広山直美堂本舗

★旅(世界旅行&街・銭湯巡り)ライター。東京新聞連載では一眼レフ撮影も♪銭湯&商店街、バックパック1人旅、タイドラマ&音楽好き★

直美のつれづれノート

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親和性を感じるものが悉く昭和的かつアナログなものであるという、言わば「昭和人」の私が、
つい先日、ある日常活動における連絡の必要性から、ツイッターのアカウントを取得した。

本来の目的は無事果たし、その後の継続を「為すべきか為さぬべきか」と
ここ3日ほど、ハムレットには到底及ばぬ程度にて、ぼんやり考えていたのだけれど、結論が出た。

ツイッターは、基本的には「やらない」。
アカウントは、今後の連絡必要時の為に一応残す。
そして、ブログを更新した時のタイトル告知にのみ活用する、と。

ツイッターの利点として、生活範囲外の方々と気軽に語り合えたりお知り合いになれたりする機能というのもあるのだろうけれど、
私は、例えば著書を読んで良いなと思えば、可能ならその方に直接会いに行くし、
ある方や団体の活動に興味を持てば、こちらから連絡をして現場に足を運ぶし、
この方若しくはこの会社とお仕事がしたいと思えば、売り込みをしてご一緒にお仕事させていただける状況を作る。

心にピンと来るものがあると、実際に行動してしまうタイプの私には、
匿名だったり、ネットを通した会話のやり取りだったりは、あまり惹かれるツールではないのだと思う。

ただ、今回アカウント作成をきっかけに色々な方のツイッターを拝見してみて、
ツイッターというのは「各人が編集長を務めるメディア」なのだなと、その面白さを実感した。
その方が、どんなニュースに興味を持ち、どんな出来事に問題意識を抱き、どんな言葉に怒りを覚えるのか…
各自の「イイネ!」と「ヨクナイネ!」がスクラップブックみたいに切り貼りされて、
編集後記のようなつぶやきが、それを彩り、その人ならではのカラーを明示する、そんなメディア。

活字を読むのは大好きだから、
これからも読者としては関わって行きたいと思う。


広山直美
私は「昭和のヒト」である。

昭和生まれの三十路である、という事実もあるけれど、
それ以上に、私の好むものや親和性を感じるものが悉く「昭和的なもの」である、という事が
そう思うに至る大きな要因となっている。

スーパー銭湯よりも、町の銭湯。
メールよりも、手書きのお手紙。
ネットニュースよりも、朝にコトンと届けられるインクの薫り漂う新聞。
ショッピングモールよりも、お釣りを「はい、五百万円!」と渡してくれるようなローカルな商店街…。

そんな私が、つい先日からツイッターを始めた。
数々の有名人が「ツイッターは、もう止めました」と宣言し、
巷では「ツイッター等SNS疲れを感じる人が続出」なんてニュースも
いい加減に出尽くした感のある、この今になって、今更ながらに始める辺りが
なんとも昭和な私らしいと言えば私らしいのだけれど。

理由は、年末年始に行われる越年越冬ボランティアに参加する際の問い合わせの為。
よって、もう用は果たしたのであるけれど、
このままアカウントを放置してしまって良いものか、きちんと削除した方が良いのか、
はたまた折角一歩足を踏み入れたのだから、続けて利用した方が良いのかと
ふと考えている今日この頃なのである。

私が無名の、いちライターとして働いている事を思うと、
遅れ馳せながらとは言えど、営業ツールの一つとして活用した方が良いのだろうか?とも、
少しずつでもツイッターを書くことで、文を書く練習になるだろうか?とも
(←思えばブログも文章修練になればと始めた。効果の程はワカラナイけれど)
考えてしまい、悩ましいところなのだ。

ツイッターを続けるべきか止めるべきか、それが問題だ!
などと
一々こうして葛藤し逡巡する辺りも、何とも昭和的な事なのだろうなあ。


最後に。
つぶやき歴現在一桁の私が抱く、ツイッターにおける疑問点。

●ツイートは「つぶやき」、リツイートは「引用」かと(今のところ)認識しているのだけれど
お知り合いではない方の書いた文章を、勝手に「引用」してしまって大丈夫なのか?
(無断引用するみたいで非常にドキドキしてしまうのだけれど、
色々見てみても誰も『貴方の書いた文をリツイートさせていただいてよろしいですか?』なんて
お断りを立ててからリツイートしている人は、いないんですよねえ…。
さらに、リツイート以外に「引用」というのもあるし…違いは何?!)

●「フォロー」「フォロワー」とは「お気に入り登録」に、した・された関係、ということで良いのか?
しかしながらフォロー以外に「お気に入り」というものもあるし、
フォロー・フォロワー共に何百人何千人、という方が沢山いるのだけれど
そんなに沢山の方と交流したりツイッターを読んだり、皆さんどうやってこなしているのだろうか?

●ツイッターの使用法等の説明文の日本語は、どうしてあんなに解りづらいのか?
それとも私に基礎知識が欠けている故なのか?

●ディスる、ファボる、とは?
文脈から察するに、前者はあまり良い意味ではないようだけれど。それぞれ何の言葉の略?

以上。

これらの疑問も、検索すれば直ぐに解決するのかも知れないけれど、
お仕事で必要な事以外では殆どネットを使わないアナログな習慣と
疑問は疑問のまま置いておいた方が、そのうちフト解った瞬間が面白いと考えてしまうのとで、
暫くこのままクエスチョンを抱きつつ日々を送ることになるであろう私は
やはり「昭和のヒト」だなあと、しみじみ感じる、ある冬の日なのでありました。


広山直美
こんにちは*広山直美です。

私の大好きな旅行作家のひとり、蔵前仁一さん。
蔵前さんは雑誌「旅行人」の編集長でもあり、バックパッカーにとっていわば憧れの存在。

実は私、ライター時代に『旅行人』のお仕事がどうしてもしたくて、
売り込みと称し蔵前氏に履歴書と作品本を勝手に送り付けた事が。
しかも一度ならず二度までも!
しか〜し二度ともお返事はいただけず…お眼鏡にかなわなかったのでございました(ToT)泣。

そんな蔵前さんのブログで先日、興味深い記事を拝見いたしました。
プラズマの研究で著名な…と言うより「反オカルト」で有名な、
物理学者・大槻義彦教授の「トンデも」発言が紹介されていたのです。
教授曰く「ダライ・ラマはオカルト指導者」!

私は仏教徒ではありませんが、ダライ・ラマの温かくユーモアのあるお人柄のファン。
さらに偶然にも、私もつい最近「うちの家族は学生時代、大槻教授の講義を受けた為か反オカルト」
と言う内容の文をこちらに書いていたので
これも何かのご縁だわ、とばかりに、蔵前氏のページから大槻教授のブログに飛んでみました。

そこで展開されていたのは、ダライ・ラマ発言はほんの序の口、
聞きしに勝る「我が道を行く」強気発言の数々でございました!

お茶の間でお馴染みの茂木先生を「『脳科学者』を自称する茂木健一郎」と呼び、
フジテレビを「視聴者を欺き、国民をバカにして」いる「悪名高い」テレビ局と断言、
スピ・ブームを巻き起こした江原氏については『江原スピリチュアルの大嘘を暴く』なる本を執筆して断罪、
さらには宗教について「世界観、物質観、生命観、いずれも容認できない哲学であり、
2000年、3000年前の、きわめて古い、幼稚な思想」と一刀両断、ぶった斬ってらっしゃいます!

最後に挙げた宗教についての発言は、ちょっと言い過ぎではないのかしら…
と、少々心配になりました。

と、申しますのも。
「無宗教」を標榜する方の多い日本では、さほど問題にならないかもしれませんが、
一歩外に出れば、世界では「信仰する宗教あり」がスタンダード。無宗教はむしろかなりの少数派で、
大袈裟に言えば「信じるものを持たないなんて、この人ちょっとオカシイのでは」と異端視される程。

特にヨーロッパでは、どんな分野にもキリスト教思想が大いなる影響を与えているし、
ピューリタン(清教徒)の作った国、アメリカで知り合うのは、圧倒的にワスプが多い。
(ワスプ=白人でアングロサクソン系、かつプロテスタントキリスト教徒)
中東のイスラム教国やタイ等の仏教国など、国そのものが国教を定めている場合もあるし、
国教ではないものの、日々の生活や人生にヒンドゥー教が密着したインドのような国もある。

そんな現実が背景にあるにも関わらず、宗教を「幼稚な思想」と断言し
ダライ・ラマを「宗教どころかオカルト指導者」と切り捨てる大槻教授の
自分の信じるもの(科学)に絶対的な価値を置き、自分の物差しで何事も断罪するお姿は、
自らの信仰を絶対視して盲信する「カルト信者」に近いものがあるように感じてしまいます。

そんな「カルト信者」も、教授が異論を唱えている「オカルト信者」も
共通点(純粋、真面目、個人的に話せば多分凄くいい人…等々)がとても多いように思うので、
大槻教授って、意外とご本人が敵視なさってる彼等と良いお友達になれるのでは…
と思わず妄想してしまいました。


広山直美

こんにちは*広山直美です。

このブログでは3月から続いているタイ・バンコクでの反政府デモについて
現地メディア等を通して得た情報を配信しております。
(折角覚えたタイ語を忘れないようにと、
我が家はタイのテレビが視聴可能な環境にしてあるのです)

情報の配信の際は、できるだけ個人的な思いは加えないように
記事を書かせていただいておりますが
ここでちょっぴり、わたくしの心情を吐露いたしたく存じます。


一度は和解へと進んだデモ隊と政府でしたが、
事態は再び悪化し、ここ数日バンコク都心部は「市街戦」と呼びたくなるほどの
混乱を極め、連日多くの死傷者が出ています。

そんなニュースを目にする度に、
わたくしの脳裏には知っている方々の顔が頭に浮かびあがってきます。

政治的には「赤」(タクシン派)と「黄」(反タクシン派)
どちらに傾倒している…というのはないのですが、
「貧乏バックパッカー旅」をこよなく愛するわたくしにとって
バンコクを訪れた時にお世話になっているのは
圧倒的に「赤」の方々が多いのです。

北部・東北部の農民をはじめとして
バンコク都内のスラム街に住む方達、
露天商や小売店を営む方々など、
いわゆる「貧困層」を中心としたメンバーが「赤」の構成。

私が泊っていた安宿街・カオサンのゲストハウスのご主人は
赤服の集会がある週末になると(デモ以前にも普段から定期的に集会がありました)
表通りに屋台を出して、赤いTシャツ、タオル、帽子、リストバンドなどの
「赤グッズ」を売っていました。

「おじちゃん、儲かってる〜?」と冗談交じりに聞くと
「うーーーん、あんまり売れないなあ。
そうだ!ナオミ、日本のお土産にどうだ?日本じゃ買えないぞ」と言っては
タクシン元首相の顔写真入りのペナントやらポスターやら色々薦めてくるので
「えーーー、いらない、イケメンじゃないもん」と笑いながら答えたりしていました。

また、私が「バンコクで一番物価が安い場所」と勝手に認定していた
王宮前広場(サナーム・ルアン)でのナイトマーケットは、
観光用のナイトマーケットとは違ってお店の人もお客さんも100%タイの庶民。

普通の市場とも異なり、プロの方が出店しているのはほんのわずかで、
扱う商品も中古がほとんど。例えるなら日本の「フリーマーケット」という感じでしょうか。

出店者の方々も多岐にわたり、他の市場では見られない顔ぶれ。
トラックに大家族全員を乗せて郊外から古道具を売りに来たファミリーや、
学校の友人同士で古着や読み終えた雑誌を売っている学生グループ、
どこから拾ってきたんだろう…としか思えないようなガラクタを山積みにしたおじさん、
広場の近くにあるスラム街からやってきたホームレスの方達…
などなど、私が愛してやまない「庶民臭、生活臭」に溢れていて
渡航の際は毎晩のように遊びに行っていたものです。

(そのうちに、お店を出している家族の子ども達や
近くに住むホームレスの子ども達と仲良しになって、
子供がどんどん集まって「臨時幼稚園」開園状態になったりもしていました)

そんな場所で出会う大人達が何かの会話の弾みに決まって言うのが
「タクシンの時はよかった」
「今の政府は貧乏人を相手にしていない」というセリフ。

そんな政府のせいなのかは定かではありませんが、
王宮ナイトマーケットは「公園の美化・整備」の為に閉鎖することになり、
出店主たちは「俺たち貧乏人を追い出すのか!」と
署名活動などを行って反対を表明していましたが
今年の2月に公園は立ち入り禁止となり、マーケットは無くなってしまいました。

その後、大学院が始まり忙しくなったこともあって
わたくしは暫くタイに足を運んでいません。

何かと親切にしてくれた宿のおじちゃん。
「代金はいらないよ!」といつも御馳走してくれた
ナイトマーケットの沢山の屋台のおじちゃん、おばちゃん、おにいさん。
大家族で賑やかに商売をしていた沢山のファミリーの皆さん。
一緒に遊んでいた子供たち。

…そんな皆の顔が、
デモのニュースを見るたびに浮かんできて
「みんな、大丈夫かなあ。。。。」と居ても立ってもいられない気持ちになるのです。

どうかどうか、
犠牲者がこれ以上出ないよう、
平和的解決の道へと進めるよう、
非力なわたくしは、日本から祈ることしか出来ません…。

そんな、何とももどかしい、
タイ・バンコクデモへの個人的心情なのでございます。


広山直美

【追伸】
本日は代々木公園で行われる恒例イベント「タイフェスティバル」。
毎年楽しみにしており、こちらのブログでも紹介させていただきましたが
バンコクの現在の情勢を思うと、どうも「お祭り」に行く気分になれずにおります…。

こんにちは*広山直美です。

大学院進学の為、昨年末にライター休業。
4月の入学まで「人生の夏休み」に突入。

それを利用し念願の長旅に…!と成田に向かう途中、妙な違和感を感じた私は
空港に着くなりUターンで帰る…という大変マヌケな事をいたしました。

その顛末はこちらのブログ記事『そういう訳で辞めました』に書かせていただきましたが、
心の中には何だかまだ完全には納得出来ないモヤモヤが、ずっと残っておりました。

が、本日。
あれからはや3ヶ月がたった今。
「そういう訳だったのね!」と、やっとこさ合点がいく結論を得ることが出来ました。

きっかけは…なんとSM!
…とは申しましても、そういうプレイを致した、とかいう訳ではなく(^_^;)
図書館でパラパラめくっていた本にあったある言葉に、ヒントをいただいたのでございます。

それは、「SM界の巨匠」と呼ばれる団鬼六さんについてのエピソード。
現在SM作家である氏は、元・教師。
彼をかの世界のスターへと伸し上げた作品「花と蛇」は、
何と授業中、生徒に自習をさせている間に書き上げたとか。

そんな氏曰く
「授業中に隠れて書くSM小説が一番楽しい創作活動」とのこと。

この言葉を見た時に、ピン!と来たのです。
私が長旅にトキメキを感じずに旅を辞めた理由はこれだっ…!と。

私は今まで、大学のお授業やライターのお仕事の合間など
「自分の本分」イコール「なすべき務め」の間に、
勉強やお仕事を何とかやりくりして時間を作り、
家族や先生、お仕事の方々の顔色をちょっぴり窺いながら毎回旅に出てきた訳です。
なので、旅を楽しみながらも私は
「クラスの皆はパッカー旅なんてアホな道楽しないで、長期休みはちゃんと留学してるのにな」とか
「ああ、皆様は今頃お仕事してるんだろうなあ…」とかの
何だか後ろめた〜い気持ちを、そこはかとなく感じていたわけなのです。

しかしながら。
先日の長旅計画は、お金も時間も周囲への気兼ねも(ほぼ)完全フリー!
よってそこには、
言うなれば「背徳のヨロコビ」が無かった!

これが、私が感じた「トキメキの無さ」の正体なのだ!と、
未だ作品を拝見したことのない団鬼六先生に
教えていただいた思いがいたしました。
ありがとうございます、団先生!

しか〜し。
制約がある中での自由にしかトキメキを感じられない私って…。
もしかして「精神的M」なんじゃなかろうか…。

そんな疑問がふと頭をよぎる、
悩ましげな土曜の夜長なのでございました*


広山直美

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