韓国併合の真実
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詳細
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概説
普段感情を抑えることのない朝鮮人が極度に怒りを抑える事によって強いストレス性の障害を起こす疾患とされている。症状としては、胸が重苦しくなり、不眠症や拒食症・性機能障害などを併発する事が多い。大韓民国(韓国)では鬱火病(ウラビョン)ともいう。鬱火病の鬱は鬱病とは関係なく、鬱血や鬱憤の鬱と同じ、「その場に溜まってゆく」といった意味である。若者の火病の初期症状として、強い怒りと共に八つ当たりの行動を伴う。
また、一部で英語表記がHwapyungと紹介されている場合があるが、Hwabyungが正しい表記である。ただし、現在韓国で行われているローマ字表記(文化観光部2000年式)では「화병」は「Hwabyeong」である。これはハングルでの綴りが화병(Hwabyeong)であるが、実際の韓国語の発音が화뼝(hwappyeong)であり韓国語表記自体が実際の発音と表記にズレがある事とローマ字表記法の統一が普及していない事によるものである。
韓医学の中の火病韓国の民俗的症候群で(憤怒症候群)英語ではanger syndromeに当たる。
火病とは、抑鬱した感情を発散せず、抑制した中で起こる神経性的な火(鬱火)によって現れる全ての症状を指す。この感情には、怒(怒り)、喜(喜び)、思(思慮)、憂(憂い)、悲(悲しみ)、恐(恐れ)、驚(驚き)の7つの感情(七情)があり、必ずしも「怒る」ことだけによって発病するものではないとされている。
メディアでの使用例 日本語のインターネット掲示板、主に2ちゃんねる上では、一種の癇癪(かんしゃく)やヒステリーの意味で「火病」が使われており、元々は朝鮮民族に対して用いられる言葉であるが、それ以外の対象に対して使われる事も多い。議論で反論に窮した場合などに冷静さを失って感情的になるという意味や韓国人や朝鮮人を揶揄する目的で使われる事が多い。ファビョンや、動詞化してファビる、ファビョるとも言われる。
★鬱火病
ここで「鬱火病」というものについて補足すると、朝鮮人特有の文化病で、民族単位で学術的に認められた特殊な精神欠陥に起因する心身症のことなのだが、実のところ単なる反応性仮面鬱病と社会不適応の合併である。 「朝鮮民族に限定された病」というと、もしかすると信じられないという方もいるかもしれないが世界にはそれに類するものも多数実在する。 それらは専門用語で言うところの「文化結合症候群(CBS = Culture-Bound Syndrome)」の一種である。 簡単に説明すると、韓国人が本当の韓国の姿を知った時などに、韓国政府が過剰に賛美してきた「理想の韓国」と「あまりに酷い現実」のギャップに耐えきれずに精神が破綻したり、嘔吐や拒食などを併発する一連のショック症状である。
大嘘の韓国の歴史を乳幼児の頃から教育されているので、成人して多くのことを知った時に心の支えにしていた自尊心が瓦解し、現実世界を相手に葛藤することになる。そして現実を認めることができない場合、自我が崩壊するのである。 韓国の研究チームによれば人格障害の割合は先進国で11〜18%なのに対し、韓国では国民の71.2%が1種類以上の人格障害を持っているとのこと。 この民族病が象徴しているのは、彼らの民族は常に異常なほどの劣等感を偽物の優越感で覆い隠して生きているということである。 これを知ることは彼らの突飛な行動を理解するヒントになると言っていいだろう。
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朝鮮の属国ぶりについて
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韓国併合への道 呉善花文春新書
ある国の歴史というのは外国人にはかけないのだと思う。また母国にとどまり続けた人にはなかなか書けないのではないか。なぜなら、その国の心情は国民でなければ理解できぬところがあるし、また一度外国に行って客観的な立場で物を見なければ公平に自分自身を評価する事ができない。さら付け加えれば自分の主義主張が前面に出た歴史書を読む気がしない。まず客観的な事実を正確に捉えた上で議論してほしい。 著者はそういう意味でこの書を書くのに最適の人に思えた。 韓国の当時の歴史を、この作品により年代記風にまとめなおすと
① 19世紀中葉、日本が黒船来航に大騒ぎしていた頃、韓国にもロシアの接近、米商船シャーマン号侵入、江華島にフランス艦隊侵入などの事件が相次いだが、僥倖も手伝って李朝はこれをしりぞけてしまった。 ② 明治維新を達成した日本は近代化を急激に推し進め、江華島事件を契機に日朝修好条約が結ばれたが、この時点で、日本は朝鮮を中国の属国としてではなく、独立国と認めた。このころ国内では大院君を倒した閔氏政権が成立。1882年に一時大院君が復活するが清国の援助で閔氏政権が復活。1883-84年に西欧諸国と修好条約を結ぶ。日本の援助を受けた金玉均等開化派による甲申事変の時点(1884)で起こった。しかし李朝は清国を頼みとしてこれを覆した。その後、清国がロシア、イギリス等との対峙において力を発揮、宗主権を誇示する。 ③ 1895年、日清戦争の勝利によってようやく中国からの独立を獲得。しかも日本は三国干渉に屈し,閔妃殺害でおいこまれたから独立へのチャンスが再び訪れた。しかし李朝政権は開化派の残党の動きを押しつぶし、しばらく親露派官僚とロシアが支配する。1897年に国王がロシア公使館を出て「大韓帝国」と命名する。
④ 1904年日露戦争勃発に合わせ、韓国は中立宣言をするが、日本に屈し、事実上の保護国と成る。第一次日韓協約で、日本からの財政顧問がおかれる1905年日本が日露戦争に勝ちポーツマス条約に基づき第二次日韓協約。日本の政府代表者として伊藤博文が統監に就任。さらに1907年にハーグ密使事件が発覚し、高宗が退位、各地で反日運動が起こるが鎮圧され、第三次日韓協約が結ばれる。重要な案件について日本がほとんど関与するようになる。1909年ハルピンで伊藤博文暗殺。
⑤ 1910年日本は、1392年の建国以来500年間続いた王朝国家「朝鮮」の後身「大韓帝国」を併合した。1931年朝鮮三・一独立運動。 著者は、李朝の問題点を次のようにまとめている。
①世界に類を見ない、硬直した文治官僚国家体制 ②中華主義に基ずく華夷秩序の世界観 ③大国に頼ろうとする事大主義 ④儒教国家を保守する衛正斥邪の思想。 こうし李朝正統の流れに対して、唯一改革への可能性を示し続けたのが実学の流れだった。しかしそれは金玉均らの急進開花派と金弘集らの穏健開花派に別れ、両派壊滅以後は東学の流れと愛国啓蒙運動の流れに命脈を保った。三つの流れはついに大同団結することはなかった、としている。 かって著者の「スカートの嵐」を読み感銘を受けた事がある。その中で著者は「韓国にはまともな日本史・日本文化の研究者はごくわずかだが、広く浅い教育のゆえに一般は日本の歴史を良く知っているように錯覚している。日本は多くの韓国歴史・韓国文化の研究者がいるが、一般は韓国の歴史をほとんど教育されていない。この結果、韓国人は「当然知っていなくてはならないことを知らぬ日本人は、やはり過去の反省などしていない、と感じてしまう。」と指摘している。冷静に両国の歴史関係を眺めたこの著は、日本人としても読んでおいて決して損のない一冊といえよう。
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みんながどういう記事を書いているか見てみよう!
![]() 2011/8/6(土) 午前 10:52
... 日清戦争、東学党の反乱、閔妃暗殺等の歴史的事件が 続発する。国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情や、開国間もない朝鮮に色濃く残る ... 排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。 水ならぬ混合物を手桶にくんだり ... ![]() 2011/7/23(土) 午前 5:44
... 韓国の事情 『惨めな属国だった歴史を隠したい』 世界で知られるように、朝鮮はずっと中国の『属国 ... そして、李朝時代の臣民は琉球以下の扱いを受けたと嘆いている。 ... 塵の間を 悪臭を漂わせながら ゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を手桶にくん ... ![]() 2010/5/5(水) 午後 8:47
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... 幕末・明治維新を経て近代国家に成った日本は欧米に対抗する為に李朝に開国を求め。明治元年(1868年)日本は朝鮮に施設を送り国交・通商を求めました。 ... 交渉を続けたのですが。 朝鮮は断固拒否を続け7年の歳月が流れましたとさ ... ![]() 2007/5/21(月) 午後 10:04
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日韓併合の真実
日韓併合後のソウル
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