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民主党政権と原発事故報道の誤り〜高田純教授講演会「原発20km圏内も復興できる!」1/5【THE FACT】
2015/07/24 に公開
パート①(全5回)

7月20日(月)、札幌医科大学教授の高田純氏による、
「福島の放射線は安全です 県民に健康被害なし!原発20km圏内も復興できる!」と題した講演会がビッグパレッ­トふくしまにて開催されました。

講演は約1時間に渡り、高田教授が実際に20km圏内に赴いて行った実地調査の結果や­、過去の原発事故との比較をわかりやすく解説。福島の放射線の安全性について科学的根­拠を元にお話されました。

当番組ではその模様をノーカットでお送りいたします。




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【高田純博士関係記事リスト】  

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【吉田調書抄録(10)】
「死んだと思った」 チャイナシンドロームと「東日本壊滅」

2014.8.27 06:00 東日本大震災
 東京電力福島第1原発事故で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」。最終回は吉田氏らの緊張がピークに達した2号機をめぐる証言をまとめた。

死んだと思った
 〈平成23年3月14日午後、福島第1原発1、3号機に続いて2号機が緊急事態に陥った。原子炉の冷却機能が失われ、炉内圧力が上昇。炉内を冷却するために「原子炉主蒸気逃がし安全弁」(SR弁)を開いて、圧力を下げて注水しようとしたが作業は進まなかった〉
 −−(14日の)16時30分くらいから減圧操作を開始したが、手間取った
 吉田氏「(現場からの報告では)バルブが開かないと」
 吉田氏「何せ焦っていたんで、早く減圧させろと。私自身、パニックになっていました」
 −−SR弁がなかなか開かないというところから、夜に行くぐらいのころ、退避なども検討しなければいけないのではないかみたいな話というのは出ていた
 吉田氏「(略)廊下にも協力企業だとかがいて、完全に燃料露出しているにもかかわらず、減圧もできない、水も入らないという状態が来ましたので、私は本当にここだけは一番思い出したくないところです。ここで本当に死んだと思ったんです」
 吉田氏「これで2号機はこのまま水が入らないでメルトして、完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出てしまう。その分の放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故ですから。チェルノブイリ級ではなくてチャイナシンドロームではないですけれども、ああいう状況になってしまう」
 〈炉内から冷却水がなくなれば、核燃料が溶け落ちるメルトダウン状態に陥る。さらに溶融した炉心が格納容器の底に穴を開ける最悪の事態がメルトスルーだ。映画「チャイナシンドローム」は米国の原発事故でメルトスルーした核燃料が地球の内部を溶かしながら進み裏側の中国にまで達するという設定。現実には起こらないとされる〉
 吉田氏「そうすると、1号、3号の注水も停止しないといけない。ここから退避しないといけない。放射能は、今の状況より現段階よりも広範囲、高濃度で、まき散らす部分もありますけれども、まず免震重要棟の近くにいる人間の命に関わると思っていました。(中略)みんなに恐怖感与えますから、電話で武藤(栄副社長)に言ったのかな。ここは私が一番思い出したくないところです、はっきり言って」
 −−それは、SR弁がなかなか開かないからか
 吉田氏「開いたんです。(中略)SR弁が開いたにもかかわらず圧が落ちない。もう一つは(炉圧が下がったのに)消防車の燃料がなくなって水を入れるというタイミングのときに入らない。そこでもまたがくっときて、これでもう私はダメだと思ったんですよ。ここが一番死に時というかですね」
燃料が全部外に
 −−14日の夜中の話か
 吉田氏「19時ぐらいからですかね。実際はですね」
 −−ようやく減圧した21時ごろにタイミング悪く消防車が燃料切れした
 吉田氏「そうです。(中略)水が入ったら逆に今度は水が加熱した燃料に触れますから、ふわっとフラッシュして、それで圧力がぐっと上がってしまったという現象だと思っているんですけど、また水が入らなくなる」
 −−(深刻だったのは)3号機よりも2号機
 吉田氏「3号機は水を入れていましたでしょう。1号機も水を入れていましたでしょう。(2号機は)水が入らないんですもの。水が入らなければただ溶けていくだけですから燃料が。燃料が溶けて1200度になりますと、何も冷やさないと圧力容器の壁抜きますから、それから格納容器の壁もそのどろどろで抜きますから、チャイナシンドロームになってしまうわけです。(中略)燃料が全部外に出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出てしまうわけですからわれわれのイメージは東日本壊滅ですよ」
 −−すぐに退避というふうになっていない
 吉田氏「水がやっと入ったんですよ。あとはずっと水を入れ続けるだけだということで、やっと助かったというタイミングがあるんです」 (肩書は当時)
 =この企画は阿比留瑠比、天野健作、荒井敬介、桑原雄尚、佐々木美恵が担当しました。
 

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8月24日
NHK
ニュース7
 
 
 
 
アナ
猛烈に反省している、赤裸々な証言です
いわゆる吉田調書
去年亡くなった東京電力福島第一原発の吉田昌郎元所長が、政府の事故調査検証委員会の聞き取りに答えた記録です
NHKが入手したその記録で、吉田元所長は現場への介入に対する批判、そして今後につながる教訓も残していました
 
 
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去年7月に亡くなった福島第一原発の吉田昌郎元所長です

 
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現場の最高責任者として事故の対応にあたりました
当時の状況について、吉田元所長が政府の事故調査検証委員会の聞き取りに答えた内容が残されていました
述べ28時間、400ページに及ぶ膨大な記録です
 
 
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3年前の3月11日、福島第一原発の1号機は危機的な状況にありました
夕方、現場の運転員が非常用の冷却装置が止まっている事に気づきます
しかし、吉田元所長がその重要な情報を把握したのは深夜になってからでした
この時、既にメルトダウンは始まっていました
 
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対応が後手に回り翌日1号機は水素爆発を起こしました
 
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猛烈に反省しているんですけれども、少なくとも現場側からのSOS発信がこちらに届いていなかった
 
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状況を把握できず、判断が遅れた事を率直に認めています
 
証言で注目されるのは、当時問題になった全員撤退という言葉についてです
 
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政府の事故調査委員会によりますと、3月14日の夜吉田元所長は多くの社員や作業員を退避させる事を東電本店に相談します
 
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当時の清水正孝社長は、政府にその方針を伝えましたが、この際必要な人員を原発に残す事を明言しなかった可能性が指摘されています
 
 
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政府は全員が撤退すると受け取りました
 
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翌日未明に東京電力本店を訪れた菅元総理大臣は
撤退などあり得ない
命懸けで事故対処にあたられたい、などと強い口調で述べたとされています
 
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一人歩きした全員撤退という情報
しかし、吉田元所長は必要な人員を残す事は政府側に伝えたと証言しています
 
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全員撤退して身を引くという事は言っていませんよ
私は残りますし、当然操作する人間は残すけれども
最悪の事を考えて色んな政策を練って下さいという事を申し上げた
 
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更に吉田元所長は、東京電力本店側の対応を厳しく批判していました
 
3月12日1号機の原子炉を冷却する為海水の注入に踏み切った後の事です
東京電力の幹部は、総理大臣の了解がまだ得られていないとして中断するよう指示
 
 
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しかし、吉田元所長は中断すれば原子炉の状況はもっと悪くなると判断し
本店側の指示に反して海水の注入を続けました
 
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注水を停止するなんて毛頭考えていませんでしたから
私の判断でやると
四の五の言わずに止めろとその時の電話だけは未だに覚えていますけれども
それでやっていられないなと、論理根拠も何もないですから
 
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吉田元所長の証言からは、今後に生かすべき教訓も浮かび上がります
 
これは原発と東京電力本店を結んだテレビ会議の映像です
 
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3つの原子炉が次々とメルトダウンする中、吉田元所長は機材の調達から
重要な判断に至るまであらゆる対応を求められました
 
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吉田元所長は様々な情報や判断が、所長一人に集中する組織の形には大きな問題があると指摘しました
 
吉田元所長と親交が深かった福島第一原発の所長経験者は
 
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政府は、来月のできるだけ早い時期に吉田元所長の証言記録を公表する方針です
 
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専門家は
 
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勝ち誇った?? (・_・?) はて ??
 
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●著書
「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか(青土社、2011年)
地方の論理 フクシマから考える日本の未来(佐藤栄佐久共著、青土社、2012年)
原発避難論──避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで(山下祐介共著、明石書店、2012年)
フクシマの正義――「日本の変わらなさ」との闘い(幻冬舎、2012年)
漂白される社会(ダイヤモンド社、2013年)
ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論(共著、朝日新書、2013年)
1984 フクシマに生まれて(大野更紗共著、講談社、2014年)
 
 
朝日新聞
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皆で情報を共有しよう!
【反日・捏造】朝日新聞を許さない奥様★2
http://hello.2ch.net/test/read.cgi/ms/1408415337/
 
前スレ
【虚報】朝日新聞を許さない奥【ねつ造】
http://hello.2ch.net/test/read.cgi/ms/1407301843/

転載元転載元: メイド・イン・ジャパン!

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【吉田調書】
「あのおっさんに発言する権利があるんですか」 吉田所長、菅元首相に強い憤り

福島第1原発事故直後の主な経過
 「私にとって吉田(昌郎)さんは『戦友』でした。現(安倍)政権はこの(吉田)調書を非公開としていますが、これは特定秘密にも該当しないし、全面的に公開されるべきです」
 菅直人元首相は月刊宝島8月号で、ジャーナリスト(元朝日新聞記者)の山田厚史氏のインタビューに対し、東電福島第1原発の元所長、吉田氏を自らの「戦友」だと述べている。
 だが、産経新聞が入手した吉田調書を読むと、吉田氏側は菅氏のことを「戦友」とは見ていない。むしろ、現場を混乱させたその言動に強い憤りを覚えていたことが分かる。
 例えば、政府事故調査・検証委員会の平成23年11月6日の聴取では、「菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな(ことを言っていたが)」と聞かれてこう答えている。
 「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」
 「あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」

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【吉田調書抄録(2)】
海水注入「テレビ会議、音声切った」「うるさい、黙っていろ、と」

2014.8.19 11:01 (1/4ページ)東日本大震災
福島原発海水注入
 東京電力福島第1原発事故で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」。2回目は、原発への海水注入に関する吉田氏の証言をまとめた。
 〈全交流電源を喪失した福島第1原発では、東日本大震災翌日の平成23年3月12日午後、炉心の状態が分からなくなってきた〉
 −−水位計がおかしかったと
 吉田氏「間違いなくおかしかった。そこを信用し過ぎていたという所については大反省です」
 −−水位計が信用できないと思い始めたのはいつか
 吉田氏「水位計そのものよりも放射線量が上がっているのがおかしいと。普通に冷却が効いていれば、水位はあって線量が上がることはないわけですね。想像からすると、燃料損傷に至る可能性はあるなと」
 〈燃料を冷やす淡水が尽き始める。通常は水につかっている燃料が露出すれば炉心溶融(メルトダウン)に至り、放射性物質が拡散する。現場では、苦肉の策として海水を投入する準備が始められた〉

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