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書庫国賊5野党一派(女性宮家)

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桃の節句に女性宮家創設論に文句を言う  
葦津泰國の、私の「視角」
http://blog.goo.ne.jp/ashizujimusyo/e/00dad684ddc06e5eb8317b6432f18aec

 いよいよ三月

 今年ほど春の到来を心待ちにしていたことは少ない。なにしろ異常に寒い日が続く冬であった。寒風の吹きすさぶ冬、温帯モンスーンの地日本であり、しかも私の住んでいるところは目の前の太平洋に暖流・親潮が流れ、しかも南の海沿いをのぞいて、東・西や北方は山に囲まれ、北風はほとんど吹かない暖冬の地、湘南の鎌倉である。

こんなところに住んでいて、「我儘を言うな」との御叱りを受けそうな気もする。事実この冬も、当地は日照りに恵まれた日々には、厚いガラス戸越しの穏やかな陽の光で、暖房など不要の日々が続いていた。

 だがそんな恵まれた環境に住んでいれば、身体の方がなまって、やはり冬はつらいものに感ずる。今年は朝の散歩時に、例年、見たことなどほとんどない霜柱にも何度かお目にかかったし、路面の撒き水に氷の影を見たこともあった。

私は歳を重ねて、今では職を退き、自宅で過ごすことが多くなっている老体だが、着脹れて毎日家内安全を近所の鎮守の杜の数社にステッキをついて参拝するのを欠かさぬ日程に決めている。
 
これまで女系天皇容認派がたびたび主張してきた「旧皇族(旧宮家)の中で皇籍復帰を考えている人なんて誰もいない」、これがどうやら覆されそうです!?

 旧皇族の方々と皇統問題で意見交換をされた竹田恒泰さんが、「旧皇族の多くが皇位の男系継承を維持するために皇籍復帰を要請されれば、『一族として応えるべきだ』とする意向を固めている」という内容の論文を雑誌「正論」最新号(2012年4月号)に発表されました。
 このことは産経新聞でも報道され、ネットでもそれなりに話題になっているようです。

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/img/img7964_120302-01sakura.jpg

 実は竹田さんはこの件についてはすでにツイッターやチャンネル桜などで発信されており(【竹田恒泰】女性宮家問題と旧皇族復帰について[桜H24/1/30] )、もうご存知の読者様もいらっしゃるでしょうが、私のようにそれらを見ておられない方も多いと思いますので、今回紹介させていただくことにしました。
 
        養子制度は極左の迂回戦術 #女性宮家       
 
最近、やたら極左勢力による"女性宮家"問題が煩くなってきました。


東京新聞(2012年3月1日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012030102000034.html
『女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」の創設を検討している政府の「皇室制度に関する有識者ヒアリング」が二十九日、首相官邸で始まった。意見を述べた今谷明帝京大特任教授(日本中世史)、ジャーナリスト田原総一朗氏は現行の皇室典範のままでは皇族の減少が懸念されるとし、皇族の活動維持のため「女性宮家は必要」との見解を示した。』

現政権の結論は「女性宮家創設」と決まっているものの、アリバイ的に「有識者」なるものの意見を聞き、「民意によって決めた」とでも抜かす魂胆でしょう。
 
【関係記事】
 
こんな記事もあります
みんながどういう記事を書いているか見てみよう!
2012/3/2(金) 午前 2:33
女性宮家の創設よりも、旧宮家の皇族復帰を!  政府は、2月 29 日、女性宮家創設に関する識者からのヒアリングを開始した。今回は、歴史学者(日本中世史)の今谷明・帝京大学特任教授と、ジャーナリストの田原総一郎氏であった。 ...
2012/3/1(木) 午前 1:06
女性宮家を認めないのは女性差別だ、 という意見もありますが、ちょっと違うんじゃないかと思います。 今の法律上は、 民間女性は皇族になれますが、 民間男性は皇族になれません。 民間男性の血が混じると、もはや皇族ではありません。 ...
2012/2/12(日) 午後 8:03
... 「女性宮家創設論は女系天皇論と表裏一体の問題」としたうえで、こう語る。 「女性皇族への皇位継承権をあいまいにしたままの女性宮家創設など論外です。女性皇族が婿を取って当主となり、その男性との間に子供が生まれた場合 ...
2011/12/3(土) 午前 9:33
... 至急、旧・皇族の男系の方々に復帰頂く様、国民を挙げてお願いすべきです。 次は、女性宮様が旧・皇族の方を配偶者とした場合に限って、宮家創設を認める、と言うことでしょうか。 皆さんは、この問題、どの様に思いますか? 私は ...
2011/12/2(金) 午後 0:24
... 結婚した女性の方に責任があるみたいに押し付けられても、気の毒なような気がするー 昨日、野田総理大臣は、今の平成天皇の直系の女性皇族に限って宮家の創設を考えてるって言ってた気がするけど、確かにどこまで範囲を広げるのかは ...
続く 解答は先例にあり]
 
しかし、皇族が外国の王室に嫁いだ例が一例だけある。
梨本宮守正王(なしもとのみやもりまさ)第一王女、方子(まさこ)女王
が大正9(1920)に李氏朝鮮最後の王位継承者である李垠(いうん)
(日本名は李王垠(りおうぎん)と結婚した例である。
 
これは日本が韓国を併合した後に、日韓融和の象徴としての政略結婚で
あったが、二人の仲は睦まじかったと伝えられる。だがこの一例も極めて
異例のことであった。

皇族女子の嫁ぎ先であれば例外が生じる余地はあっても、女性皇太子の
配偶者として釣り合いが取れるとしたら、日本の親王ということになろう
。しかし、女性皇太子と親王の婚姻は近親になるため、避けるべきで
あろうことはいうまでもない。
 
そして親王不在が理由で女性が皇太子となっているのであれば、
女性皇太子の配偶者となるべき人物は存在しないことになる。
 
もし女帝が配偶者を見つけられない場合、それは皇位継承が極めて危険な
状況であるといわなければいけない。もし女帝が結婚できない場合、男系
の男子どころか、女子もいなくなってしまうからである。そうなれば、
皇位の男系継承は愚か、皇族が不在になってしまう。

様々な角度から、先人たちが皇位の男系継承にこだわり続けた理由を
説明してきた。しかし、これらは私が思いつく範囲に限ったものであり、
実際はそれ以外にも重要な要素があったかもしれない。浅はかな考察に
終始していると思われるが、お許しいただきたい。
 
これまで示してきたとおり、我が国の歴史において皇統断絶の危機は三回
訪れた。そして三回とも同じ方法で乗り越え、万世一系を繋いできた。
またその方法は三回とも偶然に一致したのではなく、それぞれ確固とした
信念に基づいて断行されてきたのだ。
 
「万世一系の天皇」とは男系継承されてきた天皇のことであり、男系継承
の断絶は「皇統の断絶」、そして「王朝の断絶」を意味する。
 
男系継承は不改常典(かわるまじきつねのり)であり。それは現在に
至っても同じである。近年皇室典範改正の動きがあるが、その答えは
先例にあると断言する。



               竹田恒泰著  「皇族たちの真実」より



転載元転載元: サイタニのブログ

「女系天皇容認論」の根拠とされている意見につき、
矛盾を指摘しておく。




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3.特に天皇が天皇である所以の宮中祭祀という最も大切でもっとも閉ざされた伝統の継承については、天皇陛下に近い皇位継承予定者が陛下のそばで見て陛下から直に教えを受けて大切に継承していくべきであり、生まれたときから民間人で民間人として成人した旧皇族の子孫が突然皇籍を取得して祭祀を引き継ぐのは望ましくない。

次は宮中祭祀がとりあげられている。
論者の主張は、

天皇陛下に近い皇位継承予定者が
陛下のそばで見て陛下から直に教えを受けて
×生まれたときから民間人で民間人として成人した旧皇族の子孫が
×突然皇籍を取得して祭祀を引き継ぐ

ということである。いずれも根拠薄弱である。

「天皇陛下に近い皇位継承者が」

この「近い」の意味は、
皇室の125代にわたる継承を通じて集大成された旧皇室典範に記されている。
つまりいずれも男系男子で、
今上天皇の子、孫、その子孫。
次に、今上天皇の兄弟、その子、孫、その子孫。
次に、今上天皇の叔父兄弟、その子、孫、その子孫。
同様に次々に世代を上がっていって、その子、孫、その子孫。
となっているだけである。

だから、「近い」というのは、皇位継承順位が高い=「近い」ということである。
言い方を変えれば、一見血統が「遠い」ように見えても、
もしその宮様が以上の考えで皇位継承順位が1位、2位だとなれば、
単純明快に、「その方が一番近い方」だというだけにすぎない。


「陛下のそばで見て陛下から直に教えを受けて」

一理はある。
しかしながら、過去の皇位継承では、
後継者を決めないまま崩御されたということが何度かあった。
例えば、
  ・第25代 武烈天皇 → 継体天皇
  ・第33代 推古天皇 → 舒明天皇
  ・第48代 称徳天皇 → 光仁天皇
  ・平安時代には多数あるが当時は院政だった
  ・第87代 四条天皇 → 後嵯峨天皇
  ・第110代 後光明天皇 → 後西天皇
  ・第118代 後桃園天皇 → 光格天皇
などがある。
にもかかわらず宮中祭祀は継承されている。

また、子供や孫以外のいわゆる「傍系(宮家)」に皇位継承した例は37例ある。
その際、後継者を正式に皇太子と定めないのが慣例である。
論者によれば、ここでも祭祀は断絶したことにでもなるのだろうか。

当然いまであれば、陛下が皇位継承順位第1位の皇族に、
「そばで見せて直に教えを授けて」となるのは自明である。

「生まれたときから民間人で民間人として成人した旧皇族の子孫が」

首をかしげる。
旧宮家が皇族に復帰し、もし、皇位継承されるとなったとして、
その時はなんと、今から70〜80年後ということになる。
なぜなら、

  今上天皇 → 皇太子殿下 → 秋篠宮殿下 → 秋篠宮悠仁親王殿下

ここまでは、皇位継承は事実上決まっている。
旧宮家の末裔が皇位に就くとすれば、
悠仁殿下に若宮が授からずに断絶する、というような事態の時くらいである。

すると、その頃即位される可能性があるのは、
旧宮家の中でも、悠仁親王殿下と同世代よりさらに若い宮様方ということになる。
つまり、今皇籍復帰しておけば、

・「若年期に高々10年ほど平民だった」宮様
・「父宮が皇族に復帰してから生まれた」宮様

のどちらか位しかない訳なのだ。
何か問題があるのだろうか。

旧宮家は、旧皇室典範に基づく、正統な宮家であり、
その子孫は、不文法に基づく、正統な宮様方である。
実体上「皇族」であるにも関わらず、
占領に伴う皇籍離脱により、法律上「皇族」として扱われていない状態が
60年以上是正されることなく放置されている、に過ぎない。
このような「不文法違反」、つまり「違憲状態」を解消するのが、
旧宮家の皇籍復帰なのだ。


「突然皇籍を取得して祭祀を引き継ぐ」

上に述べたことで十分だろう。

「突然」の意味がそもそもわからない。
旧宮家は「菊栄親睦会」を通じて、
いまでも、皇室と親戚づきあいを継続されている。
皇太子殿下や秋篠宮殿下と学習院でご学友の方もおられる。

旧宮家が復帰されることになれば、
マスコミや国会はその話題を取り上げているし、
国民運動も起きていることだろう。
もちろん、天皇陛下からのお話もあろう。
「突然」になることはない。

そして、「祭祀を引き継ぐ」については、
宮家としての祭祀は、今でもなさっているし、
天皇としての祭祀を仮に引き継ぐことがあったとしても、
今から70〜80年も後のことなのだ。


以上、論者の意見というのは、
単に、旧宮家を排除し、女系継承にこじつけるための論と言わざるをえない。
これまで述べたように、それらには何の説得力もない。


(4)につづく







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転載元転載元: オノコロ こころ定めて

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