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「北海道独立論」という中国の日本侵略
 
 
 北海道独立論と言うのを聞いたのは中学2年生の時です。 それは我が家が父の転勤で名古屋から札幌に引っ越して間もない頃でした。
 話しは父から聞きました。
 父はこの話を職場の同僚や取引先から聞いたそうです。
 しかし他では全く聞かないので、この北海道独立論がどの程度実現性のあったものか、どの程度真面目に議論されたかはわかりません。
 父によれば北海道独立論が出たのは、昭和20年代の事だそうです。
 何から何まで国に依存している今の北海道からは想像できないでしょうが、当時は日本が北海道に依存していました。
 昭和20年代、日本の工業は空襲で壊滅し、食糧生産も落ち込んで、東京や大阪なの本州の都市では餓死者が出るような状態でした。
 しかし北海道は違いました。
 北海道は室蘭の日本製鋼(戦艦大和の50㎝砲を作った)などごく一部の工場が被害を受けただけで、他は殆ど被害がありませんでした。
 そして食料エネルギーの生産基地でした。
 北海道の石炭は当時の日本の最大のエネルギー源でした。
 当時の日本のエネルギーは殆ど石炭でした。
 
 火力発電や製鉄など日本の基幹産業を支えるのも、汽車を走らせ輸送を支えるのも、冬の暖房も殆ど石炭に頼っていたのです。
 石油の方が便利だって?
 そんな事を言われても、石油なんか日本では殆ど産出しません。 そして当時の日本には石油を買う外貨なんかありません。
 日本は60年代半ば過ぎまで、国際収支の赤字に苦しみ続けたのです。
 
 だから国内の石炭だけが日本の経済を支える殆ど唯一のエネルギーと言って良かったのです。
 実は父は旧財閥系の石炭会社に勤めて居ました。
 
 父によれば当時の石炭会社の営業と言うのは、電力会社や製鉄会社などどうしても石炭の必要な会社に売ってやる石炭の量を割り当てる事で、お客であるこれらの会社の人達が石炭会社の営業社員を接待したと言うのです。
 この石炭の最大の産地が北海道でした。
 
 石炭は九州や常磐地方でも出ましたが、北海道の炭鉱は産出量、石炭の質、石炭の埋蔵量、生産性など全てで他の産地に勝っていました。
 そして食料生産でも北海道は優れて居ました。
 当時の北海道では現在のように優良米を作ることはできませんでしたが、それでも全ての国民が飢えている時代、北海道の広い畑で採れた穀物は多くの国民を飢餓から救ったのです。
 だから北海道が日本の経済を支えていると言うのも大袈裟ではなかったのです。
 しかしこれは当時の北海道民からすれば不満でした。
 なぜなら北海道の石炭や食料は本州に送られて、本州の生産を支えて人々を養うけれど、その見返りはありませんでした。
 政府は食料価格やエネルギー価格のの高沸を避ける為に、価格を統制しました。
 これでは道内の産炭地や農家が思う存分儲けるわけにはいきません。
 一方政府はまた日本の工業を守るために、工業製品には高い関税を掛けました。
 けれど道内には元々、工業など殆どありませんでした。
 こうなると道民としては、自分達が生産する食料やエネルギーは安く買い叩かれるだけでなく、高く粗悪な日本製工業製品を買わされる事になります。
 これでは面白いわけがないのです。
 そこで出たのが北海道独立論でした。
 貧し本州の食い物になるぐらいなら独立した方がマシと言うわけです。
 この北海道独立論がどの程度支持されたかは知りません。
 
 しかし独立論が現実性を帯びないうちに、日本は高度成長期に突入しました。
 それと共にエネルギー革命が始まりました。
 日本の工業が回復し、更に発展するにつれて、貿易収支も改善して外貨不足も解消しました。
 また自動車も普及しました。
 こうして日本のエネルギー源は石炭から石油に移ったのです。
 そしてそれにつれて、石炭会社の没落が始まりました。
 まず生産性の低い九州の炭鉱が次々と閉山に追い込まれました。
 それより早く常磐炭田が壊滅しています。
 ワタシが名古屋で小学生だった頃、1960年代半ばに、父の会社は九州の炭鉱を全部閉山して、鉱員を全部北海道に移しました。
 
 ワタシはある日父が大きな段ボール箱一杯のお菓子を抱えて帰ってきたのを覚えています。 しかしそのお菓子は残念ながらワタシ達子供の為ではありませんでした。
 九州から北海道へ向かう鉱員とその家族を乗せた汽車が、早朝に名古屋駅に停車するので、父達名古屋支店の社員が差し入れとして届ける為の物でした。
 父は翌朝、ワタシ達が目を覚ます前に、そのダンボール箱を抱えて名古屋駅に行ったのです。
 それから1〜2年で我が家も、彼等の後を追うように北海道に引っ越したのです。
 やがて石炭会社は日本を支えるどころか、産炭地の雇用を守るとか言う名目で、国の補助金を得て何とか延命を続ける状態になりました。
 
 そして石炭の没落は、そのまま北海道の没落でした。
 また日本の経済成長に伴い、石炭だけでなく食料生産基地としての北海道の地位も下がりに下がり続けました。
 十分な外貨を得られて、海外から安い穀物が買えようになれば、道内の農産物には価値はないのです。
 結局道内の農業も補助金や関税で何とか保護される状態になります。
 こうして北海道の基幹産業は全て、完全に国の保護無しには成り立たなくなったのです。
 かくて我が家が札幌に引っ越してきたころには、北海道独立論は石炭産業関係者達にだけ語り継がれる伝説科夢物語になっていたのです。
 現在北海道の炭鉱は全て閉山し、日本の石炭産業は消滅しました。
 しかし北海道の没落はその後も止まっていません。
 現在の北海道は炭坑が閉山した当時以上の国家依存経済です。
 だから新自由主義者、例えば池田信夫大先生のような人は、北海道など生産性の低い地方は切り捨てろとか、或は東京だけ日本から独立しろ、などと言っております。
 確かにそうすれば東京の人達はもっと豊かに暮らせると思います。
 ワタシは一応在特会の会員ですが、しかし根が利己主義者なので、人間の愛国心なんか元々自己保存に根差した利己主義の拡大系だと思っています。
 それで北海道独立論を責める気が無いのと同様、池田信夫大先生の東京独立論なんかも責める気はありません。
 池田大先生のような人にとっては経済の効率性こそが絶対的価値だし、そう言う人達にとっては効率性を求めて選択と集中とか言う事を非常に重視しているのです。
 それで経済的に非効率な北海道のような地域は切り捨てろと言うのです。
 しかしね、北海道が無かったら日本は昭和20年代を生き延びる事は出来なかったのですよ。 そして20年代を生き延びられなければ、その後もなかったのですよ。
 だって例え1年でも2年でも、イヤ1分でも死ねば、その後はないですからね。
 確かに北海道は明治に開拓が始まってから、現在に至るまで国家依存経済なのです。 昭和20年代の10年前後だけが北海道史上例外的に、北海道に日本が依存したのです。
 でも歴史上長い間、厄介者でも危機の時代に役立てば、危機の時代に日本を救命したのなら、それは十分に価値があったのではありませんか?
 集中と選択を重視して、効率の良い所だけを残して後を切り捨てると、その選択が当たっている間は大変効率が良いです。
 でもその選択が外れたり、或は社会の状況が変わってしまうと、目も当てられません。
 ワタシの尊敬する胡陳疼さんはコダックと富士フィルムの例を挙げて居ました。 嘗てアメリカのフィルム会社コダックは全ての経営資源をフィルムだけに集中して、高い利益を上げて居ました。
 しかし日本の富士フィルムはフィルム以外にもイロイロ不採算部門を抱えていて、その分利益は少なかったのです。
 しかしデジタルカメラがカメラの主流になると、コダックはあえなく倒産しました。
 でも富士フィルムはそれまでの不採算部門で培った技術や研究成果で、何とか生き延びそして今でも立派な高収益企業なのです。
 会社の株主なら、自分の持ち株会社には経営の集中と選択を求めます。 それによって高い利益を出させて、高い株価と高い配当を期待するからです。
 
 そして社会の状況が変わってその会社の技術が時代に合わなくなれば、株を売ってしまえばよいのです。
 
 でも社員はそうはいきません。 だから日本の会社は不採算部門も抱えてやっていくのです。 
 ところでワタシ達日本国民は日本と言う会社の株主ですか? 社員ですか?
 ワタシ達日本国民は株主でもあるし、社員でもあるのです。 ワタシ達日本国民は幾ら日本と言う会社の経営が傾いても株を売ってしまう事もできなければ、転職もできないのです。
 それを考えるとワタシは池田大先生式の集中と選択論にも、地方切り捨て論にも同意できません。
 なるほど今は北海道など地方は、日本経済のお荷物だと思います。 けれど国際社会なんか一寸先は闇なのです。
 だから幾ら不採算でも、抱えて居られる限りは出来るだけ多くの部門を抱えて居るべきなのです。 
 
 国家は繁栄する事よりも生き延びる事を第一に考えなければならないのですから。
 
 
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