動き出すチカラ 〜伊藤央のブログ〜

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14日の山口新聞、『’10 回顧録やまぐち』の第4回は防府市の議員半減騒動について書かれていました。
 
記事の中で、阿部会長は議員半減条例の直接請求署名が3万5577人(現時点での有効数)集まったことに対し、『民意が示された。議会のリコールの直接請求も有権者の3分の1で可能で、この数は重い』と述べています。
 
彼らは当初松浦市長が選挙に勝ったことを「民意」だと言っていました。
 
それに対し、「有権者の3分の1程度の得票では民意と言えない」という批判を浴び、「有権者の2分の1以上(5万人以上)の署名を集めて民意を証明する」と豪語し、署名活動を始めたのではなかったか。
 
結果、署名数は、この目標に大幅に足りなかったので、本来なら「民意を示せなかった」ということになると思うのですが、「この数は重い民意だ」と主張。
 
「重い」なんて非科学的なことを言いはじめれば、一人が提出する請願や意見書だって決して軽くはない。
 
一体、何人からが重くて、何人以下だと軽いのか教えていただきたい。
 
答えは「とにかく自分たちの意見が民意だ」というところでしょうか。
 
今回の署名に全く関係の無い「“議会リコール”が成立する数だ」と威張られたところでねぇ・・・。
 
それなら、なんで議会リコールをやらなかったのか。
 
 
一方、松浦市長も『私の選挙の結果は誰がどう言おうと民意。二重で民意が示された現実に議会は真摯に対応してほしい』と述べています。
 
もう理論も糞もあったもんじゃない。
 
「民意って言ったら民意なの!」と騒いでるのと一緒です。
 
選挙では当日有権者の66%が松浦市長に投票しなかったし、今回の署名では有権者の63%が議員半減に賛成しなかったという「民意」が示されたとも言える訳ですが、自分たちの意見と違う「民意」は黙殺するようです。
 
言わば「二重の民意の否定」です(笑)
 
 
結局、選挙の結果から特定の政策について「民意」を計るなどということは不可能だということです。
 
そこには必ず分析したものの主観が入り込む。
 
個々の施策についていちいち住民投票で決めろなどと馬鹿なことを言う人はいないでしょうから、民意を決定するには、民主的に選ばれた集団が決定するということになります。
 
つまりは議会の議決です。
 
よって、この議会の議決が「気に入らない」と叫ぶことは、民意を否定することになります。
 
本当に市民の意思と議会の意思が食い違っているのならば、その解消の手段としては議会リコールしかないと思うのですが・・・・。
 
 
いずれにせよ、「民意」とは「国民(住民)の意思。国民(住民)の意見。」のことです。
 
防府市に10万人の有権者がいれば、10万通りの「民意」があるのです。
 
子供まで入れれば12万通り、先人の英知の積み重ねや、これから生まれ来る子供達の意思に思いを致せば、もうこれは計り知れません。
 
議員定数一つとっても、「議員なんて要らない」という人もいれば、「報酬を下げて定数を増やすべき」と主張する人もいる。
 
「民意」は何通りもあります。
 
その多様性を認めない者が多数決を濫用するほど恐ろしいことはありません。
 
「民意とは多様なものである」との認識は、民主政治の前提と言っていい。
 
さもなければ、単なる「数の論理」「多数派支配」を振り回しているだけに過ぎず、民主政治は議論ではなく、大衆扇動に陥ってしまいます。
 
 
私は自治基本条例制定時から「民意、市民の意思というものなど存在しない」と言ってきました。
 
これを聞いた人は「なんて横暴なやつだ」と感じられる様です。
 
しかし、私が言っているのは、市民のまとまった意見として「これが民意だ」と言えるものなどないということです。
 
あらゆる意見は市民の「一部の」意見なのです。
 
にも関わらず「これが民意だ」と決めようとすると、一部の人、もしくは今回のように3分の2の人の意見さえも無視することになります。
 
小学校の学級会の多数決と、民主政治・民本政治というものの区別がつけられない幼稚な政治、つまりは戦後民主主義というものがここに極まったと言うしかありません。
 
 
不思議に思うのは、住民が自ら選んだ議員を減らして、お役所がお役所の都合と視点だけで選んだ職員の力の方を強くしようとしていること。
 
市長や半減派の言う「市民百人委員会」が出来ても同じこと。
 
公募したとしても、結局は「お役所がお役所の都合で選んだ市民」百人で、「市民が自ら選んだ議員」の代わりをさせようとしているのです。
 
これで「政治主導」が達成すると思いますか?
 
「お役所主導」体制の強化に向けてバックアップしているようにしか思えないのですが・・・・。
 
 
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父の25回忌法要

 
昨日は父の25回忌法要でした。
 
 
父は45歳で亡くなりました。
 
当時。私は17歳でした。
 
 
私は中学生の時にサッカー部の練習中に心停止したことがあり、顧問の先生の適切な処置のお陰で蘇生しました。
 
一度死んだようなものです。
 
更に、数年後に父を亡くしたことが、10代の頃からの私の死生観に少なからず影響を及ぼしたような気がします。
 
 
人間は簡単に死ぬし、自分も一度死んだ身。
 
こう意識することが、無鉄砲な行動や、不摂生な生活など悪い方向につながってしまいました。
 
 
考えてみると、私が生まれて父と過ごした時間より、父を失ってからの時間の方がとっくに長くなっています。
 
今月、41歳になる私は、あと4年で父が死んだ歳に追い付きます。
 
世間で言うと完全に「おじさん」という歳になったせいか、無鉄砲なこと(肉体的に)をすることも少なくなり、健康にも少しは気をつけるようになりました。
 
自分の命は自分だけのものではない、自分の好きにして良いものではないと思うようになりました。
 
そして、いつ死んでも良いよう、毎日をしっかりと後悔のないよう過ごさなくてはと意識するようになりました。
 
 
私の中で「武士道といふは死ぬこととみつけたり」とは、そういうことです。
 
毎朝、「自分は今日死ぬのだ」と思い、最後の一日としても恥ずかしくないよう過ごそうと誓います。
 
昼前にはすっかり恥ずかしいことをしていたりすることもあるのですが、それでも毎朝、誓うようにしています。
 
 
今日が自分を評価される最後の一日だと思って、今日も一日しっかりと生きます。
 
 
 
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遅筆

 
 
議会だよりの原稿、一般質問の原稿、日本会議支部設立宣言文・・・なぜか、書き物をしなくてはならない時ってのは重なるものです。
 
 
 
普段、条例案とか、決議文の案とかバンバン書いて出す方なので、どうも周りからは筆が早いと思われているようなのですが、実は、拙ブログの記事一つにしても、だいたい30分〜1時間くらい書くのにかかってしまいます。
 
他の人が何か言ったものをある程度の体裁を整った文章にするのならば、それなりに速くも書けるのですが、自分が一から考えてとなると、「遅筆」と言うレベルになるかもしれません。
 
 
 
・・・で、今がその重なっている時だったりします。
 
実は昨日からほとんどの時間を事務所に籠ってPCとにらめっこしてます。
 
やっと、明日の一般質問を仕上げるだけになりました。
 
これも一応は書き上げているのですが、いつものように、ああでもない、やっぱりこうか・・・と書いては消しを繰り返してます。
 
まぁ、気が済むまでやってみます。
 
しかし、意外とぱぱっと済ませた方が本番での出来が良かったりするんですけどね・・・(笑)
 
 
 
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コメント欄にも多くご意見をいただいていますが、「議員定数半減の実現を求める市民の会」が行った議員を「半減」ではなく、「17名」にする条例の直接請求の署名が終わりました。
 
結果は有権者の40%である3万9000人余りに終わったようです。
 
今後、異議申し立てなどでいくらかは減ることも予想されますが、「有権者の過半数集めて民意」と言っていた阿部会長は「議会のリコールの直接請求も3分の1で成立するのだから、この思いは誰が考えても分かる」と明らかに論理のすり替えを行っています(笑)
 
彼らは「過半数集めて民意」と言ってきた訳だから、彼らの理論によると「過半数集まらなかったから民意ではない」ということになるのでは?
 
 
いずれにしても彼らは「民意」の意味が分かっていないように思えます。
 
「民意」を辞書で引いてみると「国民の考え。人民の考え。」とあります。
 
どこにも「国民の中で多い意見」とは書かれていません。
 
つまり、過半数以上の署名を集めていたって、それは民意の一部には変わりないわけです。
 
つまり、100人いれば100通りの民意がある。
 
多数決をやって「51対49ならば、51の方が民意だ」などというのは、非常に乱暴な考え方です。
 
「49」の意見は「民意ではない」と言っていることになるからです。
 
それどころか、今回、彼らは6割の「民意」を無視しているのです。
 
例えば、議員定数については、「一人もいらない」と考える人から「もっと増やせ」と考える人まで様々です。
 
これを「17名かそうでないか」と、彼らは極端に問題を単純化した訳です。
 
それ以前は「13名」が民意だと声高に主張していたにも関わらずです。
 
あまりに「民意」という言葉を軽々しく使い過ぎているように思えてなりません。
 
ことほど然様に「民意」という言葉を使いたがる人に限って、多数派による乱暴な支配を好み、全体主義者とも思える人が多い。
 
ちっとも「民主的」ではなく、「民意」を軽視、あるいは無視するという傾向が見て取れます。
 
もっとひどくなると、扇動により「民意」を作り上げるということをやり始めます。
 
ヒトラーがその顕著な例ですが、最近の国政の例で言えば小泉元首相のやり方がそれに近いように思えました。
 
 
恐ろしいのは「民意に従う」と言った時点で、政治家は思考を停止し、議論の余地も失われてしまうことです。
 
「民意(有権者による多数決)」にただ従うのであれば、議会における議論など必要もなりし、政治家が判断する必要もなくなります。
 
政治家が「民意に従う」と発言することは、政治家による政治の否定に他ならない。
 
つまりは職務放棄であり、責任回避。
 
それならば議員半減どころか議員など一人もいらないし、市長だって国会議員だって要らない。
 
有権者にアンケートを取って、多い意見に従うのであれば、有権者と役人(行政)さえいれば事足りるのです。
 
 
民意に従う、世論に阿るという政治を延々続けてきたのは、国政も同じです。
 
結果、国会においても議論は消失してしまっています。
 
それを象徴的しているのが、柳田法相のあの発言ですが、当然、戦後誤った民主政治を積み重ねてきた自民党にも責任はあります。
 
議論が消失すれば、言葉に重みはなくなって然り。
 
 
政治家の武器は言葉です。
 
議会において魂を込めた言葉を突きつけあい戦うことが仕事です。
 
その議会に送り出してもらうためににも、やはり有権者に訴える言葉のチカラが必要。
 
本来、笑顔や握手は二の次なのです。
 
・・・とは言っても、笑顔を振りまけば、握手もしますが(笑)
 
いずれにしても、自分はもっともっと言葉を磨き上げなくてはなりません。
 
真の民主政治を行うためにも。
 
 
 
 
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議会改革推進協議会で現在メインとして取り組んでいるのは議会基本条例案づくりですが、その他の改革項目についても研究や協議を重ねています。
 
中には早急に実施しようと意見がまとまりかけているものもありますが、その一つが「通年議会の実施」です。
 
かつて、地方自治法では定例会の回数が『4回以内』と決められていました。
 
しかし、2004年の改正で「4回以内」が削除されたことで、定例会を5回開いている議会もあります。
 
以前、改革項目を各会派から提出した際に、私はこのように定例会の回数を増やすか、通年議会にすることを提案しました。
 
他の議員からも通年議会の提案はあったのですが、研究課題として即実現には至りませんでした。
 
 
しかし、その後阿久根市のように「専決処分した上、市長が議会を招集しない」という問題が起きました。
 
これで疑問に思った方も多いようですが、実は議会の招集は議長が行うのではなく、市長にその権限があります。
 
つまり議会側は「会議を開く必要がある」と考えても、市長が無視すれば議会は開会されないのです。
 
市長には「専決処分」というものが認められていて、「議会を開く暇がない」などとして、防府市では例えば交通事故の処理や、市営住宅の家賃の裁判などについて議会に諮らずに「専決」し、次の議会で承認を受けるということになります。
 
阿久根市では、これを悪用(?)し、市長が条例制定や改正の専決処分を乱発して問題になったのは記憶に新しいところです。
 
 
このような“暴走市長”が今後、防府市で現れないとも限りません。
 
これを防ぐためには、(ほぼ)1年ずっと議会を開きっぱなしにしておくという方法があります。
 
議会が開かれていれば、市長は議会に諮らずに専決できませんし、会議は随時開けます。
 
つまり、実施質的に議長も本会議を招集できる権限を持つことになります。
 
 
原則的に議会は閉会中、活動能力を持たないとされてきました。
 
市長の言う「議員は30日しか働いていない」(40日とか、80日とか、100日とか聞くたびに増えてますが・・・)という主張は、ここからきているのかもしれません。
 
実際には「閉会中の所管事務調査」などを行ったり、調査・研究活動をしてはいるのですが、「議会が活動能力を持たない」ということは、議員は働いていないという言い方も(滅茶滅茶、乱暴ではありますが)出来ないこともないか・・・。
 
市長がここまで考えているとは思えませんが(笑)
 
 
通年議会、つまり議会を開きっぱなしにすることで、市に起こる様々問題についての議会の反射神経も向上します。
 
「どうなってる?」「おかしいのでは?」と感じることには、次の議会の市長の行政報告を待たずして、会議を開き、質すことが可能となります。
 
 
以前、改革項目として提案した際と違い、阿久根市の問題などもあったことから、他の議員からも通年議会の必要性について訴える声が聞かれ始めました。
 
取り組みとしては、大転換ではありますが、実は条例整備自体は簡単です。
 
会期は毎回、議会の冒頭に諮って決めているので、定例会の回数を減らし、会期を長くすれば良い。
 
早急に取り組みたいところです。
 
 
 
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