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阿蘇山の火砕流噴火
地質学の研究から阿蘇火砕流の噴火は約30万年前〜7万年前までそれぞれ間の時期をおいて、4回あっ
たことが明らかになっています。これらを古い順にAso-1,Aso-2,Aso-3,Aso-4火砕流と呼んでいます。
火砕流というのは、火山噴火の時にマグマとともに火口付近にあった岩石などを含んで一挙に流れ出すも
のです。阿蘇山の最後のAso-4と呼ばれる火砕流は、中九州のみに留まらず一部は瀬戸内海を渡って、山
口県の宇部にまで到達しているものがあり、その規模の大きさと量は驚くべきものです。
これらの火砕流が堆積したとき、層が厚い場合、堆積してすぐに冷却することはなく、高温を保っている
部分は、火砕流に含まれる鉱物などが溶け出します。これを溶結と呼んでいます。
ガラスを高温で熱した時、真っ赤な液状になり、ガラスどうしがくっつきあうのと同じような現象です。
実際には、軽石やスコリアが溶けて球体になり、さらに層の重みが加わるために、扁平の円盤状になりま
す。このような状態のものを溶結凝灰岩と呼んでいます。
阿蘇ピンク石と呼ばれる岩石は、Aso-4火砕流堆積物の中にあるもので、弱い溶結部分とその下層にある
強い溶結部分の脱ガラス化している部分です。
脱ガラス化とは、火砕流堆積物に含まれる天然ガラスが冷却中に結晶質になり、溶結凝灰岩ではこの作用
を受けると、基質(鉱物や岩石以外の全体部分)が明灰色〜白色〜ピンク色などに変化することがわかっ
ています。
阿蘇ピンク石は、通常の阿蘇溶結凝灰岩が灰色〜黒色をしているのに対して、かなり限定された特殊な条
件で生まれた石であることがわかっています。
同じような条件があるところでは、阿蘇ピンク石があるのですが、石棺に使われる阿蘇ピンク石は熊本県
の宇土半島の付け根にある馬門(まかど)という地域で採石されたものです。馬門には現在でも赤石神社
とよばれる小さな丘があり、この丘の壁面には今でも真っ赤な露頭を見ることができます。これは石棺な
どを削りだした痕だと考えられています。
写真は数年前に馬門を訪れた際に、かつて採石をしていたところでいただいたものです。
赤石神社に登る階段は、岩盤を削って作ったものですから、階段ごとにいろいろな色があるのがわかりま
す。朱色のような真っ赤なもの、黄色みがかったもの、灰色っぽいものなどです。
阿蘇山ピンク石石棺
これまでに見つかっている阿蘇ピンク石石棺は次のようなものです。
1.岡山県築山古墳 (舟形 竪穴式石槨)
2.奈良県野神古墳 (舟形 竪穴式石槨)
3.奈良県金谷ミロク谷 (舟形 古墳不明)
4.奈良県兜塚古墳 (舟形 竪穴式石槨)
5.奈良県鑵子塚古墳 (不明 )×
6.大阪府峰ヶ塚古墳 (不明 竪穴式石槨?)×
7.大阪府長持山古墳の2号棺(舟形 直葬)
8.奈良県慶雲寺石棺 (舟形 古墳不明)
9.奈良県東乗鞍古墳 (家形 横穴式石室)
10.滋賀県甲山古墳 (家形 横穴式石室)
11.滋賀県円山古墳 (家型 横穴式石室)
12.今城塚古墳 (不明 横穴式石室?)
13.奈良県植山古墳 (家形 横穴式石室)×
14.天王寺 熊野権現礼拝石 石棺ではない
×印は現在見ることが出来ません。3のミロク谷と石棺ではありませんが14の礼拝石は鮮やかな朱色か
らピンク色で、阿蘇ピンク石とはどんなものかを目に焼き付けるにはよいものです。
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