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今里大塚古墳(長岡京市天神5丁目)は、後期の群集墳と違って珍しく平野部にある古墳です。この古墳
は、これまで径約45m・高さ5.5以上の円墳と思われてきました。現在は写真にあるように円形に柵
で囲まれて保存されています。ところがその後の周濠部分の調査によって、周濠がぐるっと円形を描いて
めぐるのではなく、西側に直線状に伸びているようですので、西面する前方後円墳である可能性が高くな
りました。そうしますと、墳長約80mで幅約20mの周濠がめぐる前方後円墳ということになります。
平野部にあることや下に見るよう巨石で作られた巨大な石室を考慮しますと、前方後円墳の可能性が極め
て高いと思います。これまでのところ葺石や埴輪は見つかっていません。
埋葬施設は南南東に開く横穴式石室ですが、盗掘を受けていて、現在は天井石に使われた巨石がごくわず
かに残るのみです。残っている石室の一部は、写真2のようになりますが、玄室長約6m・幅約3m・高
さ3m以上、羨道の長さは10mに及ぶと推定され、巨大な石室であったと考えられています。石室に使
用された岩石は、古墳の西側にある丘陵地の緑色岩類と考えられています。
ごくわずかにしか残っていない巨石から考えて、この古墳の石材も長岡京を造るときに、取り出されて、
利用されたと考えられます。
副葬品はまったく見つかってはいませんが、この地域の首長墓を考えていく上で、貴重な考古資料です。
古墳めぐりのご案内
現在連載しています「継体の乙訓宮」の古墳めぐりを行います。今回は、そのうちの第1回目で、長岡京
市の古墳をめぐります。
詳しくは、考古文化研究会のホームページの表紙に「古墳めぐり 継体の乙訓宮を訪ねて」に要項がござ
いますので、ご覧ください。
http://www7.ocn.ne.jp/~kobunken/ です。
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こんばんは。横穴式石室に良く入ってますが、羨道の長さと玄室の大きさに関係があるのでしょうか。変な質問ですみません。
2008/4/28(月) 午後 9:07
はむちゃん様 こんばんは。白石太一郎先生によって、飛鳥の岩屋山古墳と桜井のムネサカ1号墳が平面企画も立面企画もまったく同じ設計で作られたことが明らかになっています。他にもいくつかの古墳がございますが、玄室と羨道の関係を普遍的に論じた研究はないと思います。人造物である限り、設計図があるはずですから、作るための約束なり、企画があったと思います。ぜひご自身でもご研究をなさってください。
2008/4/30(水) 午後 6:12