国賊5野党一派(女性宮家)
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2012年01月03日地域の皆さん こんにちは。
昨日、新年皇居一般参賀へ行って来ました。 天皇陛下のお元気な声を聞いて大変安心しました。 http://livedoor.blogimg.jp/iitoko/imgs/1/a/1a76b7c5-s.jpg 7万770人の国民が訪れてそうです。 皇居で新年一般参賀 陛下「復興進み、少しでも良い年に」(産経ニュース) 天皇陛下のお言葉 20120102 天皇陛下新年一般参賀_2 (hirochan60さん撮影) ところで、野ブタ政府は女性宮家創設を認め、当主となる皇族女子の夫にも皇族の身分を付与することも検討しているのです。 これは、民間の男性が皇族になり皇位継承し天皇陛下になる可能性もあるのです。 女性宮家創設は、女系天皇・民間人天皇を生みだすことになり、どちらにしろ2000年以上途切れることなく続いた男系・父子一系が途切れ皇統断絶となり日本の終わりを意味するんです。 民間人が皇族になる・・・外国人も皇族になることが出来るんですよ!? テレビや新聞に洗脳された馬鹿な脳天気な国民は、「愛子さんが可哀そうじゃないの」とか「別に女性宮家いいんじゃないの」など歴史的伝統のことはまったく考えていないのです。 「女性宮家」創設の場合、夫も皇族…政府検討へ(読売新聞) 馬鹿な国民が自ら国を滅ぼすことになるんですよ! 民主党、朝鮮人・中国人が天皇陛下にできる様に宣言。(女性宮家) http://livedoor.blogimg.jp/iitoko/imgs/5/a/5ace20ac-s.jpg http://livedoor.blogimg.jp/iitoko/imgs/2/7/2709660d-s.jpg http://livedoor.blogimg.jp/iitoko/imgs/b/a/ba085f48-s.jpg 女性宮家創設は日本の終わりの始まりです! 女性宮家創設は絶対反対! 売国民主党政権を日本から抹殺せよ! 馬鹿な日本国民は目を覚ませ! 世界最強の天皇陛下 http://image.with2.net/img/banner/banner_24.gif |
【 売 国 奴 民 主 党 】「女性宮家創設」というテーマは間違いだ。もともと「何が問題点」であったか?
「このままではお世継ぎがいなくなってしまう」ということが、本来の問題点であった筈だ。
いきなり「女性宮家創設」は問題の本質を摩り替える飛躍した結論的テーマだ。
よって、「皇統断絶を如何に防ぐか。現状を如何に維持すべきか」が問題点を解決する本来のテーマであるべきだ。
「女性宮家創設」というテーマを白紙撤回して
「皇統断絶を如何に防ぐか」というテーマで仕切りなおし、出発してもらいたい。
以下転載
「旧皇族の復帰、難しい」園部内閣官房参与 首相答弁と食い違い2012.5.22 00:49
http://sankei.jp.msn.com/images/news/120522/plc12052200520001-n1.jpg
首相官邸で開かれた「女性宮家」創設に関する有識者ヒアリング=21日午後
女性皇族がご結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」創設に向け、政府が21日に開いた「皇室制度に関する有識者ヒアリング」の第5回会合で、主催者側の園部逸夫内閣官房参与は、賛同の意見がある旧皇族の復帰について「なかなか難しい点がある」と述べ、今回議論している皇室典範改正では実現が困難との見通しを示した。島善高・早稲田大教授(法制史)の意見陳述に「私見」として述べた。
野田佳彦首相は2月13日の衆院予算委員会で、旧皇族の皇籍復帰の検討を求められたのに対し、「有識者を中心にヒアリングを行う。指摘の点も含め、提起をもらいながら結論を出す」と旧皇族の皇籍復帰も検討する意向を示していた。園部氏のヒアリングでの発言は、首相の答弁とは食い違う形となる。
政府は2月から始まった有識者ヒアリングについて、「皇室活動の安定性の維持」や「天皇、皇后両陛下の公務負担の軽減」に向け、「議論は女性宮家の創設に絞り、皇位継承には踏み込まない」としている。
園部氏は、島氏が旧皇族が皇位継承権を持つ形で皇籍復帰することを求めたのに対し、「皇位継承資格を持つということになると、(今回は)なるべくそこを避けたいので、なかなか難しい」と述べた。
園部氏は元最高裁判事で、平成17年に小泉純一郎首相(当時)のもと、女性・女系天皇を容認する報告書をまとめた「皇室典範に関する有識者会議」で座長代理を務めた。同報告書は旧皇族の皇籍復帰について「現天皇陛下との共通の祖先は約600年前までさかのぼる遠い血筋」などとして、「採用は極めて困難」と結論づけていた。
この日のヒアリングでは島氏のほか、小田部雄次・静岡福祉大教授(日本史)が意見を述べ、小田部氏は女性宮家の創設に賛意を示した。
島氏は、女性宮家創設について「夫や子の身分をどうするかや皇位継承権の問題が生じる」と指摘し、旧11宮家の復帰や、男系男子を養子に迎えられるようにするための皇室典範の改正を求めた。
女性皇族がご結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」創設に向け、政府が21日に開いた「皇室制度に関する有識者ヒアリング」の第5回会合で、主催者側の園部逸夫内閣官房参与は、賛同の意見がある旧皇族の復帰について「なかなか難しい点がある」と述べ、今回議論している皇室典範改正では実現が困難との見通しを示した。島善高・早稲田大教授(法制史)の意見陳述に「私見」として述べた。
野田佳彦首相は2月13日の衆院予算委員会で、旧皇族の皇籍復帰の検討を求められたのに対し、「有識者を中心にヒアリングを行う。指摘の点も含め、提起をもらいながら結論を出す」と旧皇族の皇籍復帰も検討する意向を示していた。園部氏のヒアリングでの発言は、首相の答弁とは食い違う形となる。
政府は2月から始まった有識者ヒアリングについて、「皇室活動の安定性の維持」や「天皇、皇后両陛下の公務負担の軽減」に向け、「議論は女性宮家の創設に絞り、皇位継承には踏み込まない」としている。
園部氏は、島氏が旧皇族が皇位継承権を持つ形で皇籍復帰することを求めたのに対し、「皇位継承資格を持つということになると、(今回は)なるべくそこを避けたいので、なかなか難しい」と述べた。
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2012年3月3日土曜日
女性宮家の危険性が分からない民族系論者 #女性宮家
女性宮家という皇統破壊工作、正真正銘の共産主義革命が着々と進められている中、我が日本の「愛国者」「保守」の人達は、今、何をしているのでしょうか?
私が感じる限りでは、「愛国者」「保守」の人たちには、全く危機感がないように思えます。 Twitterでも、ブログでも、「南京大虐殺が〜」「従軍慰安婦が〜」「韓流ドラマが〜」といった、冷静に考えれば中学生でも指摘できるような話にばかり、気をとられているのではないでしょうか? 『人気ブログランキング』というものがありますが、今日時点で、その上位に名を連ねるブログ主の主張の中に、どの程度この問題が取り上げられているのか、ちょっと覗いてみました。 https://blog.with2.net/rank1510-0.html http://2.bp.blogspot.com/-G4LymaDn-e4/T1IjpU6d-uI/AAAAAAAAAYU/6E0Ep7DLIYs/s320/%25E6%2594%25BF%25E6%25B2%25BB+++%25E4%25BA%25BA%25E6%25B0%2597%25E3%2583%2596%25E3%2583%25AD%25E3%2582%25B0%25E3%2583%25A9%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25B0.jpg
このうち、更に上位ブログに絞って、ざっと目を通しましたが、女性宮家報道があった2011年11月25、26日前後から、本日(2012年3月3日)まで、次のような状況でした。 http://1.bp.blogspot.com/-zRo6DZ1JLDc/T1H9wgxzyjI/AAAAAAAAAYI/-uyRyi0LJ1o/s400/%25E5%25A5%25B3%25E6%2580%25A7%25E5%25AE%25AE%25E5%25AE%25B6_page0001+-+%25E3%2582%25B3%25E3%2583%2594%25E3%2583%25BC.jpg
なお、女性宮家報道の第一報に接した時の、ブログランキング一位の三橋貴明の様子は、次の通り、この女性宮家の意図することが全く分からなかったようです。(ブログでの言及も無し) 以前にも、『月刊WILL編集長・花田紀凱の"悪魔の経歴"』という表題で一部をご紹介しましたが、日本国民の危機意識はまだ全く足りないようです。そこで、碩学中の碩学であられる、中川八洋・筑波大学名誉教授には誠に僭越ではございますが、ブログ主の判断による注釈をつけた上で、『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』のあとがきを転載させて頂きます。 http://megu777.blogspot.com/2012/01/will.html http://4.bp.blogspot.com/--BmJctUAQvQ/Tw7OhsU5i3I/AAAAAAAAAQc/Az0-mIjvXR8/s200/41bffj1QKmL._SL500_AA300_.jpg
以下、中川八洋著『小林よしのり「新天皇論」の禍毒』(オークラ出版)「あとがき」より (引用はじめ) ---- 悠仁〈天皇〉の擁立のための三つの王道 ①内堀"旧皇族の男性宮家"団づくり ②外堀を復活させた"堂上公家″群づくり ③現行・皇室典範の不磨の大典化 平成の御世に入ってより、皇室の危うさは色濃く、この二十年以上、 一日とて憂慮しない日はなかったように思う。これほどあからさまに天皇制廃止が声高に叫ばれるとは、昭和の御世には、 一度も経験しなかったし、想像だにしなかった。 "平成の天皇制廃止革命"は、平成9年(1997年)に本格的に始動した。岩男寿美子(注:フェミニスト、女系天皇論者)が「男女共同参画審議会」の会長になったのと同時であった。その事務局である、総理府に設置された「男女共同参画室」を中心に、露骨に公然に、天皇制度廃上の計画を練り始めたからである。 天皇制廃止の共産革命は、主として政府外から戦後行なわれてきたが、1997年をもって、政府部内からの革命へと変貌した。当然、やりたい放題となる。実際に、「男女共同参画室」が音頭をとる体制内共産革命に、赤い内閣法制局と赤い宮内庁が加わった。雅子・皇太子妃殿下のご懐妊の直後、平成12年(2001年)には、天皇制廃止革命プランが完成した。 妃殿下の担当医周辺から、この年の夏には、皇子(男児)ではなく皇女(女児)であることが、革命勢力に広く連絡された。そして、この皇女を女性天皇とする皇室典範の改悪をもって、二千年つづいた日本の至宝である天皇制度に幕を下ろす革命プランが最終決定された。 天皇は、一二五代の今上陛下でもって、最後とする。 元号は、「平成」をもって、最後とする。 天皇制廃上の革命を血を流さず円滑に成功させるに、彼らは、二段階革命戦術を採ることにした。 第一段階は、男系男子天皇の定めを女性天皇・女系天皇制度に革命する典範改悪。女性天皇や女系天皇そのものが目的ではなく、典範改悪の前例づくりが目的である。 第二段階が、"退位の禁止″を改悪した"退位の自由"ならびに、天皇位や皇太子位への″就位の拒絶の自由"を定める典範改悪。これにより、徳仁皇太子殿下の天皇位への即位辞退と次期皇太子候補の皇太子辞退を強制する。 典範改悪の前例づくりが、「女性天皇/女系天皇(注:女性宮家、養子を含む)」制度化の狙い 第一段階について、革命勢力は、二つの情報工作を行った。一つが、国民に向けての「女性天皇」のキャンペーンであり、「皇室典範」キャンペーンである。日頃、皇室に関しては報道しないテレビが、愛子内親王殿下に関してのみ、なぜ例外的に、熱心に報道するのかは、女性天皇による天皇制廃止革命のためである。 また、このキャンペーンを担当したのが、朝日新聞ではなく、 一般には「保守」と誤解されている『文藝春秋』誌であつた。だが、1992年頃を境に『文藝春秋』の編集は、共産党員とコリアンに独占され、そのイデオロギー的な極左性は朝日新聞となんら変わるところはない。 「皇室典範改悪」キャンペーン記事を最初に書いたのが、高橋紘(注:女系天皇論者)であり、森暢平(注:「天皇家の財布」なる不敬本を出版し「皇室の家計簿」を吹きまくった人物)であった。『文藝春秋』誌2002年1月号の「今こそ皇室典範の改正を」であり、同3月号の「これが皇室典範改正草案」であった。 第一段階のもう一つが、民族系論客に対する工作であり、ターゲツト(標的)になったのが、小堀桂一郎と八本秀次であった。小堀桂一郎の「皇室典範研究会」は、共産党に操られていた。だから、その提言(2005年1月)は、思わくどおり、「女系天皇制度」の打ち上げ花火となり、『有識者会議報告書』の前座的な姉妹版となった。 八木秀次に『歴史と旅』が原稿を依頼したのは2001年春)、八木工作に必要な情報を入手するためであった。現実にも八木は、そのあと、小堀が代表の、真っ赤な「皇室典範研究会」のメンバーとなり、女性宮家や養子という女系制度の共産革命側に洗脳され、その宣伝隊長になった。 第二段階の工作は、2006年の秋篠宮悠仁親王殿下のご誕生にもめげず、2001年に決められたスケジュールどおり、展開された。西尾幹二の"不敬の悪書″『皇太子さまへの御忠言」2008年9月、WAC)は、その第一号である。 現皇太子・徳仁親王をあらん限りに誹謗して傷をつけて、心理的に即位放棄(=不就位)に追い込むキャンペーンであることを自覚しつつ、西尾は嬉々としてこの天皇制廃止運動に参画した。西尾に、この悪書を書かせたのが、天皇制廃止に執念を燃やすコリアン花田紀凱(月刊『WiLL』編集長)である。 天皇制廃止にかける花田紀凱の意気は軒昂で激しく、『週刊文春』編集長時代に、美智子・皇后陛下を失語症に追いこんだ、嘘キャンペーンを展開した"悪魔の経歴″をもつ。花田の私生活での交際はコリアンばかりである。「美智子皇后のご希望で昭和天皇が愛した皇居自然林が丸坊主」(1993年9月23日号)」「天皇・皇后両陛下は自衛官の制服がお嫌い」(1993年9月30日号)などのデッチあげ記事を思い出さない西尾幹二など、コリアン側の工作からすれば赤子の手をひねるほど容易であった。 |



