こうき心

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醍醐寺

訪問した日は、2017年4月8日(土)。
京都の桜と言えば、醍醐寺をはずすことは出来ないでしょう。太閤豊臣秀吉が贅を尽くした「醍醐の花見」を醍醐寺で行なったことによります。
醍醐駅前から有料ですが、専用の送迎バスが出ています。16時近くになっていて時間もないので、バスを利用しました。歩いても10分くらいです。
醍醐寺に着いたら、雨が本格的になってしまいました。足元もぬかるむ中での花見になりました。

仁王門をくぐると、伽藍と呼ばれるエリアがあります。この仁王像は、もとは南大門に祀られていたものを移したそうです。少しやさしいお顔の仁王様です。
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清瀧宮本殿。最初に建立されたのが1097年。現在の社殿は1517年に再建されました。
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その横に立派な枝垂れ桜が満開でした。
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さらに奥には、五重塔があります。醍醐天皇の冥福を祈るために、第一皇子・朱雀天皇が936年に着工し、第二皇子・村上天皇の951年に完成しました。高さは約38メートル。京都府下で最も古い木造建築物です。
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上醍醐の一番奥に朱塗りの弁天堂があります。
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境内には、何本もの枝垂れ桜が滝のように花を咲かせていました。
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こちらは、三宝院の桜。
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三宝院庭園は、豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をした庭です。池の向こうに立っている石は、藤戸石です。歴代の武将に引き継がれたことから「天下の名石」といわれています。
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雨でかなり花びらが散っています。この光景も風情があります。
この日の翌日4月8日(日)に、豊太閤花見行列が行われたはずです。今回は見送りました。

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隨心院

小野駅の東側に、隨心院があります。
ここは小野小町邸跡といわれるお寺です。
総門の前に桜が満開に咲いていました。でも隨心院は桜はあまりなく、梅で有名な場所です。
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拝観で中に入ると、係りのお坊さんが説明をしてくれました。
お坊さんの説明でも紹介されましたが、ここに伝わる伝説に深草少将の百夜(ももよ)通いがあります。小町に求愛した深草少将は、「百夜通いつづけたら契りを結ぶ」と言われ、榧(カヤ)の実を手に、小町の屋敷があったという随心院まで通い続けましたが、99日目の雪の夜に死んでしまい、望みが適わなかったという伝説です。
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小町が深草少将の菩提を弔うために、榧(カヤ)の実を蒔いたと伝えられており、この周辺には大きな榧(カヤ)の木がありました。そのひとつが残っていて、小野駅から隨心院に向かう途中にある西浦の小町カヤと呼ばれる木です。
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庭に、小野小町が使ったと伝わる化粧井戸があります。
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勧修寺

蹴上駅から地下鉄東西線に乗って小野駅まで移動します。結構、近いです。
目的地は、勧修寺と隨心院です。小野駅の西に5分ほどで勧修寺、逆の東に5分ほどに隨心院という位置関係です。

まず勧修寺へ行ってみました。勧修寺と書いて、かじゅうじと読みます。
お寺の入口に向かう道は白壁に桜並木で風情があります。
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醍醐天皇の勅願寺で、門跡寺院として格式があります。
庭にある石灯篭は、ちょっと変わった形をしています。水戸光圀寄進の勧修寺型灯籠です。
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庭は、小ぶりの桜がたくさん植えられています。木としては、まだ若いのでしょうか。
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庭に氷室の池があり、蓮の花が多数咲くことで知られています。平安時代には1月2日にここに張った氷を宮中に献上してその厚さによって五穀豊穣を占ったと言われています。
その池に面して楼閣風の観音堂があり、桜との組み合わせが優雅です。この観音堂も古いのかと思うと、実は昭和初期の建物らしいです。
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人は少なく、落ち着いて散策できるお寺です。蓮の花が咲く頃にまた来たいものです。

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金戒光明寺

くろ谷さん」の名で親しまれる金戒光明寺です。
大きな三門と満開の桜が威風堂々としています。
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正面にあるのは、御影堂です。
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極楽橋が池にかかり、遠景に三重塔が見えます。
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階段を登って奥に進むと、三重の塔があります。運慶作の文殊菩薩がこの中にありましたが、今は御影堂の中に安置されています。
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ここで振り返ると、金戒光明寺が山の中腹にあることが実感できます。石段の両側はお墓がびっしり。金戒光明寺の境内の大半は、墓地です。
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金戒光明寺は、幕末の京都守護職を務めた会津藩主・松平容保が本陣を構えた寺でもあり、新選組誕生の地です。会津藩殉難者墓地がありました。ここにも桜が満開。若くして幕府・藩のために命を落とした青年たちを思うと、この桜が悲しく見えてきます。
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もうひとつ歴史に関するものがありました。3代将軍徳川家光の乳母・春日局が建てたお江の供養塔です。お江は秀忠の正室です。春日局と江は将軍の後継者争いをした関係です。
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岡崎神社

金戒光明寺に行く途中で立ち寄ったのが、岡崎神社
子授け、安産で有名な神社です。都の東にあたるところから東天王と称されます。古くより兎が氏神様のお使いと伝えられ、本殿前には縁結びの狛うさぎ一対があります。
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こじんまりした神社ですが、落ち着いていて、シダレ桜も少しだけあります。
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