◆ 歌 舞 伎 素 人 講 釈 ◆〜私の観劇ノート〜

映画「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」上映会は大成功のうちに終了しました。ご来場の皆様、ありがとうございます。

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 四代目市川小団次と言えば、歌舞伎史の中で特異な位置を占める名人である。いわずもがなだが、歌舞伎界、特に江戸においては、その門閥支配は強固で、門閥なくして座頭の地位を占めることは、どのような人気者であろうと基本的に不可能であった。そんな中で、ほとんど伝説的に語られるのは、初代中村仲蔵と、この四代目市川小団次である。つまり、江戸歌舞伎史上、門閥なくして座頭の地位に上り詰めたのは、この二人だけなのである。今回紹介するのは、その四代目小団次の若き日の修行時代を活写した評伝、青木繁『若き小団次―幕末を彩った名優の修行時代』(第三書館、1980年6月)である。
 この本の面白さは、三つある。まず一つは、これが実に見事な一編のビルトゥングスロマンとなっていることである。劇場周辺にたむろする火縄売りの倅が這いつくばりながら、その才能と、如才なさと、大胆さをもって少しずつ劇界の階梯を攀じ登っていく姿が、読む者の心を打つ。
 もう一つは、この書が、小団次の修行を可能にした幕末期上方劇壇の実情をよく穿っている点だ。よく言われるように、江戸の劇壇が門閥中心主義であるのに対し、上方のそれは実力主義である。そして、江戸の劇界があくまで三座を中心とした大芝居中心であるのに対して、上方のそれは小芝居や中芝居と呼ばれる宮地芝居と大芝居の実に柔軟な交流のもとに成立している。それこそが、門閥なき小団次が、子供芝居から小芝居、そして中芝居から大芝居へと、劇界の階梯を攀じ登ることを可能にした上方歌舞伎の風土であり、この本はそれをよく活写している。さらに言うなら、そのようにして成り上がってきた役者にとって、最も重視するのは何よりも観客からの受けであり、それを最大限追求するところに、上方役者の真骨頂がある。その元祖は三代目歌右衛門であるが、その意味でいえば、著者の言う「(小団次は)精神的には大坂の三世歌右衛門(梅玉)の弟子だった」という指摘は正しい(ちなみに私は、この精神史の系譜を継ぐのが中村宗十郎であり、初代鴈治郎だったのだと考えている)。
 だが、今回私がこの書を読んで最も考えさせられたのは、当時の庶民が直面していた生活上の「不安」である。度重なる米価高騰や大塩の乱に代表される風雲、天保の改革による不景気と経済的困窮。こういった社会不安を背景にしてこそ、小団次の芸が人気を博した。そして、大坂時代の小団次は、この社会不安を自らもタップリと経験している。それこそが後年、小団次が江戸に下ってから、黙阿弥と組んで作り出した世界に独特のリアリティを形成したということである。つまり、あの黙阿弥と小団次が作り出した皮肉な世界こそ、その日暮らしで明日をも知れぬ庶民の、一寸先は闇という「不安」を基盤にした世界だった。そして、そのような世界を演じることができるのは、自身もまたそのような世界に沈潜した経験を持つ小団次以外には、存在しなかったのである。そのことが、この本を読んで非常によくわかったのである。
 ところで、そういった「不安」に駆られる庶民が、なぜにその「不安」を再現する小団次の芝居に熱狂したのであろうか。この歌舞伎と「不安」の関係こそ、歌舞伎という文化の正体を解く秘密の鍵だと思われるが、それは本稿の範疇を超えるので擱くこととする。

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トラックバックありがとうございました。すごく興味深く読ませて頂きました!仲蔵が江戸歌舞伎を象徴したのに対し、小団次は上方歌舞伎の象徴なんですね。今回、上方歌舞伎をみて、特色がちょっとだけわかったような気がしました。今後も江戸も上方も色々楽しみたいです!この本もチェックしておきますね。ところで、大阪歌舞伎展に行けなかったのです…。ああ〜悔しい。

2006/1/24(火) 午前 0:57 wmmotja


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