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考古文化 第43号

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私どもの会報「考古文化」の第43号が出ました。

今回の内容は

吉野修「風水と多角墳 其の二 ー飛鳥の終末期古墳めぐりー」

西 博孝「再録 前方後円墳成立論への一視点」

です。吉野論文は、氏の研究テーマである風水思想と古墳の関係を解明しようという意欲的なものです。

前回では風水思想が誕生した中国国内の文献を分析し、漠然と語られる風水の基本的な性格を明らかに

しました。今回は、それを基準にそれが日本の古墳、特に飛鳥地域では実際にどのように適用されている

のか、という興味深いものです。

連載は、まだまだ続くようですので、楽しみなものです。

 拙論は、9年前に季刊『古代史の海 第3号』に投稿したものです。この第3号は、完売したために現

在では、目にすることができません。それで再録させていただきました。

いずれこのブログでもふれますが、先日も奈良県櫻井市の堂ノ後古墳が最古の古墳か、という報道があり

ました。

 これらの記事やニュースでは、大前提として形がきちっと出来上がった箸墓古墳のような古墳ー定型化

した古墳ーの前段階に、形が出来上がっていない古墳がある、という考えがあります。

この前段階の古墳を、まとめて「纏向型前方後円墳」と呼んでいます。

ところが、この「纏向型前方後円墳」の出土土器と箸墓古墳の土器を細かく見ていきますと、必ずしも

定説のように「纏向型前方後円墳」が古いとは言えないのです。

それを論じたものです。9年前に書いたものですが、いまだにこの視点は重要だと思っています。

ご興味がある方は、ご覧になって下さい。

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第2回研修旅行(近江)が無事終わりました

 私どもの会の第2回研修旅行が無事終わりました。今回は前回と違って、宿泊なしのバスでの

近江の研修会です。テーマはもちろん継体が生まれたとされる近江の古墳や遺跡を訪ねる研修会

です。

 今回の研修会には、関東から10名そして九州からの参加もあり、総勢56名の参加がありまし

た。バスに乗れる人数の関係もあり、お申し込みされた十数名の方々にはお断りをせざるをえませ

んでした。申し訳ございませんでした。

 このようにたくさんの方の参加がありましたが、6日の当日は朝から雨模様でした。私どもスタ

ッフのNさんが担当すると、ほとんどが雨になると言うジンクスは今回も守られました。

写真2は、雨の中で百穴古墳群の説明をするNさんです。

写真3は、高島歴史民俗資料館で白井忠雄氏から鴨稲荷山古墳の説明を聞いているものです。

館長、白井さん、有り難うございました。

考古文化 第42号

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私ども研究会の会報「考古文化 第42号」ができあがりました。

今回の内容は

吉野修「河内の古墳巡りの記録」

西森忠幸「『継体大王の埴輪祭祀』森田克行氏の講演を拝聴して」

西 博孝「講演会「継体大王の埴輪祭祀」に参加して」

です。

吉野さんのものは、本年5月29日急遽行いました開山塚古墳を中心とする八尾の古墳めぐり

についての記録です。当日参加できなかった人でも、後からでも行けるように各古墳の詳しい

解説と参考文献が添えられ、非常に重要な活動記録です。

西森さんと私は、奇しくも森田先生の講演についての記事となりましたが、それぞれが持っている

問題意識から述べたもので、不思議なほど内容は重複しておりません。

2ヶ月に1回、年に6回のペースで会報を発行しており、考古文化の会に入会して頂ければ、どな

たでも投稿することができます。

私ども研究会を発足するにあたって、恩師の近藤義郎先生からは「よく歩いて、見て、掘って、

書く」との言葉をいただきました。掘るということはできませんが、遺物の分布調査や実測などを

行っています。大事なことは、色々調べながら自分なりに書いて、例え不十分でもきちっとした形

で残しておくことで、そうしないと何も深めることはできません。そのためにこのような会を運営し、

会報を発行しています。

会報の申し込みにつきましては、下記をご参照下さい。

http://www7.ocn.ne.jp/~kobunken/text/kobunkai.htm

「考古文化 第41号」

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私どもの会報「考古文化 第41号」が発行されました。

内容は

1.「北摂古墳めぐりに参加して」考古文化の会会員投稿

2.「土井ヶ浜遺跡探訪」一瀬ノリ子

3.「纏向石塚の評価をめぐって」西 博孝

です。

「北摂古墳めぐりに参加して」は、3月・4月の計2回の継体関連の古墳めぐりを各古墳

ごとに解説し、継体との関係を要領よくまとめた労作です。案内役をした私としては、非

常に有り難いものです。会員の方からのこのように積極的な投稿は、会運営をしている者

には嬉しい者です。

「土井ヶ浜遺跡探訪記」は、保存状態のよい多数の弥生人が発見された学史にも残る山口

県の土井ヶ浜遺跡の資料館の報告です。この遺跡の特徴を十二分に生かして、各地の弥生人

の違いや埋葬法などの見学記録です。

「纏向石塚の評価をめぐって」は、十年前に季刊雑誌『古代史の海 第0号』に投稿したも

のです。

同号はすでに完売で絶版となっていますので、会報に再録させて頂きました。

現在でも半ば定説のように思われている「纏向古墳群は箸墓古墳より古い」ということに

ついて検証したものです。

纏向古墳群の中でも一番古いとされる石塚古墳と箸墓古墳の出土土器の分析を行い、石塚

古墳が箸墓古墳より古いという考古学的根拠はなく、逆に箸墓古墳が石塚より古いことを

明らかにしたものです。また箸墓の築造時期も想定しています。

どなたでも購読ができる会報ですので、ご興味がある方は購読をお願いします。

詳しくは、http://www7.ocn.ne.jp/~kobunken/text/kobunkai.htm です。

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7月10日、「継体大王の埴輪祭祀」の講演会が会場ほぼ満席という

好評のうちに終了しました。参加者は88名で会場は一杯になりました(写真1)。

今城塚古墳の発掘調査の進展と継体という近江から畿内に入ってきた王に

対する人々の関心の高さがよく分かりました。

今城塚古墳の調査に携わり、一貫して継体王の研究をしている森田克行先生

のお話は、柔らかい語り口で非常に示唆に富む内容ばかりで、3時間という

長時間があっという間に過ぎてしまいました(写真2)。

特に今城塚から検出された埴輪列からの分析は、古墳でどのような祭祀を行った

のか、というこれまでほとんどふれられていなかった問題点を明らかにした点でも

大変貴重なものです。

継体が畿内に入って来て、ある点ではかつての伝統を残しながら、同時にまったく

新しい祭式を作り上げたことがこの埴輪列の分析からよく分かります。

6世紀の前半、継体の畿内進出とその後の支配は、文字通り画期をなすものだと

いうことが考古資料からよく理解できます。

多分明治維新にも匹敵するような一大改革だったと思います。

これからはこのような視点から、各地の動向を再度分析し直す必要性を痛感しまし

た。今まで見過ごして来たことに新たな光を投じることができるように実感しまし

た。

森田先生貴重なお話を有り難うございました。講演会後の飲み会でのお話も大変面

白かったです。参加頂いた皆様、どうも有り難うございました。

準備から当日の実務作業に奮闘されたスタッフの皆様、ご苦労様でした。

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