(非対称性)ということがどうもよく理解できません。勉強したいと思います。

>トラックバックが好きではない

私はトラックバックについてもよく理解していません。意識してトラックバックしてはいないのですが、自動的にそうなる設定になっているようです。

2012/9/22(土) 午前 8:55 [ k_e*200* ] 返信する

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ここで私がいう不完全性とは、書き手が意図した通りに受け手に伝わらないということです。意図が対称に伝われば、書き手と受け手において同様の理解が生まれたといえるでしょう。この場合のように私は「なんとなく薦めた」つもりなのに対し、KEさんには「強く薦められた」というギャップが生じた場合のことを、私は「非対称」と表現しました

2012/9/22(土) 午後 1:58 Key 返信する

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keyさん。おはようございます。

コメントの返信ありがとうございます。経済学で「情報の非対称性」という言葉を使うことを知りました。

私は経済学を勉強したことがありませんので、その言葉を知りませんでした。ネットでそのことを初めて知りました。

keyさんの説明も極めてわかりやすくて参考になりました。ありがとうございました。

2012/9/24(月) 午前 9:58 [ k_e*200* ] 返信する

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英文学科出身の私は経済学で「非対称性」が使われるとは知りませんでした。もっとも経済専門用語というわけではないでしょうけれども。

2012/9/25(火) 午後 10:08 Key 返信する

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