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今城塚の二上山石材

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今城塚古墳の3種目の石材

 今城塚古墳からは、これまでの発掘調査で阿蘇ピンク石、播磨系石材と二上山系石材が

見つかっています。写真は、その3種目の二上山系石材です。

 この石材も、やはり吉野さんが今城塚で採集したものです。私も今城塚で二上山系の石材

は、採集したことはあります。

二上山系石材の詳細

 写真のように、基質は白色ないしは淡黄色で、黒色や灰色もしくは淡褐色のつぶつぶが入って

います。灰色のものは、石基が灰色で石英、黒雲母の斑晶がある亜角礫の流紋岩で、粒径は8mm

大。黒色のものは、これまで松脂岩と呼ばれていましたが、近年の研究では流紋岩質溶結凝灰岩

と訂正されているもので、粒径は、2mm〜6mm大の亜円礫です。他には少量の石英や軽石を含ん

でいます。

 大きな角礫とザクロ石・黒雲母安山岩を含んでいると、中部ドンズルボー層中のものになりま

すが、それがないので、この石材は下部ドンズルボー層中の流紋岩質火山礫凝灰岩で、太子温泉

の北側にある牡丹洞東方の石と考えられます。

石棺石材か?

 牡丹洞東方の石材は、石棺石材としてよく使われています。それで今城塚でも、この石材を含め

て、3種の石棺があったと考えられていますし、そのようにも報道されています。

 ところが継体の配下であった巨勢男人の墓と考えられる市尾墓山古墳やそれに続く市尾宮塚古墳

など一連の巨勢氏の初期の石棺は、牡丹洞東方の刳抜式家形石棺です。

 また同じく継体の配下と考えられる京都の物集女車塚古墳では、冠などが出ているにもかかわらず、

石棺は組合式石棺で、正面になる長側板とまん中の蓋石は兵庫県加西市の高室の石で、残りすべては

二上山のドンズルボー西方の石です。

 このように考えると、継体が配下の家来と同じ石種の石棺をもつ可能性はまったくないとは言えま

せんが、私にはその可能性はかなり低いように思えます。

 では、この二上山の石材は何かということになりますが、少し前外堤部で埴輪列が検出されました。

その現地説明会で、現物の埴輪列を見ることができました。

 その埴輪列の中に長径50cmぐらいで、高さ30cmぐらいの楕円形の二上山の石材が埴輪と埴輪の

間にあるのを見ました。他から転落してきたものではなく、埴輪列の一部として並んでいるように見

えました。またその石の上面は、綺麗な平坦面に加工され、側面には右斜め上から左斜め下にチョウナ

の削り痕がはっきりと残っていました。右利きの石工が削ったものであることが分るものです。

 この石の用途はわかりませんが、この石の上に形象埴輪か木製品もしくは他のものを載せた台のように

思いました。

 これらのことを考え合わせると、単純に石棺石材であるとは言い難いと思います。この点は、発掘調査

によって、明らかにされなければならないことですが、石棺かそうでないかは、継体の政権を考えるの

に重要な問題となってきます。

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