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「心のノート」廃止した民主党政権の罪
親殺し、子殺しのニュースが度々流れ、凄惨な事件が続くなか、いじめで自殺する子供も増えてきて、いったい日本はどうなってしまったのかと残念でならない。
それというのも、子供に道徳教育が行われて来なかったからだ。
現在、親になっている人達の子供の頃、あるいはそのずっと前から道徳教育は片隅に追いやられていた。 安倍首相が第一次内閣で道徳教育の復活を提唱し、「心のノート」の配布を始めたが、民主党政権が事業仕分けで廃止してしまった。 いま、安倍首相はその復活も含めた道徳教育の教科化を急いでいる。 教科書として何を使うかが問題になっているようだが、教材はいくらでもある。 左翼が忌み嫌う「教育勅語」は素晴らしい教材である。 安倍首相は経済再生だけでなく、教育再生も大いに進めて行ってほしい。 産経ニュース(2013/02/15)
道徳の教科化提言へ、いじめ対策に規範意識 教育再生実行会議 政府は15日、教育改革の司令塔となる「教育再生実行会議」の第2回会合を官邸で開き、いじめ対策として、規範意識を醸成するため、小中学校の道徳の教科化を提言することで一致した。
会合後に記者会見した鎌田薫座長(早稲田大総長)は「教科にすべきだという意見が大勢を占めた。それを踏まえて取りまとめる」と述べた。 小中の道徳は原則週1時間の必修だが、正式な教科ではなく、第1次安倍政権の「教育再生会議」も教科化を提言した。しかし、中教審で具体策を詰めた際に(1)点数評価(2)専門の教員免許(3)検定教科書の使用−の3点で実現が難しいとの意見が相次ぎ、見送られた経緯がある。 ************************************************************ 安倍首相の教育再生にも期待する方はクリックを!
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国賊5野党一派(教育)
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【大津いじめ自殺】人権教育が盛んな滋賀では「犯人」さえ権利主張する。日教組と民主党が道徳教育を消そうとしている。【八木秀次氏】
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戦後教育は、GHQの支配下で,戦前という「歴史」を全否定することで成り立ってきました。
それは、サンフランシスコ講和条約を締結し独立国家となっても変わらず、現在も続いています。
今から15年以上も前のことですが、当時教師になり立ての私もそんな教育の片棒を担いでいました。
かつて自分が教わったように、日本軍によるアジア侵略を信じ、軍部の独走でアジア諸国に多大なる犠牲を強いたのだと、歴史的真実に迫ることなく教えました。
それが、学校で行われる「平和教育」の実態でしたし、先輩教師から教わったことでした。
そうやって、ひたすらに先の大戦は日本軍が悪かったと「日本(軍)悪玉史観」や「自虐史観」で近現代史を塗り固め、教育とは名ばかりの洗脳をしていたのです。
その教育のどこにも、日本人が西洋列強と渡り合うために掲げた「大東亜共栄圏」や「八紘一宇」といった理想を語る場面はありませんでした。
今思えば、そこに我が国の近現代史への学問的な真摯さなどはなく、あったのは反日思想という「偏向イデオロギー」に染まった「赤い学問」だったのです。
時代が変わっても戦後教育の本質はいまだ変わっていません。
だからこそ、今、「現代史への学問的な真摯さ」を思うと、次の言葉を子どもたちに聞かせたいと思うのです。
「第2次世界大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。その国々とは、日本が掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の目前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神ではないことを明らかに示した点にある。」(英紙【オブザーバー】1965年)アーノルド・J・トインビー(歴史学者)
そして、アジアの多くの国々は、日本の現代史に尊敬と畏敬の念を持っていることを、しっかりと教えなければなりません。
それが、真の日本人を育てるためには絶対的に必要なことなのです。
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2月11日の建国記念の日。
この国民の祝日に、育鵬社(扶桑社の教科書事業を継承する)から一冊の本が発売されました。
「13歳からの道徳教科書」(道徳教育をすすめる有識者の会・編)がそれです。
形骸化する道徳教育 戦後教育の中で、もっとも重要であるにも関わらず、日教組に徹底して反対され、骨抜きにされて形骸化してきたのが道徳教育です。
学習指導要領では、年間35時間(週1時間)分の道徳の授業をすることになっていますが、実際の教育現場では完全実施せずに、その一部や全てを席替えや班活動、話し合いなどの学級活動や、人権教育などに費やしているところが多くあります。
長年、道徳教育反対闘争を繰り広げてきた日教組や、全教(全日本教職員組合)など左翼組合が強い地域ではなおさらです。
授業時数さえ順守されないのにはいくつかの理由がありますが、一番大きな理由は、道徳が教科でないことにあります。
教科ではないということは、生徒の評価もせず、他の教科(国語や数学)のように専門的に指導する教師がいないということです。
もちろん、国の検定を受けた教科書さえないのです。
ですから、意図的にやらない勢力がいるだけでなく、他にやらなければならないことがあればやらなくてもよい…といった誤った認識に現場が陥りやすいのです。
日本人の矜持を育てる「道徳教育」 そんな中で、今回発売された「13歳からの道徳教科書」は、あえて「教科書」という語句を使っています。
そこには、道徳教育の重要さを認識しない学校現場や組合への強い警鐘が含まれています。
出版元の育鵬社のHPには、この「13歳からの道徳教科書」を学校現場ですぐに活用できるように指導案が掲載http://www.ikuhosha.co.jp/public/065522_shidou.htmlされています。
この指導案は、中学校現場の教師や大学関係者などが立案しており、私も数編分の指導案を作成して掲載させていただいています。 その指導案を作成するときに、わたしが最も重要視したのは、授業を通して「徳目」を学ばせるだけでなく、日本人としての「矜持」を育てることです。
自虐史観が横行する教育現場の中で、日本の子どもたちは「元気」を失っています。 そして、身近に生き方の手本を示してくれる大人がおらず、どう生きていいのか、将来の展望や夢が持てずに悩み、苦しんでいます。
その中学生たちに、我が国の先人たちの素晴らしい生き方から「徳目」を学ばせながら、日本人としての誇りを育み、いかなる困難にも立ち向かう覚悟を持った強い日本人に育てたいと願い、指導案を立案しました。
今後、書店にも並ぶかと思いますので、ぜひご一読ください。
教科書の内容については、今後紹介します。
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学校では、年度末に来年度の「教育計画」を作成します。来年度はちょうど「新学習指導要領」が中学校で完全実施される年ですので、本校でも作業を急いでいるところです。
そんな中、わたしが本校の道徳教育をゼロベースで見直し、来年度の道徳教育の計画を作成しています。
その作業の中で、本校の道徳教育の目標を次の4点としました。
①人間尊重の精神と生命や自然に対する畏敬の念を育てる
②自己の将来をしっかりと考えて社会形成に意欲的に参加するとともに、公共の精神を尊び、法やきまりを遵守する姿勢を育てる
③他国を尊重し、国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し、未来を拓く主体性のある日本人を育成する
④伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛する態度を育てる
これらの目標は、学習指導要領に則って作成します。
みていただければ分かるように、学習指導要領にきちんと則って目標を立てれば、道徳教育とは、
「公共の精神を尊ぶ心」 「我が国や郷土を愛する心」 「主体性ある日本人」 「伝統と文化の尊重」 など、まさに『誇り高き日本人』を育てる教育そのものです。 そして、この目標を、より具体的にして「学年の重点目標」を作成します。
例えば、
私の創った中学校3年生の重点目標の一つは、 「地域社会の一員であること,日本人であることの自覚をもって郷土や国を愛し,郷土と国家の発展に努めるとともに,世界の平和と人類の幸福に貢献する態度を育てる」です。
来年度から実施される新学習指導要領は、平成18年に「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍内閣によって改正された教育基本法の精神を具現化したものです。
日教組は、戦後長年にわたって道徳教育を徹底して排除し、教育基本法の改正のときも、「改正」を「改悪」と呼び換えて、強硬に反対しました。
その理由は、私の作成した目標を見て頂ければ一目瞭然でしょう。 そこには、彼らが推進する「反日教育」の一かけらもありません。
このような道徳教育が本当に進められれば、彼らの進めてきた「反日教育」は、学校現場から駆逐されるのです。 我が国の公教育を立て直し、教育基本法の精神を全うするには、教育の実践者である教師が着実な実践を重ねて、「教育の根幹」を正していく他はありません。
しかし、日教組らは、法の精神をあえて歪曲し、実践を捻じ曲げることで抵抗を続けます。 簡単に言えば、学校に目標ができたとしても、道徳の授業をしなければよいのです。
そうすれば、新教育基本法の精神はまったく絵空事になって、骨抜きになってしまいます。
それが、日教組ら反日勢力の手口です。
それを阻止して、授業の実践をつみあげることができるのも、実践者である教員一人ひとりです。
どうか、日本全国の学校で、道徳教育がその目的を果たせるように、地道な取り組みがなされんことを願います。
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