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毎週、木曜日の朝は防府準倫理法人会のモーニングセミナーに出席します。
今朝、聞いた講演は、「母の愛」についての話。
講師も、聞く会員も早朝から涙ぐむような内容でした。
母の子供に対する何の見返りも求めない無償の愛。
決して子供を否定せず、優しい眼差しで肯定し続ける。
普段意識をしていないけど、ふと気付くと包まれている温かい太陽の光のような愛。
それは、どにかく絶え間なく我々に降り注いでいます。
ふと、昨日、天皇皇后両陛下が宮城県入りされたニュースを思い出しました。
両陛下が被災者に接されるご様子は、母と子が触れ合っているかのように見えたのです。
年輩の被災者も、両陛下の御前ではまるで幼い子供のようになってしまうのに驚きます。
両陛下の存在は、我々国民にとって母と同じようなものではないでしょうか。
両陛下が国民に対し注がれる愛は、母の子に対する愛と同質のものだと思えるのです。
その愛は、何の見返りも求められず、惜しみなく、絶え間なく、平等に我々国民に与えられるのです。
今上天皇陛下が阪神淡路大震災後、数年を経て詠まれた御製があります。
嘆かひし後の眼の冴えざえと澄みゐし人ら何方に住む
本当に日本に生まれて良かったと思える方、
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>両陛下が国民に対し注がれる愛は、母の子に対する愛と同質のものだと思える。
第二次世界大戦中は「日本国民は天皇の赤子」と言われてた。
>その愛は、何の見返りも求められず、惜しみなく、絶え間なく、平等に我々国民に与えられる。
皇室の本質は、国民(と世界中の人々)の幸せを「ひたすら祈る」ことにあると言われてる。政治権力や金権は持たないが、「ひたすら祈る」力(ちから)を持っている。と言うか、「ひたすら祈って下さっている」という共通理解・共通認識が日本人にはある。
2011/4/29(金) 午前 7:40 [ sky ]
〜続き〜
なんだ、祈るだけかと思う人もいるかもしれないが、次のような話を知れば、祈りの大切さがわかろう。
小さいころ両親を亡くして、貧苦の中で育ち、親戚も友達もおらず、誰からも相手にされず、関心も持たれない人が、凶悪な犯罪を犯して逮捕され服役中に、人生に絶望して自殺しようとしたとき、小さいころ自分を慈しんでくれた母親を思い出して、死ぬのを思いとどまったという。
世の中には、天涯孤独な人もいるのだ。そのような人でも、幸せをひたすら祈ってくれる人がいると言うことは、生きる力を与えられ、励ましになるのだ。肉親や知人がいてさえも、人は孤独だ。自分の幸せをひたすら祈ってくれる、決して見放さない存在があるという感覚は、深いところで人に生きていく力を与えてくれるのだ。
2011/4/29(金) 午前 8:01 [ sky ]
〜続き〜
欧米では、そのような役割はキリスト教のイエス・キリストが果たしている。キリストは愛の神なのだ。天皇は、日本国民統合の象徴および元首という政治的な存在であるだけでなく、日本人に生きていく力を与えてくれている宗教的な存在でもあるのだ。韓国や中国やフィリピンなどと違って、我が国でキリスト教があまり広まらないのは、このためだ。
万が一、皇室が国民の幸せを祈ってくれていないと国民が感じ始めるようなことがあれば、その時、日本人は活力を失うであろう。
2011/4/29(金) 午前 8:04 [ sky ]
陛下の前で胡座のままの若者、陛下の姿を携帯で移すオバサン。
親も親なら子も子。
これが平和教育の成れの果て。
最近TPOがわからない奴が多いが。
こんなんでは日本も沈没やな。情けない。
2011/4/30(土) 午前 0:25 [ 神様 ]
skyさんへ
>生きていく力を与えてくれる。
それにしては日本は自殺が多いというのはどういうことなんでしょうか? 日本人は生きていく気力をうしないつつあるんでしょうか? それとも皇室がひたすら祈ってくれているということを日本人が実感できなくなっているからでしょうか?
2011/4/30(土) 午後 6:21 [ 市職員Q ]