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書庫戦後民主主義の毒

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           戦後民主主義の毒                   
 
国家と家庭を忘れたエコノミックアニマル
 
●エコノミックアニマルとは
国際社会において、日本人が利己的に振る舞い、経済的利益ばかりを追求するさまを皮肉った呼び方。
パキスタンのブット氏が、アジアアフリカ会議の場で始めて用いた言葉とされている。始めは、経済大国となった日本を褒める意味で用いた言葉が、次第に誤訳などが原因でマイナスの意味に転じたとも言われる。
 
●「勤労は美徳」というわが国の勤労観
 
●エコノミックアニマルの弊害(事例)
 
また、次のような弊害もある。 
・高度経済成長期から一時の不況を経てバブル期に差し掛かると、職業に没頭した挙句に健康を害したり、または過労により死亡する人が目立つようになり、社会問題として仕事に没入することの危険性が指摘され始めた。
 
・高度経済成長期に家庭を顧みず会社のために毎日遅くまで仕事に没頭し、休日ですら会社幹部や取引先との「接待ゴルフ」で家族サービスすらもしなかった男性サラリーマンが定年退職する際に、家庭で家政婦同然に扱われた妻から突然離婚を切り出される「熟年離婚」の問題(実際には年金分割制度の実施も影響している)も浮上している。
 
●コメント
わが国日本の伝統として、「勤労は美徳」という職業観が支配的であった。
「滅私奉公」という言葉の如く、これが人々の美徳であり、世間に認められる価値観であった。
こうした理念の下に生きるのが当たり前であり、当然であり、また自らも満足感を得るものであった。
 
しかしながら、戦後、西欧諸国や共産主義から「労働は奴隷のすることであり、苦役である」という職業観が徐々に潜入、拡大していった。
 
GHQ押し付け現行日本国憲法においては「職業選択の自由」が高らかに謳われ、義務なき権利の主張と相俟って、自分の性に合わないなどと簡単に、入社まもなく会社を辞めて、新たな仕事を見つける風潮が拡大していった。
このことは、自分に合った仕事を探すという「職業選択の自由」を御旗にした個人の自由意志であり、正しいに違いないけれども、「石の上にも3年」という格言があるように、表層的な短期間就職体験では真に自分に合っているか分からない側面もある。
また一部元来怠惰な人間にとっては、または会社という縦社会に従うことができないわがまま・自己本位の性分を持った人間にとっては、「職業選択の自由」は助け舟であったであろう。
 
つまり戦後、「勤労は美徳」とする日本人の一角が崩れ始めたのも事実である。
だが、戦後日本人がエコノミックアニマルと世界から羨望なのか、嫉妬なのか、非難を受けるに至った背景には
日本の伝統的勤労観が勝利したからであると見て差し支えない。
実際にわが国は経済大国になったのだから。
 
●経済一本やりが置き忘れたもの
国家観無き企業人
それは、今回の「丹羽宇一郎在中国日本大使」の売国発言から明らかである。
経済しか頭にない者が、政治の世界に入ると無能者・売国奴になるという事実である。
日本の有能な経済人には、国家観がない。国益を無視する。ということが良く理解できた。
またこのことはわが国企業には上から下まで、国益を無視した国家観が蔓延していることを示すものでもある。
 
戦後わが国が米国の核の傘の下、「他国を信頼しろ」という平和憲法により、他国の侵略を忘れたことも経済活動に専念できたのであり、
更に、日本の伝統的勤労観が活きており、経済に没頭できた結果がエコノミックアニマルであった。
 
●結論
「勤労は美徳」という精神は、我が国独自の勤労精神であり、偉大である。
だが、国家や家庭を忘れてはならない。
国益を疎かにする企業人になってはならない。
 

国家を忘れたエコノミックアニマルを切る

           【 戦 後 民 主 主 義 の 毒 】               
草食系男子を誘発したもの
 
●草食系男子とは
草食系(そうしょくけい)とは、人間のタイプを表す造語。一般的な草食動物としてイメージされている事柄が性格や行動様式に当てはまっていると思われている人々を指して用いられる。対義語は肉食系
 
「積極的」ではない 優しい男性のこと  傷ついたり傷つけたりすることが苦手な男子
元気のない若者の代名詞  
 
その他 奥手、争いを好まない、闘争心がないなど
 
●「内なる敵」草食系男子
「若い隊員は時間があっても女の子と話すでもなく、ゲームやDVDばかり。スーパー草食系です。プロ意識を植え付けるのが苦労するなあと。大事な課題ですね。非常に難しい」
 
●草食性男子を誘発したバックグラウンドとして考えられること
戦後、米国の核の傘の下、平和な時代が続いたこともあり 
また戦後における「平等主義」の影響が最も大きいと考えられる。
「戦後強くなったものは靴下と女性」だと、かつてはよく言われた。
特に「男女平等」教育の「男と女は何でも平等」とのはき違えが大きいのではないか?
 
女性の大型運転手が増える中、ある職場の男性運転手は
女性の運転手と組むのを嫌がるという。
荷物の積み下ろしに、当然のことながら、力のない女性は男性の負担になるからだ。
 
その一方で、ある事務の職場の管理者は男性事務員を敬遠するという。
女性事務員は総じてコツコツと丹念に事務をこなすが
男性事務員はすぐ飽きて、外にたむろし、タバコばかり吸っているようだ。
 
だから「男女平等」の意味は、男女それぞれの肉体的な差や精神面での差を考慮した平等でなければならない。
 
精神面の男女差もあるらしい。
男に理工系が多く、女に文科系が多いのも、精神能力面の差が影響しているのではないか?
 
とにかく何でもかんでも平等というのは真の平等ではないと思われる。
 
●男にとっての、戦後平等主義が織り成す社会
戦後、男の世界に女が入り、その逆に女の世界に男が入ってくることが多くなった。
このような中で活動し、生活していく男にとって、
むやみに自分の強さばかりを強調しても、コミニュケーションはうまくいく筈がない。
したがって、男は女の顔色を伺い、「優しさ」を強調したり、ときに、躊躇したりする姿勢が「積極性がない」と一般に評価されるに至ったのではないか。
 
●日本国GHQ憲法の狙いと日教組による草食系男子の増殖・拡大
わが国弱体化を狙ったGHQ押し付け憲法の特徴は
「自由」「平等」「義務なき権利の主張」だ。
これに乗っかったのが反日日教組であり、共産党であり、旧社会党だ。
その証拠として彼らは「憲法改正反対」「護憲」を叫んでいる。
特に、日教組は酷い。
ある学校では校長先生が、出勤して最初の仕事は玄関の掃除だという。(みんな平等
運動会の短距離走では、「みんなで一緒にゴールしましょう」「遅い人を差別するのはやめようね」
なんていう馬鹿げた運動会が繰り広げられている。
算数が苦手で、足の速いだけが取得であった私は、一体どうしたらいいのだ!
ある擁護学校では、「性教育の実地体験」をさせるそうだ。
子どもも大人も一様に教育を受ける権利がある、とか、この理由が振るっている。
まだまだ日教組の悪平等教育は見えないことをいいことに、際限なく行われているようだ。
 
このような教育が洗脳しやすい無地の子どもに、永い学校生活を通じてジワジワと行われてきたのだから
はき違えた平等意識が社会に蔓延し、草食系男子が増殖・拡大して行ったと考えれば悉くうなずける。
 
今盛んに地方自治体で行われている「男女共同参画社会」も
誰も疑問を挟むこともなく行われているが、我が国弱体化の大きな落とし穴があるらしい。
今度、ここのところ、そのからくりを勉強したいと思う。
 
●結論
草食系男子を誕生させ、誘発していったバックグラウンドはGHQ押し付けの日本国憲法であり、
日教組はこれに悪乗りして行ったのである。
 
【関係記事】
               【 戦 後 民 主 主 義 の 毒 】                
 
生活保護不正受給とわが国道徳心・道徳教育の欠落
 
● 生活保護費不正受給の実例
 
● 「道徳」の意味
特に今回の「生活保護費不正受給」に関わる道徳規範として次の分野が挙げられる。
 
道徳的社会規範(社会道徳)
社会共同体において、その構成員の大多数によって共有される道徳観に基づき、より健全で快適な共同生活を送る為に守るべき、又は行うべきと考えられている規範、行動の指針のこと。
 
道徳教育(現行学習指導要領)
 
定められている「道徳教育」に盛り込まれた徳目 」は次のとおりである。
小学校から中学校を通じて、身に着けるべき4つの柱に基づく徳目が挙げられている。
 
主として自分自身に関すること
 
  ・低学年 - 健康・安全。物や金銭を大切にする。整理整頓。規則正しい生    活。任務遂行。善悪の判断。正直。
   中学年 - 自律。節度ある生活。深謀。謝罪と改心。不撓不屈。勇気。正    直。明朗。
  • 高学年 - 節制。目標設定。自由。誠実。真理追求。創意工夫。自己評価。
  • 中学生 - 望ましい生活習慣。健康。節制。調和のある生活。希望と勇気。自主性。責任。理想実現。自己の向上。個性の伸長。
 
主として他の人とのかかわりに関すること
  • 低学年 - あいさつ。言葉遣い。動作。幼児・高齢者への親切心。友情。感謝。
  • 中学年 - 礼儀。思いやり。理解・信頼・助け合い。尊敬と感謝。
  • 高学年 - TPOの区別。男女協力。謙虚な心。感謝と報恩。
  • 中学生 - 礼儀。人間愛。友情の尊。異性の理解。人格尊重。他に学ぶ。
 
主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること
  • 低学年 - 動植物愛護。生命尊重。敬虔な心。
  • 中学年 - 自然への感動。崇高なものへの感動。
  • 高学年 - 自然環境保全。自他の生命の尊重。感動する心。畏敬の念。
  • 中学生 - 自然環境保全。自他の生命の尊重。感動する心。畏敬の念。
 
主として集団や社会とのかかわりに関すること
  • 低学年 - 遵法。公共物の保全。父母への尊敬・家族愛。愛校心。郷土愛。
  • 中学年 - 公徳心。勤労。家族愛。愛校心。郷土愛。愛国心。国際理解。
  • 高学年 - 集団活動。義務の遂行。公正・公平。社会奉仕。家族愛。愛校心。郷土愛。国際親善。
  • 中学生 - 集団生活の向上。法の遵守。社会連帯。差別偏見の撤廃。公共の福祉と社会の発展。家族愛。愛校心。郷土愛。愛国心。国際貢献。
このように、教育すべき徳目は多岐にわたる。
 
● 戦前の道徳教育
 
● コメント
 戦前も戦後も道徳教育は必要であり不可欠であることに変わりはない。
教育勅語や修身は、国家に対する忠誠心と親に対する孝行心、兄弟愛、友愛などを重視したため、縦割りの強い国家社会を形成するとの危惧からGHQにより排除されたのである。
この教育勅語を排除しただけでは不十分であるので、GHQは日本国憲法により自由・平等を高らかに謳い、縦割り社会を弱体化させ、横社会の強化を狙ったのではないか?
 
教育勅語は、明治天皇が国民に語りかける形式をとる。
まず、歴代天皇が国家道徳を確立したと語り起こし、国民の忠孝心が「国体の精華」であり「教育の淵源」であると規定する。
続いて、父母への孝行や夫婦の調和、兄弟愛などの友愛、学問の大切さ、遵法精神、事あらば国の為に尽くすことなど12の徳目(道徳)が明記され、これを守るのが国民の伝統であるとしている。以上を歴代天皇の遺した教えと位置づけ、国民とともに明治天皇自らこれを守るために努力したいと誓って締めくくる。
 
つまり国民の「忠孝心」に重点を置いた縦社会をより重視する道徳教育であった。
現行学習指導要領と項目は殆ど異ならない。
国家に対する忠誠心と愛国心の表現の違いなどが有るけれども徳目項目的には現行学習指導要領と同じである。
もちろん、順法精神や公益重視の道徳教育は、戦前戦後を問わず重視されている。
 
ただ戦前の、天皇中心の見事なまでにピラミッド化された縦重視の教育と国体に、恐れをなした多くの人たちはなかなか道徳教育を受け容れず現在まで続いている。
また一部日本人を含む外国勢力はGHQ同様、わが国が強くなるのを恐れたり、道徳教育に反対しわが国弱体化、侵略を企図推進中である。
 
だが、道徳教育の根本原理と社会生活に適応していくための躾道徳が必要なことは言うまでもない。
 
道徳教育は「言葉では分かるが実践できない」「感動が伴わなければ意味がない」などの反論は道徳教育否定論にはならない。
つまり教育方法や教育要領、教え方の問題なのだ。
 
また道徳教育は全ての学問や日ごろの生活を基盤として討論されたり、意見の食い違いについて更に討論を深めるところにも意義がある。
上から一方的に決め付けての教育ではないことも明らかである。
ある事例をテーマにいろいろな視点から物事を観たり、道徳の基本原則だけでは道徳ではないということを発見したり、調和や創造性ということも関わってくる多彩な実践学であろう。
実に人格そのものを高めていく大切な学問であろう。
 
生活保護費不正受給は、順法精神や国家社会に対する公益心を道徳教育や日ごろの躾道徳で十分学んでこなかったため、「取れるものはとれ」「もらえるものは根こそぎ貰え」という下衆な精神と義務なき権利の行き過ぎた考え方・主張が今回の不正受給に至ったものと考える。
公益心がなければ、愛国心などある筈もない。
 
教員免許更新制廃止、学力テスト見直
し、道徳教育廃止、日教組は高笑い!
                【戦後民主主義の毒】不登校              
 
昭和30年代前半まで不登校は極めて少なかった。
不登校の理由は、「ちょっとした障害を持っていたり」「家事手伝い」がちょぼちょぼであったらしい。
40年代後半になってから「学校生活不適応」という名の不登校が目立つようになり、徐々に拡大して、社会問題になってしまった。
 
現在いろいろな不登校対策が講じられているものの一向に減ることもなく、大学生にまで拡大しつつあり、病気の類にまで掘り起こしてしまったきらいがある。
 
不登校の原因と対策
 
昭和30年以前と以降の、特に児童の人間そのものが統計的根源的に変化している筈がない。
 
もちろん、障害による不登校は存在するにしても、大きく捉えると、これは一つの社会病理ではないか?
 
すなわち、昭和30年以前と以降の政治社会情勢に眼を向けると、特に子どもから見たいくつかの違いが浮上する。
 
●、昭和30年以前には、祝日には登校して日の丸の熨斗で包んだ味噌パンをいただき、体育館や校庭に集合して国旗掲揚、君が代を斉唱して、校長先生のお祝いの言葉を聴き、下校したようだ。(その後徐々に国家観育成の放棄・国家のバックボーン喪失、浮き藻草国家の出現・精神的支柱なき浮き藻草人間の誕生)
●学校で先生に叱られたと子どもが親に言いつけたら、その子どもは理由はともかく親からも先生と同様に「お前が悪い」と叱られたそうだ。(師の尊重)
●昭和30年前後ころから「教師も労働者である」と何人かの教師は授業よりも日教組の教研集会に参加を優先し始めた。教師不在となった授業は、他の教師が穴埋めするか、中学校では自習が殆どあった。(師の放棄)
●音楽の授業では、まだ多くの教師が君が代を教えていたが、徐々に教えなくなっていった。
●昭和30年以前には、授業は教師が教えるというか、学問よりもむしろ躾を重視して学校生活が行われていた。徐々に躾が二の次となり受験のための教科が中心となって行った。
●昭和30年以降には、授業方式も段々と「子どもの意見尊重」や「創造性開発」「発見学習」という方式が主流を占めるに至った。その一方で特に小学校では躾そのものが有名校に合格するためだけの生活に切り替えられた。
●昭和30年以降には、社会科教育において「わが国は戦争という大罪を犯した悪い国だ」という教育が当たり前のことのように行われてきた。実際はやむを得ない祖国防衛戦争であったのだが。(自己卑下、絶望感の助長)
●昭和30年以降には、社会科教育において憲法に則り、特に「我々は自由だ」「誰でも平等だ!」という教育が主に行われる
●大学では安保闘争が盛んになり、大学生の一部が「米帝国主義反対」を叫び大学は無法地帯となっていった。(反社会性の育成
●平成に入り、学校ではしばしば校長先生が、朝玄関の掃除をしている風景が見られる。(みんな平等
●平成に入り、学校ではしばしば、「天皇反対」「日の丸反対」の声を教師から聞くようになる。(内心の自由
 
以上のような政治社会状況の変化に伴う長い学校生活において、児童・生徒、子どもごころには何が芽生えるのであろうか?
ここでいう芽生えとは、子ども自身が明確に自覚しないままの状態における潜在意識への働きかけによる洗脳をいう。
 
●「先生も労働者だってさ、つまり「お父さんと同じサラリーマンか」 「教師は師ではない。」という芽生え
●自虐史観=私たちの住むこの日本は悪い国だ。→自己卑下、どうってことはない生き方選択の危険性
●大学は進学を勧められるけれど、勉強しなくてもいい場所だ。「じゃ〜勉強しなくくてもいいじゃん」
「だが有名校には入らなくちゃね」→学問の本質逸脱、自己矛盾、アイデンティティの形成困難
●内心の自由→何をやっても良いような感覚の芽生え
●「子どもの意見尊重」→良い面は多くあるものの教師と児童はトモダチ感覚に陥りやすい面もある。(縦社会の欠落、横社会の拡大)
●自由、平等、義務なき権利の主張を中核とした社会科・ホームルーム教育が加速される。
 
この結果、不登校を誘発するバックグラウンド、側面がいくつか見られることが分かった。
こうして観て来ると労働者団体である日教組の存在を「お構いなし」とする日本国憲法も不登校の遠因となっていることが分かる。
 
不登校を誘発するバックグラウンドとは侵略心理戦における「子ども自身も自覚しない状態での潜在意識への働きかけによる洗脳」のことをいう。
子どもに対する洗脳は「刷り込み、刻印付け、またはインプリンティング」ともいう。
 
【戦後民主主義の毒】 パワーハラスメント
 
パワーハラスメントという最近流行している人権擁護は、決して間違いではないことを承知している。
これは、「職場における権力を利用した嫌がらせ」と定義したとき、一般的に正しいと考えられる。
 
しかし、国家・国益という視点から、この大衆労働運動という側面のある事象を捉えるならば、マイナス要素が存在することも事実であり注意する必要がある。
 
つまり端的に発言するならば、「上司の部下に対する教育指導や鍛錬」を誤解して、単に「いじめだ!」と受け止めすぎる嫌いがあるのではないか?
 
今も一般に言われていることで
「最近の子どもは直ぐキレル」とか
「家庭で親からしかられたことがないのに、就職したらいきなり上司から叱られた。」とか
「家庭や学校では親や教師に対して、平等で何でも自由にトモダチ感覚であったが、就職したらいきなり文句を言われた」とか、
これはいじめだ!と我々は何でもかんでも人権擁護派に傾いていないか?
 
なんぼか真に正しく優秀な上司を逆にいじめていることがあるのではないのか?
真に優秀な上司が潰れると企業はダメになる。
 
翻って、
スポーツ界を見ればはっきりする。
サッカーで日本一になったあるチーム監督の鍛え方は、猛練習で倒れたら、水をぶっ掛けて、練習を続けさせるという。
それでも息を吹き返さない選手には救急車を呼んで手当てをして、戻ってきたら早速練習させるという。
これをいじめと誰も言わないのである。
 
ごく最近まで企業は戦前の徒弟などの伝統が残っていて強かった。
企業自体の縦構造が弱体化され、横構造一本やりになれば、企業自体の弱体化を招くことになる。
 
この問題は戦後縦社会の崩壊に起因すると考えられる。
 
つまり、戦後特に強調されてきた精神要素は「自由」「平等」「義務なき権利の主張」に間違いない。
縦社会の意義を無視したこの精神要素は、責任と義務を放棄している。
 
これら精神要素はわが国弱体化に直結している。
日本国憲法もそのような弱体化構造になっている。
 
パワーハラスメントとは
職場の権力(パワー)を利用した嫌がらせ
●パワーハラスメントの実態

 

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