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今、私は精神的な暗黒の地、ブラックホールに転落中。
昨夜、久し振りに酷い鬱の波が押し寄せ、のまれてしまったのだ。 締め切りのあるお仕事は先週無事に終えたので、今週は時間に比較的余裕があるのが、せめてもの救い。 もしかしたら、その「ホッ」とした心の隙間に鬱が入り込んだ、というのも一因かもしれない。 春に外語大に通い始めた頃から、目に見えてぐんぐんと具合がよくなり、 最近は「鬱になった時の状態」がどんなものであったか、感覚を忘れてしまう位になっていた。 ただ、お薬は急にやめてしまうと再発の恐れがあるので、 鬱の時は1日に3回飲んでいたものを、今は量を減らしながら1日1回飲んでいたのだけれど。 どうにもこうにも苦しい鬱なのだけれども、 こうして久々にブラックホールに落ちたのも、鬱の時の感覚を捉えるための良い機会かもしれないと開き直って 今のこの状態について書き出してみることにする。 鬱の波はどのように忍び寄るか。 これは、その都度異なるので、なかなか予想が立てられない。 図書館で本を読んでいたら、突然床が抜け落ちたように一気に落下することもあるし、 お仕事が終わりプレッシャーから解放された途端に落ちることも。 また、人間関係でショックな事があった場合、心が元気な時ならば対処出来ることでも、 鬱の波が迫っていた場合は、たった一人に対する不信感が人間全てへの不信感となり、 人そのものが怖い!という風に一気に加速してしまう場合もある。 共通点を見つけるとするならば、疲れが蓄積していた時、 しばらく忙しくて大好きな銭湯に足を運べていない時などが、落ちやすいように思う。 ならば、疲れを取る為にとにかく休むこと、そして銭湯に行き気持ちをリフレッシュすることが 対策として考えられるのだけれど、こうして一度落ちてしまうと、それすらなかなか出来なくなってしまう。 まず、眠れない。 せめて身体だけでも休めようと横たわっても、 頭の中には超高速スピードで色々な思い、しかもそれはマイナス思考百パーセントの思いが、 頭を占領して、思考力やら判断力やら全てのものをダークな暗雲で覆ってしまう。 だから、こうして今書いている文章も、果たして文になっているのか、 そもそも日本語として成立しているのかすら今の自分では判別不可能。 例えて言うなら、酩酊し泥酔して文を書いているような感覚だ。 そして、無気力かつ、身体も思うように動かせなくなる。 ただお茶を淹れるために立ち上がることも出来ず、まるで腰が抜けてしまった人みたいに、ただただ座るか寝そべるか。 なので、外出などは至難の技なのである。 さらに、マイナスの渦に巻き込まれてしまうと、涙が後から後から溢れてきて、止まらなくなる。 そんな風に泣きに関しての感受性は異様に強くなっている一方で、 面白さや楽しさなどを感じるアンテナは、まるで始めから存在していなかったかのように無感動になってしまう。 好きな本や絵を見ても何も感じないし、そもそもゆっくりと活字を見るだけの集中力すらなくなる。 鬱が治るには「良くなる→少し鬱に戻る」を繰り返し、 毎回鬱期間が短く、また頻度も少なくなり治っていくと、心療内科の先生がおっしゃっていた。 だから今回のこの波も、回復に向かっているゆえの苦しみでもあるのだろう。 とはいえど、この鬱の状態というのは、本当に、 なんてなんてなんて、辛いのだろうか。 いつも見ているお部屋が、全く違ったものに見える。 好きな小物も好きな音楽も、何の関心ももたらさない、ただの物体や音階にしか感じない。 お食事をする気にもならず、取り敢えず何かを口にしても、味わいも何もない。 砂を噛むような、という表現があるけれど、私の場合はトイレットペーパーを噛んでいる感じ。 しかも、旅先の安宿にあるような、めちゃくちゃ質の悪い、ガサガサしたものを。 普段と同じにしていても、何故だか鬱になると寒くて堪らない。 手が雪の中につけておいたかの如く凍ったようになり、物を持つ力も入らない。 風邪をひいている訳でもないのに、全身、特に背中がゾクゾクとする感覚を覚える。 何と言っても特に辛いのは、時間の進むのがとにかく遅くて、1日が長くて堪らないこと。 眠りたくても眠れず、頭の中はマイナス思考が絶え間なく流れ、 何もする気力も力もわかず、何を見ても聞いても心に響くこともなく、 時間だけがただ、自分の回りだけ時空が歪んでしまったような極度な遅さで過ぎていく。 次第にマイナス思考と退廃した空気が、頭の中や周囲だけでなく、細胞の一つひとつに入り込んだような気すらしてくる。 すると自分という人間が、完全に鬱に乗っ取られて、 自分自身が鬱そのものになったような、自分が存在しなくなったような感覚になる。 ここまで来ると、自分は何のために生きているのか、 どうしてこんなに辛い鬱を抱えてまで生きていなければいけないのかが解らなくなる。 そして、自分みたいな奴は消えていなくなった方が、世の中のためになるのではないか、という いわゆる希死念慮との闘いに突入してしまうのだ。 今の私は、こんな状態。 これで過ごす1日は本当に重くて長くて辛い。 眠って逃げる事が不可能ならば、せめてお酒を飲んで寝てしまえ!とも思うけれど どういうわけか、普段はお酒はめちゃめちゃ弱いのに、鬱の時は全然酔わないどころか 鬱のマイナス思考や鬱に伴う不快感が加速するだけ。だから落ちている時はお酒はNGなのだ。 こんな具合でブラックホールにて、さ迷いながら、この文章を書いてみた。 さて、この文は果たして読むに耐えうる体を成しているのだろうか? そんな判断力さえ今の私にはないので、 もし訳の解らない文章だったら、ごめんなさい。 まともな日本語になってなかったとしても「鬱の渦中の狂気の記録」には、なるかなあ? 広山直美@ブラックホールにて |
のんびり静養&闘病日記
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