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坂口安吾は『何処へ』という小説を残しているけれど、
心境としては、郷愁の想いにも似たものがあって、
今日ここにきて、いよいよ自分が、およそ独りで生きていくべきときがきたのだな、と、
いうような、言葉は硬くなってしまうけれど、そんな感じ。
21歳が終わってしまう。
歳を重ねるのが、恐怖なので、誕生日前日、私はいつも、どきどきしながら1日をすごす。
20歳の今日はディズニーランドで伸び伸びと夢の世界を味わっていた。
19歳の今日はかつて好きだった人がカンボジアに旅立ち茫然自失、1人青森で瞑想にふけっていた。
18歳の今日はかつて好きだった人がデンマークに旅立ち、慰めの意味で、友だちが祝ってくれた。
結局、誕生日近辺には、どこかで何かに期待してしまうから、蓋を開けたときの哀しみも大きい。
来年に期待したい。
さて最近は、1日中、大学の図書館にこもって、卒論の準備をしていた。
結局、夏休みはほとんどどこにも行かず、何かを成すこともなく、
バイトと引越しの準備に明け暮れていたけど、
勉強するのは楽しいなあと思う。
昼前には図書館に行き、閉館の20時まで図書館で過ごすと、
とても気分がいい。
頭が豆腐みたいに、ふにゃふにゃになってしまうけれど、
卒論のことを考えて、積み上げていくのは、楽しい。
大学院にはいけないことがわかって、
いくべきでもないことがわかってる今、
わたしは卒論に後悔したくないんだと思う。
時々、海外旅行にいってる友人たちがうらやましくもなるんだけれど、
なんで、わたしがわざわざ大学にやってきたか、立ち止まって考えてみると、
這い上がりたい、という想いと共に、
学ぶことに対する憧れっていうのが、とてつもなく大きかったと思う。
というわけで、今日も明日も淡々と、机に向かうというわけ。
だけど、やはり、ちょっと淋しさがあるんだろうし、
今日という日に特別な意味を見出してしまっているから、
こうやって、この想いを記録しているんだと考えると、ちょっとイタイ。
でも文字にすると、状況に納得できるような気がしてくるから、これはセラピーみたいなもんです。
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