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がらっと時代は変わりますが、今日7月17日の朝日新聞朝刊1面に
表題の見出しで記事が出ていました。熊本県本渡市の大矢遺跡の縄文
中期の土器に籾の圧痕がついていて、縄文稲作がさらに古くなる可能
性が高くなったというものです。
私自身は縄文土器がさっぱり分かりませんので、ほとんど勉強していま
せんが、恩師の高橋護先生が縄文時代の稲作について、ライフワークと
して追求されている関係上、分からないなりに目がいってしまいます。
この何年か、阿蘇ピンク石や横穴式石室の起源と考えられる石障系横穴
式石室を勉強するために何度か熊本県や鹿児島県に参りました。
本渡市も参りましたが、長崎県五島や天草を含む九州西部は縄文時代
前期の轟式、曽畑式の時期に朝鮮半島と共有の石鋸をもつ文化です。この
流れは弥生時代後期から出てくる独特の石室を持っていることから、連綿
とした流れがあることがわかります。今回の稲の問題も、このような背景
から位置づける必要があると思います。
他方、岡山県ではプラントオパールではありますが、縄文前期に稲があった
可能性が指摘されています。
http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50219a.htm
考古学は科学ですから、決定的で同時に追検証ができるもので論を進めていか
なければなりませんので、今後は縄文前期の遺跡での稲や穀物類の分析が必要
となります。
どの時期ぐらいまで稲が遡るのかということを細かく追っていく必要があります。
この問題は逆に弥生時代の稲作とはどう違うのかという課題の解明と対照しながら
やっていくことを内に秘めています。
大陸から伝わった水田稲作が始まって、弥生時代になったという単純なものではな
さそうです。縄文稲作を解明することは、その後の弥生時代の稲作をより鮮明にし
て、その違いを明らかにしなければならないという課題も含んでいます。
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2005/7/18(月) 午前 0:34 [ みんなのプロフィール ]