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お世話になった方のご葬儀に参列しました。
亡くなられたのは1ヶ月前のことで、このたびは故人が理事長を務められていた社会福祉施設の園葬という形でした。
故人は、児童養護施設の理事長であり、保護司であり、日韓親善、ボーイスカウトなど様々な分野で活躍された方とあって、参列者は会場から溢れていました。
式の冒頭に亡くなる5日前に録音された故人の声が会場に流されました。
その内容は園のことや、現在山口市に建設中の母子生活支援施設の今後のことについて話されたものでした。
病院に入られる時には、ご自分の体の状態を全て理解されていたということで、その声は『達観』という言葉が浮かんでくるほど、落ち着き、優しく、温かいものでした。
更に、その内容にはっとさせられました。
『児童養護施設、母子生活支援施設などへの入所は、家庭の病理が原因となっている。その病理を治療し、家庭に戻れるための施設にしたい。』
ここに福祉の本質があるという気がしました。
様々な原因で援助が必要な方のために福祉施策があります。
しかし、根本は「家庭」です。
そこを忘れては本当の解決にはつながらないということです。
例えば子供手当。
この子供手当が福祉政策なのか経済政策なのか、何を目的にしたものなのか未だによく分かりませんが、不況下で生活困窮者が増加する昨今、政府の言う通り「子供を社会全体で育てる」という考え方も必要でしょう。
しかし、それ以前に「子供は家庭で育てるもの」という前提がなくてはなりません。
その根本を崩すような政策であれば、問題を解決するどころか悪化させかねません。
それどころか国自体を滅ぼすことを我々は歴史から学んでいるはずです。
「家庭」を忘れた福祉施策は社会主義政策と同じです。
ある程度の対症療法も必要ですが、やはり根本から解決するには体質改善を図らなくてはならない。
それは、崩れかかっている、家庭の在り方、社会の在り方というものを立て直すことにあるのではないでしょうか。
そのためにはやはり、教育の再生というものが不可欠です。
1ヶ月前、訃報に接し、弔問に伺った際、故人の奥様が「主人は伊藤君に期待してたし、気に掛けてたよ」と言ってくださいました。
弔問に伺ったつもりが、「頑張れ!」と尻を蹴飛ばされたような気持ちになりました。
亡くなって尚、生きてる者に元気を与えられる。
自分もそんな人間になろう。
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昔は、片親や両親が病気や事故で亡くなったとか、生活が苦しいので親が働きづめで子供の世話を見切れないないなどという、やむを得ない事情の家庭ががほとんどだったが、最近は、性格の不一致や不倫で子供を残して離婚したなどというケースが増えているらしい。
昔は「子は鎹(かすがい)」と言ったが、最近の親は子供のことをあまり気にせず、気軽に離婚するらしい。そんな気軽離婚の家庭にまで子ども手当を支給するのでは、却って家庭が弱体化するという伊東市議の懸念は理解できる。
しかし、もう一つ忘れてならないことがある。それは、貧富の格差が拡大していることだ。平均給与所得は9年連続で下がり続けている。加えて、所得税の累進率が中曽根内閣以来の歴代の自民党政権によって大幅に引き下げられてきた。そのせいで、生活が苦しく働きづめで、子供の世話を見切れない家庭が増えてきてるのだ。この現実を見落として、古き良き家庭の理想を歌い上げて、子ども手当を非難してみても、決して不幸な家庭や子供は少なくならない。
2010/12/15(水) 午後 0:04 [ 香久山 ]
〜続き〜
リーマンショック以来の不景気で未婚率が急増しているように、収入が少ないせいで結婚できず、したがって子供を産むことさえできな人が増えているのだ。
伊藤議員の記事は、かねてから、この手のマクロの社会事象についての視点が欠けており、個人道徳だけの観点からの記事が多いと思うのは、自分だけか?
2010/12/15(水) 午後 0:05 [ 香久山 ]
「子供は家庭で育てるもの」
あたりまえのことと思うが、いまさら何を言うのか。もう1つ加えると、子育てには「地域」も重要。
2010/12/18(土) 午後 3:35 [ ちー ]