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昨日は父の25回忌法要でした。
父は45歳で亡くなりました。
当時。私は17歳でした。
私は中学生の時にサッカー部の練習中に心停止したことがあり、顧問の先生の適切な処置のお陰で蘇生しました。
一度死んだようなものです。
更に、数年後に父を亡くしたことが、10代の頃からの私の死生観に少なからず影響を及ぼしたような気がします。
人間は簡単に死ぬし、自分も一度死んだ身。
こう意識することが、無鉄砲な行動や、不摂生な生活など悪い方向につながってしまいました。
考えてみると、私が生まれて父と過ごした時間より、父を失ってからの時間の方がとっくに長くなっています。
今月、41歳になる私は、あと4年で父が死んだ歳に追い付きます。
世間で言うと完全に「おじさん」という歳になったせいか、無鉄砲なこと(肉体的に)をすることも少なくなり、健康にも少しは気をつけるようになりました。
自分の命は自分だけのものではない、自分の好きにして良いものではないと思うようになりました。
そして、いつ死んでも良いよう、毎日をしっかりと後悔のないよう過ごさなくてはと意識するようになりました。
私の中で「武士道といふは死ぬこととみつけたり」とは、そういうことです。
毎朝、「自分は今日死ぬのだ」と思い、最後の一日としても恥ずかしくないよう過ごそうと誓います。
昼前にはすっかり恥ずかしいことをしていたりすることもあるのですが、それでも毎朝、誓うようにしています。
今日が自分を評価される最後の一日だと思って、今日も一日しっかりと生きます。
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