神の一日

福岡の歴史シリーズ(NO6)

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皆さん、こんにちは。太宰府市通古賀にあります王城神社(おうぎじんじゃ)のご紹介です。大宰府政庁跡(ここをクリック下さい)、天満宮、竈神社、榎社、飛梅の原木など太宰府に関連する興味ある場所をご紹介いたしましたが、今日は、飛梅の原木でご紹介いたしました通古賀にあります創建はいたって古い王城神社のご紹介です。飛梅の原木の場所とはあまり遠くない場所に建っています。
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神社の縁起が紹介されています。
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このままでは、少し読みづらいので要約いたしますと、王城神社は、ご祭神として大国主命の子であります「えびす」様としてあがめられている事代主命(ことしろぬしのみこと)が祀られています。恵比寿様については説明の必要はありませんよね。王城神社の始まりは天智天皇4年(西暦665年)に都府楼が建てられたときに四王寺山に祀られていた事代主の命を筑前国衙庄(ちくぜんこくがのしょう)に移したのが始まりとされます。王城神社の名称は王城山(四王寺山)の神で王城大明神と崇めた奉られていたことによるとされます。ところで通古賀という言葉は太宰府市ふれあい館の説明によれば、「通「」は大通りの意味、古賀とは、筑前国続風土記拾遺によれば、国衙(こくが)があったとされるとされます。国衙とは、調べてみますと、国府の政庁を中心とした建物群をさすもので、日本の律令制度のもとで、国司が政治を遂行した役所が置かれていたところを指すようです。つまり大宰府政庁を中心とした役所の建て門群があったところとなるようです。この王城神社は、四王寺山の周辺にあります10社の神社の代表者に当たります。ちなみに10社とは、老松神社、宝満宮八幡宮(ここをクリック下さい)、衣掛天満宮(ここをクリック下さい)国分天満宮、鹿島神社、地禄神社などなど(以下割愛します)です。神社では、島津軍が博多に侵攻した際に岩屋城の高橋紹運(ここをクリック下さい)を責めた秋月勢の兵火によって社殿を消失しましたがその後再建されて現在に至っています。過去のブログリスト(ここをクリック下さい)。

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