◆ 歌 舞 伎 素 人 講 釈 ◆〜私の観劇ノート〜

映画「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」上映会は大成功のうちに終了しました。ご来場の皆様、ありがとうございます。

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 以前から一部新聞報道がなされていたが、『演劇界』が5月号で休刊になる。幸い、8月からリニューアル復刊するそうだが、なんとも寂しい気持ちでいっぱいだ。現在、歌舞伎を専門に扱う雑誌は、歌舞伎学会の『歌舞伎―研究と批評』と『演劇界』の2誌しかなく、しかも前者は「研究と批評」と銘打ちながら、実際は研究論文主体に掲載される学術雑誌であるだけに、肩肘張らずに寛いで読める『演劇界』は、歌舞伎を見だしたと同時に、毎月欠かさず購読し、とくに直に見ることの少ない東京の舞台の劇評を楽しみにしていただけに、数ヶ月とはいえ劇評の連続性が途切れるのは残念である。
 そう思いながら5月号を読むと「私の歌舞伎賛」と言う特集が目を惹いた。タイトルは「私の歌舞伎賛」だが、実際は「私の『演劇界』賛」とも言う内容だからである。そのなかで、上村以和於氏が「歌舞伎座が私の学校なら、『演劇界』は私の虎の巻である」と書いていて、思わず膝を打った。たしかに『演劇界』は、“私の虎の巻”だ。歌舞伎を見るようになって、次にそれに就いてなにやら劇評めいたものを書きたくなったときに、私が参考にしたのは、伊原青々園や三宅周太郎、戸板康二といった過去の大家たちの劇評集なのだが、それを公式の参考書だとすると、裏の参考書つまり虎の巻は、やはり『演劇界』に載ったリアルタイムの劇評だった。
 だから芝居を見た後、ノートに書き記したメモの内容が、次の月に出る『演劇界』の劇評と少しでも一致していたり、あるいはまったく逆の見解だったりといったことを確認しては、一人合点の満足や反発を覚えるといったことを今まで繰り返してきたのである。
 歌舞伎は、上演されてしまえば(映像で残すという手段があるにしろ)基本的には消えてしまう一回性の芸術だ。だからこそ、劇評という形でその痕跡を残す必要がある。同じ特集のなかで鳥越文蔵氏が「後世参考になる劇評を残しておくことこそ「演劇界」の義務である」と書いているが、まったく同感である。
 いずれにしても、8月のリニューアル号を楽しみに待ちたい。

閉じる コメント(2)

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楽しみ方、色々ですね。面白く楽しくないとね。。専門的になればなるほど、偏り意固地になる。今に生きていないといい物も廃れて行くのではと思っています。 削除用パスワードを入力してください 2007/4/2(月) 午前 3:33 [ sharappu ]

2007/4/2(月) 午前 3:45 sha*ap*u

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>専門的になればなるほど、偏り意固地になる。 そのとおりですね。やはり、初めて歌舞伎を見たときの新鮮な感動は、いつまでも大切にしたいものです。

2007/4/2(月) 午前 3:56 his**76


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