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保守とは何か?
どうすれば自由が守れるのか?
そもそも「保守」と「自由」は対立するのではないか?
その疑問に答えるシリーズ その5

今日の新しい原理は、「時効の原理」というものだ。

「時効」といえば、
  「殺人の時効は10年」
というように使うものであり、
10年間犯人が捕まらなかったら、
例え見つかったとしても、
刑罰が下されることはない、
というものだ。

しかし、バークのいう「時効の原理」というのは、
これと少々違う。
時効の概念を犯人側からではなく、
政府側から見るのである。

つまり、政府には、殺人犯を罰する権限があるのだが、
それは最大でも10年間しか通用しておらず、
もし10年を超えてしまえば、
政府が権限を行使することはできなくなってしまう。
このように見るわけである。

この考え方を、政府の立法・行政行為に適用したのが
「時効の原理」である。
その本質は、ずばり、

  何百年もつづいているような制度・慣習というのは、
  (高々何十年の物事にしか権限の及ばない)
  政府の権限を超えたものであるから
  すでに「時効」であって、
  改変だとか、廃止だとかの権限を行使してはならない

というものである。





より、

真正の「保守哲学思想」のエッセンスを
シリーズでお伝えしたい。



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以下「真正保守政党を設立する」より転載。表現・改行は原意を損ねない範囲で改める。


(5) 時効の原理の保守

「時効(prescription)」とは、殺人犯の逮捕・起訴が「十五年をもって時効」と定められているように、刑法や民法の法規のものである。

しかし、それを元に
D・ヒュームなどの「時効」の思想を一段と明確にしたのが「時効の原理」である。時効の国体(憲法)(=prescriptive constitution)」という語句が示すように、「時効」を憲法原理としたのは、あくまでもバークの独創であり、バーク哲学の一つとみなしてよい。

バーク哲学における「時効」とは、長期の年月がたったものごとには、政府の権限・命令が及ばなくなる(=及ぼして変更してはならない)との意味あいである。

フランス革命では、「時効の原理」が無視され、私有財産没収の論理が暴走した。この論理は、マルクス/エンゲルスの『共産党宣言・共産主義の諸原理』に反映され、
百二十年後レーニンによって、再び実践された。ソ連では零細農民の農地まで没収する暗黒の実践となり、レーニンだけでもウクライナ等で500万人以上、レーニン/スターリンによって数千万人の農民が餓死し凍死し刑死した。

また、中国共産党の毛沢東による1958年〜1961年の「大躍進政策」で「人民公社」運動によって、
少なくとも4,000万人が農地を追われた餓死した(ベッカー著『餓鬼』)。

○「時効の憲法」と「時効の国体」

さて、バークの言う「時効の原理」が直接意味するものについて述べよう。時効の原理とは

立法部は、「時効」となっている政治制度を改変・変革する権限を有さない。少なくとも立法部は「時効の憲法(国体)」の支配を受け、その拘束下においてのみ法律を制定できる。

とするものである。
これは、日本を除く先進国、社会主義国家以外においては常識である。特に、
“立憲主義国家”では常識中の常識である。バークのこの「時効」論は、フランス革命の愚行が反面教師となって、その正しさが十分に証明された。

フランス革命の愚行とは、
伝統と長い時間を経た(時効の)国家の制度を人間の知力によって自由自在に改変できると考え、実際に実践し、阿鼻叫喚の地獄となった事を指す。

この愚行を教訓とすれば、伝統と長い時間を経た(時効の)国家の制度に関して、我々は慎重の上にも慎重であるべきで、国家の統治機構に対する批判とくに改変は軽々にやってはいけないということである。

われわれ日本国が「時効の憲法原理」の枠外にあることはない。「時効の憲法原理」を遵守することが我が国が“立憲主義国家”に「復帰」する道である。とりわけ日本国の国会議員は、下に述べるバークの警告をよくわきまえて、「時効の国体」に関して、それを古へ復元することはしてもよいが改変・変革は決してしてはならない。

いいかえれば、日本の天皇の制度は、「世襲の原理」と「時効の原理」によって変革の禁止された英国の君主制と同様に、いや、遥かに英国以上に「時効」となっており、変革は許されない、ということである。

そうであるが故に、いかに修理するか、いかに保守するかを論じてもよいが、改革はむろんその改廃の議論は禁止されていると考えねばならない。日本の天皇制は、世界の奇跡と言われる「時効の国体」なのである。

バーク曰く、
もし自国の国体(憲法)を理解できない場合には
まずもってそれを崇敬・賛美すべきである。

このすばらしき国体という相続財産を遺してくれた我々の祖先は、
このような国体崇敬者であった。

・・・われらの祖先は他者の理性は敬しつつも
過去を振り返り未来を見すえて
・・・国体(憲法)を、
より完成されたものに徐々に改良してきた。

しかし決して、
国体の基本原理から逸脱することはなかった。

王国の法と憲法と慣習に深く根を下ろさぬ国体の修正は
決してしなかった。

このような祖先にわれらは見習い従っていこうではないか
(“Appeal from the New to the old Whigs”,pp265-266、訳 中川八洋 筑波大学名誉教授)



保守自由主義とは何か(6)へ続く。




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保守とは何か?
どうすれば自由が守れるのか?
そもそも「保守」と「自由」は対立するのではないか?
その疑問に答えるシリーズ その4

その4では、「世襲の原理」という耳慣れない原理が登場する。

世の中では、政治家の世襲批判だとかが渦巻いているが、
これはトンデモない錯覚であって、
世襲こそが正しい、世襲こそが自然な形態だという見極めである。

大体考えても見てほしい。

我々は今ここに、のうのうと生きているが、
この生命は誰にもらったのだと?

人は自分で生まれて、自分で大きくなったと錯覚するものだが、
この世の中の誰一人として、
親から生まれなかった、
親に産んでもらわなかった人はいないのだ。

つまり、生命というのは、
  「親から相続」
してもらったということに他ならないし、
我々の親の、そのまた親の、そのまた親の・・・
とさかのぼった誰か一人も子をなす前に死んでいたら、
あなたも、わたしもいないのだ。
つまり、あなたの命も、わたしの命も、
  「ご先祖から相続」
しているものであるし、
だからこそ、
  「子孫に、そのまま、相続する義務」
を負っているのである。

この厳然たる「事実」、
この当たり前の「感覚」を、
理屈化したものが「世襲の原理」である。



より、

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(4) 「世襲(相続)の原理」の保守 

世襲(相続)の原理」は、英国憲法の基本原理であり、バークが明快に理論化したものである。

「世襲(相続)の原理」とは、
「英国憲法(国体)」「英国臣民の権利および自由」は、英国の過去の祖先から世襲(相続)されてきた「相続財産」であるが故に、
現在の国王陛下にも「英国臣民の権利および自由」を擁護して頂くように要求するかわりに、
英国臣民も、過去からの世襲(相続)である「国王陛下に忠誠をつくす義務」、
および「血統と世襲(相続)に基づく王位とその王位継承を守護する義務」を有する、
とするものである。

つまり、

『<国民の自由=私有財産=世襲(相続)の権利>と<国民が血統と世襲による王位(皇位)とその継承を守護する義務>は表裏一体である』

という法理が、「保守主義の政治哲学」の支柱であり、「核心部」である。

この法理を日本国に当てはめるならば、
「皇室典範(=憲法に唯一明記された、憲法と同格の法律)に定められた、万世一系の皇統と世襲(相続)に基づく皇位と皇位の継承を守護する日本国民の義務」を果たすことにおいて、日本国民の「権利および自由」は、憲法に定める天皇の存在よって「世襲(相続)の権利および自由」として永久不変に附与される
ということとなる。

この保守主義の法理を日本国に再生させれば、私有財産否定の社会主義や共産主義が日本国に棲息する余地は皆無となる。

このように、「世襲(相続)の原理」による「国民(臣民)の権利」とは、「自由を含めて私有財産や名誉その他が複合したもの」であり、文明社会のもたらす、高級な権利である。

一方、1789年8月のフランス「人権宣言」で初めて発明された概念である人間の権利(=人権)」は、人間として生まれたという理由だけで与えられる非文明的な未開・野蛮社会での単なる生存という原初的な低級な権利のことである。


以上の保守主義の理論によれば、

日本国憲法
 
第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」は、必然的に次のように書きかえられねばならない。

日本国憲法

修正第一条「日本国の元首は、天皇であり、この地位と地位の継承は皇室典範に定められた皇統と世襲に基づく

2 「すべて日本国民は、前項に定められた皇位および皇位継承を守護する義務を有する
 
つまり、天皇の皇位および皇位継承は日本国民の総意(=権利)に基づくものではなく、それらを守護する日本国民の義務なのである。


なお、日本国憲法 第三章の表題は「第三章 国民の権利および義務」であるから、第三章の第十条から第四十条まではすべて「日本国民の権利」であって「人間の権利(=人権)」ではない。

国籍法に定める日本国籍を有する日本国民であることが前提に附与される権利および義務である。

つまり、保守主義は、日本国の祖先からの「世襲(相続)の原理」に基づく「(世襲の)国民の権利および義務」は尊重するが、祖国のない、コスモポリタニズムの根無し草的な「人間の権利(=人権)」や英米人が聞けば意味不明の「基本的人権」などは妄語として棄却する

また、日本国民の「自由の権利」が「祖先からの相続財産(遺産・形見)」として考えれば、日本国民が「自由の権利」を行使するとき、あたかも「ご先祖様があの世から、草葉の陰から、見ておられる」という意識が作用して、「単なる自由」が、「高貴な自由」、「堂々として荘重な自由」「美徳ある自由」「倫理ある自由」になるとういう「自由の高級化原理」も保守哲学の重要な法理である。

この保守主義の「世襲(相続)の原理」は、ルソーなどの過去否定/過去破壊の「未来主義」を完膚なきまでに論駁できるし、バーク没後のマルクス/エンゲルスらの「進歩主義」という悪性ウィルスの最も確実な抗生物質であり続けている。

日本の左翼学界は、戦後、出版界と連携して、バーク保守主義を排除するため、その著作の邦訳出版を恣意的に検閲してきた。

だから、バークの著作で、世界が認める古典中の最高級の古典である『フランス革命の省察』などは、はるか昔から、英米を中心とする欧米の「エリートの必携本」の一つであるのに、日本で邦訳出版されたのは何と、2000年7月であった。

この事実が、左翼陣営がバーク哲学に恐怖していること、つまりバーク哲学の「すさまじき威力・左翼理論への殺菌力」を逆説的に物語っているのである。







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その疑問に答えるシリーズ その4

その4では、「世襲の原理」という耳慣れない原理が登場する。

世の中では、政治家の世襲批判だとかが渦巻いているが、
これはトンデモない錯覚であって、
世襲こそが正しい、世襲こそが自然な形態だという見極めである。

大体考えても見てほしい。

我々は今ここに、のうのうと生きているが、
この生命は誰にもらったのだと?

人は自分で生まれて、自分で大きくなったと錯覚するものだが、
この世の中の誰一人として、
親から生まれなかった、
親に産んでもらわなかった人はいないのだ。

つまり、生命というのは、
  「親から相続」
してもらったということに他ならないし、
我々の親の、そのまた親の、そのまた親の・・・
とさかのぼった誰か一人も子をなす前に死んでいたら、
あなたも、わたしもいないのだ。
つまり、あなたの命も、わたしの命も、
  「ご先祖から相続」
しているものであるし、
だからこそ、
  「子孫に、そのまま、相続する義務」
を負っているのである。

この厳然たる「事実」、
この当たり前の「感覚」を、
理屈化したものが「世襲の原理」である。



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(4) 「世襲(相続)の原理」の保守 

世襲(相続)の原理」は、英国憲法の基本原理であり、バークが明快に理論化したものである。

「世襲(相続)の原理」とは、
「英国憲法(国体)」「英国臣民の権利および自由」は、英国の過去の祖先から世襲(相続)されてきた「相続財産」であるが故に、
現在の国王陛下にも「英国臣民の権利および自由」を擁護して頂くように要求するかわりに、
英国臣民も、過去からの世襲(相続)である「国王陛下に忠誠をつくす義務」、
および「血統と世襲(相続)に基づく王位とその王位継承を守護する義務」を有する、
とするものである。

つまり、

『<国民の自由=私有財産=世襲(相続)の権利>と<国民が血統と世襲による王位(皇位)とその継承を守護する義務>は表裏一体である』

という法理が、「保守主義の政治哲学」の支柱であり、「核心部」である。

この法理を日本国に当てはめるならば、
「皇室典範(=憲法に唯一明記された、憲法と同格の法律)に定められた、万世一系の皇統と世襲(相続)に基づく皇位と皇位の継承を守護する日本国民の義務」を果たすことにおいて、日本国民の「権利および自由」は、憲法に定める天皇の存在よって「世襲(相続)の権利および自由」として永久不変に附与される
ということとなる。

この保守主義の法理を日本国に再生させれば、私有財産否定の社会主義や共産主義が日本国に棲息する余地は皆無となる。

このように、「世襲(相続)の原理」による「国民(臣民)の権利」とは、「自由を含めて私有財産や名誉その他が複合したもの」であり、文明社会のもたらす、高級な権利である。

一方、1789年8月のフランス「人権宣言」で初めて発明された概念である人間の権利(=人権)」は、人間として生まれたという理由だけで与えられる非文明的な未開・野蛮社会での単なる生存という原初的な低級な権利のことである。


以上の保守主義の理論によれば、

日本国憲法
 
第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」は、必然的に次のように書きかえられねばならない。

日本国憲法

修正第一条「日本国の元首は、天皇であり、この地位と地位の継承は皇室典範に定められた皇統と世襲に基づく

2 「すべて日本国民は、前項に定められた皇位および皇位継承を守護する義務を有する
 
つまり、天皇の皇位および皇位継承は日本国民の総意(=権利)に基づくものではなく、それらを守護する日本国民の義務なのである。


なお、日本国憲法 第三章の表題は「第三章 国民の権利および義務」であるから、第三章の第十条から第四十条まではすべて「日本国民の権利」であって「人間の権利(=人権)」ではない。

国籍法に定める日本国籍を有する日本国民であることが前提に附与される権利および義務である。

つまり、保守主義は、日本国の祖先からの「世襲(相続)の原理」に基づく「(世襲の)国民の権利および義務」は尊重するが、祖国のない、コスモポリタニズムの根無し草的な「人間の権利(=人権)」や英米人が聞けば意味不明の「基本的人権」などは妄語として棄却する

また、日本国民の「自由の権利」が「祖先からの相続財産(遺産・形見)」として考えれば、日本国民が「自由の権利」を行使するとき、あたかも「ご先祖様があの世から、草葉の陰から、見ておられる」という意識が作用して、「単なる自由」が、「高貴な自由」、「堂々として荘重な自由」「美徳ある自由」「倫理ある自由」になるとういう「自由の高級化原理」も保守哲学の重要な法理である。

この保守主義の「世襲(相続)の原理」は、ルソーなどの過去否定/過去破壊の「未来主義」を完膚なきまでに論駁できるし、バーク没後のマルクス/エンゲルスらの「進歩主義」という悪性ウィルスの最も確実な抗生物質であり続けている。

日本の左翼学界は、戦後、出版界と連携して、バーク保守主義を排除するため、その著作の邦訳出版を恣意的に検閲してきた。

だから、バークの著作で、世界が認める古典中の最高級の古典である『フランス革命の省察』などは、はるか昔から、英米を中心とする欧米の「エリートの必携本」の一つであるのに、日本で邦訳出版されたのは何と、2000年7月であった。

この事実が、左翼陣営がバーク哲学に恐怖していること、つまりバーク哲学の「すさまじき威力・左翼理論への殺菌力」を逆説的に物語っているのである。







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保守とは何か?
どうすれば自由が守れるのか?
そもそも「保守」と「自由」は対立するのではないか?
その疑問に答えるシリーズ その3

今回のテーマは「偏見」についてである。

現代日本では、とにかく「偏見」=「悪」ということになっている。
「男らしさ」「女らしさ」も「偏見」であるが故に「悪」であるし、
もっと簡単なことで、
日頃態度の悪い子供が、何かの悪事の犯人でないかと思われるのも、
「偏見」だということで「糾弾」される始末である。

そんな現代日本で、

  実は、「古い偏見」は、ご先祖からの贈り物だよ
  「古い偏見」は、みんなを守ってくれるんだよ
  「古い偏見」には、叡智が宿ってんだよ
  もし「古い偏見」を捨て去ってしまえば、自らを見失って塗炭の苦しみに会うよ

なんてことをささやこうものなら、
どんな「偏見」で見られることか。

さて、しかし、バークのいう「偏見」というのは、
「偏見」一般全てを指すわけではない。
もちろん、「偏見」一般を擁護するわけだが、
そのなかでも「憲法原理」であるのは、
何百年という歴史を経て形成され、また、
それを耐えぬいて継承されている「古い偏見」のことである。

例えば、私が卒業した清風高校では、
こんな「古い偏見」を大切にしていた。

第一、正しい判断力を育成し、鋭い断行力を養うこと。
第二、先祖伝来の宗教を中心に敬神崇祖の念を養い、信仰心を確立し、信念と不屈の精神力を身につけること。
第三、常に節制を守り、体力の錬磨向上を計り、徹底した精進努力をすること。
第四、礼節を重んじ、父母を大切にし、先祖に感謝し、年長者や先生を尊敬すること。
第五、素行を正しくして、常に正確な予算生活の実行者となること。
第六、常に自利利他・福の神のコースを脱線せぬよう心がけ、急がず、息まずの心構えで勤勉努力を続けること。

これらのものには、
何か「根本理論」というようなものがあるわけではない。
「なぜ父母を大切にしなければならないのか」
を理論的に説明することはできようが、
所詮後付の論理であろう。

このような、「理論では明証的に説明できない”感情”」のことを、
広く「偏見」と呼んでおり、
その中でも、何百年何千年と伝わって形成され尊ばれているものを
「古き偏見」と呼んでいる。

では、何が「憲法」レベルに大切な「古い偏見」なのか?
以下の記事を読んでいただければと思う。




より、

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(3) “古い偏見”に宿る叡智を保守する。(※バークの「偏見」とは、理性では明証的に説明できない「感情」の意味)

「古い偏見」とは:

(イ) 日本のカミガミや仏の意志つまり、“カミガミのミチ”、“大自然の摂理”、
   “仏の御心”、“仏の法”に対する「畏怖の念」を忘れないこと。

(ロ) 天皇(皇室)への「畏敬・尊崇の念」を忘れないこと。

(ハ) 祖国である「日本国への愛着の念(=愛国心)」を忘れないこと。

(ニ) 祖先への「尊敬の念」、子孫への「愛着の念」を忘れないこと。
   「過去の祖先」と「未来の子孫」を繋ぎ結びつける「現世代の義務の念」
   をもつこと。

(ホ) 裁判所の出した最終判決に対しては裁判官の良心を信じ、
   「服従の念」を持つこと。

(ヘ) 聖職者(僧侶・神官、神父 等)に対する「崇敬の念」を持つこと。


このような、「古い偏見」は、デカルト的「設計主義的合理主義(=ハイエクによる)」が唱えるように「数学のように論理的明証」はできないが、日本国の祖先から我々に世襲(相続)され、教わってきた“自然な感情”である。

保守主義はこのような「古い偏見」やそれに根を下ろした、伝統・慣習・制度を改変・変革したりせず、保守する(=歴史の変化に伴った改善・補強・補修・修繕は行う)主義であり、決して、「過去歴史のある一点に留まって、前進しない」のではない。



以上の(イ)から(ヘ)の“古い偏見”の保守は、以下の①から④の機能を果たす。

① 「古い偏見」にこそ、「潜在する深遠な智恵」が宿り、我々に“智力の豊饒”を与えてくれる。

② 特に(イ)〜(ニ)の感情を捨て去れば、精神は腐敗し、主要な道徳を失い、「道徳を伴う自由(=真正自由)」を喪失する。

③ (イ)の偏見により、日本国民は、日本国という文明社会が“カミガミのミチ”・“仏の御心”と各世代の日本国民との間で、永遠に繰り返されてきた、カミガミ/仏と国民との間の「真正の社会契約」によって自然的に成長・発展してきた文明社会であることが理解できる。

そのように考えれば、日本国を、無神論(理神論)のルソー主義の「社会契約国家」や無神論/無宗教/無道徳のマルクス主義の「共産主義国家」に、改変・変革しようとしても、国家として成立するわけがなく、結果を見るまでもなく失敗することは自明である。

④ 「古い偏見」は、日本国という壮大な建造物を、畏敬すべき神殿として聖別する。そこに日本国民の国民性が発見され、愛国心(祖国愛)と国防意識が高まる。







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保守とは何か?
どうすれば自由が守れるのか?
そもそも「保守」と「自由」は対立するのではないか?
その疑問に答えるシリーズ その2

その2では、「法治主義」ではなく「法の支配」という英米法の概念が登場する。
「法治主義」というのは、紙に欠かれた法令をもとに行政することを意味する。
一方で、「法の支配」というのは、
もっとも簡単に言えば、
「当たり前を守るということであるし、
「まごころに基づく」ということである。

人は突飛な事を思いつき、
それは突飛であるが故に人気を博したりする。
そんな中で、「当たり前を守る、まごころを守ろう」と、
イギリスを中心に発達し、
アメリカやアングロサクソン系の国家で尊ばれた「理屈」が、
「法の支配」であると考えればよい。

ヨーロッパでは、理屈の力が強かった為、
理屈の用語・手法を使いつつ、
「理屈ではない、当たり前・まごころ」を擁護する手法が発達したのだ。

我が国は、明治維新によって近代化に乗り出し、
固有の「日本らしさ」を守るには、
この「らしさ」を擁護する方法もまた、
学んでおく必要があるのである。


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●保守主義(conservatism)=真正自由主義の「政治哲学・政治思想」の個別概念の解説


(2) “法の支配”、“立憲主義”を遵守する。

(イ) “法”、“日本国法”とは何かについて。

① 日本国のもっとも一般的で旧い“日本国法”である“コモン・ロー”。

古来の世襲(相続)の原理による万世一系の天皇(皇室)は“日本国法の中の日本国法”である。

なぜなら、日本国の過去二千六百年以上にわたる祖先および統治者が、
途切れることなく守護してきた「ルール(rule)」だからである。

日本国の起源を示す『古事記』、
『日本書紀』の日本神話から生じた「神道」、
古代中国・朝鮮から伝来した道徳規範である「儒学」、
仏の法を説く「仏教」の
神仏儒習合の法理は、
日本国民の「精神の形」としての“日本国法”・“コモン・ロー”である。

 上記のコモン・ローの法理を祖先が成文化した「制定法」の一群のうち、世襲(相続)の原理による歴史の取捨選択を受けてもなお、現代にまで遺り、「真正の自由」を擁護する諸原理。

具体的な「制定法」とは、
聖徳太子の『十七条憲法』・藤原不比等らの『大宝律令(=刑法および民法)』のち『養老律令』・北条泰時らの『御成敗式目(貞永式目)』・江戸幕府による『武家諸法度』・『禁中並公家諸法度』・徳川吉宗の『公事方御定書』・明治天皇の『五箇条の御誓文』・伊藤博文/井上毅/金子堅太郎/伊藤巳代治の起草による『大日本帝国憲法(明治憲法)』・『教育ニ関スル勅語(教育勅語)』・『日本国憲法』
などを指す。

ただし、『日本国憲法』はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)「欽定憲法」であり、日本国の憲法(=the Constitution、国体・国柄)とは言い難い条文が多々あるので。扱いに注意を要する。

③ 祖先より、世襲(相続)の原理により子孫に継承された伝統・慣習。


「伝統・慣習は“日本国法”の一部」 である。

伝統には、文化的遺産のみでなく精神的遺産(孔子の『論語』や佐藤一斎の『言志四録』や新渡戸稲造の『武士道』に通ずる日本国民固有の精神など)も含む。


以上の①から③が日本国の“法(=Law)”
であり、
日本国の“法(=Law)”の核心部を明文化した成文法が“憲法典(=the Constitution)”
である。


(ロ) “法の支配”、“立憲主義”とは何かについて。

上記(イ)で定義される“法”および“憲法”によって、日本国民の権利である「生命/安全」・「私有財産」・「自由/道徳」が擁護されることを言う。また、擁護することを義務とする主義(イデオロギー)が「保守主義」である。

ここで、重要な点は、国民の権利には「平等の権利」を決して、含まないこと。

なぜならば、「自由」と「平等」は二律背反し、決して両立しないから、
逆に、「自由」と「道徳」は両立する。

※「自由」と「平等」両立できると言説する学者もいるが、それらは、すべて虚偽・詭弁である。歴史がその虚偽を証明済みである。

ただし、第二に重要な点は保守主義=真正自由主義が、
唯一、国民の権利として認める「平等」がある。


それは、日本国民の「法の下(前)の平等」である。

よって、保守主義=真正自由主義とは
①「法の支配」による「国民の権利(生命・私有財産・自由)」の擁護義務、
②「道徳を伴う自由」を「真正自由」とすること、
③「法の下(前)の平等」を国民の権利と認める、
主義であるから、決して弱者切り捨てのイデオロギーではない

むしろ、「真の社会的弱者」を保護する「最強の要塞」としてのイデオロギーである。

さらに、日本国民の権利である
「生命/安全」・「私有財産」・「自由/道徳」「法の下(前)の平等」
を擁護する、
最後の砦が
“法の支配”および“立憲主義”
であるから、
保守主義=真正自由主義においては、
「天皇主権」という概念も「国民主権」という概念も存在し得ない。

あくまでも、天皇(皇室)の権限は、
「“法”に基づく、古来の世襲(相続)による時効としての天皇(皇室)の権限、
あるいは皇室典範に規定された権限」であり、
国民の権利は、
“法”および“憲法”に支配された「国民権」あるいは「国民の権利」でしかない。

なぜなら、「主権(sovereign power)」とは「無制限の絶対権力のこと」であるから、
“法”や“憲法”に完全支配される国家(=立憲主義国家)においては、
「主権」という「絶対的権力」など存在し得ないのは自明ある。


つまり、デモクラシー(=民衆制)の政体下においては、
国民は「権力の起源、あるいは権力の主体」であるが、
その「権力」は“法”と“憲法”に制限された「権力」でしかあり得ないのである。

これは、日本国民の政治の代表者たる国会議員にも当然当てはまるから、
国会の立法する法律(legislation)も上位の“憲法”の支配下にある場合のみ有効である。
そのため、立憲主義の日本国憲法はその第八十一条で最高裁判所の「違憲立法審査権」を規定し、
国会が憲法を逸脱する立法を為すことを禁止しているのである。


ただし、国際社会において、対外的な国家の自主独立権を意味する「国家主権」は、全く異次元の話であり、当然存在する。 







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