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赤間神宮で開催された「日本の誇りセミナー」に参加してきました。
今年度の第3回目の今回のテーマは、「明治維新の武士道〜佐久良東雄・益良男の歌」。
恥ずかしながら、佐久良東雄については、ほとんど知識の無い状態での参加でしたが、東雄の和歌を味わいながら、武士道、志士の心に触れて行く多久善郎先生の講義は、いつも以上に楽しく、あっと言う間の2時間でした。
東雄の歌は、
「きかみたけび叫びおらびて語らずば何をなぐさに命生きまし」
など、時勢への怒り、憤りを露わにした、私の心を鷲掴みするようなものや、
「かりそめに木太刀とるとも大皇のおほみためにとおもへ大丈夫」
といった恋闕(れんけつ)の情を歌ったものもあれば、
「けふばかり秋の花野にかくれぬと浮世のひとのとはばこたへよ」
といった日本の四季を雅に歌ったものまで様々です。
志士であり、国学者でもあり、傑出した歌人でもあった東雄に限らず、当時の志士は歴史を学び、国学を学び、詩心を備えていました。
松陰先生にしても、高杉晋作にしても、久坂玄瑞にしても同様です。
ただ勇ましく、猛々しいだけではなく、日本の文化や、日本人特有の美意識を大切にしていたことが分かります。
影山正治は、その著書『維新者の信条』の中でこう書いています。
「維新者は涙と詩をもてるものでなくてはならない。詩をもたないものは低い。涙をもたないものは真につよいのではない。詩をもたないものは本当に燃えて居るのではない。
維新者の道は涙の道である。枯木寒厳の道ではない。維新者の道は詩の道である。無味乾燥の道ではない。
明治維新上、最も涙と詩に富んでいたものは西郷南洲と吉田松陰であらう。最も涙と詩に欠けてゐたものは、岩倉具視と大久保甲東であらう。南洲、松陰は維新者の道につながり、岩倉、大久保の道は革命家の道につながる。
革命家は憎しみに立ち、維新者は涙に立つ。革命家は憎悪をもって斬り、維新者は涙をもって斬る。
その本質に於て詩人たらざれば真の維新者たることを得ない。」
「革命」と「維新」の違いがよく分かるではないですか。
ということで、拙も武士の如く大高慢にて、下手なりにひとつ詠んでみました。
もののふの歌に遺せしこころ知る吾立たずんばとびら開くまじ
お粗末。どなたか添削お願いします。
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