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内閣不信任案否決以来、予想通り今度は首相辞任の時期について、「8月だ」、「6月中だ」、「いやいや来年1月」と、議員もマスコミも大騒ぎです。
当の首相が「辞めるとは言ってない」なんて言うとは、さすがに私の予想を超えていましたが(笑)
皆に「いつ辞めるのか」と言われている人にリーダーなど務まるものなのか。
いずれにしても、多くの方が指摘されている通り、菅総理に復旧・復興のリーダーとしての資質が欠けていることは明白でしょう。
もうすぐ、災害発生から3か月が経とうというのに、未だに避難所で生活されている方が大勢おられる。
そして、避難所で亡くなった方も何人もおられる。
今後は熱中症も心配です。
様々な報道や、同志からの報告から感じるのは、行政が縦にも横にも上手くつながりを持って機能出来ていないということです。
官僚などは、まるで自主的な判断で動くことをやめているように見えます。
役人は「言われたことしかやらない」と決めてかかっているかのよう。
これは、政権の間違った「政治主導」に起因することは明らかです。
部下をコントロールすることもリーダーの資質ですが、ある程度部下に仕事や現場での判断を任せ、「責任は取ってやる」と構えことが出来るかどうかもリーダーに必要な資質です。
このような非常事態であれば尚更です。
残念ながら総理がやっているのは、この真逆。
官僚や現場には何も判断させない、にも関わらず、自分は何の責任も負おうとせず、現場に押し付けるといった具合。
実は、2年前の防府の豪雨災害で私は同様のことを嫌と言うほど思い知りました。
市の職員の多くが現場で何も自分で決定しようとしない。
課長以上の職員でさえ、即決できない。
休日にボランティアとして作業に参加した若い職員は指示が無ければ、何十分もただ突っ立っている。
普段から、指示された以外のことをすることが許されない、自分の考えで判断することを全く認められていない・・・恐らく防府市役所というのは、そういう組織になっているんだろうと感じたものです。
現在の省庁も同様の状況ではないのか。
ご承知の通り、菅総理は学生運動、市民運動出身です。
彼らの多くは「権力」忌み嫌い、「官」を敵とみなす。
その菅総理が憎悪の対象である「官」を上手く使えなくても、当然と言えば当然です。
私の師匠はマルクスの歴史観について、「マルクスも全てが間違いではない。しかし、歴史を“階級闘争”だけで説明しようとするところに誤りがある」と言いました。
学生運動家、市民運動家は、歴史だけでなく、社会の全てを「階級闘争」で見ているようなところがあります。
当然、権力者や「市民を弾圧する官」は戦うべき相手となる訳で、共に協力して問題解決に取り組むパートナーとして認められないのであれば、官僚を「上手に使う」ことなど不可能でしょう。
さて、市民運動家から政治家となった菅氏は、我が国の最高の“権力者”である総理の座につきました。
マルキストの論法で言えば、“権力者に弾圧されている市民(国民)”にとって、“打倒すべき対象”となった訳です。
その通りに国民から首相の座から引きずり降ろされることになるのでしょうか。
当然ながら、我々が暮らす社会は、階級闘争だけで説明できるようなものではありません。
総理を含む政治家も、官僚も、国民も、資本家も、労働者も、互いに協力して事にあたらなければこの国難を乗り越えることなど出来ないはずなのです。
被災地では経営者も従業員も団結して再建に取り組んでおられる会社があります。
自治体職員、住民が一丸となり、復旧・復興に取り組んでおられる地域があります。
どうも国政だけが取り残されているように見える・・・
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