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下関市の梅光女学院が来年から「梅光学院中学校・高校」に改名し、男女共学化すると報じられています。
毎日jp http://bit.ly/kwcwam
私が高校時代に市内にあった男子校、多々良学園(現・高川学園)、そして、三田尻女子高(現・誠英高校)も既に共学となっています。
私の妻はサビエル高校(当時女子校)の出身ですが、ここも既に共学化。
県内に男子校、女子高はどのくらい残っているのでしょうか。
私が思いつくところでは、山口市の中村女子高くらいですが、他にあるのかな。
男子校、女子校が共学化していく流れは全国的なもののようです。
「時代」という言葉で片付けて良いものでしょうか。
なぜ、男子校、女子校が存在したのか。
それには当然理由があったに違いありません。
「男らしさ」「女らしさ」というものを大切にしてきた日本の文化によるところが大きいはずです。
教育の中に重要なものとして位置づけられていた「男らしさ」「女らしさ」が、重要視されなくなってきたことの表れでもあります。
一昔前に猛威をふるった「ジェンダーフリー」という思想の残した物は決して小さくなかったと感じざるを得ません。
ちなみに私が通っていた頃の防府高校は、男女が学校にいるものの、男子クラス・女子クラスに分かれ、校舎も別でした(現在は男女混合クラス)。
私はこの「並学」とも呼ぶべき体制を結構気に入っていました。
人間は同性だけの中で磨かれることもあれば、異性によって磨かれることもある。
その両方を得られるなかなか素晴らしい体制だと感じていたのです。
さて、梅光女学院共学化に話を戻します。
報じられている理事長の言葉によると、「これからの時代、男子生徒にも門戸を開く必要がある。」とのことですが、校長は「生徒の確保という意味合いもある」とも述べておられます。
同校では定員割れが続いている現状を考えると、男女共同参画云々というより、その大きな理由は経営的なものであると想像出来ます。
男子校、女子校においては、「男子教育」「女子教育」というものが、その学校の教育理念の中に(文言としてあるかどうかは別として)あったはずです。
それは、特色であり、武器でもあります。
存続を危ぶまれる企業が採る道として、「間口を広げる」というのは一つの方向でしょう。
一方、むしろターゲットの絞り込みを行い、競合他社や他の商品との差別を鮮明に打ち出すという方法もあります。
自社の存在意義ともいえる経営理念を曲げて生き残りをかけるか、それとも、経営理念を貫き、自社の武器を活かして生き残ろうとするのか。
日本の文化を伝えていくためにも、後者の方法にかける学校がいくつか残ってくれることを願うばかりです。
正直な気持ちを言うと、「女子校」というなんだか甘酸っぱい、ノスタルジックな感情があることも認めざるを得ませんが・・・(笑)
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