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今城塚古墳の阿蘇ピンク石
今城塚古墳からは、阿蘇ピンク石でできた石棺破片が採集され、これまでの
発掘調査でも何点かのピンク石が検出されています。このことから継体天皇の
お墓と考えられる今城塚古墳に阿蘇ピンク石製の石棺が納められていたことは、
ほぼ間違いないようです。
この事実に基づいて、昨年夏には石棺を切り出した熊本県宇土半島の馬門か
ら大阪湾まで、石棺を運ぶ壮大な航海実験が行われました。またこの石棺は、
今城塚古墳まで運ばれ、一大イベントが行われました。
私も研究会のスタッフである吉野さんは、今城塚古墳でこれまで2点の阿蘇
ピンク石を採集されています。吉野さんは、今城塚に行くたびに3種のうちの
どれかを見つけてきます。それでそのたびに連絡をいただき、確認させていただ
いています。吉野さんには、どうも岩石の神が降りているようです。
写真は、その2点のうちの大きい方で、握り拳大の大きさです。文字通り基質
はピンク色をしており、1mm大の柱状自形の角閃石を班晶とし、石基が灰色の
角閃石安山岩の亜角礫(粒径5mm)を含み、写真で黒色に見える自形の角閃石
を多量に含んでいます。他に石英や天然ガラスをごくわずかに含んでいます。
まぎれもなく、馬門の石です。
なぜ今城塚に阿蘇ピンク石の石棺があるのか、という問題はまだ解明されていません。
今後の課題ですが、それを解くヒントは、奈良県の植山古墳にあるのではないか、と
考えています。一般に推古と竹田皇子の墓ではないかと考えられているものですが、
西石室には石棺はありませんでしたが、阿蘇ピンク石の破片はあったようです。
植山古墳の詳細な状況が明らかになれば、時代は違いますが、今城塚の問題もわかる
のではないか、と秘かに考えています。
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こんにちわ。 ゲストブックにご訪問下さっていたのに、 ご挨拶大変遅れました。相すみませんでした。 質問ですが、吉野さんのように採取出来る方とそうでない人との 違いはどこにあるのでしょうか?
2006/4/7(金) 午後 9:25
わざわざご丁寧にありがとうございます。どの方もそうですが、最初のうちは、どれが土器だか、石材だかはわかりにくいようです。一緒に古墳めぐりをやっていると、自然とわかるようになっているみたいです。吉野さんの場合は、執念といいますか、こだわりが通じて、本当に神懸かり的に見つけて来られます。やはり思い入れがないと、駄目なようです。
2006/4/8(土) 午前 8:45