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吉田沙保里「殴られることもあったが“愛のムチ”だと理解していたから体罰とは思わなかった」
吉田沙保里「毎日殴るのはおかしい」
前人未到の世界大会13連覇を達成し、朝日スポーツ賞を受賞した吉田沙保里(30=ALSO)が31日、 体罰や暴力行為などで揺れるスポーツ界について持論を展開した。 3歳のときから父栄勝さんの指導を受けて競技を始めており、練習で手を上げられることもあったという。 「私はコーチが親という環境でしたが、もちろん殴られることもあった。でも、それは“愛のムチ”だと頭で理解していたから体罰とは思わなかった」 と振り返った。
選手を強くしようという気持ちが高じてのことに 「なぜ殴られているのか、殴られている側が理解しているかどうかだと思う。毎日、殴ったりするのは明らかにおかしい問題」
と自分の考えを示した。
受賞のスピーチでは「スポーツ界は体罰の問題などで大変なことになっていますが、私はスポーツの 素晴らしさを伝えていきたい。東京五輪の招致を目指していきたい」と決意を新たにしていた。 http://www.nikkansports.com/sports/news/p-sp-tp0-20130201-1079356.html 悪意のある『体罰』と部員を思う『躾』の類を混同してはならないと思う。
毎日意味もなく殴られているのであれば、それは
「いじめ」
であり、悪である。
しかし、練習の途中や本人の力不足から
『激(気合)を入れる』
意味で殴られたり、けらりたりすることは僕らの学生時代は普通にありました(^^)
全然、顧問や先生を恨んだりもしなかったし、確かにその時代のスポーツは強かった!
僕は水泳をしていました(中学時代)が、タイムトライアルで後れをとると、先輩や先生からストップウォッチのひもを濡らしてそれでビシビシ叩かれました。
痛いですよ〜『みみず腫れになるくらい』
それでもその成果は結果として表れ、確か市大会くらいまでは『優勝』を総なめにしてた記憶があります。
TVは今ネタがないので、大きく取り上げていますがあまり必要以上に大きく持ち上げるような問題ではないと僕は思います。
一番大事なことは
意味の無い暴力は絶対にいけません!
昔親父によく言われました
『喧嘩しても絶対に先に手を出すな』
しかし 『やれたら三倍返せ!』と。
この根性までを忘れてはならない
事だと思います。
それもサムライスピリッツ(武士道)の一つだと思います。
僕らの時代(30年くらい前)の先生は
『真剣に怒ってくれた』
そりゃ殴られもしたし、取っ組み合いもした。
下手するとホントの親よりも親身だった気がする。
それがとても嬉しかったりもした。
しかし嫌な時代だね〜。
部活中に小突かれたり、ちょっとけられたくらいで・・・・。情けない。
意味は違うが、出来が悪かったり、悪さした子供には『尻』引っぺがして
『ペンペン』
するのが昔からの常識だよ(^^)
今の時代に本当に必要なのは
あまったれた過保護でお花畑な
『人権教育』
ではなく
『凛』としたすがすがしい、日本人らしい
『道徳教育』
じゃないかな〜っと、僕は思います(^^)
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戦後民主主義の毒
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今、多くの子供たちが病んでいるといいます。
6か月以上家に閉じこもっている人を「ひきこもり」といい、ひきこもりは全国に70万人、その予備軍は155万人といいます。(平成22年 内閣府調査)
家庭裁判所から送られた非行少年の更生施設の入園者の9割が軽度発達障害だといいます。
どういう子が再犯率が高いか?犯罪を犯しても大目に見る家庭の子供だそうです。
「この豊かな時代に物を盗んだくらいで目くじらを立てる必要はないじゃないの」という親を持つ子供です。「万引きは人間として絶対に許されない」という規範が親にもないのです。
あるアンケート調査で、「なぜ犯罪を起こしたらいけないのか?」という設問に対し、家族と接触する機会の多い子供は「親が悲しむから」と答え、親と接するよりもゲームをしている時間の長い子供は「罰せられるから」と答えているそうです。
これは子供を取り巻く環境の変化であり、親の子供への関わり方がいかに重要であるかを示しています。
よく道徳教育は必要だと言います。私も言います。しかし、赤ちゃんの時から親から愛着を持って育てられていないと、特に3歳になるまで親が子供にどのようにかかわったかの「共感性」で、対人間関係の土台がつくられるかどうか決まってくるといいます。
道徳の土台にはこの共感性が育っていないと、いくらその上に道徳心を積み上げようとしても効果が薄いといいます。
学校で「弱い者いじめをしてはいけません」と、いくら頭で教えても共感性が育っていないと理解できないのです。
道徳教育には家庭が大事であり、親の意識が変わらなければならないのです。
そして、子供が手に負えぬくらい悪くて困る、という原因が親にあることを親が自覚せねば、子供に何を言っても通じないのです。
親思うこころにまさる親ごころ けふの音づれ何ときくらん
吉田松陰、29歳で処刑された時の辞世の句です。
子供が親を思う気持より、親が子供を思う気持ちの方がはるかに強い。
親子の絆というのはどんなに遠く離れていても、親から深い愛を受けてきたからこそ、今もこうして自分の信念を貫きとおすことが出来たというのです。
本来はこうであったな、と思うところであります。
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学校における「いじめ問題」とわが国道徳心・道徳教育の欠落
以下転載
いじめ対応の小学校長自殺 因果関係不明と教委「遺書なし」 津2012.7.18 10:17
津市内の小学校の男性校長が、自殺していたことが18日、市教育委員会への取材で分かった。遺体は16日に見つかった。校長は校内で起きたいじめ問題への対応に追われていたが、市教委は「遺書がなく、自殺といじめ問題への対応の因果関係は分からない」としている。
市教委によると、4月下旬、昼食の際に児童が仲間外れにされるいじめが発覚。校長は担任らとの協議などに追われる一方、5月下旬に市教委に報告していた。
市教委は「校長が対応について、悩んでいたとの報告を受けたことはない」としている。学校側が把握していたいじめはこの1件のみという。
【 戦 後 民 主 主 義 の 毒 】
学校における「いじめ問題」とわが国道徳心・道徳教育の欠落
● 学校における「いじめ問題」の記事例
● 「道徳」の意味
特に今回の「生活保護費不正受給」に関わる道徳規範として次の分野が挙げられる。
●道徳教育(現行学習指導要領)
定められている「道徳教育」に盛り込まれた徳目 」は次のとおりである。
小学校から中学校を通じて、身に着けるべき4つの柱に基づく徳目が挙げられている。
主として自分自身に関すること
・低学年 - 健康・安全。物や金銭を大切にする。整理整頓。規則正しい生 活。任務遂行。善悪の判断。正直。
・中学年 - 自律。節度ある生活。深謀。謝罪と改心。不撓不屈。勇気。正 直。明朗。
主として他の人とのかかわりに関すること
主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること
主として集団や社会とのかかわりに関すること
このように、教育すべき徳目は多岐にわたる。
● 戦前の道徳教育
PDF] 「修身」と戦後の「道徳教育」
● コメント
戦前も戦後も道徳教育は必要であり不可欠であることに変わりはない。
教育勅語や修身は、国家に対する忠誠心と親に対する孝行心、兄弟愛、友愛などを重視したため、縦割りの強い国家社会を形成するとの危惧からGHQにより排除されたのである。
この教育勅語を排除しただけでは不十分であるので、GHQは日本国憲法により自由・平等を高らかに謳い、縦割り社会を弱体化させ、横社会の強化を狙ったのではないか?
教育勅語は、明治天皇が国民に語りかける形式をとる。
続いて、父母への孝行や夫婦の調和、兄弟愛などの友愛、学問の大切さ、遵法精神、事あらば国の為に尽くすことなど12の徳目(道徳)が明記され、これを守るのが国民の伝統であるとしている。以上を歴代天皇の遺した教えと位置づけ、国民とともに明治天皇自らこれを守るために努力したいと誓って締めくくる。
つまり国民の「忠孝心」に重点を置いた縦社会をより重視する道徳教育であった。
現行学習指導要領と項目は殆ど異ならない。
国家に対する忠誠心と愛国心の表現の違いなどが有るけれども徳目項目的には現行学習指導要領と同じである。
もちろん、順法精神や公益重視の道徳教育は、戦前戦後を問わず重視されている。
ただ戦前の、天皇中心の見事なまでにピラミッド化された縦重視の教育と国体に、恐れをなした多くの人たちはなかなか道徳教育を受け容れず現在まで続いている。
また一部日本人を含む外国勢力はGHQ同様、わが国が強くなるのを恐れたり、道徳教育に反対しわが国弱体化、侵略を企図推進中である。
だが、道徳教育の根本原理と社会生活に適応していくための躾道徳が必要なことは言うまでもない。
道徳教育は「言葉では分かるが実践できない」「感動が伴わなければ意味がない」などの反論は道徳教育否定論にはならない。
つまり教育方法や教育要領、教え方の問題なのだ。
また道徳教育は全ての学問や日ごろの生活を基盤として討論されたり、意見の食い違いについて更に討論を深めるところにも意義がある。
上から一方的に決め付けての教育ではないことも明らかである。
ある事例をテーマにいろいろな視点から物事を観たり、道徳の基本原則だけでは道徳ではないということを発見したり、調和や創造性ということも関わってくる多彩な実践学であろう。
実に人格そのものを高めていく大切な学問であろう。
学校における「いじめ問題」は、「友愛」「善悪の判断」「友情」「思いやり」「人格尊重」など、社会・他人との関わりについての道徳教育を科目として教育せず、また日ごろの生活の場において指導を疎かにしてきた結果であろう。
●日本教育再生機構−≪検証≫日教組と戦後教育
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