上州無宿我紋次郎

新しいテレビ時代劇の幕開けでした、傑作です

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

三船敏郎について

「木枯らし紋次郎」を考えるとき、私は自分が唯一知っている時代劇である黒沢監督の作品群といつも対比させるので、紋次郎を語るときには、黒沢監督の作品についても触れる必要がある。
多くの黒沢作品で主演をつとめた三船敏郎については、一般ファンが簡単にアクセスできる範囲での資料あさりが容易ではない。どこに行ってもめぼしい資料がほとんどない。彼についてなにか書いておくのも全く無駄ではないと思うので、少し記述する。

ずいぶん前に、世田谷の雑誌図書館にまで行って三船敏郎の資料を探したのにまともなものは見つからず、彼について書かれたもっとも長い文章を見つけたのは、実は、このサイトを作るために入手した中村敦夫著の「俳優人生」だった。
彼はこの中で約7ページに渡って「三船さんの思い出」を書いている。彼は俳優であるだけでなく、脚本家、作家でもあるので、いかにも作家らしい観察眼で三船敏郎のようすを描写している。この描写が私にはとても役に立った。

俳優の演技とは

黒沢演出における俳優の仕事とは何か。三船敏郎があの奇跡のような演技を成し遂げられたのはなぜか。
その前に、テレビや映画などの映像作品において、俳優に求められる仕事は何か。
舞台は、観客と俳優のあいだに物理的な距離が開いているが、映像にはクローズアップ手法がある。アップになると、役者のまばたきや瞼の震え、わずかに顔色が変わったことさえも画面に映し出される。視聴者は、俳優のクローズアップを見ながら、ふつうの生活を送るなかでは滅多に見ないような、傷ついた表情や落ち込んだ顔、茫然自失した演技など、俳優のリアルな感情の揺れを見て、感情移入する。

ふつうの人は普段自分の感情を隠して生きている。
傷ついた表情やうろたえた顔、がっくりしり失望した顔を制限なく見せていれば、人はそこにつけ込んだり、自分のほうが優位にあると錯覚してこちらを下に見た振る舞いをしたり、あるいは相手を傷つけたことに気づき全くよけいな気遣いをしたりするからだ。だからふつうの生活を送る人は、人前で滅多なことでは傷ついたなどのマイナス方面の表情は見せない。

それだけでなく、人間だれでも長く生きていれば他人の一人や二人くらい殺してやりたいと思ったことはあると思うが、もちろん、そういう表情も表に出さない。
独りでそういうことを考えているとき、もしかすると非常に凶悪な顔をしているかもしれないが、人前でそういう感情を野放図に放出する人も滅多にいないだろう。
知り合いの誰かが自分の落ちた大学に合格したとき、2億円の宝くじを当てたとき、あるいは自分が前から狙ってポジションに昇進したとき、誰でも嫉妬やねたみを感じると思うが、たいていの人はそういう感情は醜いと思い、自分のなかで押し殺す。しかし俳優の仕事は、そうしたさまざまな感情をカメラの前で放出する仕事だ。

映像作品の中では常に大きなドラマが起こり、登場する人物は窮地に追いつめられたり、野心のために人を殺したり、人妻に恋して奪い取ったりする。
俳優は設定に応じて、カメラの前で、ふつうなら人前で見せないような感情を見せなければならない。普通の人は恥ずかしいと思って人前では自制するような醜悪な表情も出さなければならないし、そういった感情の放出に羞恥心を覚えているようでは、俳優はつとまらない。

私が個人的に評価するのは、そういったマイナス方面の感情を十分に放出できる俳優で、たとえば30年くらい前の岩下志麻さんはそういった女優だった。鬼畜という映画で、夫の愛人が生んだ子供を殺す場面では、黒目が上瞼に張り付き般若のような顔になり、恐怖心が極限に達する場面では、頬が痙攣して狂人のような顔になる。

黒澤映画における俳優の仕事

それでは黒沢演出における俳優の仕事とは何か。
監督が俳優に演技をさせるとき、俳優から出てきた感情表現・身体表現を、ある枠の中に押し込めたり邪魔なものを刈り取ったりするというより、その表現が俳優からもっとたくさん出てくる方向に「俳優を押しやる」ということを言っている。
つまり俳優の中から凶悪な感情や表現が出てきたり、怒りの感情が出てきたとして、俳優がそれをもっともっと出すようにし向けるということだろう。

黒沢監督は三船敏郎について、「たとえば同じ5フィートのフィルムの中で、彼の身体表現の量は他の俳優の3倍くらい多い」と言っている。つまり演技のスピードが速く、同じ時間のなかで他の俳優の3倍量の身体表現ができるということだ。
それが出来たのは、彼にそれだけのすばらしい身体能力や運動神経があったからだろう。三船敏郎の身体的表現能力は、他の俳優に比べて飛び抜けていた。

私は、こういった能力を備えた三船が主演をつとめたことにより、黒沢映画に、より圧倒的なスピード感や動的なダイナミズム、迫力が備わった面が大きいと思う。しかも黒沢監督は、俳優に自分の感情を極限まで放出することを要求する。「自分の全てを賭けて黒沢演出に飛び込んでいった」三船は、自分の感情や持てる全ての能力を使って役の人間を演じることに没頭した。

黒沢映画の中で、三船敏郎は限りなく粗暴で破壊的(「酔いどれ天使」の破滅する若いヤクザ)、限りなく無邪気(「七人の侍」の菊千代)、限りなく優しく大きく(「赤ひげ」の医者)、限りなく意固地(「生きものの記録」で精神に異常を来す老人)、限りなく自己制的(「静かなる決闘」で梅毒にかかる医者)である。

ふつう、人間はあまり感情が出すぎないように自分の感情の量を調節しているものだが、その栓をはずして感情を放出し、架空の人生を生きることを何度も繰り返していると、俳優の人格の部分に後遺症が残るのだと思う。
他人の人生を生きているあいだ、自分の人生がお留守になるだけでなく、自己のアイデンティティーの部分が怪しくなるのではないだろうか。たとえば、「自分がどういう人間か、粗暴なのか、無邪気なのか、優しいのか意固地なのか分からない」というのは、40や50になった人間には脅威だろう。

岩下志麻は自伝のなかで、40歳の直前にひどい鬱病にかかったと言っている。彼女はもともと役に入ると実生活での人格が違ってしまう。役が終わってしばらくしてようやく顔が自分の顔に戻るのだそうだ。40歳という節目を目前にして、彼女は素の自分には何の蓄積もなく、何も出来ないただの中年女であることがひたすら怖かったと言っている。
彼女に関して言えば、これだけの努力を傾けて他人になりきる演技をしても、試写会では必ず自分の演技のアラが見え、顔面蒼白になり、口もきけなくなってそそくさと帰ってしまうのだそうだ。いい俳優とは大変な人生を生きているのだと思う。

中村敦夫の著書の中には、三船の中にまだ生々しく生きていた侍の人格の描写が出てくる。私は、黒沢監督によって引き出された架空の人格が依然として彼の中に生きていたのではないかと思う。その一方で、彼には自分という人間を確立し、実生活を充実させて人生の手応えを得たいという当然の欲求もあったのだろう。

中村は三船プロの社長時代に何度も彼と共演している。三船は俳優としての仕事よりも、どちらかというとまじめな中小企業経営者としての感覚を大事にしていたと書いている。

黒沢監督によると、三船が演じたさまざまな役柄の中で、彼の地の性格にいちばん近いのは「七人の侍」の菊千代だそうだ。夜、監督の家でスタッフと飲んでいて酔っぱらうと、居間の太い梁によじ登ったり、そこで懸垂をしたり、奇声を発しながら家の近所を走り回ったりしていたらしい。その仕草やようすは映画の菊千代そのものだったそうだ。
後年、夜中に酔っぱらって小道具の槍を持ち出し、石原裕次郎の家に果たし会いに行ったという有名なエピソードも、彼の中の菊千代的性格がやらせた仕業のような気がする。

ところで、社長を務めていた三船プロでも彼はおもに時代劇に出演しているが、これらの作品では彼は黒沢作品に出ていたときとはまるで別人の演技をしていると私は思う。
彼自身には三船敏郎という希代の名優の演出はできなかったということだろう。かつては黒沢監督という神様を信頼し、自分をまるまる預けることによってのみ、あの奇跡のような演技が出現したのではないだろうか。

彼は、三船プロで作っている作品の質にはとりたてて文句はつけず、しかし社内にゴミが落ちていたり埃がたまっていると、自分で掃除をしたり雑巾がけをしたりしていたそうだ。
あれだけの作品に出た人としては不思議な感じだが、彼はそのとき、黒沢演出を離れて自分自身の人生を生きていたのだろう。

古今東西、俳優は数え切れないほどいるが、あれだけ数多くの偉大な仕事を映像に残した俳優がほかにいるだろうか。黒沢映画を見ていない人の多くが、三船敏郎という俳優の値打ちを分かっていないのではないかという気がするが、私は彼を同じ日本人として本心から誇りに思うし、日本の映像史上に残る名優として心から尊敬する。天国で心やすかれと祈りたい。

この記事に

閉じる コメント(4)

こんばんは!
三船さんはまさに名優です。黒澤作品以外の演技はウンヌンと言われる事が多いですが、そんな事はありません。確かに三船プロ社長時代は俳優業に専念出来ませんでしたし、大変だったのは事実です。ただ当時の三船プロの存在は、テレビ映画界に大きな功績を残したのは確かです。三船プロ以外の制作作品が、三船プロのスタジオ、オープンセットで数多く作られた事は、余り知られていないようですね。
2年と云う短い期間ですが、お世話になっていた時代があります。

2008/1/29(火) 午後 11:28 さすらいのカチンコマン 返信する

顔アイコン

コメントが遅くなりました。花風鈴です。
本当に三船さんは名優だったと思います。それなのに、きちんとした評伝が残っていないのは、とても残念です。何か三船さんについての思い出などがあれば、教えてください。
三船プロには広大なオープンセットがあったということは、何度か読みました。三船プロには一時、竹下景子さん、秋野陽子さんとか、錚々たる俳優がいましたよね。晩年に至るまで、世界各国から出演依頼があったということです。本当にまともな資料が少ないのが残念です。

2008/2/11(月) 午後 7:03 hir*si*er*bi3 返信する

三船さんの思い出を載せておきました。TBしておきますのお越しください。

2008/2/14(木) 午後 2:31 さすらいのカチンコマン 返信する

顔アイコン

花風鈴です。
ありがとうございます!!

制作日記でも書いているように、私はまだ病人の域を出ていないので、目の調子がよくなり次第、お邪魔します。嬉しいです。

2008/2/14(木) 午後 2:39 hir*si*er*bi3 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(7)


.


みんなの更新記事