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私の住んでいる地域では20〜30軒くらいのまとまり、街中では町会にあたるような単位を「組」と呼びます。
私の所属する「沖組」では、毎年、春と秋に「合祭」と呼ばれる集いがあります。
「祭」といっても、当屋の家や公会堂に集まり、神様を拝み、料理を囲み、お酒を戴くというようなものです。
今回はウチが当屋でした。
ちなみに神様の掛け軸。
いつ頃から始まった慣習なのかは知らないのですが、片方の掛け軸の裏書には
このように、天保5年に寄進されたと記されており、少なくとも176年前から続いているということが分かります。
春の合祭では豊作を祈り、秋には収穫に感謝するという意味合いがあるのでしょう。
かつては、このような風習があったところも多いようです。
多くの地域が神社や祭祀を中心としてコミュニティが形成・維持されていたのではないでしょうか。
しかし、現在では私の様に非農家の家もあります。
中には住民でも組には加入しておられない世帯もあります。
それでも、この祭が続いているのは、未だに我が組には「共作田」と呼ばれる組の田があるからかもしれません。
この共作田では、組の者が共同で稲作を行います。
米は神社に奉納するという意味合いで作られています。 その我が組でも、年々、合祭の参加者は減る傾向にあります。
私が組入りしたのは約10年前ですが、その頃に比べると出席者は半分くらいになる回もあります。
高齢化が進み、参加が困難な方が増えたり、独居のご老人がなくなったりしたのが大きな原因です。
更に、10年前に比べると「絶対に家から誰か出てこなければいけない」という雰囲気が薄れたようにも感じられます。
宗教が多様化し、また信教の自由が叫ばれる中で、このような祭の出席に「押し付け」と感じる方も出てくるかもしれません。
信仰心が薄れてきているという一面もあるのかもしれません。
こういった神社を中心としてきた地域共同体という概念は、ほとんど崩壊しかけているようにも感じられます。
自由と権利、義務・・・公共の中でのバランスが揺らいでいる様々な原因がこの神社を中心とした地域共同体の崩壊の姿にも表れているように感じます。
市では新たな地域コミュニティ組織づくりを進めています。
様々な意見がある中で、半ば既定路線となってしまっているようです。
なんだかんだと綺麗ごとを並べてはいますが、本当のところは自治会への助成金・補助金の削減が本当の理由だと私は見ています。
この方針では、自治会組織も大きな変化を求められることになります。
戦後、「個」や「私」、「権利」や「自由」ばかりが殊更に尊重されてきた中で、「公共」の一つの形である地域共同体を保っていくには何が求められるのか。
神社や祭祀を中心とした地域共同体に学ぶものがあるのではと考える方は
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