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【展転社】「南京裁判」取り立て訴訟勝訴![桜H27/3/24]
2015/03/24 に公開
中国が展開する三戦のうち、法律戦の矢面に立たされた展転社。いわゆる南京大虐殺の生き証人を自称する夏淑琴氏の証言に疑義を呈したところ、南京法院で名誉毀損で欠席裁判の挙げ句に賠償請求され、日本の裁判所に代執行を求めてきたのだが、これは法律に名を借りた言論弾圧であり、民主主義国家にあっては絶対に応じる事が出来ない無理筋の要求である。そもそもが、司法権の独立が保障されない独裁国家の世迷い言ではあるが、法治国家の面目に賭けて債務不存在訴訟で勝利した展転社の藤本氏と、代理人を務めた弁護士の高池氏をお迎えして、『「南京裁判」取り立て訴訟』の顛末についてご報告していただきます。 ※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。 http://www.ch-sakura.jp/579.html ◆チャンネル桜公式HP http://www.ch-sakura.jp/ |
捏造南京事件
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【水島総】「南京の真実」第一部「七人の『死刑囚』」特別編集版[桜H27/3/21]
2015/03/21 に公開
極東国際軍事裁判(東京裁判)にて裁かれ、従容として死に就いた、いわゆる「A級戦犯」7名。南京攻略戦司令官として「大虐殺」の責任を問われた松井石根大将をはじめとする7人の、刑執行を宣告されてからの最後の24時間を、ただ「事実」のみを伝える貴重な資料映像とともに、史実に忠実に描き、戦後日本が立ち返るべき原点を問うた映画「南京の真実」第一部「七人の『死刑囚』」特別編集版を完全公開でお送りします。 [脚本・編集・監督:水島総/2008年製作] ※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。 http://www.ch-sakura.jp/579.html ◆チャンネル桜公式HP http://www.ch-sakura.jp/ |
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1/3【討論!】『慰安婦』『南京』中国謀略戦の真実[桜H27/3/14]
2/3【討論!】『慰安婦』『南京』中国謀略戦の真実[桜H27/3/14]
3/3【討論!】『慰安婦』『南京』中国謀略戦の真実[桜H27/3/14]
2015/03/14 に公開
◆『慰安婦』『南京』中国謀略戦の真実 パネリスト: 阿羅健一(近現代史研究家) 大高未貴(ジャーナリスト) 上島嘉郎(ジャーナリスト・元産経新聞社「月刊正論」編集長) 西村幸祐(評論家) 藤岡信勝(拓殖大学客員教授) 水間政憲(ジャーナリスト) 鳴霞(月刊「中国」編集長) 司会:水島総 ※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。 http://www.ch-sakura.jp/579.html ◆チャンネル桜公式HP http://www.ch-sakura.jp/ |
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<「南京大虐殺は自分たちがやった」と告白した国民党少尉>
開国少将というベンネームの作者は、 外祖父が自分の日で見た南京大虐殺という文章を発表している。
「私は小さい頃に、外祖父が抗日戦場から何故逃げ出したのか分からなかった。 逃げたことは秘密で、外祖父が死去する前年に、よく雑談の中で何時間も話すようになっていた。」 外祖父は、妻が早く死去したということだったが、それが逃げた
理由ではないだろう。
私はある日、やつと外祖父から真相を聞き出した。
1937年の南京大虐殺前夜に少尉にさせられて、
しかし日本軍の進政を食い止めることなど出来ないので、
南京城から撤退した。
このままでは、国民党の兵士たちは逃げることが出来ない。 誰かが、日本軍が来たぞと叫び、 兵士たちは民衆を銃殺することなど出来ないので、互いに顔を見合わせていた。
指揮官は兵士たちに、もうすぐ日本軍が来るのだから、 民衆は日本軍に銃殺されたことにしたら良いのだ と言って、一斉射撃を命じた。 あたりは血の海となり、兵士の足首まで血が溜まったと言う。 ここで約1千人の南京市民は、国民党の兵士たちから銃弾を浴びて死んで行った。 国民党の部隊が必死で逃げた後には死体の山が血の海の中に残され、
それは日本軍の残虐行為として転嫁された。
外祖父は、こんな部隊に残りたくないので、撤退途中に九江で夜陰に紛れて脱走し、
長江を渡り武漢で列車を乗り換え、南の小さな山村に逃げ込んだ。 外祖父は貧農の出身だが、 国民党が貧乏人を虫けらのように扱うことに抵抗があつたという。
しかし、逃亡する道を選んだ。 その過去の真実を、外祖父は死ぬ前になって初めて語ったのである。
南京大虐殺は自分自身が犯した罪である。外祖父は恥ずかしくてたまらなかっただろう。
だが、そんな単純な反日・反米の青年たちは利用されているだけなのだ。
天国にいる外祖父よ、私を許して下さい」。”
<南京大虐殺の捏造はこの様に始まった><従軍慰安婦の捏造はこの様に始まった>
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<南京大虐殺の捏造はこの様に始まった> 昭和46年8月〜12月まで、 本多勝一記者が「中国の旅」の中で、「南京大虐殺」と言う偽の事実を交え連載を始める。 ①、朝日新聞は日本はとんでも無い事をしたと日本に広め、 その重圧の中、日中友好を結ぶ事になた。 しかし、この時点では、中国は南京大虐殺を問題視して無かった。 ②、その後、1978年から朝日新聞の記事による圧力の中、 日本中学の教科書で、南京大虐殺を教科書に載せることになった。 (この時点では、中国の教科書には、南京大虐殺の記述は一切無かった) ③、中国の教科書に載せられる様になったのは、 朝日新聞記事「中国の旅」の中での「南京大虐殺」が連載されてからの 1979年からなのである。 ④、愛国主義教育実施要綱(1994年)が、施行され 南京大虐殺記念館等が中国各地に出来る。 ⑤、反日暴動起きる (2005年) 発端は朝日の本多記者と言う事らしい。クリック拡大 ↓ http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/1/2/12d98643-s.jpg ―――――――――――――――――――――――-
<従軍慰安婦の捏造はこの様に始まった> 従軍慰安婦と言う言葉は朝日新聞の 植村隆記者の造語。 彼は「従軍慰安婦強制連行」を嘘の事実を交え面白おかしく平成3年8月連載する。 それまでは、韓国や韓国メディアも従軍慰安婦問題は知らなかった。 宮沢喜一首相が事実を確認しないまま謝ってしまう。(平成3年12月) 河野洋平が、これで手打ちが出来るんではと、根拠資料の無いまま、確認もせず、 強制性を認める発表をしてしまう。 (平成4年1月) しかし、その事実を裏付ける事実は全く無かった事がわかった。(以下その説明) ①、政府・軍指示文書があるはずだ。→→→→→日本国内、韓国内でも全く無し。 ②、加害者の証言→→→→→たった一人の加害者である吉田清治 (偽名、共産党員)の証言は、嘘であった事を本人も認める。 その他、誰も加害者はいない。 よって無し。 ③、目撃者証言→→→→→→裏づけのあるものは全く無し。 ④、日韓基本条約締結 (昭和40年) 全ての諸問題をテーブルにのせ、話し合った。→→→→→慰安婦の問題は全く無し。 従軍慰安婦問題の発端は植村隆記者らしい。クリック拡大 ↓ 【速報】朝日新聞記者、ついに【 南京大虐殺 】も【 捏造 】と認める!緊急拡散希望《本多勝一氏が『週刊新潮』に「南京大虐殺」派が使っていた象徴的写真を捏造写真と認めました》 【中国崩壊】南京大虐殺捏造の実態が中国でも報道された中国人発狂!
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