うたかた

行く川の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。淀みに浮ぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久し

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テニアン戦跡特別編2

今日は休日なので、特別編2を作ってみました。
父達が建立した、慰霊碑にお参りするため、10月下旬に、サイパン・テニアン島へ家族で慰霊に行ってきました。(過去のログ、ホームページをご覧ください。)
テニアン北部の太平洋戦争の史跡を御紹介します。
 
サイパンとテニアンを往復している6人乗りのセスナ機です。バランスを調整するため、全員の体重を量ります。
現在は、スターマリアナスとフリ−ダムエアーの2社が運行しています。
 
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米軍が上陸したチュルビーチ。夕闇がせまってきました。☆砂の採れる、きれいなビーチです。
この狭い海岸に多数の上陸用舟艇が押し寄せてきました。
 
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上陸する米軍を迎え撃った、陸軍第50連隊(松本)麻生隊のトーチカ。大量の砲爆撃にも耐え、現在も残っています。
 
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ト−チカの内部です。昭和19年5月25日麻生隊と読めます。ここを守備していた麻生隊は、多勢に無勢で、全滅の憂き目にあったそうです。
 
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チュウルビーチに今も残る、米軍の上陸用舟艇アムトラックの車輪です。別の場所には、アムトラックがそっくり残っています。
 
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テニアン島には、在住している日本のガイドさんがいますので、御紹介させていただきます。
私も、今回お世話になりました枝村さんご夫妻です。ご夫婦とも日本人なので、当然日本語で、ホテルから出発し、ホテルまで送り届けてくれます。テニアンにはタクシーがありませんので、助かります。本業は、ダイビングツアーの会社ですが、戦跡にも非常にお詳しいです。
 
枝村さんの自宅に成っていた、タンジェリンという果物です。たくさんいただきました。
ミカンに似た果物ですが、ミカンより水分が多く、甘くてジューシ−でした。
 
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Crow's Nests Corporation / クロウズネスツ

詳しくは、元テニアン在住の白爺さんのブログをご覧ください。
 
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テニアン戦跡特別編

今日は1日雨なので、特別編を作ってみました。
父が6月に亡くなったので、父達が建立した、慰霊碑にお参りするため、10月下旬に、サイパン・テニアン島へ家族で慰霊に行ってきました。(過去のログ、ホームページをご覧ください。)
 
テニアン北部の太平洋戦争史上最大の史跡を御紹介します。
終戦直前まで、南洋諸島最大の基地航空隊の本部でした。
第一航空艦隊司令部の建物は、当時の激しい砲爆撃にも耐えて、現在も残っています。
その周辺には、海軍第一飛行場跡、防空壕2基、無線基地(航空管制塔)、B29の残骸、上陸用舟艇(アムトラック)、米軍が建設した日本空襲用のB29の飛行場4カ所(ここから日本全土を空襲、広島・長崎へ原爆を投下しました。)などが残されています。
 
現在も、テニアン島の3/4は、アメリカの租借地となっており、米軍が占領後作った飛行場が、4つあります。
ただし、米軍の訓練時以外には、今も自由に出入りが可能となっています。
 
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これが、現在も残っている、第一航空艦隊司令部跡です。
70年近くなった今でも、このように残っています。よほど頑丈な作りだったのでしょう。
二回のバルコニーのある部屋に、角田司令官が居住していたそうです。
 
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これは、洗面所跡でしょうか。
 
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これは、トイレの跡です。
 
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無数の砲弾や銃弾の跡が今も残っています。
 
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帰りのセスナ機から撮りました。テニアン島へは、現在セスナ機だけが唯一の交通手段です。
第一航空艦隊司令部跡が見えます。拡大してご覧ください。大きさが分かると思います。
手前が、日本軍第一飛行場跡です。一番手前が、米軍の飛行場跡です。
(演習に使用していますので、現役ですが。)
 
テニアン島には、在住している日本のガイドさんがいますので、御紹介させていただきます。
私も、今回お世話になりました枝村さんご夫妻です。ご夫婦とも日本人なので、当然日本語で、ホテルから出発し、ホテルまで送り届けてくれます。テニアンにはタクシーがありませんので、助かります。本業は、ダイビングツアーの会社ですが、戦跡にも非常にお詳しいです。

Crow's Nests Corporation / クロウズネスツ

 
 詳しくは、元テニアン在住の白爺さんのブログをご覧ください。
 
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テニアン島負の遺産

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父達の建立した慰霊碑に、父の死を報告するために、10月下旬にテニアン島に渡った。
詳細は、過去ログでどうぞ。
テニアン島ノースフィールド飛行場にある、原爆搭載地点のメモリアル。
ここで、広島に投下された原子爆弾リトルボーイがB29エノラ・ゲイに搭載されました。
米軍が作った、メモリアルです。人類の負の遺産の最たるものだと思います。
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メモリアルの説明です。
「この搭載地点は、歴史上初めて広島に投下された原爆が、B-29に搭載された。」
と書かれています。内部には、搭載する様子、原爆の写真が飾られていました。
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少し離れた地点にも、同じようなメモリアルがあります。
ここは、長崎に投下された、原爆の搭載地点です。
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これは、ピット内にある原爆ファットマンを搭載する様子の写真です。原爆はあまりにも大きかったため、滑走路に穴を掘り、B−29を穴の上に駐機させ、そこから、つり上げて、B-29の弾薬庫に格納したそうです。
ここを訪れる度に、人類の愚かさを考えずにいられません。
歴史の重さに、なかなかアップできないでいました。
CANAON EOS 60D SIGMA 18−200mm

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テニアン島からの帰路、テニアン一泊ツアーを依頼した、サイパンエクスプレスの鈴木さん(6年間テニアン島のダイナスティ ホテルに勤務したのち、サイパンで旅行社を設立)が空港周辺の案内をしてくれた。テニアンに行く前に、サイパンの半日ツアーをお願いした旅行社だ。
 
前回のツアーではいけなかった、サイパン国際空港周辺にもたくさんの戦跡があるので、ぜひ案内させて欲しいとのことだった。このように丁寧なツアー会社には、まずお目にかかったことがない。
 
意外にも、サイパン国際空港(旧アスリート飛行場)周辺には、たくさんの旧日本軍の施設が残っていた。
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飛行場から見える、海軍の防空壕跡、空港内に3棟残っている。長さ20mほどの強固な造りで、当時の形をそのまま残している。飛行機の掩体壕がないことが、当時の基本思想の誤りを感じさせられる。
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海軍の弾薬庫跡。入り口は、厚い鋼板のドアが二重に設置され、天井には弾薬を吊して運ぶレールがそのまま残っていた。内部は、土蜂の巣がたくさんあった。
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海軍の建物跡。内部には無数の弾丸跡が残っているそうだ。
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海軍酸素製造工場跡。当時の飛行機は与圧機構がなかったので、パイロットに酸素を供給する必要があった。空港近くには、酸素を製造する工場が必要だったそうだ。(サイパンエクスプレス鈴木さんからの説明)
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95式中戦車。戦後65年たっても、まだ形が残っている。
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海軍の広角機銃。
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車窓から撮った、機動速射砲。背後には、高角砲などが見える。北部に比べて、訪れる人も少ないのであろう。無造作に置かれているだけだ。
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海軍、発電所跡。天井は落ちているが、外壁は60年以上たっても、しっかりとしている。
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建物跡の一つ、今でも赤十字社事務所として使われている。
この他にも、燃料庫跡、各隊の慰霊碑、各種の建物跡など、多くの戦跡が残されている。
 
サイパンで戦跡を見て歩くのは、個人では大変なので、地元に詳しいガイドさんをお願いしたほうが良い。大型バスでは行けない戦跡が数多くあるので、小型車で回るのがお勧めだ。ちなみに、今回知り合いのchiekoさん(以前テニアン在住)から紹介していただいた、サイパンエクスプレスを、御紹介しておきます。日本からメールで予約が可能です。テニアン観光、宿泊の手配もしてくれます。
 
以下は、サイパンエクスプレス社のホームページからの引用です。
 
●サイパンエクスプレスは現地発着型旅行社です。
飛行機はお客様ご自身で予約され、当地の予約、移動、各観光を弊社が請け負い、当地にてお会いしたときからサービスを提供する会社です。
小さな会社ながら大手にはまけないビジネスリレーションで お客様第一を目指します。
●ホームページ
●お問い合わせ先:
     e-mail:saipanexpress@live.jp
     電 話 :1-670-233-1211
     携 帯 :1-670-287-8536(鈴木)
     F A X :1-670-233-1211
     住 所 :303 LCC II, Garapan
     XMB159, P.O.BOX504849, Saipan, MP96950
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サイパン島ラストコマンドポストにある、海軍の監視所跡。作りは、鉄筋入りのコンクリート造りでしっかりとしている。清水建設が作ったそうだ。
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右の穴は監視所の中に米軍の砲弾が飛び込んだ跡だ。この場所に避難していた、何十人もの女子高生が亡くなったという。
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政府が建立した慰霊碑の裏手にひっそりと建てられている民間人の墓標。
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旧日本軍の、高射砲。
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旧日本軍の兵器類。
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旧日本軍の95式中戦車(97式?)の残骸。
 
ここは、マッピ山の麓にある観光地、ラストコマンドポストだ。
実際に最後の司令部が置かれた場所では無いが、敗残兵と住民が追い詰められた場所だ。
司令部や組織だった抵抗は、既に壊滅しており、軍司令部は玉砕を打電し、全軍突撃を敢行した後だった。
ここには、既に民間人を守るはずの軍隊もいなかった。
この場所は、サイパン島の最北端にあり、北側が万歳クリフだ。
この地から、北方に日本がある。人々は日本に向かって何を叫び死んでいったのだろう。
マッピ山の崖(スーサイドクリフ)から飛び降りる者、万歳クリフから海へ飛び降りる者、手榴弾で集団自決をする者、多くの日本人が投降することを拒み、亡くなった場所だ。
戦時訓(生きて虜囚の辱めを受けず)を教育された日本人にとって、それしか方法が無かったのだと思う。
サイパン戦での最大の悲劇の地が、ここラストコマンドポストだ。
 
見る度に心が重くなるが、決して目を背けたり、忘れたりしてはならない事実なのだ。

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