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走田9号墳

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走田古墳群はこれまで7基の古墳が確認されていましたが、そのほとんどは壊滅し、現在見ることができるのは、走田9号墳のみとなりました。9号墳は、寂照院の中にそのまま保存されていて、石室を見学することができる唯一の古墳です。
 長岡京市奥海印寺明神前31の寂照院本堂建て替えが行われることになり、本堂裏手にある山裾を巡る道路の崖下部分と崖面になっている部分から2基の古墳が見つかりました。それでこれらの古墳は、走田古墳群の8号墳・9号墳と名前をつけられ、1995年〜96年にかけて調査が行われました。
調査によって、8号墳は墳丘の盛土は完全に削られており、わずかに横穴式石室の一部の石列しか残っていないことが明らかになりました。墳丘径10mに満たない小型の円墳で、石室幅約1m・長さ1.3m以上の石室があったと考えられています。わずかに残っていいた石室の隅に須恵器の杯身1点がありました。この杯身はTK(高蔵)43型式と思われることから、6世紀末頃のものと考えられています。
また8号墳と9号墳の間の窪地からは、陶棺の破片と土器類が見つかりました。陶棺の破片は、箱形の棺身の一部と円筒形の脚部ですので、須恵質の四注式家形陶棺と考えられています。また一緒に出た土器類の中には、高台のついたハソウが出ていることからTK217型式の土器群で、7世紀の前半のものであることがわかります。陶棺と土器類は、年代として同じもので、見つかった土器類はこの陶棺に伴うものと思います。ただ出土状況がかなり攪乱された状態ですので、もともとこの位置にあったのではなく、どれかの古墳に埋納されていたものが掘り出されて、この場所に捨てられたと考えられます。

9号墳は、8号墳の西側12mのところから見つかりました。墳丘の南半分は土取りによってなくなっていて、横穴式石室の羨道部が出ていました。復元すると、直径約12mで高さ約3.5mの円墳と考えられます。
埋葬施設は、南南東に開口する両袖式の横穴式石室で、玄室は長さ約3.05m、奥壁の幅は約1.8m、中央部が約1.9mと真ん中が膨らんだ形になっています。高さは残っている部分で2.3mになります。天井部から羨道部にかけて、ほとんどの石材が抜き取られていました。また石室床面には排水溝が掘られ、その上に礫が厚く敷かれています。玄室内には、組合せ式石棺の底石と短側面となる小口石がそれぞれ1枚ありました。長側石や蓋石はありませんでした。
この石棺石材を直に観察することはできませんが、播磨系石材であることは間違いありません。兵庫県高砂市の伊保山の石だと思います。
この古墳からは、主に2つの時期の土器が出ています。一つは、TK209型式の蓋杯の須恵器で、7世紀初頭のものです。もう一つは、8世紀後半の土師器の杯・皿・椀などです。
7世紀初頭の須恵器はこの古墳に伴うもので、もう一つのものはこの古墳が盗掘を受けた時期を示すものです。天井石をはじめ、石室の石や石棺の蓋や側石はその時に抜き取られたものと考えられます。その時期は、まさに長岡京造営の時期と重なっていますので、これらの石材は、長岡京を作るために持ち去られたと考えられます。
走田古墳群では、播磨の石材を使った石棺を用いていることが大きな特徴と考えられます。写真は現在寂照院内に保存されている走田9号墳です。

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