山ちゃんの里山遊び

子供の頃遊びたかった事を今楽しんでいます。

介護

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前橋まで、行きの時間帯はほとんど土砂降り
前橋の県庁に近くなる頃雨が止み出した。
 
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妹は若い頃乳がんで完治したと思っていたが
2年前から肺に転移、手術は出来ないらしく、抗がん剤の影響で頭は・・・・。
酸素吸入をして、それを見るだけでも胸が痛む。
息切れがして動けないので、もう鬘をかぶる意欲も無くなってしまった。
何時お迎えが来ても良い覚悟が伝わってくる。
 
今日ベットの所まで行くと点滴用の静脈注射の針を刺し直して居る所だった。
腕の血管が細くて何度も刺し直すので痣だらけ、今日は初めて足の静脈に針を刺そうとしていた。
目を瞑ったまま、とても痛そうな表情なので手を握ってやる。
今日の看護士さんは上手く仕上げて、優しい声かけも妹には嬉しい様子。
 
昼までに帰ろうと早く出かけたが、「お昼(ご飯)まで居て・・・・」と素直に言ってくれたのでそうした。
一人で、寝たままで食べるのは大変、一寸づつ色んな物を食べて・・・歯磨きも。
私が持って行ったものも少しづつ食べてくれた。
土日は、子供達が来る。
夕方は義弟が毎日夕食に合わせてやってくる。
私は時間が取れたら平日の昼食に合わせてやってくることを約束して帰ってきた。
 
妹は実家に近かったのでリュウマチの母と痴呆症になった父を良く面倒見てくれた。
嫁ぎ先でも勿論。
私は仕事があって遠くだったのでお任せだった。
「無理してこなくて良いよ」と言われるけど出来る限り通いたい。
口は悪いと本人は言うけど、それ以上に周りの人のために色々気を使ってくれた妹。
 
実際は居なくても完全看護で大丈夫だが、でも気がまぎれてくれたらと願いつつ出かけていく。

 義母が長男に先立たれて一人暮らしになり、6Kほど離れて暮らしていた我が家で最後の8年は面倒を見たり介護をした。
 昨年の暮に無くなり、この2月になって49日も済ませた。
 
 49日までに、着物、帯、食器、などを綺麗に揃えて、49日の終わった後で子供達4人の家族で欲しい物を持ち帰ってもらった。
 汚れや、虫の食ってしまった衣服などすでにゴミ袋20個程処分している。
 でもまだまだ片付け切れていない。
 色んな所から、色んな物が出てくる。
 私は必要な物しか買わない性格なので、余りにも沢山の食器や帯の数に驚いた。

 未使用の食器のお揃いも沢山出てきた。 
 むやみに捨てる気にはなれない。
 埃を洗い落として、フリーマーケットでも楽しもうか?
 着物も小切れとして欲しい人に生かしてもらおう。
 
 自分はこの体験で、一層物を溜めて置くのを無意味に感じた。
 所詮自分が居なくなれば、私の持ち物など皆捨てられる羽目になる。
 シンプルに出来るだけ最後まで自立して生きたい。
 遊びに着たり行ったりの気楽な友達は身近に何人か居て欲しい。
 ささやかな、老後に向けての夢。

 長男に先立たれ、8年前から一人暮らしになっていた義母94歳

 2年前から、痴呆症や骨折2回ほど、又子宮脱という持病の様なものを抱えて大変だったので、主人が一緒に夜も暮らして世話をしてくれた。


 私は昼のみ洗濯、食事、掃除などを手伝ってきた。

 18日未明、消化器不全と言う事で嘔吐してなくなった。

 夜中の事で、一度主人が朝方4時様子を見に行って異変にきずいた。

 急に寒くなって、亡くなる方が多くて、告別式が昨日となった。

 まだ忙しい事があって、一寸家に今日は戻って来た。

 無事自分の仕事が、一つ終了した。

介護ベットを借りた。

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 義母はだんだん立って一人で歩けなくなってきた。
 支え無しでは、一人で座っても居られない。
 布団の上で世話をする事がほとんどになった。
 それで居て、何故か布団から乗り出して背中が布団から出ていることが多い。
 
 先週から今週にかけて寝たままの世話をしていたら私の腰も痛み始めた。
 若い時職業病で腰痛になり、かなり医者通いをしていたので直ぐケアーマネイジャーさんに話してベット借りられる事になって直ぐ次の日と言うか昨日もう部屋にセットしてもらえた。

 主人の仕事を主人の実家で手伝いつつもうデイサービスにも行けなくなりそうな義母の世話をするようだ。古いタオル、シーツなどをハンカチ大に切って、汚れた体を拭いて使いずて用に用意したり。

 食べ物も、子供じゃないけど「○○と××と**と何が良い?」などときいてやる。
 「うどん?お粥?オニギリ?」といった具合。自分で決めると食べる気持ちも意欲的になる。

 「こぼしても自分で食べるのが美味しい」これは保育の中でよく子供達から学んだ事、これも出来るだけ義母に食べられるように心がけたい。

 私にも義母の為にも、借りたベットは高さや起きる姿勢に電動で変える事が出来るのでとても助かりそうだ。お座りで食べられるだけでもとても助かる。勿論乗り出す心配も無くなった。

介護、一年前と今

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 義母は一年前は、お料理がまだ自分でしたくて、鍋を良く焦がしていた。
 鍋やヤカンを何度も買い換えた。
 
 一度に大きなキャベツを1個切られるのも、忙しい時はドッキリした。
 安いタマネギを沢山買っておくと、みんな皮を剥かれて、慌てて炒めて冷凍にした。
 ジャガイモは夜中に切ったのが牛蒡の様に黒くなっていた。(ジヤガイモは去年の写真)
 途中でジャガイモは小出しにして隠した。
 ご飯を炊くのも好きで、まだ食べる分があっても、ご飯をボールや丼にあけて釜一杯のご飯を炊いた。
 どんどん炊くので勿体無い、一升炊きを3合炊きの釜に買い変えた。
 何故かミリンを水で薄められ半分が一杯になっていたり。
 まるで一歳か2歳の子がお料理を真似て遊んでいる感じだった。
 醤油や味噌も1リットル、1キロが一週間程で終わる事があった。
 味が濃くて食べられず3倍くらいに薄めて食べる物を量も鍋一杯作るから。

 最近は疲れるのか布団の中で横になっている事が多い。
 隠れて出かけられ探したり、焦げた鍋洗いは無くなった。
 でも毛布やシーツの洗濯が多くなった。
 兄が無くなって母一人暮らしなので、洗濯機が小さく、二重の毛布は大きすぎて綺麗に洗えない。
 義母はもう背丈130センチくらいの痩せた体格になっているので、毛布は長すぎるので2枚、40cmほど縮めてみた。
 扱い易くなり洗濯も楽になった。
 主人は鍋を焦がす様になってからずっと泊まる様になって3年になる。
 もう鍋は焦がさなくても、一人にはしておけない。
 夜中にご飯を食べたり、なにやら遊んでいるのは変わらないらしい。

 一年でこんなに介護の内容が変わるのだ。
 94歳の義母。

 
 

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