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2015.10.10 02:35更新

【世界記憶遺産】
ユネスコ拠出金見直しへ 「断固たる措置取る」日本政府


犠牲者30万人という数を記した南京大虐殺記念館の壁=5日、中国江蘇省南京市(共同)
 
中国が申請していた「南京大虐殺文書」が記憶遺産への登録が決まったことに対し、日本政府筋は「断固たる措置を取る」と述べ、ユネスコの分担金拠出などの一時凍結を検討する構えを見せている。
 平成26(2014)年度のユネスコ予算の日本の分担率は米国の22%に次ぐ10・83%で、金額は約37億1800万円。米国が支払いを停止しているため、事実上のトップだ。さらに分担金以外でも、さまざまな事業に対する任意拠出金があり、同年度のユネスコ関係予算は計約54億3270万円に上る。
 外務省首脳は「日本の分担金はトップクラス。(ユネスコ側が)日本からの申し入れに真剣に耳を傾けることに期待したい」として、中国の申請案件の登録が認められた場合は拠出金の凍結もあり得るとのシグナルを送り、慎重な審査を求めていた。
 一方、中国の分担率は6位の5・14%で日本のほぼ半分。任意拠出金も日本より少ない。しかし、中国の動きに詳しい関係者によると、中国は、記憶遺産の周知を図る名目で関係者を中国に招待するなどしているという。記憶遺産事業だけでなく、アフリカでの女子教育などにも中国は積極的に支援を行っており、「さまざまな形でボコバ事務局長の思いに応えている」との指摘もある。
 中国の登録申請を受け、“防戦”に回った日本も傍観していたわけではなかった。「審査を行う国際諮問委員会メンバーに対し、ユネスコ加盟国は働きかけられない」(日本外務省筋)ことから政府はその動きをつまびらかにしていない。しかし、「政府は関係する分野の専門家などと協力し、委員側に日本の主張を伝えてきた」(与党議員)という。民間団体もパリのユネスコ事務局を訪問し、英文の反論文を提出している。
 記憶遺産は、人類にとって歴史的価値のある貴重な文書の保護などを目的とする。中国が日本を貶(おとし)めるために利用する「南京大虐殺文書」の登録が本来の目的にそぐわないことは明らかだ。政府関係者は「今回の申請も受理も理解できない」と述べ、記憶遺産事業の見直しもユネスコに働きかけるべきだと強調した。


【関係反論記事ー捏造「南京大虐殺」事件】    

わが国はいかなる犠牲を払っても、
南京大虐殺事件の正しい真相を世界に発信していくべきだ。
世界要所要所に
  捏造「南京大虐殺」事件記念館を設立せよ!  

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2011/02/24 にアップロード
世界中の報道関係者が南京にいたが、「南京大虐殺」の報道はなかった。
一次資料を調べると、虐殺の記録は無く、逆に感謝状をもらっている。
人口も減るどころか、逆に増えてます。

次の動画

青山繁晴VS中国人が大激論 「南京大虐殺はなかった」放送事故ギリギリの大論争に発展【歴史認識問題】
2014/04/10 に公開
「中国の歴史認識問題」について討論する一幕です。
討論のメインは「南京大虐殺があったのか」についてです。
石氏が指摘を要約すると
・1980年代まで南京大虐殺の話はなかった
・1980年代以降南京大虐殺の歴史教育が始まった
・南京大虐殺はウソ
周氏の発言によって「中国が日本を過剰非難する理由」、「中国人が反日感情になる本当­の理由」がようやくわかりました。

【出演】
青山繁晴
眞鍋かをり
水道橋博士
須田慎一郎
岸博幸
大谷昭宏
周来友
石平

世界の大迷惑 中国特集

2015.4.17 07:32更新

【編集日誌】
南京事件 宣伝戦の実態

 今回は第9部に続いて南京事件をとりあげましたが、台北の田中靖人支局長は、「南京事件」を世界に広めたハロルド・ティンパリーの実像を示す史料を発掘しました。
 ティンパリーは、1938年6月に南京事件を告発した「戦争とは何か」を英国で出版し、一大センセーションを起こします。しかし、このとき既に国民党側から月1000ドルの活動費を得ていたのです。当時の1000ドルはかなりの高額で、ジャーナリストではなく、工作員といった方が実態に近いでしょう。
 「南京事件」はいまだに謎の多い事件ですが、欧米を舞台にした宣伝戦で日本は完敗したわけです。いまも日本は「宣伝戦」で、大きく後れをとっていますが。(編集長 乾正人)

関連ニュース

http://www.sankei.com/images/news/150416/wor1504160012-n1.jpg【歴史戦】「南京事件」世界に広めた豪人記者、国民党宣伝機関で活動 台北の史料で判明
2015.5.11 11:00更新

【歴史戦WEST】
南京事件「虐殺30万人」に疑念 日本軍元少尉の日記が明かす「士気」と「規律」、中国匪賊の「蛮 行」

日中戦争に従軍した西山源次郎さん。自身のカメラを持参して、当時の中国の様子などを撮影したとみられる(西山邦夫さん提供) 

 「南京事件」はあったのか、なかったのか−。昭和12(1937)年、当時の中華民国の首都・南京を占領した日本軍が、約6週間から2カ月間にわたって多数の敗残兵や住民らを殺害したとされ、いまだに犠牲者数や存否をめぐって論争が続く南京事件。中国側が「30万人」と主張する犠牲者数は、日本国内では支持する有識者はほとんどいないものの、国を挙げた中国側の執拗(しつよう)な取り組みによって30万人説が国際的に一人歩きしている側面もある。事実はどうだったのか。南京攻略戦から78年を経て、新たに明らかになった元将校の日記や手紙からは規律に満ちた日本軍の様相が浮かび上がる。反日姿勢を強める中国側の喧伝にはますます疑念を抱かざるを得ない。(歴史戦WEST取材班)
「泥の兵隊」日本軍を苦しめた南京への道
 歳月の長さを感じさせる黄ばんだ手帳や、封書の束、モノクロ写真…。その数はざっと50点以上はあるだろうか。いずれも約80年前に上海、南京攻略戦を皮切りに日中戦争を戦った陸軍少尉、西山源次郎さんが残した貴重な記録だ。
 《毎日十里(約40キロ)余り歩いて、毎朝腰が上がらない。(中略)南京が近くなったので毎日、遊軍機は飛び、攻略戦に早く参加すべく兵の士気があがった》
 源次郎さんが手帳に鉛筆でつづった文章からは、昭和12年初冬、当時の中華民国の首都、南京の攻略に向かう日本軍将兵らの息づかいが聞こえてくるようだ。
 「父が南京攻略戦に参加していると知っていれば…」。源次郎さんの長男、邦夫さん(78)は父の遺品を手に語る。源次郎さんは平成5年、87歳で死去。18年に母も亡くなり、遺品を整理していた際、父の日記や戦地から母に送った手紙など膨大な資料を見つけた。資料を見て初めて、父が南京攻略戦に参加していたことを知った。

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